昭和54年
年次経済報告
すぐれた適応力と新たな出発
昭和54年8月10日
経済企画庁
第2部 活力ある安定した発展をめざして
第1章 減量型経営からの脱却
企業は,減量経営によって減速経済への適応を終えたとすると,需給ギャップの縮小など客観条件の変化に伴って積極的経営に転ずるのだろうか。いわば,長らく減量経営を行ってきたことによって形成された企業行動のパターンとは何か,その国民経済的意味いかん,というのが本節の問題意識である。
石油危機後の過程を経て,企業は生産,在庫,設備投資,雇用などについて慎重になったといわれることが多い。それは,従来の例からみるとそれらを増やしてもおかしくない客観的条件が生じても,企業は増やさなくなったという意味のようであり,減量経営を経て形成された新しい企業ビヘイビアを問題にしているようにみえる。そして,そのようなビヘイビアは供給の弾力性を欠くという意味で,寡占的なビヘイビアに似ている。以下では,このような見方について順次検討してみよう。
そこで,まず,実際に寡占度が高まっているかどうかをみておこう。 第II-1-19図 により製造業の集中度をみると,上位3社の集中度も,寡占化の度合いを示すハーフィンダール指数も,出荷額ウエイトで加重平均した総合指数でみると,ともに51年までは緩やかながら低下しており,その後もこの傾向が続いているように思われる。業種別にみても,電気機械や食料品では集中度がやや高まっているものの,その他の多くの業種ではむしろ低下しており,全体として産業組織的な尺度からは,寡占度が高まっているとはいえない。
次に,短期的な供給の弾力性についてみてみよう。設備能力の面で余力があり,まだ協調的な行動がとられなくても,企業の慎重すぎる生産態度により,需給地合の変化に対する供給の弾力性が低下していれば問題である。 第II-1-20図 は,各期における企業の需給地合に対する判断の予測と実績の差を同じく生産の予測と実績の差と対比したものであるが,これによると企業は,最近においても需給地合の予想外の変化に対して,生産面で比較的敏感に反応していることがみてとれる。
以上のように,短期的な生産の弾力性のパーフォーマンスという観点からは,企業のビヘイビアは少なくともこれまでのところ,従来に比べ大きく変化しているとはいえないように思われる。
それでは,中長期的な供給力に対する企業の姿勢は,どうだろうか。 第II-1-21図 は,過去の景気回復局面における製造業の需給判断(需要超過-供給超過)のボトムからの改善状況を示したものである。これをみると,いずれの局面でも業況とか製品需給といった短期的状況に関する判断は早く改善しているが,設備(更新期間ほぼ10年)とか雇用(定年まで雇用し続けるとすれば更新期間は30年以上)といった長期の見通しにかかわるものについての判断の改善は遅れ気味である。しかし,40年不況と46年不況後の回復期では,これらの長期的判断指標もほぼくびすを接して短期的指標と同様のテンポで改善しているが,今回(50年以降と52年末以降の2局面にわけてみている)は長期的指標の遅れがことに目立つ。なお,今回の場合,短期的な指標である製品需給判断も業況判断の改善ぶりに比べれば従来より若干の遅れがみられる。従って,短期的な側面でもやや慎重になっていることは否定できないが,長期的な側面における従来との違いがより際立っている。この点は興味あるところであり,かつ重要であるのでさらに検討を進めよう。
要するに,最近の状況は,例えば客観的な需給ギャップが縮小し,主観的な需給判断も好転しても,それが過去と同程度の場合と比較して設備や雇用の過剰感が大きく,従って設備投資や雇用増という動きが過去の場合ほどは生じ難くなっているのである。
これは,企業のもつ長期的な予想成長率(期待成長率)が下方にシフトしたために生じた現象とみられる。ちなみに,当庁「企業行動調査」をみると( 第II-1-22図 ),44年における「40年代後半の成長率見通し」は平均10.7%であったが,本年1月に行った「54~56年の成長率見通し」は,平均5.5%であり,こうしたアンケート調査でみても,石油危機後,中期的な成長期待が5%以上下方にシフトしている。生産や在庫の場合は短期的に伸縮可能であるが,設備や雇用の場合はそうはいかない。例えば,男子常用雇用の場合,いったん雇えば定年まで雇用し続けるのが通常であるし,職場での経験による職業能力は容易に蓄積しえないので,企業としても簡単に解雇し難い。このような調整コストの高いものについては,将来の長期的成長見通しが低ければ増加に対して企業は慎重にならざるをえないと考えられる。
雇用や設備の過剰感に対し,現実の需給ギャップ(雇用の場合は過去の最長所定外労働時間の趨勢値に対する現実の時間の割合で代理した)や期待成長率(現実の成長率からの推定)で回帰した式に,最近においては10%成長期待を代入してみると,過剰感が過去の同局面の時と同じ程度のところまで薄らぐことになる( 第II-1-23図 )。これは雇用や設備についての高い過剰感の相当部分がかつての10%成長期待から5~6%期待へと下方シフトしたためということを物語っているといえよう。なお,興味あることには,成長率シフトによる過剰感の上昇幅が設備よりも雇用の方で大きくなっている。これは,設備より雇用の方がより長期見通しに依存する度合が大きいことを示唆していよう。
以上のように理解できるとすれば,企業の行動様式自体に大きな変化があったのではなく,変わったのは経済成長趨勢であって,これが結果的に企業行動を変化させた,ということになる。
なお,企業の在庫行動も慎重になっているが,これは期待成長率の変化もあるものの,石油危機時の仮需の反動のリスク感が浸透したことによる面が大きいように思われる。
このように,設備などについては過剰感が強いのに,企業の業況判断は売上高経営利益率が過去の水準より低いにもかかわらず,著しく好転している。( 第II-1-24図 )。
すなわち,企業の利益率に対する評価の基準がやや下方にシフトしているようにうかがわれる。いわば,企業は過去に比べて低い利益率水準でも一応満足するようになっているのである。
第II-1-25表 払込資本経常利益率と売上高経常利益率(製造業)
この理由としては,次の2点を指摘できよう。一つは,配当との関係である。すなわち,利益は払込資本に対する配当の源泉としての側面を持っており,企業経営者にとって,株主にある程度の配当を実施することは,一つの大きな課題である。そこで,払込み資本に対する経常利益の比率をみると( 第II-1-25表 ),増資が手控えられてきたこともあって,最近のピークである48年度には及ばないものの,石油危機前の平均を上回っており,配当負担という観点からは,現在の利益水準は低いとはいえない。いま一つは,企業の設備投資との関係である。 第II-1-26図 をみると,利益から配当等の社外流出を差し引いた社内留保に,減価償却を加えた内部資金は,売上高との対比ではなお低いものの,一方で設備投資が抑制されているため,これをかなり上回っている。従って,財務内容の悪化をきたすことなしに,現在の設備投資を賄うだけの利益は実現されているわけである。
以上のように理解できるとすれば,現状は次のように説明できるであろう。
53年度までは,企業は石油危機後の環境の激変に対応するために設備ストック調整,在庫調整,雇用調整を行ってきた。これは調整であるために減量にならざるをえない。しかし,53年度中にほぼ調整を終え,石油危機後の減速経済に見合って企業活動ができるようになった。従って,今後,かつてよりは減速したとはいえ着実に経済が拡大していくと企業がみれば,企業活動は再び拡大に転ずるはずである。現に,53年度後半から製造業の設備投資も増え始めたし,常用雇用の減少テンポも小さくなってきている。ただ,拡大の仕方は経済がかつてより減速しているため慎重なものにならざるをえない。その際,ことに男子常用雇用については慎重さの程度が強そうである。
ここで注目する必要があるのは,企業の「減量」経営は,「石油危機」という単なるショックにではなく,成長率趨勢の低下への対応であったことを考えると,仮に「第2次石油危機」が到来しても,ここ数年間我が国経済が達成してきた程度の成長を,新たな制約の下でも確保できるとすれば,企業の中長期的な成長見通しが一段と低下して「減量的行動」が再び強まるとみられるわけではない,という点である。従って,企業の期待成長率がどうなるかが重要な鍵であり,石油情勢の不安定化のなかでも,インフレを回避しつつ,ある程度の成長を確保していくような政策態度の重要性が高まってきている。
以上のとおりであれば,減量経営は環境変化に対する企業のやむをえざる対応であり,そこにビヘイビアの基本的な変化があったとは認め難い。
しかし,ミクロ面での合理的対応もマクロ経済面では問題をもたらしかねない。
このような企業行動のマクロ経済面からみた第1の問題は,設備投資に関するものである。その一つは第1部第1章第3節で述べた点で,減量経営のため設備投資を抑制してきたことが,需給ギャップを急速に縮小させる可能性を生んでおり,これからの設備投資の出方次第ではインフレにつながりかねないという問題である。
設備投資に関する二つ目の問題は,設備の年齢構成(ヴィンテージ)の上昇である。すなわち,設備投資抑制を続けてきた結果,生産設備の老朽化が,徐々にではあるものの進んでいる。 第II-1-27図 は,製造業における資本ストックの平均的な年齢(稼働開始後の期間)を試算したものであるが,これによると45~46年頃を境に上昇に転じたあと,50年頃から上昇のテンポがやや速まり,最近では過去のボトムに比べて約2年,石油危機後の変化だけをみても約1.3年の上昇となっている。
石油危機後の投資が低迷したのは,主として能力増強投資の大幅な落込みによるものであり,これに比べて合理化,省力化投資は比較的活発に進められてきたことを勘案すると,直接に生産性に影響を及ぼす機械類の年齢上昇は,設備全体に比べれば小幅なものにとどまっている可能性が大きい。さらには,40年代における活発な設備投資の結果,水準としてみれば我が国企業の設備年齢構成がなおかなり若いことなどからみて,当面設備新鋭度の面から国際競争力に問題が生じるとは考えられない。しかしながら,今後もこのような老朽化が進行すれば,やがては国際競争力上の観点だけではなく,国内物価の安定確保,経済の活力維持といった点からも問題になりうるだけに,引続き注目していく必要があろう。
マクロ経済での第2の問題は雇用についてである。すでに行ってきた雇用調整によって少なからぬ失業者が増加しているはずである。また,引続き常用雇用については慎重な態度をとることが予想されるので,失業の追加要因は減るにしても,ことに製造業において常用雇用が増加していく局面の到来はすぐには期待し難い。とくに,中高年問題についてはこの傾向が強い。当庁「企業行動調査」でみると雇用調整を「これから始める」ないしは「手をつけたばかり」とする企業は全体の1割以下に過ぎず,量的な調整圧力はさほど強くはないが,こうしたなかでも,中高年層を対象とした人件費の調整に対する意欲は強く,多くの企業が選択定年制の導入,年功序列型賃金体系の改定を検討している。すなわち,全産業平均では,全体の26.5%の企業がこうした対策を既に実施しているうえ,これを上回る31.5%の企業が導入を予定ないしは検討している。
以上のような諸問題を企業の理解も得つつ解決していくための政策運営の重要性が強まってきている。まだ,寡占度が高まっていないからといって企業が今後寡占的な行動をとらないと即断するわけにもいかない。さらに,短期的な需給判断も従来よりは若干慎重になっている。従って,競争条件の整備も引続き重要な政策である。