昭和52年
年次経済報告
安定成長への適応を進める日本経済
昭和52年8月9日
経済企画庁
第I部 昭和51年度の日本経済―推移と特色―
第3章 落ち着き傾向のみられる物価情勢
まず企業家の意識において需給状況の変化と価格の動きとがどのように関係づけられて認識されているかという点をみると( 第I-3-8図 ),製品需給が現状より改善に向かうという判断と価格上昇期待とは常に相伴っていることがわかる。また実績としても製品需給が改善したと判断される時期には製品価格は上昇し,反対に製品需給が悪化したと判断されるときには価格は低下している。
この製品需給判断は製品在庫水準判断と高い相関関係にある。すなわち,製品在庫が過剰と判断されるような状態は製品需給が軟化していると判断される状態であり,逆に不足と判断されるような状態は,製品需給がひっ迫している状態である。ところが,製品需給の判断,したがって,製品在庫水準の判断に当たっては期待という要素を無視しえない。インフレ期待が高まれば大量の仮需が発生し需給は極めてタイトになる。反対にインフレ期待の消滅によって需給判断は一転して軟調化する。期待という要素があるため企業家の在庫判断は現実の在庫率とは必ずしも一致しない。この点は前掲 第I-1-6図 にみるように実質製品在庫率と在庫判断が48年4~6月期から49年1~3月期にかけて大きくかい離した点にはっきり現われている。しかしこの異常な時期を除けば,製品在庫率と在庫水準判断とはほぼ完全に一致した動きとなっている。そこで以下実質在庫率の変動をもって製品需給のバランスの変化を示すものと考え,在庫率変動と価格の動きの関係の分析を通じて需給バランスの価格に対する効果をみることとしよう。
さて,商品の価格の中には需給バランスの変化に極めて鋭敏に反応するものから比較的反応の鈍感なものまである。商品の流通市場における価格決定は,建値制によるもの(家電,自動車などのように,卸・小売への仕切り価格をメーカーが設定)や供給者と大口需要家との交渉による価格設定(いわゆるひも付き価格),個々の商取引において市中で相場が立つことにより価格が決定されるもの(いわゆる市況)などがあるが,このうち商品市況は,限界的な需給のバランスの変化に価格が鋭敏に反応する傾向が強い。いま,市況で価格の動く要素の大きい商品をとり出し,その価格推移をみると 第I-3-9図 のとおりで,景気変動に敏感に感応している点が読みとれる。したがって,ここでは市況性商品を取り上げて在庫率の変動と価格変化との関係を分析することにしよう。
第I-3-10-A図 , 第I-3-10-B図 , 第I-3-10-C図 は繊維糸,鋼材,非鉄地金という代表的市況性商品群につき,需給バランスをあらわす生産者在庫率及び流通在庫率と,価格との関係をみたものである。これらの各商品群とも49年以降における価格変動は,在庫率変化にかなり感応している。そこでこの点をより明らかにするために,それぞれの価格につき,生産者在庫率,流通在庫率を説明変数とする関数を推計してみよう。前回不況期として45,46年,インフレ高揚期として47,48年,今回不況とその回復期として49年以降の期間に分け,それぞれの関数を推計してみると,在庫率水準やその変化方向という需給要因だけで,価格変化を説明できる程度がかなり高いことが明らかとなる。そして45年以降における価格変化の需給変動への感応性をみると,47,48年のインフレ高揚期には,いったん崩れてしまった価格と在庫率との正常な関係が,今回不況期以降再び正常化している点が特徴的である。これは,47,48年には,在庫率の上昇が価格の上昇をもたらす関係-換言すれば,価格上昇がインフレ期待心理を生み,その結果在庫積み増し行動へと走り,さらに価格が上昇するという,インフレ期待に基づく在庫投資行動があったため,価格の需給への感応性を崩していたのであるが,今回不況における過剰在庫の存在が需給を大きく圧迫し,インフレ期待心理が急速に消滅する過程で,価格は再び需給への感応性をとりもどしたと考えられる。以上の事実は,市況性商品において,全体としてはその価格変動が需給バランスの変化に左右される度合いが極めて大きいことを示している。
このように,49年以降,価格の在庫率に対する感応性が回復してきているが,価格への寄与度という点では,流通在庫率の役割が相対的に増大してきている点が大きな特徴となっている( 第I-3-11図 )。これは47,48年のインフレ高揚期における需給のひっ迫と,その後の需給緩和による在庫急増に伴う価格の崩落という経験をへたあとでは,流通段階での在庫投資行動が一段と慎重化し,多少でも意図せざる在庫増が発生すれば,早目,早目に在庫の調整を進めるという動きが強まったことによるものと思われる。加えて生産者段階でも,市況対策として流通段階への供給をある程度コントロールしていることから,最終需要者段階での需要が多少なりとも予想を上回って増加すれば流通段階での在庫不足がただちに発生し価格が上昇する。このような形で流通段階での在庫率の変動が価格決定に大きく関与する結果となったとみられるのである。
すなわち,需給バランスを改善するためのメーカーの減産を通じての在庫調整に,流通在庫率の低下も同時に伴わなければ,その効果が乏しいものとなっている。
第1節でみたように51年度の消費者物価は全体としてはかなりの上昇率となったが,季節商品や公共料金である米,たばこ,塩を除いた商品の価格は,51年1~3月期以降5%台と,きわめて安定している。商品(季節商品,米,たばこ,塩を除く)の価格の安定がいかにもたらされたかをみると( 第I-3-12表 ),原材料等の投入コストが次第に落ち着いてきたうえに賃金コスト(賃金/生産性)の負担も小さかったからであるが,また,需給が軟調に推移したことも無視しえない要因となっている。
第I-3-13図 生活必需性消費財と随意性消費財の価格の推移(前年同期比上昇率)
第I-3-14表 品目の購入頻度別消費者物価(前年比上昇率)
48,49年の異常インフレ時に高騰した消費者物価も最近では落ち着き傾向を示しているが,これを消費者はどのように判断しているであろうか。
この点を総理府広報室「国民生活に関する世論調査」(51年11月)の結果についてみれば,「収入はそれ程増えなくとも,物価の上昇が緩やかになれば良い」とする家計の割合が全体の67.4%を占め圧倒的で,「物価が上昇してもそれ以上に収入がふえれば良い」(14.6%)とする家計の割合は小さい。政府に望む施策についても「物価対策を望む家計が圧倒的に多いのであって消費者は物価の現状について依然強い関心をもっている。最近の物価上昇の内容をみると,どちらかというと,生活必需性消費財での,また購入頻度の高い品目での上昇が著しい( 第I-3-13図 , 第I-3-14表 )が,このことは消費者の価格に対する関心をより一層強めていると言えよう。その結果51年度は実質所得の伸び悩みもあって,価格に対し極めて敏感に反応するようになっている。例えば,近時の魚価高騰に対して家計支出における魚介類購入量が顕著な減少を示していること( 第I-3-15表 ),またデパート等における衣料品販売においてもバーゲン・セールでないと売れないという傾向がみられていることなどは消費者の物価感覚の鋭敏化を示す現象であろう。
これまでにも価格の上昇は消費を減少させてきたが,最近のように消費者が価格に対して敏感となっていることからすると,価格の引上げは,これまで以上に消費の減少をもたらす可能性が強い。
このように,消費者物価が落ち着き傾向を示しているのに,消費者が依然物価に大きな関心を抱き財布の紐を緩めようとしないのは,景気回復テンポが緩慢でしかもその先行きに不安をもっているという状況の下で所得の伸びが低いということによる面が大きいと思われる。