昭和52年
年次経済報告
安定成長への適応を進める日本経済
昭和52年8月9日
経済企画庁
今回の不況はかってなく厳しかっただけに景気回復2年目にあたる51年度に入っても雇用調整が引続き実施され雇用情勢の改善は遅々として進まず,ほかの経済諸活動の改善と比べ大幅に遅れることとなった。
労働市場の需給状況を示す有効求人倍率は50年春の景気底入れ後も低下をつづけ50年10~12月には0.55倍まで落込んだ(本報告 I-2-11図 )。その後,製造業からの求人の増加を背景に上昇に転じ,51年7,8月には0.67倍まで回復したが,夏場以降には景気の中だるみ現象がみられたため再び低下し,ならしてみれば,51年度には目立った改善をみせるにはいたらなかった。このように労働市場(有効求人倍率)の改善がみられなかった理由としては,企業からの求人が低調であったことに加え,求職者数の減少がはかばかしくなかったことの両面がある。
まず求人の動きを新規求人数(学卒,パートタイムを除く)でみると( 第11-1表 ),前期比で51年1~3月に急増(9.2%増)したあと,4~6月も増加を続けたが7~9月以降は減少に転じた。これは製造業で輸出関連業種を中心に51年年初から年央にかけて求人が増加し,その後減少に転じたことが大きく響いており卸売小売業やサービス業では年度を通じて微減をつづけた。このような動きの結果,年度平均の新規求人数は51年度には2.0%増と3年ぶりに増加となったものの微増にとどまり求人水準はこれまでのピークであった48年度(月平均650千人)の49.9%の水準と極めて低水準にある。
製造業の業種別にみると一般機械,輸送用機器,電気機器,精密機器などの機械産業,鉄鋼業,非鉄金属,金属製品などの金属関連産業での増加が目立った一方,繊維,衣服その他の両業種での大幅な減少がみられた。また規模別にみると49年度,50年度と落込みの大きかった大規模での求人の増加が著しく,小規模での求人は小幅増にとどまった。
一方,求職者の動きをみると,49年度に大幅増加し,50年度には若干減少した新規求職者(学卒を除く)は前期比で51年4~6月期まで微増を続けたあと51年7~9月,10~12月と2期連続の微減となり,52年1~3月には一時的な要因もあって大幅増となった。このように51年度に入ってからの新規求職者の動きは比較的落着いたものであったといえよう。また前月からの繰越しを含む有効求職者数は49年度,50年度と2年連続の大幅な増加を続けたあと,51年度には5.0%減と減少に転じたが小幅な減少にとどまったため,依然高水準で推移している。こうしたなかで49年度,50年度と求職者全体を上回るスピードで増加した中高年齢求職者は51年度には小幅な減少にとどまったため依然高水準にあり未就職のまま労働市場に滞溜している状況が続いている。
49年度に不況の影響から戦後はじめて減少を示した就業者数は50年度には微増(0.3%増)となったあと,51年度には42万人(0.8%)の増加となった。これを男女別にみると男子就業者は17万人の増加(0.5%増)であったのに対して,女子就業者は25万人(1.3%)の増加と22年ぶりに男子を上回る増加となった。
このように51年度においては,全体としての就業規模,雇用規模の拡大がみられたが,その内容をみると,中小企業での増加が目立っており,大企業での雇用はむしろ減少している(本報告 I-2-14図 )。
相対的に規模の大きい企業の雇用状況を示す「毎月勤労統計」の常用雇用指数(調査産業計)をみると,51年度は前年度比1.5%減と49年度,50年度に引続き減少した。51年度に入ってからを月別にみると51年の7月までは大幅な減少を続けたが厳しい雇用調整をとる企業が少なくなってきたためその後次第に減少幅が縮小した。
産業別に常用雇用の動きをみると鉱業(6.2%減),製造業(2.2%減),不動産業(5.4%減),運輸通信業(1.8%減)では前年度に引続き減少した。
また,前年度増加した卸売・小売(1.3%減),輸金融保険(0.5%減)でも51年度には減少した。一方,サービス業ではこれまでと同じように増加(0.9%増)を続けたほか,前年度大幅に減少した建設業でも51年度には保合いとなった。
また,製造業の雇用の動きを男・女別および労働者の種類別にみると( 第11-2図 ),いずれも減少を続けている。最近の動きのなかでみられる特徴は女子労働者や生産労働者は過去の不況期にも景気変動に応じて減少し,今回の不況期ではこれまでになく大幅に減少したことがわかる。また,従来,不況下においても増加傾向にあった男予労働者や管理・事務・技術労働者が,その減少幅が小さいとはいえ,今回不況期ではじりじりと減少を続けているのが特徴的である。
また,製造業の雇用の動きを規模別にみると大規模で減少が続いている一方,小規模ではわずかながら増加を続けている状況がみられる。
景気がゆるやかながらも着実な回復過程にあるなかで,全般的な雇用情勢の改善が遅れているのはどのような理由によるものであろうか。過去の不況期においては景気回復とともに所定外労働時間は増加に転じ求人倍率もまた上昇に転じ求人倍率もまた上昇に転じた。それから約2四半期遅れて常用雇用が増加するのが常であった。これまでは景気の落込み自体が小さかったため,稼動率の低下が小さく,従って,労働生産性や所定外労働時間の落込みも小さいものにとどまっていた。従っていったん景気が回復過程に入ると,労働生産性や所定外労働時間がすぐに頭打ちとなり,生産の増加には雇用増をはからざるを得なかったのである。ところが,今回の不況期においては,景気の大きな落込みに対応して生産や設備稼動率の大幅低落がみられ,その結果として労働生産性や労働時間の減少が大きかった。従って景気回復期には,労働生産性の上昇や労働時間の増加で対応しうる余地が大きかったという事情がある。
第11-2図 性および労働者の種類別にみた雇用の推移(季節調整値,前期比増減率)
製造業の業種別に,景気の谷からの2年間の生産増加に対応して労働面の対応の動きをみると,ほとんどの業種で生産の増加には労働生産性の上昇,向上によって吸収出来たことを示している( 第11-3図 )。とりわけ,生産増加が著しかった,ラジオ,テレビ,音響機器や自動車産業においても同様な状況であった(本報告 I-2-12図 )。
一方,第三次産業では着実な雇用の増加がみられ,雇用吸収力の面で今後大きく期待されている(本報告II部第4章第3節参照)。これはこれらの産業は景気変動の影響が比較的小さく,着実にその水準が上昇している個人消費関連産業であるうえに,製造業と比べ生産性の上昇,向上の余地が小さいことからその活動の上昇は雇用の増加をもたらしやすいためである( 第11-4図 , 11-5図 )。
最近の増加の中心は卸売,小売業,サービス業であり(本報告 I-2-14図 ),また個人サービスのうちの余暇関連での増加が目立っている( 第11-6表 )。
第11-4図 製造業,第三次産業における生産活動と雇用の関係
以上のような状況下,完全失業者数は51年度を通じて100万人台で推移し完全失業率もおおむね2%の高水準で推移した。
失業率を男女別,年齢別等の属性別にみると( 第11-7表 )性別には女子で,また年齢別には基幹的労働力である30代,40代で低く,こうした傾向はこれまでとは変わっていない。また世帯主の失業率は相対的に低い水準となっている。なお,転職希望率,追加就業希望率をみると,51年においてはそれぞれ4.3%,3.3%となっている。
「毎月勤労統計」による調査産業計の現金給与総額は48年度(21.8%増),49年度(29.1%増)と20%を上回る高い上昇を続けたあと,50年度(12.4%増)51年度12.1%増と12%台の上昇となった( 第11-8表 , 11-6表 )。
これを給与の種類別にみると,51年春闘における賃上げ率が8.8%(労働省調べ,主要大手企業)となったことから,所定内給与は10.9%増となっのに対し,所定外給与は景気回復に伴う残業時間の増加を背景に22.7%増と高い伸びとなった。この結果,この両者を合わせた定期給与は11.7%増にとどまった。一方,特別給与は夏季賞与が12.5%増,冬季賞与が14.4%増と比較的堅調であったこともあり13.8%増と,堅調な伸びとなった。以上のように51年度の賃金の動きを50年度の動きと比べると,春闘賃上げ率が低下したことから,所定内給与の伸びはかなり鈍化したものの景気回復が浸透した年であっただけに所定外給与と特別給与が大幅に上昇し,現金給与総額としては前年度とほぼ同じ伸び率となった。
第11-7表 属性別完全失業率,転職希望率および追加就業希望率
第11-8表 給与種類別賃金,労働生産性,賃金コストの推移(前年度(同期)比増減率,%)
実賃賃金の動きをみると,名目賃金(現金給与総額)が前年とほぼ同じ伸び率となった一方,消費者物価上昇率が50年度の10.4%から51年度の9.4%と引続き鈍化傾向をたどったため,2.5%の上昇と前年度(1.8%)に比べ改善を示した。
産業別の賃金上昇率をみると鉱業,不動産業で1桁台の上昇率となったほかは各産業とも11~12%台の上昇となった。また製造業の業種別にみると多くの産業で10~13%の上昇となっているがそのなかで特徴的な動きであったのは,①前年度伸びが低かった業種で51年度には相対的に高い伸びとなったこと,②業種間の上昇率の格差が縮小したことである。
以上みたような賃金動向のなかで規模別の賃金格差は最近やや拡大する動きをみせている( 第11-10表 )。規模別の賃金格差は30年代後半から,40年代はじめにかけて急速に縮小したが,その後格差縮小傾向が停滞した。それが,48年のオイルショック以降にはそれまでの動きとは反対にやや拡大する傾向にある。
51年度においては労働生産性の,上昇が著しかった一方,賃金の伸びは緩やかであったため,賃金コスト(=賃金/生産性)は減少を続け,このため,51年度平均では9年ぶりにマイナスとなった。このような賃金コストの安定化は消費者物価,卸売物価の安定化にかなりの程度寄与している(本報告 I-3-12表 , I-3-4表 )。
石油ショック直前,ないし直後の労働生産性のピーク水準に比べ不況によりどれだけ労働生産性が低下し,さらに52年1~3月時点ではどの程度回復したかをみたのが, 第11-11図 である。これによると,製造業のほとんどの業種で労働生産性は過去のピークを越え,不況からの回復下でむしろかなり上昇している状況がみられる。生産が依然過去のピークに達していないにもかかわらず労働生産性がすでに過去のピークをかなり上回る水準に達していることが,先に述べた雇用情勢の低迷のひとつの背景となっているのである。
第11-9表 春季賃上げ率,夏季および冬季一時金の推移(主要企業)
わが国経済が安定成長への移行とともに企業においては雇用の見直しが進められているが,他方企業内労働力の高学歴化,高年齢化もあってこれまでの雇用制度,賃金制度等を新しい経済環境に合わせていくという動きがみられる。こうした動きは最近になって特に強まった面もあるが,高度成長期を通じて徐々に見直されていたといえよう。
第11-11図 業種別にみた労働生産性の回復度合(今回不況による低下の直前ピーク水準=100)
賃金制度についてみると,高度成長過程で技術革新の進展から長期勤続熟練労働者の相対的地位が低下し,適応力に富む若年労働者の相対的地位が高まり,年齢別賃金格差が急速に縮小することとなった。このため賃金制度面では,年齢や勤続年数が重視される総合給与体系をとる企業の割合が次第に低下する一方,職務給などの仕事給を採用する企業が増加してきている( 第11-12表 )。また,労働者の高齢化が進行していたことから,退職金負担が高まりつつあったため,賃上げ額の退職金算定基礎額への繰り入れ比率が低下傾向にあり50年においては約50%となっている。
一方,高齢化の進展と人手不足を背景として定年延長が推進されてきている。一律定年制のある企業での定年年齢の推移をみると,55歳定年をとる企業の割合は昭和43年の63.2%から51年には47.3%まで低下したのに対し,60歳定年をとる企業の割合は同期間に20.6%から32.3%へと高まっている。また,定年年齢が58歳以上である企業の割合は同期間に25.6%から42.4%へと高まった。
51年の労働時間は,0.9%増となった。これは景気の回復から残業時間がかなりの増加となったうえ,一時休業の減少等により所定内労働時間も増加に転じたためである。これを四半期別にみると,総実労働時間は51年1~3月,4~6月と高い伸びで推移していたが次第に伸び率が低下し,52年1~3月には前年と同水準となっている。産業別には製造業で所定外労働時間の大幅増から2.5%増とかなり増加したのが目立った。
規模別の動きを製造業についてみると,49年度,50年度と大規模企業ほど減少していたのが,逆に51年度には大規模企業ほど増加が著しいという動きがみられた。これは51年度が,景気回復2年目にあたっており大規模ほど所定外労働時間が大幅に増加した関係による。大規模ほど所定外労働時間が大幅に増加したのは,大規模企業においては設備投資関連企業が多くその変動が大きいという基本的な関係があるうえに50年度までにおいてかなり減少していたという事情があった。
長期的な労働時間の動きをみると,労働時間は着実に減少してきている。こうした労働時間の減少を出勤日数,1日当たり所定内労働時間,1日当たり所定外労働時間の3要因に分解してみると,出勤日数の減少による労働時間の減少効果が最も大きく,( 第11-13図 )次いで1日当たり所定外労働時間の減少寄与度が大きい。また,特徴的なことは,長期にわたって1日当たりの所定内労働時間が,ほぼ不変であることである。
所定内労働時間の短縮と景気変動との関係をみると,これまでは好況期に時間短縮がなされ不況期には,時間短縮が停滞するという傾向がみられてきた。しかし,今回不況期には一時休業がかなり行なわれたこともあって所定内労働時間は減少したが,制度的な時間短縮は鈍っている。
こうしたなかで週休2日制の普及状況をみると49年まで着実に普及したあと50年51年と普及テンポが鈍った。