昭和51年
年次経済報告
新たな発展への基礎がため
昭和51年8月10日
経済企画庁
昭和50年度は,厳しい総需要抑制策の下に2年有余の長期にわたり展開された金融引締が転換され,金融緩和が着実に進行した年であつた。
50年4月の公定歩合0.5%引下げを皮切りに,6月,8月にも各々0.5%と引下げが実施され漸進的な緩和策がとられ,量的にも都市銀行に対する貸出増加額規制(前年同期比)が,1~3月期5.3%増のあと,4~6月期12.7%増,7~9月期10.2%増と漸次緩和が進められた。金融が緩和基調に転じてからも,このように窓口規制が撤廃されなかつたことは異例のことであり,それだけ通貨当局が金融緩和に慎重であつたことがうかがわれる。これは,通貨当局がインフレ・マインドの収束を図つたことのあらわれである。最終需要の伸び悩みから秋口にかけて景気は足踏み状態の様相を呈したため,政府は9月17日の第4次景気対策を軸に財政面からの景気浮揚策を実施するとともに,金融面でも10月に公定歩合をさらに1.0%引下げ,預金準備率も10年ぶりに引下げた。また,貸出増加額規制も10~12月期には前年同期比22.0%増,51年1~3月期には同26.3%増とかなり弾力的な緩和策がとられ,金融は質・量両面で本格的に緩和された。この結果50年度後半以降,企業金融は業種・企業間に跛行性を残しつつも,全体としては緩和が浸透した。この間,財政支出の増大・輸出の急回復等を背景に企業の手元流動性もかなりのピッチで復元し,51年3月末には,その水準もほぼ適正なレベルにまで回復した。
景気も,輸出の回復にリードされながら国内最終需要も着実な増加をみせたことから,順調な回復軌道にのり,51年1~3月期の実質GNPは前期比3.2%増を記録するに至り,50年度の実質成長率は3.0%増と,前年度のマイナス成長から脱出し,物価,景気両面での政策目標を一応達成することができた。
こうした50年度の金融情勢のなかで特筆すべき動きは資金の流れが,過去の局面とはちがつて特異な動きを示したことである。つまり,財政バランスの悪化から公共部門の資金不足額が拡大し,法人企業部門の資金不足額は実物投資の停滞から縮小した。このようななかで,巨額の財政赤字をファイナンスするため,大量の国債が発行された。本報告第1章でみたように,50年度中のマネー・サプライは一貫して漸増傾向を示したが,M2の供給要因で際立つた特徴は政府部門信用の増加寄与度が高まつている点であつた。
国債の大量発行に際しては,当初,マネー・サプライの過大供給とクラウディング・アウト(国債の発行により金融機関の貸出が抑制されたり,事業債が市場から締め出される現象)の可能性がクローズアップされた。マネー・サプライに関しては,M2(平残)は50年度は前年度比13.9%増の伸びにとどまつているが,50年度後半以降,M2の増勢は強まり,この結果,M2残高を名目GNPで除したマーシャルのKは,最近のボトムである49年10~12月期の75.4%から51年1~3月期は80.1%にまで上昇した。この間,企業の流動性の水準を手元現預金(短期所有有価証券を含む)比率でみても急ピッチの上昇となつた( 第9-3図 ,本報告 第1-49図 )。
こうしたことから,通貨当局は,マネー・サプライの増勢に警戒を強めつつあるものの,現状では,民間資金需要の鎮静が持続していることから貸出の伸びが比較的低いため,マネー・サプライが急増するような気配はうかがわれない。
一方,クラウディング・アウトの問題に関しては,同様に民間資金需要が予想外に盛り上がりを欠いたことや,都市銀行を中心に手持ち既発債券の売却がかなり行われたことなどの理由から,クラウディング・アウトの懸念も現実のものとはならなかつた。
なお,金融綬和が進み市中金利が低下するなかで,短期金利(コール・レート,定期預金金利)の急速な低下から長期金利水準が,短期金利を上回る通常の緩和期の利子率体系となつた( 第9-4図 )。
50年度の金融市場は,年度当初から金融政策が漸進的に緩和されたことを背景に,年度間ほぼ一貫して緩和基調で推移したが,そこには次のような特徴がみられた。
その第1は,資金需給面で,50年度中に総じて余剰基調であつたことである。年度間を通じて資金余剰となつたのは,40年度以降では,外為会計の支払が巨額にのぼつた46年度に次いで2度目のことである。これは,ひとつには,財政資金が大幅払超となつたこと,ふたつには,日銀券の増勢が大きく鈍化したことによつて説明される。まず,財政資金についてみると,法人税を中心とする租税の大幅減収を主因に,一般財政が6兆9,538億円という未曾有の払超額に達した。他方,この巨額の財政赤字をファイナンスするため4兆4,044億円の長期国債が発行されたものの,外為会計を含めた財政資金対民間収支では,2兆1,250億円の払超となつた。他方日銀券の動きについてみると,名目的な実体経済の伸びが鈍化したため,年度間の平均発行残高の前年度比伸び率も11.8%増と過去10年来の低水準で推移した。これは,50年1~3月期に景気は底入れしたあとも,物価が落ち着き基調で推移するなかで,春季のべースアップ率が前年を大幅に下回るなど個人所得が伸び悩み,個人消費の回復が鈍かつたためである。以上のような資金余剰に対応して,通貨当局は日銀信用を回収する形で調節を行つたが,年度間で,日銀信用が縮小したのも,ここ10年間では46年度以来のことであつた( 第9-5表 )。
第2の特徴は,年度の前半と後半では,市場環境に大きな変化がみられた点である。つまり,前半においては,コール・手形売買市場での大宗の資金の取り手である都市銀行の預金の伸びは過去の緩和局面に比べて不調であつたことや,企業の資金需要も後向き資金を主体に引続き底固いものがあつたことなどから,資金市場での取り意欲は比較的旺盛であつたため,需給はひつ迫基調で推移した。この間通貨当局の政策運営も金融綬和に慎重さをみせていたこともあつて,コール・レートも10%を上回る水準であつた。逆に,資金の出し手である余資金融機関の立場からみれば,コール市場での余資運用は債券運用より高利回りとなつたため,市場への資金放出態度は積極的であつた。このため,市場規模は拡大傾向が続いた。後半に入ると,財政資金の流入を主因に都銀の預金が急速に伸びを高めた。他方で窓口規制の弾力化により貸出も増加したものの,預金の伸びはそれ以上であつた。この結果,都銀の資金取り入れ額の伸びは鈍化し,資金ポジションも好転した( 第9-6図 )。この間,以上のような資金需給の緩和要因に加えて,10月の公定歩合引下げ,11月の預金準備率の引下げなどを反映して,市場金利は下げ足を速めた( 第9-7図 )。年明け後も輸出の急回復から法人預金の伸びは好調を維持する一方,企業の資金需要は鎮静を続けたため,貸出の伸びは低水準にとどまつた。この結果,51年1~3月期の都銀の資金ポジションは引続き好転し,また市場金利の急低下から余資金融機関が,より利回りが有利な債券運用へのシフトを指向したため,市場規模は縮小した( 第9-7図 )。
第3の特徴は,金融緩和が進むなかで,大量の国債が市中金融機関で引受けられることがスケジュールにのぼり,当初,円滑な国債の消化が懸念され,金融市場に与えるインパクトが重大視されたが,これまでのところ,さしたる混乱もなく市場は平穏裡に推移したことである。これは,①預金が好調に推移した一方,企業の資金需要が鎮静化をつづけたこと,②農林系統機関や一部事業法人の債券購入態度積極化を背景に都市銀行を中心に,既発債券の大量な売却が展開されたことなどによるものである。
50年度の金融機関の預貸金動向をみると,金融緩和が進むなかで頂金は比較的堅調な伸びをみせたのに対し,貸出は過去の緩和期に比べて低調な伸びにとどまつた。まず預金についてみると,法人預金は年度前半までは,売上げの伸び悩み,窓口規制の存続により貸出が抑えられたことの影響などから,一桁台の伸びで推移したが,年度後半に入り,財政資金の流入,輸出の回復,収益の好転などから着実な増加をみせた。他方,個人預金は,所得の伸びは鈍化したものの,一貫して堅調な伸びを示した。この結果,全国銀行の実質預金増加額は,前年度比87.4%増と著増し,残高の前年度比は15.6%増となつた。
次に貸出についてみると,全国銀行貸出増加額は50年度中9兆4,968億円となり,前年度(7兆7,884億円)に比べ21.9%の増加となつた( 第9-8表 )が,残高の前年度比では11.7%増と,預金の伸び率をかなり下回つた。過去3回の緩和局面と比べても,今回の伸びは終始低い伸びにとどまつている。これは第1に,既に述べたように,通貨当局が物価上昇懸念から量的緩和には慎重であつたことから,引締解除後も引続き窓口規制を実施したため貸出の伸びが抑制されたこと,第2に,金融機関の融資態度に過去の緩和期にみられたような貸出競争が今回ははとんどみられなかつたことである。たとえば,都市銀行でいえば,金融緩和に入つてからも外部負債比率は比較的高く,また大量の国債引受を控えていたなど資金ポジション面からの制約もあつて貸し込む条件が整つていなかつたこと,第3に,不況の長期化による企業の体質悪化から借入能力が低下したことや,多くの企業で借入圧縮による金利負担の軽減を図つたこと,企業の資金需要自体が総じて鎮静を続けたことがあげられる(後述)。
次に,金融機関の貸出内容の特徴を全国銀行ベースでみると,まず製造業向けの貸出増加額の伸び率は前年度に比べ13.4%減少し,非製造業向けが48.0%増となつた。これは,卸小売・不動産等の業種の資金需要が回復に転じてきたこと,製造業の設備投資が長期間低迷していることの影響が大きい。規模別にみると,大企業向けの伸びが鈍化した一方,個人向け住宅ローンが著増した。
50年度の企業金融の動向をみると,金融綬和政策を反映して,漸進的な緩和が進行したが,この間の特徴を過去の局面と比較してみよう。
第1に,企業の資金需要が過去の緩和局面ではみられないほど盛り上がりに欠けたことである。50年1~3月期の景気底入れ前後の自律的な在庫資金需要減衰は別としても,景気回復が足踏みしたことや,景気の先行き不安から企業のマインドが極度に冷え切つたことなどから,在庫・設備両面で前向きの実物投資は低迷した。それでも,年度前半は,赤字滞貨資金等の後向き資金需要が比較的高水準であつたが,後半に入ると,後向き資金が一巡したうえに,過去の景気回復局面でみられたような前向き資金需要は鎮静を続けたままであつた。
第2に,資金供給面の特徴として,今回の資金の流れが,これまでと大きく変つたことである。つまり,既に述べた通り,財政資金が大幅な払超となり,法人部門への資金流入が多額にのぼつたこと,また今回の景気回復が輸出に先導されたものであつたことから,自動車・家電を中心に手元資金が潤沢に積み上がつたことである。このような今回特有の状況に加えて,政策的な側面を加味して全体としての企業金融の動向をみると,年度前半は,窓口規制がやや抑制気味であつたことから企業の資金繰りはなお窮屈感を残していた。主要企業の流動性判断でみても,年度前半までは,いずれの指標でみても緩和の浸透はゆるやかなものであつた。後半に入ると,政策の重点が漸次景気回復に移行するなかで,企業サイドの緩和要因と相まつて,流動性水準・判断とも急速に好転し,年度末の企業の手元流動性もほぼ適正な水準まで回復した(本報告第1章参照)。このことは,年度後半の企業の金融投資が増加した点からも裏付けられる(本報告 第1-50図 )。
第3に,以上のような過程で,企業金融の緩和は業種間あるいは企業間の跛行性がこれまでになく大きかつたことである。つまり,年度後半以降の輸出の伸びを背景に,代表的輸出関連業種である自動車・弱電は収益改善要因も加わつて,最も早い時期に資金繰りが好転し,また財政支出の増加から建設,セメントなどの公共事業関連業種でも徐々に好転した。他方,石油化学,砂糖,アルミ,紙パルプ,海運等の業種では,オイル・ショック以降の不況の影響を強く受けたことから,後向き資金需要が根強く,資金繰りも一貫して厳しいものがあつた。
また,不況が長期化したなかで同一業種であつても,業績格差あるいは財務内容格差などから資金繰りの跛行性が鮮明にあらわれた。
50年度の公社債市場をみると,金融緩和が進むなかで,流通利回りは概ね緩やかな低下傾向をたどつた( 第9-9図 )。これは,多額の公共債が発行されるという状況の下で,ポジション悪化を防ぐ意味から,都銀,地銀などを中心とした大量の債券売却が行われた一方,農林系統金融機関,中小企業金融機関および一部事業法人などが,積極的な余資運用を図つたためである。こうしたなかで,債券売買高は引続き拡大し,総額57兆3,014億円(前年度比47.9増)となつた。
次に発行市場の動きをみると( 第9-10表 ),事業債については,50年度の起債総額は1兆5,042億円(前年度比52.4%増)と活発な起債が行われた。これは,金融引締め政策の転換に伴い,市場環境が好転したことに加え,大口融資規制に伴う資金調達多様化の必要から一般事業債の起債が急増したからである。なお,年度後半には,大量の公共債発行が事業債発行に影響を与えることが懸念されていたが,11,12月の事業債の発行条件改定後に,売れ残りがみられたものの,年明け以降は流通利回りが応募者利回りを下回るなど,募集環境の好転に支えられて消化状況は順調であつた。
公共債については,不況による税収の落込みと景気回復の必要から,50年度には4兆5,100億円(市中消化分)にのぼるこれまでにない巨額の国債が発行されたほか,地方債の発行も急増した。
他方,条件付売買市場は,事業法人などの短期資金運用・調達の場として50年度を通じて緩やかに拡大した。50年度中は,手元流動性の復元の進んだ事業法人を中心に買い意欲が強まり,レートは低下傾向をたどつた。
最後に株式市場の動きをみると,年度初めに上伸のあと,企業業績が悪化を続けたことから先行き不安感が高まり,株価は夏場から秋口にかけて低落した。しかし10月に入ると,第4次景気対策やアメリカ景気の急テンポの回復などを好感して株価は上昇に転じた。さらに本格的な金融緩和などを背景に51年1月には東証一部株価指数(月中平均)は337.33と前年の高値を更新し,出来高も1日平均で4億株を超すなど盛況となつた。その後,ロッキード事件などの悪材料から一時弱含みとなる場面がみられたものの,業績好転業種を中心に市況は再び上昇に転じている。この間の株式売買を主体別にみると( 第9-11図 ),投資信託が50年後半の株式投信の大量設定などから買い意欲を強めたほか,事業法人が売却益捻出を目的に50年度を通じて売りに回つたことなどが特徴としてあげられる。なお,増資についてみると,有償増資調達額は,設備資金需要が鎮静を続けたものの,大口融資規制との関係から,全体としては前年を大きく上回る規模となつた。
今回の金融緩和政策は,物価の安定と景気の回復というふたつの目標を要請されたものであつた。それだけに,過去の金融緩和に比べて,通貨供給量の増大に対しては一貫して慎重な姿勢が堅持された。この結果,物価は所期の目標を達成し,景気も輸出の急回復に支えられた面が強かつたとはいえ,まず順調な回復過程をたどつている。そうした意味では,今回の金融政策に課せられた役割は果されつつあるといえよう。ただ,今後の金融政策を展望すると大きな課題がなお残されているといえる。それは,マネー・サプライのコントロールについてである,50年度に関する限り,大量の国債が発行されたにもかかわらず,マネー・サプライ(M2)の伸びは比較的モデレートな範囲内にとどまつた。これは,景気回復過程で民間資金需要が予想外に低迷したことによる影響が大きい。国債の発行がストレートにM2の増加につながるものとはいえないにしても,M2のコントロールを難しくする面は否定できない。また国債の市中消化もほぼ円滑に行なわれたとはいえ,引受負担の高い都市銀行等の保有有価証券額に占める国債のシェアが高まつてきている点は注目を要しよう( 第9-12図 )。このようにみてみると,国債の大量発行が持続するなかで,民間資金需要が本格化する場合にはマネー・サプライのコントロールはそれだけ困難となることも予想される。
そのためにも国債の発行が金融全体を圧迫しないように市場実勢に応じた発行条件を維持するとともに債券流通市場を一層整備することが望まれる。