昭和50年

年次経済報告

新しい安定軌道をめざして

昭和50年8月8日

経済企画庁


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12. 国民生活

(1) 49年度の個人消費の特徴

49年度の日本経済はインフレーションと不況の併存という新事態にみまわれ,国民生活面においても不況に伴う所得の増勢鈍化や雇用不安,さらには年度間を通して2桁台の物価上昇が持続したことなど,国民生活は深刻な打撃を受けた。そのため,消費者の生活防衛意識が高まり,消費支出を極力おさえ,貯蓄を増加させるというこれまでの不況期にはみられなかつたような国民の対応がみられた。

第12-1表 消費関連指標の動き

もつとも,そうしたなかにあつても比較的余裕のある高所得層では生活水準をそれほど落すことなく,好況期なみの生活改善がみられたのに対し,中・低所得層では不況と物価高に対して生活防衛的な消費行動をとつたため消費支出の階層間格差は著しく拡大した。

以下では49年度の国民生活の動向を主として消費面から検討してみよう。

(2) 消費停滞の実態

まず,個人消費支出の49年度の推移を国民所得統計でみると,各四半期とも年率20%を上回る大幅な上昇を続けたが,物価上昇をとり除いた実質では,石油危機に伴う異常狂乱物価下で大幅な落込みを示した後もさしたる回復がみられず,49年10~12月には前期比1.5%減と再び減少した。しかし50年にはいると物価の騰勢が落着いてきたことから5.5%の増加となつたものの,年度平均ではわずか2.3%の微増にとどまつた( 第12-1表 )。これはこれまでの不況期で最も伸びの低かつた29年度の4.8%の伸びをも下回る低いものである。

第12-2図 不況期における消費関連指標の動き

この個人消費に,個人の消費活動という面から住宅建設の動向をも加味した広義の消費支出の動向をみると,増勢鈍化はさらに著しく,49年10~12月には前年同期の水準を下回るなど著しく不振であつた。

これを過去の40年不況期と比べてみると,40年不況時には,実質消費の増勢は鈍化しているものの,前年同月比でマイナスとなることはなかつたが,今回における実質消費の落ち込みは特に著しかつた( 第12-2図 )。

第12-3図 耐久消費財普及率の推移

こうした個人消費支出の停滞は家計の意識面にもあらわれている。総理府「世論調査」(49年11月)によれば,「生活が低下した」という家計は40年不況当時の約3倍にも達しており,特に食生活,衣生活などの基礎的生活分野の悪化をあげるものが,それぞれ33%,17%にも達している。

a 消費構造高度化の足ぶみ

このように49年度には全体として消費支出の停滞が続いたこととならんで,これまでほぼ一貫して進んできた消費構造の高度化の動きも停滞した。

その第1は,これまでほぼ一貫して低下していたエンゲル係数が49年度には前年比横ばいとなるなど,消費構造高度化の動きはこの面においても後退した。また,「家計調査」により消費支出の費目別増加寄与率をみると, 第5表 に示したように前年度に比べて住居費(1.9ポイント),被服費(3.4ポイント)などの随意支出の消費は後退して,逆に食料・光熱費などの生活必需支出の寄与度はそれぞれ2.4,1.2ポイント高まるなど,前年度とは様変わりの様相を呈した( 第12-5表 )。

第12-4表 消費支出と平均消費性向の推移

ところで49年度において増加寄与率が低下した住居,被服についてその減少した費目をみてみると,まず,住居については耐久消費財の不振が大きく影響している。これまで,耐久消費財購入は不況期において増勢鈍化がみられたが,前年水準を下回るということはなく,ほぼ一貫して増加し,40年代にはいつても40~48年度平均で実質9.6%増の大幅な増加となつていた。しかし,49年度に入ると年度前半は9.3%減と大幅に減少し,年度後半にはやや減少幅の縮小はみられるものの,5.9%減と引続き減少している。このため年度を通してみると前年度比7.9%の減少となつている。

第12-5表 費目別消費支出の推移

こうした耐久消費財需要が不振であつたのは,(1)後述のように実質所得の増勢が鈍化したこと,(2)消費者信用が金融引締により抑制されたこと,(3)耐久消費財と関係が深い住宅建設が停滞したこと,(4)これまで据え置かれていた乗用車,家電などの値上げが相次いだこと,(5)耐久消費財の普及率がかなりの水準に達したこと,などによるものとみられる。

第12-6図 49年度における所得階層別消費支出の伸び

耐久消費財需要の大きな説明要因の一つである主要耐久消費財の普及状況をみると,今回の不況がはじまる前の時点で(当庁調べ49年5月「消費者動向予測調査」),冷蔵庫(96.5%),洗たく機(97.5%)などほぼ100%またカラーテレビ(87.1%)は80%をこえており,乗用車(40.1%)も4割程度にまで高まつてきていた。乗用車の普及率はまだそれほど高くはないが,世界的にみると自動車需要の屈折点は50~60%前後に達した時点であるといわれているのでテレビのように80%をこえるようなことは期待できない。また,わが国の道路事情,他の交通機関の発達の程度を考慮すれば,現在の乗用車の普及率約4割はかなりの水準に達しているといえるし,公害規制の問題もあるので,今後はこれまでのような形で増加することは期待できないのではないかと思われる。

なお,49年度の耐久消費財不振には世帯形成の低い時期に重なつたことによる面も大きい。いま,婚姻状況をみると,45年ごろから終戦直後のベビーブーム期に出生した人々が婚姻適令期に達したことから戦後第2の結婚ブーム期を迎え,47年の婚姻数は866千組に達した。しかし,その後48年は前年比2.1%減,49年についても4.9%減と減少している。

b 階層差のあらわれた消費

以上のように全体として消費不振がみられたのであるが,それとならんで所得階層別にみるとかなりの差がみられたことも49年度の国民生活にみられた特徴の一つとして指摘出来る。

総理府統計局「家計調査」により全国勤労者世帯の5分位階層別消費支出の動向をみると,高所得層(第V分位層)では物価が大幅に上昇したにもかかわらず,それほど生活水準をおとすこともなく,実質消費支出の伸び率はほぼ40~48年平均の4.4%を大幅に上回る13.0%前後の伸びとなつたのに対し,それ以外の階層の消費支出の伸びは,実質ではいずれも前年水準を下回つており,特に低所得階層(第I分位階層)では削年度比17.0%の大幅な減少となつた。

こうした中,低所得層での消費の停滞は主として随意的支出をきりつめるという形で進んでいる。いま,消費支出の内容を随意支出(支出弾力性が1.0以上の費目)と生活必需支出(支出弾力性が1.0以下の費目)にわけて,所得階層別にその動向をみると,高所得層では生活必需支出はもちろん随意支出についても前年を大幅に上回る上昇を示しているのに対し,中所得層では生活必需支出は増加しているものの随意支出は前年水準を下回つており,低所得層では生活必需支出さえも前年水準を下回つている( 第12-6図 )。

第12-7表 年収5分位階級別消費支出の構成比

その結果,過去の不況期にあつては所得階層の低い階層ほど消費の改善が進み,消費支出の階層間格差は縮小していたのに対し,今回の不況下にあつては逆に拡大してしまつたのである。

第12-8表 5分位階級別消費性向の推移

(3) 消費停滞の要因

a 実質所得の減少

以上のように49年度の消費支出が不振をきわめ,しかも階層間格差が拡大したのはどのような要因にもとづいているのであろうか。

その第1は実質所得の増勢が鈍化したことがあげられる。

49年度の家計収入は名目では大幅な増加を示したものの,実質ではわずがな伸びにとどまつた。

家計調査により勤労者世帯の実収入をみると,前年度比26.2%と,高かつた48年度の伸びを6.6ポイントも上回り,40年度以来最高の伸びを示した。年度間の推移をみると,年度前半は春季賃上げが史上最高の32.9%という大幅賃上げとなつたこと,夏季ボーナスも3月期決算が好調であつたことなどから前年比35.3%の大幅増加となつたことから,増勢を強めた。これに対して年度後半は超過勤務手当の減少や労働市場が悪化するなかで,主婦のパート,臨時工などの解雇が進んだことから臨時収入や妻・その他世帯員収入の増勢鈍化が目立つた。このため実収入の伸びは24.0%増と年度前半に比べやや騰勢は鈍化したものの,2割を上回る大幅な伸びとなつた。

もつとも,この間物価上昇率は2桁台の上昇を続けたため,49年度の実質増加率は,3.6%増と40~48年度平均の5.4%増をやや下回り,名目実収入増加率と実質のかい離が目立つた( 第12-9表 )。

第12-9表 家計収入の内訳

b 消費性向の低下とその要因

実収入の増勢が鈍化しても所得のうち消費支出に向けられる割合(消費性向)が高まれば消費支出はそれほど落込まなくてもすむ。過去の不況期にあつては今回と同様実質所得の増勢が鈍化するという動きがあつたが,消費支出は慣習的にそれほどの落込みをみせないため消費性向は上昇するのが一般的であつた。

ところで49年度についてみると消費性向は76.0%と前年度を2.3ポイントも下回つてしまつたのであり,これが実質所得の低下と相まつて消費支出の不振をまねいたのである。しかも,49年度の大きな特徴は消費性向が二極分解したことである。すなわち,高所得層では過去の不況期と同様に消費性向の高まりがみられたのに対し,中所得階層では5.2ポイントも低下しており,さらに低所得階層では10.4ポイントの大幅な低下となつている( 第12-10表 )。

第12-10表 平均消費性向と貯蓄率のポイント差

以上のように49年度の消費不振は実質所得の伸び率低下と消費性向の低下とに求められるが,どちらの要因が消費不振に影響しているのであろうか。いま,40~48年度の実質可処分所得と実質消費支出の伸び率をみると,それぞれ5.4%増,4.6%増であつたのに対し,49年度は4.1%増,1.1%増であつたから,49年度の消費不振は実質所得の低下というよりは消費性向の低下による面が強かつたといえる。

第12-11表 平均消費性向と黒字の内訳

それではなぜ今回の不況下において消費性向の低下が目立つたかについてみよう。

いま,実質所得,実質貯蓄残高,雇用不安を説明変数にもつ消費関数によつて49年度の消費支出の変動要因を分析してみると,49年度を通じて消費を抑制した主因は実質貯蓄残高の低下であり,後半には不況の進行に伴う雇用不安の影響が大きかつた。これに対して実質所得の影響は期によつてかなり変化している。

このうち,実質貯蓄残高の低下と消費支出の停滞との関係についてはインフレーションが,貯蓄の目減りをもたらしたため貯蓄動機をかえつて強め,それが結果的に消費の停滞に結びつくというメカニズムが働いたといえる。

過去の不況期にも物価上昇率はそれほどの落ち込みをみせず,1年ものの定期頂金利子率と同程度ぐらいのときもあつたが,今回の物価上昇率は2桁台の上昇と,利子率を大幅に上回つたため,目減りの程度も過去の不況期以上の大幅なものであつた。しかも,家計の預金量もかなり大きくなつてきていることから「貯蓄に関する世論調査」(日銀調べ)によると,49年の貯蓄額は40年の3.5倍となつている。もし,実質購買力を維持しようとするならば現在の消費を節約しなければならない。

とくに,貯蓄動機をみると,第1が「病気や不時の災害に備えて」(81.5%)。第2が「子供の教育費や結婚資金に充てるため」(54.4%)。第3が「老後の生活のため」(37.3%),となつているように予備的動機にもとずくものであるため,一定程度の流動性の高い貯蓄額を常に用意しておかなければならない。つまり,インフレの進行は将来の必要消費支出額を高めるので,貯蓄意欲を一段と高める方向に働いたのである。

つぎに雇用不安と消費との関係についてみよう。雇用に対する不安は将来の所得上昇に対する不安,今後の生活への不安にほかならず,それが消費を節約させる方向に働いた。特に今回の不況下では中・低所得層の消費性向の異常な低下となつてあらわれているのである。

また,将来の所得に対する不安は異常なインフレ自体によつてひきおこされている面もある。すなわち,経済企画庁「消費者動向予測調査」によれば,物価上昇率が加速すると,将来の物価上昇率に対して加速を見込むのに対し,所得に対する期待はあまり変らないという傾向がある。いいかえると物価上昇が加速するときにはインフレに対する警戒心から将来の消費者の実質所得上昇期待は低くそれが消費態度を節約させる方向に働いた。以上のことからわかるように消費の不振はインフレに対する不安にもとづいているといえる。

c 消費節約の実態

それでは消費者は異常な物価高騰下でどのような形で消費をきりつめたであろうか。まずインフレ下における消費者行動の変化からみていこう。

「貯蓄に関する世論調査」(昭和49年8月調査)(日銀調べ)をみてみると,物価上昇に対する家計の対応策として「家計支出を見直し,合理的な生活に努めている」(46.1%)「耐久消費財の購入を見合わせる」(26.8%),「レジャー等の出費を抑える」(22.1%)などなんらかの形で家計支出を極力抑えるなどの対応策を講じている世帯は全体の3分の2にも達している。

同様なことは経済企画庁「消費者動向調査」(50年5月実施)についても認められ,物価高,不景気などを経験して生活態度を変えた世帯のうち,「使用できるものは修理してでも長く使うようにしている」(67.7%)「本当に必要な品物だけを計画的に購入するようにしている」(73.7%)「食事だけは質を落とさないようにしている」(67.4%)と生活防衛的態度をとるものが多い。

また,東京,大阪,名古屋など住宅団地の主婦を対象に行なつたインフレ下における消費者行動調査(長崎大学49年8月調査)によれば,価格と機能を見比べ,時間をかけ,計画的に買いものを行うようになつたとの結果がでている。

こうした,消費者行動の変化は実際の家計の消費支出の動向においても確かめることができる。

もつとも顕著な動きは価格上昇率が相対的に高い商品購入を避け,上昇率の低い商品を購入する動きが強まつてきていることであり。野菜を例にとれば値上がり率が相対的に低い葉茎類(キャベツ,ホウレン草,玉ネギなど)をより多く購入し,逆に値上がり率の相対的に高いきゆうり,なす,トマトなど「他の野莱」の購入を差し控えており,同様なことは肉についてもいえ,値上がり率の低い豚肉の消費量はふえているのに対し,逆に値上がりの高い鶏肉の消費量は前年を下回つている( 第39表 )。

第12-12表 消費態度の変化

また,従来の使い捨てといつた生活パターンから修理して使用可能なものはなるべく使うといつたことを反映して,商品の購入に比べて修理代の増加が大きい。同じ効用なら高級品は敬遠して実用品を購入する(ケーキ,チョコレートからだ菓子に,高級化粧品から100円化粧品へなど)とか,従来は加工食品を購入していたのを素材品を購入して家で加工して調理するとか,子供のヘアーカットなどは家で行ない,理髪やパーマをかける回数を減らすなどの動きもみられる。

こうした動きとも関連するが,安売りや特別割引きなどをねらつて商品を購入しようとする態度が強まつてきている。このことは家計が実際に購入した商品の数量と支出額との関係から算出した実効価格を当該商品の消費者物価指数とを比べてみると,明らかになる。

第12-13表 はその比較を示したものであるが,実効価格上昇率の方が消費者物価上昇率よりも低い品目が多数にのぼつている。

第12-13表 実効価格と消費者物価との関係

また,経済企画庁調査「49年度消費者団体基本調査結果の概要」によれば,消費者団体の組織も49年度は前年度に比べて452団体増加し,組織人員も1,000万人程度が組織化されている。活動面においても共同購入,不用品交換,即売等が大幅に増加しており,その活動は,物不足,物価高騰から生活を守るための「学ぶ消費者」から「主張し,自衛する消費者」へと変貌している。

49年度における中・低所得層の生活防衛意識の高まりはインフレーションに対する警戒心に基づいているが今後における消費の着実な回復と国民生活の安定は,インフレーションの克服が第一義的課題となつている。


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