昭和55年

年次経済報告

先進国日本の試練と課題

昭和55年8月15日

経済企画庁


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第I部 景気上昇と物価安定への試練

第4章 今回の石油危機における財政金融政策と物価対策

(第1次石油危機の教訓)

世界経済は,48年の第1次石油危機後,物価の激しい上昇と深刻な不況という厳しいスタグフレーションの試練を経験した。

その中で,経済政策やその裏づけとなる経済的な「ものの考え方」はいくつか新しい教訓を得ることとなった。

第1は,物価の安定が景気後退をくいとめ,雇用の安定にもつながることをもっと重視すべきだということである。

この考え方は,今日では当然のように思われているがこれまで低い物価上昇率と低い失業率はなかなか両立しにくいという見解も強かった。いわゆる「物価と失業のトレード・オフ」である。しかし,第1次石油危機後の経済では高い物価上昇率と高い失業率が共存した。また,こうした中で失業を減らすために景気刺激策を採用しても失業は減少せず,物価だけが上昇するというジレンマが各国で観察された。こうして,「インフレの防止こそが持続的な経済成長の条件」であるという見解が強まってきた。

第2は,マネーサプライの管理が物価の安定に重要だという認識が強まったことである。前回の石油危機前後に世界的に,特にわが国ではマネーサプライの異常な増加のあと悪性の物価上昇がもたらされ,経済状況を悪化させた。しかし一方,当時の西ドイツや最近のわが国のようにマネーサプライの安定的管理に成功した国ほど,良好な経済的パフォーマンスを維持することができた。こうした歴史的現実は,経済的なものの考え方においてもマネーサプライの管理を重視させることとなった。

第3は,このように物価の安定やマネーサプライの安定が重視されるに伴い,為替レートや金利についての考え方も変わっていったことである。為替レートでいえば自国通貨のレートを低めに維持することが輸出競争力強化のため好ましいとされる場合も多かった。しかし,最近では為替レート下落の物価に及ぼす悪影響も強く認識されるようになってきている。

一方,企業の投資促進のためには金利の低位安定が望ましいとはいえ,高い物価上昇率の下では金利水準が高くなるのはやむを得ないという考え方も広がった。世界各国でも79年後半頃から高金利政策が目立ってきたが,それは比較的抵抗なく受け入れられている。もちろん,マネーサプライが適切に管理され,それによって経済活動や資金需給状況が変われば金利も弾力的に動くべきことはいうまでもない。

第4に,これらに加えて,物価の良好なパフォーマンスを長期的に維持するには市場メカニズムを活用して資源配分の効率化と生産性の向上をはかっていくことが重要だということも再認識されるようになった。

今回の石油危機に対するわが国の経済政策の展開の中にも,以上のような教訓は,大きな影響を与えた。


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