昭和51年
年次経済報告
新たな発展への基礎がため
昭和51年8月10日
経済企画庁
50年度の鉱工業生産活動は,戦後最大の不況からの回復過程にあつたが,その回復力は総じて鈍く,またその回復の足どりは回復-足踏み-回復という過去の回復局面に例をみない波動をえがいた。この結果,前年度比で生産は3.6%減(49年度9.4%減),出荷は0.7%減(49年度9.0%減)と2年連続して前年度の水準を下回つた。
今回不況で鋭角的に深い落込みを示した鉱工業生産・出荷は,流通段階における在庫投資の自律的反転によつて,生産は50年2月,出荷は同1月にそれぞれ底を打ち反転上昇した。すなわち,1~3月にかけて流通段階を中心に在庫調整が進展するとともに,48年4月以来堅持されてきた総需要抑制策が緩和されたこともあつて,4~6月には流通在庫の積み増しの動きが出はじめた。これを受けて,メーカー段階では低操業下の固定費圧力に苦しんでいたこともあつてすぐさま減産体制が緩和され増産に向つた。この結果,4~6月の鉱工業生産は前期比(季節調整値)で3.1%増,出荷は同3.6%増と顕著な増加を示した。また,業種別にみても,減少を続けている民間設備投資関連業種を主な需要先としている鉄鋼,一般機械などを除き,ほとんどすべての業種で増加となつた。このような在庫積み増しに主導されて始まる生産の回復は,景気の反転期には通例みられることである。しかしながら今回の回復過程において,国内最終需要は民間設備投資が減少を続けたほか,4~6月に急増した民間住宅投資も7~9月,10~12月と連続して減少するなど全般的に伸び悩み,また,輸出も海外景気の低迷から4~6月に引続き7~9月も減少するなど,最終需要の回復力は非常に鈍かつた。このため4~6月に急上昇した生産回復は息切れとなり,鉱工業生産は前期比で7~9月2.0%増,10~12月0.8%増,出荷は同7~9月0.8%増,10~12月2.1%増と夏場以降年末にかけて足踏み状態になつた。この時期には,とくに在庫が積み上つた鉄鋼で減産が強化されたほか,化学,窯業・土石などでは厳しい減産態勢が継続された。このような景気停滞感が強まるなかで,アメリカを中心とする世界景気の回復から,わが国の輸出が年末近くから急増しはじめ,51年1~3月には記録的な増加を示し,このため外需向け鉱工業出荷は前期比で14.8%増と著増した。さらに民間設備投資が下げどまるなど内需の回復もあつて,51年1~3月の鉱工業生産は前期比で5.8%増,出荷は同5.7%増と急速な回復を示した。
今回の景気回復局面における財別動向の特徴を過去のそれと対比させながらみてみよう( 第2-1図 )。
資本財(輸送機械を除く)は,過去の回復期では景気の谷の時期とほぼ同時に底を打ちその後全体の景気回復をリードしたのに対し,今回は民間設備投資が景気反転後も3四半期減少を続けたことから,景気底入れ後も減少を続け50年10~12月にようやく底入れした。生産水準をみても50年10~12月は48年10~12月のピークに比べ27.1%の減少となり,対ピーク比では建設資材に次いで大きな落込みとなつた。もつとも外需向け出荷は50年4~6月から上昇に転じ,その後急速な伸びを示し51年1~3月の前年同期比は45.4%増と各財のなかで最大の伸びをみせた。これは,積極的な輸出市場の開拓が行われるなど内需の不振を輸出でカバーする動きが顕著であつたことを背景にしているとみられる。このような51年1~3月の増加があつたものの,年度間では前年度比で生産14.8%減,出荷11.6%減と2年連続の大幅減少となつた。
建設資材は50年4~6月に民間住宅投資の盛り上がりから急回復を示したものの,7~9月,10~12月には,民間住宅投資及び設備投資が減少するとともに公共工事の遅れから生産の回復はまつたく足踏み状態となり,セメント,小棒,合板について不況カルテルが実施されるなど低迷の度を強めた。年度間としては資本財に次いで落込みが大きく前年度比で生産5.6%減。出荷3.8%減となつた。
耐久消費財は,小型乗用車,ラジオ・テレビ音響機器,電子式卓上計算機などを中心に,個人消費の回復が進んだアメリカなどで需要が急増を続けたほか,内需も底固い動きを示したため,過去の回復期と同様順調に推移し前年度比で生産4.8%増,出荷7.5%増となり49年度の落込みをほぼ取り戻した。
非耐久消費財は,景気の反転期に流通段階を中心とする在庫調整が他の財に比べて進捗していたことを背景に底固い個人消費と繊維二次製品などの好調な輸出に支えられ,過去の回復期を若干上回るテンポで順調に回復し前年度比で生産1.1%増,出荷2.2%増となつた。
一方,生産財は,その需要先である消費財が好調な動きを示したものの投資財が不振を続けたことを反映して,前年度比で生産3.2%減,出荷1.1%減となつた。
業種別の生産の増減率を製造工業平均の増減率で除した弾性値を石油危機前の高成長期(48年対45年)と石油危機後(50年度対48年)にわけて比較してみると,次の4つのグループに区分することができる。すなわち,①これまで高成長を続けてきて,今回の不況でも回復が速かつたもの,②これまで低成長であつたが,今回の不況の影響をあまり受けなかつたもの,③これまで高成長を続けてきたが,今回の不況では大きな影響を受けたもの,④これまで低成長であり,今回の不況の影響も大きかつたもの,である( 第2-2図 ),第1グループにあるのは輸送機械,電気機械などで,とくに乗用車,民生用電気機械といつた耐久消費財は今回の不況からの回復力が強く,順調に生産が拡大されてきたといえる。第2グループは比較的景気変動の影響を受けない性格の産業であるといえるが,これには需要の所得弾性値が比較的小さい食料品,たばこなどの非耐久消費財が含まれている。第3グループにおいては48年以降のエネルギー資源価格の高騰の影響を強く受けた鉄鋼,非鉄,化学などの重化学工業,素材型産業が含まれている。このような産業分野では,減速経済への移行にともなう需要構造の変化が生ずるとすれば,これに対して何らかの対応策が必要となろう。第4グループはこれまでも低成長であり,かつ今回の不況からの脱出もはかばかしくなかつた産業である。これには従来から産業構成比のウエイトを下げてきた繊維,木材木製品,窯業・土石,パルプ・紙といつた軽工業が含まれているが,一般機械もこのグループに含まれていることが注目される。一般機械は14品目に細分類されているが,このうち第1グループは事務用機械だけで,第4グループは8品目と5割を超えている。とくに繊維機械や金属加工機械(工作機械,プレス機械など)が石油危機前後を通じて低迷しているほか,化学機械,ボイラー原動機,特殊産業機械(射出成形機,印刷機械,食料品加工機械,木工機械など)も不振を続けている。これらは主として製造業の能力増加にかかわる設備投資関連業種であり,設備投資の中期的調整を反映したものといえよう。
過去の景気回復局面における民間在庫投資は,景気の谷のあと,ただちにあるいは1四半期の遅れ(47年を除く)をもつて増加に転じ,その後は最終需要の伸びに支えられて大幅に増加し,それが景気を下支え,あるいはまた景気回復をリードするというパターンがみられた。しかし,今回の景気回復局面において,在庫投資は総じて過去の回復局面にみられたような景気回復の力強い牽引力を持ち得なかつた。
50年1~3月の流通段階の在庫調整の一巡による景気反転後,民間在庫投資は50年4~6月からすみやかに増加に転じたが,49年以降積み上つたメーカー在庫が依然として高水準であつたことに加え,最終需要の回復が鈍かつたことから,在庫投資の増加は小幅なものにとどまり,10~12月にかけて在庫の再調整を招くこととなつた。在庫調整一巡後の再調整という過程は,GNPベースの在庫ストックと適正在庫ストック(試算)の推移をみてもはつきりしている( 第2-3図 )。すなわち50年1~3月に両ストックのギャップは縮小に向かつたが,4~6月から7~9月にはむしろギャップが拡大しており,10~12月及び51年1~3月に再び縮小に向つている。以上の様に50年度の民間在庫投資の動向は,①在庫調整の一巡とその反転の時期②再調整の時期および③最終需要の急伸による在庫投資の意図せざる減少の時期と,おおまかに3つの時期に区分できる。以下では形態別業種別の特徴をふまえて在庫投資の動向を細かくみることにしよう( 第2-4図 , 第2-5図 )。
今回の景気反転も,従来と同じく流通段階の在庫調整の一巡による在庫投資の自律的反転によるものであつた。すなわち49年7~9月から始まつた流通段階の在庫調整は,民生用電気機械,自動車,紙,石油製品などを中心に50年1~3月にほぼ終了し,4~6月には上記の品目等を中心に流通在庫投資は増加に転じた。しかし,鉄鋼,非鉄などの素材関連品目は流通段階での調整を4~6月以降に持ち越していたこともあつて,4~6月の流通在庫投資の増加は総じて従来の反転の時期に比べ力強さに欠けていた。
一方,メーカー段階をみると,過去の回復局面において流通在庫投資とほぼ同時に増加に転じた仕掛品在庫投資は,今回は流通在庫投資が増加に転じた4~6月には減少を示し,依然として在庫調整が続いた。これは,50年1~3月に大幅な減産態勢がとられていたものの設備維持などの理由から減産を十分に行うことができなかつたことを背景に,1~3月に仕掛品在庫投資が大幅に増加していたことに起因するものと思われる。原材料在庫投資についても4~6月は減少し,48年から49年にかけて価格上昇期待などで積み上つたストックの調整が続いた。また製品在庫投資は流通段階の積み増し意欲が低調であつたことなどから徴増となつた。このようなことから4~6月の在庫投資は総じて過去の反転期に比較して小幅な増加にとどまつた。
以上みたように4~6月の在庫投資の増加が小幅であつたのは在庫調整の形態別跛行性によるものであつたが,さらに最終需要の回復が鈍かつたという要因が加わつたため10~12月にかけて在庫の再調整が行われることになつた。すなわち4~6月から7~9月にかけて最終需要の伸びは鈍化し,在庫投資を除く実質国民総支出でみても7~9月は前期比0.2%増,10~12月は同0.7%増と小幅な伸びであつたために,4~6月に積み増しを図つた流通段階も在庫補充に慎重な態度をとりはじめ,10~12月には流通在庫投資は減少した。一方,流通在庫投資を品目別にみると,品目によつて全く違つた動きとなつている。すなわち,紙,繊維,民生用電気機械などの消費財関連では需要の底固い動きにより慎重ながらも積み増しが図られている。しかし消費財でも自動車については排ガス規制前に積み増された在庫が需要の著増から急速にはけ,在庫投資は減少している。一方素材関連では,鋼材は市況立直しなどのため流通段階の在庫調整が一層強力に押し進められており,非鉄は在庫ストックが高水準にありながらも,海外相場の上昇に伴い積み増しが図られている。
以上の様な流通段階の総じて慎重な動きにより,メーカー段階では意図せざる在庫増を生じ,減産緩和のテンポを遅らせたり減産態勢を強化するかたちで在庫の再調整が図られることとなつた。
51年1~3月には,需要急増を主因に流通在庫投資をはじめ全形態の在庫投資が減少を示した。すなわち50年秋口以降在庫の再調整が進められていた流通段階においては,鉄鋼など素材関連品目ではなお在庫調整が続けられていたものの民生用電気機械など一部耐久消費財関連品目では積極的な積み増しの意向が出はじめていた。このようなところに輸出が急増するとともに内需が持直して最終需要が予想以上に急速かつ大幅に増加したため,流通在庫投資全体としては減少を示した。
一方,メーカー段階では,素材関連メーカーを中心に在庫調整が行なわれていたところに大幅な最終需要の増加がおこつたために,流通段階をいわば素通りして最終需要の急増に吸い出されるかたちで製品在庫は大幅な減少となつた。
51年1~3月にはすべての形態の在庫投資に意図せざる減少がみられたが,今後は需要の着実な回復に伴なう在庫投資の増加が期待される。しかし,当面の在庫投資の回復力については従来のような力強さは期待できにくいと思われる。その理由は流通在庫を除いて,とくに製品を中心に,仕掛品,原材料の在庫水準が依然として高いからである。また在庫率でみた場合,51年1~3月の製品在庫率は過去の不況回復開始時点の水準まで減少したにすぎず原材料在庫率も依然としてなお高い。日本銀行の「主要企業短期経済観測」でみても在庫が過剰と判断している企業が多いこと(本報告 第4-12図 ),また,前述の適正在庫ストックと現実の在庫ストックとの比較においても,最終需要が大幅な増加となつた51年1~3月においても適正水準以上の在庫ストックが存在していることなどからみて過去の回復局面のような大幅な在庫投資の増加は当面期待しにくい状況と考えられる。
49年1~3月の急減以来8四半期にわたつて減少を続けてきた民間設備投資は,51年1~3月にいたつて前期比0.5%増(国民所得統計速報,実質)とようやく下げ止まつた。この結果,50年度としては,前年度比10.6%減と2年連続の大幅減少となつた。このような民間設備投資の長期にわたる低迷は今回の不況の谷を深いものとするとともに,景気回復力を弱める大きな要因の一つになつた。
今回不況における民間設備投資の動向を特徴づけているのは,8四半期もの長期にわたつて減少したという点もさることながら,過去の景気回復局面では民間設備投資は景気の谷とほぼ同時に底を打ち,期を追つて増加したが,今回はまつたく異なり景気の谷の後3四半期も減少が続いた点にある( 第2-6図 )。
景気の反転後も民間設備投資が減少を続けたのは,第1に需給ギャップがもともと過去に比べて非常に大きいものであつたうえに景気反転後の最終需要の伸びが鈍かつたために需給ギャップの縮小が遅々として進まなかつたこと,第2に企業収益が非常に低い水準にあつたうえに景気底入れ後に一段と落込んだこと,第3に景気反転後も,経済の先行き不鮮明を背景に企業が中期的需要見通しを明確にたて難い状況にあつたこともしくは低操業を背景として見通しを下方に修正するような行動をとつたことなどに起因するとみられる。
業種別にみると,製造業では鉄鋼が新規投資が軒並み着工繰延べとなつたものの継続工事があつたことなどから堅調な動きを示したが,その他のほとんどの業種では減少が続いた。なかでも化学,非鉄,電気機械などの落込みが大きい。非製造業では電力・ガスなどが増加したものの,景気の低迷を反映して卸小売,建設などが減少し,全体として減少となつた。
51年1~3月の民間設備投資の下げ止まりを業種別,規模別にみると,非製造業と製造業中小企業の増加によるものである(本報告 第1-32図 , 第1-37図 )。このように業種別では非製造業が,規模別では中小企業が先行して下げ止まるというパターンは過去の不況局面とまつたく同じである。
第2-7表 50,51年度業種別設備投資動向(前年度比増減率)
51年度の業種別設備投資計画を日本銀行の「主要企業短期経済観測」(51年5月調査)でみると,設備投資が51年度に前年度比で増加するとみられる業種は,製造業では食料品,鉄鋼,電気機械,自動車,非製造業では運輸,通信,電力,ガスとなつており,製造業全体で前年度比7.2%増,非製造業全体で同32.0%増(いずれも名目)と増加が見込まれている( 第2-7表 )。全体としての需給ギャップが未だかなり大きいにもかかわらず(製造業では51年1~3月時点で23.6%〔試算〕の需給ギャップが存在している〔 第2-8図 〕)このように51年度の計画でみる限り民間設備投資が持直しに転じる理由は,増加業種を次のようなグループ分けをすることによつて理解できる。
すなわち,短期的需給動向ではなく中長期的需給動向によつて設備投資が決定される業種(鉄鋼,電力)及び,最近需給ギャップが急速に減少している業種(家電,自動車など)の2つのグループである。
第1のグループの鉄鋼と電力では,51年度の製造業,非製造業の設備投資計画額のそれぞれ41.9%,69.5%を占める巨額の設備投資が計画されている(日本銀行前出資料による)。これは基本的には,鉄鋼や電力のような超大型装置産業では投資の懐妊期間が長いため,短期の需給動向よりは中長期の需給動向によつて投資決定がなされるためである。ちなみに鉄鋼の需給ギャップは51年1~3月に輸出急増によつてかなり減少したものの未だにかなりの高水準にあるものと思われる(50年10~12月時点で34.0%〔試算〕)。鉄鋼の中期需要見通しは従来程の高い伸びはみせないものの53年度には現在の需要水準に比べかなりの需要増加が見込まれている( 第2-9図 )。これに基いて48年頃に53年度を目途として計画されていた新規投資のうち今回不況で着工繰延べとなつていた工事が一部再開されるうえに同様に繰延べとなつていた高炉の補修などが計画されており,これに公害対策上の投資も加わつて51年度計画は大幅な増加となつている。また,電力については,民生用需要を中心に中長期的には需要の堅調な増加が見込まれる一方資金面の制約等からこのところ設備投資の伸びが鈍化していたことの反動もあつて,51年度計画は大幅な増加となつている。
第2のグループでは,50年央から輸出が増加し,国内向け出荷も堅調な動きを示した自動車や,家庭用電気機器ではこのところ需給ギャップが急速に縮小しているとみられ,これを背景に51年度設備投資計画はかなりの増加となつている。また今回不況で初めて大きく減少した非製造業設備投資(電力を除く)も景気の着実な回復傾向を反映して増加計画となつている。
以上のことから,51年度には民間設備投資が持直しに転じるとみられるが,現在の大幅な需給ギャップを短期間で縮小するほどの最終需要の大きな伸びは期待し難いこと及び企業収益が総じてかなり低い水準であることなどから本格的な設備投資の盛り上りは当面期待できないとみられる。