昭和52年

年次経済報告

安定成長への適応を進める日本経済

昭和52年8月9日

経済企画庁


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3. 企業経営

(1) 回復過程における企業収益の動向と特徴

a マクロとミクロの乖離

経済活動(マクロ)をみると,景気は50年1~3月に底入れしたあと,前進と停滞を繰り返しながらも回復過程をたどり,また,総需要の回復傾向を反映して生産も明らかに増加してきている。その水準についても,52年1~3月の鉱工業生産は過去のピーク(48年10~12月)に比べて1.9%減の水準にまで回復している。しかしながら,このような生産の増加にもかかわらず,個別経済主体(ミクロ)では,総じてみれば現在なお不況感が根強く残っている。これは,景況感の判断基準となる企業収益の回復の足どりが順調でないうえ,その水準が依然として低いためとみられる。

そこで,製造業について売上数量と企業収益の推移をみると(本報告 第1-2-1図 )売上数量は48年度上期をピークに3期連続して減少したあと,50年度上期からほぼ順調に回復を示し,51年度上期にはピークの水準を上回っている。一方,経常利益額は,売上数量が増加に転じた50年度上期に大幅減益を記録し,ピーク比16.1%という極めて低い水準にまで低下した。その後,同利益額は改善傾向にあるものの51年度下期の水準はピーク比10%減と依然として水面下にある。また,売上高経常利益率(同期)をみると4.0%と前回不況時(46年度下期の3.6%)とほぼ同じ低い水準にとどまっている。

b 業種別跛行性と企業間格差の拡大

企業収益の動向を業種別にみると,業種間の跛行性が著しいのが特徴的である。すなわち,電気機械,輸送用機械など最終需要財関連業種では,相対的に企業収益の落込みの深度が小さいうえ,回復スピードが速いことから,売上高経常利益率は過去のピークに及ばないものの,経常利益額では史上最高を更新している。一方,鉄鋼・非鉄,繊維,パルプ・紙などの生産財関連業種では企業収益の落込みの深度が大きく,しかもその回復は,はかばかしい改善を示していない。

このような企業収益の業種別跛行性の要因は,第1には今回不況の回復過程において,需要項目各々の回復に差があることを反映して業種別に売上数量の伸長度合いに大きな差が生じてきていること,第2に,原油価格高騰以降原材料価格を中心に投入費用が継続的に上昇するなかで,コスト・収益構造がそれに十分適応しきっていない業種が一部にみられるためである。

第3-1図 同一業種内企業間格差の動向

しかもこうした状況下で,同一業種内でも個別企業間の収益格差が拡大する傾向がみられる。いま,個別企業の売上高経常利益率について各業種平均からのバラツキ度合い(標準偏差)を試算すると( 第3-1図 )各業種とも総じて,昭和40年代前半は安定した推移を示していたが,49,50年度にかけて急速に拡大している。すなわち,昭和40年代前半の長期繁栄期においては,各業種平均の売上高経常利益率の水準がもともと高いうえ,個別企業間の収益格差も相対的に小さく安定していたということで,大半の企業が高水準の利益を享受して欠損企業は殆んどみられなかった。これに対して,49,50年度には各業種平均の売上高経常利益率が大きく落込むなかで,個別企業間の収益格差が拡大した。このことは業績がさほど落込まない企業が一部に存在する一方で,欠損企業が相対的に増大したことを意味している。欠損企業の割合をみると,各業種とも49,50年度に急増しており,51年度に減少したものの依然として高水準が続いている。

このような企業間格差の要因は,もとより販売力,技術力などこれまで蓄積されてきた総合的経営力の差や経済環境の変化に対する適応力の差によるものであるが,安定成長へ移行する過程で全体としての需要の伸びが鈍化するなかで,このような差がより一層顕在化して,企業間の優勝劣敗の程度が強まる可能性がある。

(2) 収益構造の変化

企業収益の改善が総じて遅れている理由については,すでに本報告第1部で製造業を対象にして利潤変動要因分析を行なったが,ここでは各要因によるコスト・収益構造の変化によって最終的に損益分岐点操業度がどのような影響を受けたかについて検討してみよう。

損益分岐点操業度は,採算点を示す操業度であり,それは「損益分岐点売上高比率」{固定費/(売上高-変動費)}×「実際の稼働率」によって求められる。しかし「実際の稼働率」は企業統計として得られないので,ここでは便宜的に通産省「稼働率指数」を使用して試算すると 第3-2図 のような結果がえられた。これによると,損益分岐点操業度は50年度下期以降低下傾向を示しており,低操業でも収益があげられる企業体質への改善のあとがうかがわれる。これは,利潤変動要因分析でみたように,50年度下期から51年度上期にかけての価格上昇効果によるところもあるが,歩留り,原単位の向上や人員削減によって生産性の向上を図るとともに,要素コストの上昇を,いわゆる減量経営によって抑制したという企業努力によるところが大きかったとみられる( 第3-3図 )。このような企業体質の強化の結果,製造業全体としては収益構造は改善傾向にあり現在の企業収益の低迷は,需要水準が供給能力と比べて相対的に低く低稼働を強いられているところに大きな要因があるといえよう。

第3-2図 損益分岐点(主要企業製造業)

次に主な業種について利潤変動の要因を検討してみよう。まず,最終需要財関連業種として電気機械をみると( 第3-4図 ),従業員1人当たり経常利益額は50年度下期から急回復を示し,51年度上期から史上最高を更新している。これは,要素コストの上昇が抑制されたことに加え,需要の増加によって生産性が急上昇したことによる面が大きい。一方価格要因をみると,生産財の価格引上げを反映して原材料価格がかなり上昇したにもかかわらず,製品価格は安定しており,むしろ収益低下要因になっている。このように電気機械では,生産の増加と減量経営による収益構造の改善によって,価格安定と高収益を同時に達成していることがうかがわれる。次に,生産財関連業種として化学をみると( 第3-5図 ),従業員1人当たり経常利益額は50年度上期に前期比81%減と大幅に減少したあと急回復を示しているが,51年度下期の水準はピーク比30%減と依然として低い。この間の利潤変動要因をみると原油価格の高騰から48年度下期以降原材料価格の大幅かつ継続的上昇に対して,製品価格は需給緩和を反映してそれに見合うところまで上昇していないため価格要因は収益低下要因となっている(ただし,原材料価格が軟化した50年度上期と,巨額の在庫評価益が発生した50年度下期と51年度上期は価格要因合計では若干のプラス)。一方,生産性要因は,50年度上期に生産の大幅減少から収益低下要因となったものの,その後は生産の回復と人員の削減により収益増加に大きく寄与しており要素コストの上昇を吸収して余りある。このように化学では,生産の増加の必要性とともに,原材料価格の上昇が他業種に比べて相対的に大きいだけにそれの製品価格への転稼の成否が収益回復の鍵となっているといえよう。

第3-3図 利潤変動分析2時点間局面比較

第3-4図 経常利益変動の要因分析(寄与度)(電気機械,主要企業:従業員1人当たり)

第3-5図 経常利益変動の要因分析(寄与度)(化学工業,主要企業:従業員1人当たり)

(3) 企業行動の変化

a 増産志向薄れる

高度成長を通して形成されてきた企業体質は,主として借入れによって設備の大型化を図った結果固定費の総コストに占める割合(固定費比率)は高まり,それは高水準の操業を要求する(損益分岐点操業度が高い)ものであった。ところで,増産を行なうということは,供給面で固定費負担の軽減から製品一単位当たりのコストを低減させるメリットを持つが,同時に市場需給面では製品価格を軟化させるデメリットの可能性も持っている。従って,企業収益上増産が有利かどうかは,前者と後者の相対関係によって決ってくる。従来はもともと需要の伸びが大きいうえ固定費比率が高く前者のメリットが大きかったことから,企業行動は増産志向が強かったといえる。しかしながら,石油危機を契機に原油をはじめとする原材料価格が大幅かつ継続的に上昇した結果,企業の総コストに占める変動費の割合(変動費比率)が大きくなり,そのため従来に比べて増産によるコスト低減効果は小さくなってきた。一方,製品価格の市場における需給感応性は,すでに本報告第I部第3章でみたように,47,48年にいったんくずれたものの,その後は従来と同程度にまで回復している。このため増産による有利性は従来より相対的に小さくなってきた。そのうえ需要の伸びが緩慢なことから企業としては操業水準の引上げよりむしろ製品価格維持に重点を置くように変化してきたようにみられる。

b 経営基盤の強化―いわゆる減量経営

今回の景気回復過程において,企業は短期的には当面の利益確保のために,また中期的には安定成長移行に伴う需要の伸びの鈍化に備えて,低操業に適応した企業体質作り(経営基盤の強化)への苦しい努力を払ってきている。このような努力の成果はすでにみたように生産性の上昇や要素コストの圧縮という形で企業収益の改善に大きく寄与している。経営基盤の強化は,一般的には資産効率の向上をめざすなかでコスト切下げのための努力が展開されるということで,極めて広い範囲に及ぶ。具体的には棚卸資産の圧縮による在庫費用の軽減,遊休資産の売却による借入費用の軽減,歩留り・原単位の向上による原材料費の削減( 第3-6図 ),人員圧縮や設備投資抑制などによる固定費の削減,一般管理費の削減などである。これに対する企業の取組み方については,製造業全体について本報告(第I部第2章)で取扱っているので,ここでは人件費削減の背景と業種別特徴について検討してみよう。労働生産性(従業員1人当たりについて売上数量から原材料等投入数量を差引いた実質生産性)の推移をみると( 第3-7図 ),傾向的に上昇している。これは,昭和40年代前半においては従業員の増加以上に生産数量の増加が大きかったためであり,今回不況における生産数量の大幅減少に対してはそれ以上に従業員の削減が行なわれたためであるとみられる。ところが生産性との対比でみた賃金水準の推移をみると( 第3-8図 ),40年代前半は比較的安定していたが,40年代後半とくに48年度上期から50年度上期にかけて急上昇している。このような賃金上昇は,生産数量を与件とすれば,従業員の削減により生産性をさらに高めることによって吸収するかあるいは製品価格の引上げに頼らざるをえなくなる。このような背景もあって,50年度下期から51年度上期にかけて製品価格引上げがみられるとともに,従業員の削減が一層進展をみたのである。その結果,生産性との対比でみた賃金の水準は,50年度上期にピークを記録したあと低下傾向をみせている。また,付加価値額に占める人件費の割合(労働分配率)も,とくに49年度上期から50年度上期にかけて急上昇し,利益が圧縮された状況が続いたが,その後は低下をみせている( 第3-9図 )。

第3-6図 原材料原単位の推移(45年=100)

第3-7図 実質生産性の推移(主要企業製造業従業員1人当たり)

次にこのような人件費削減の動きを主な業種についてみると,鉄鋼では従業者数の削減は製造業平均より1年遅れて50年度上期から始まり,同下期以降本格化している( 第3-10図 )。これは,49年前半は世界的な基礎資材ひっ迫を背景に輸出が急増したことから不況の突入が製造業平均より約半年遅れたためである。また,回復時期についても,主な需要部門である民間設備投資の回復の遅れから製造業平均より約半年遅れたうえ,回復テンポが鈍いことから,従業者数の削減は50年度下期から本格化し現在なお続いている。とくに不況深刻度の大きかった50年度においては,所定内給与については他業種並みの上昇を示しているものの,特別給与の抑制に加え,所定外労働時間の減少,従業者数の削減によって人件費総額の伸びを殆んどゼロに抑えているのが注目される。

第3-8図 賃金と生産性の関係(製造業主要企業従業員1人当たり)

一方,不況の影響が最も早くあらわれ,その後需要の回復が早かった電気機械では所定外労働時間は,48年度下期から減少しはじめ,人件費総額の抑制に大きく寄与したが,50年度上期以降生産の増加に対応して増加に転じている。この間従業者数は49年度上期から50年度上期まで大幅減少をみせたが,その後の生産の増加に対しては,所定外労働時間の増加あるいは省力化などにより労働生産性を高めることによって対処しており,従業者数は若干の増加しかみせていない。このように今回の景気回復過程における業種別跛行性が,労働の側面にも色濃く出ているといえよう。

第3-9図 付加価値の構成比の推移

(4) 当面の問題点

今回の景気回復過程において業種別跛行性が長期間にわたって顕在化し,しかも,企業間格差が一層拡大するなど,企業経営の不安定性はむしろ強まっている傾向がみられる。こうした現象は,経済活動の環境が構造的に大きく変化していく過程の中で,ある程度表面化してこざるをえない側面もあろう。しかしながら,この傾向が更に強まっていくということは,企業倒産や失業者の増加など社会的摩擦の増大を招くことになりかねない。高度成長から低成長への減速を余儀なくされているわが国経済にとって,それを安定的に移行させることが重要な課題である。このような観点から企業経営の安定性の回復が当面の大きな問題といえよう。

第3-10図 雇用調整と人件費の動向(寄与度,季調済)

すでにみたように,企業収益の改善が遅れ,不安定性が増大している理由は,需要水準が供給能力と比べて低すぎることによるところが大きい。とりわけ生産財関連業種に対する需要は,需要構成の変化の影響もあって著しく低水準にとどまっている。従って,政策課題としては,景気の回復を一層着実なものとし,やや高目の成長率を実現することが重要であり,そのなかで,生産財関連業種に多くみられる構造不況業種に対する配慮も必要であろう。それと同時に,個別経済主体においては,経済活動の環境変化を読みとり供給力構造を高度成長型から安定成長型へと速やかに転換していくことが望まれている。


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