昭和50年
年次経済報告
新しい安定軌道をめざして
昭和50年8月8日
経済企画庁
47年度後半から48年度に続いた異常なインフレーションのもとで未曾有の伸びを示した企業収益は,48年度下期以降変化をみせはじめ,49年度下期には,ついに40年不況を上回る落ち込みとなつた。
49年度上期における企業収益を全産業でみると,売上高(前期比)は13.2%増と48年度下期の19.8%増に比べ鈍化するとともに,純利益も48年度下期の4.2%減から6.6%減へと減益幅を拡大した。さらに49年度下期は,売上高が1.1%増と極めて低い伸びにとどまるとともに純利益も29.1%減と大幅な落込みを示した。この結果下期の売上高純利益率および総資本収益率は,いずれも40年不況,46年不況の水準をも下回ることとなつた。( 第3-1図 )。
業種別にみると,製造業は47年度上期以降4期連続して増益を記録したあと,49年度上期に減益に転じ,下期には前期比46.8%減という空前の落込みを記録した。一方,非製造業は製造業と若干異なるパターンを示した。非製造業では48年度下期には電力の欠損計上を主因に大幅減益となつたが,49年度に入ると,電力が黒字に転じたほか,建設業,不動産業等が比較的堅調であつたことから,上期,下期を通じて増益を続けた。したがつて,49年度における企業収益の悪化は,もつぱら製造業によるところが大きくそれだけに製造業における不況感が著しかつたといえる。
そこで,製造業について,業種別に過去の不況局面との収益動向を比較してみると,耐久消費材産業,市況産業および受注産業はいずれも,今回は概して過去の不況局面を上回つて悪化している( 第3-2表 )。まず耐久消費材産業は,48年度下期から他業種に先行して収益が悪化した。今回の景気後退は個人消費の落込みによるところが大きいが,これは48年度を中心とした異常な物価高騰に遭遇したことなどから消費者行動が極端に生活防衛的になつたことの反映であつた。このため,自動車,弱電など,かつて大きな落込みのなかつた業種で最も早く収益が悪化した。しかし,49年度下期には,特に後半における物価の落着きもあつて需要の回復がみられ,収益も回復基調を示した。これに対し,繊維,紙・パルプ,化学などの市況産業ではそれとは対照的な動きをみせた。すなわち市況産業では大幅な価格上昇もあつて48年度下期の増益率はかなり大きなものとなつたが,49年度上期に入ると需要の減退にもかかわらず,インフレ心理が強く残つていたこともあつて企業の在庫調整はかなり遅れた。その結果,49年度下期に入つて各企業では一時帰休などの実施で大幅減産体制に移行したが在庫調整ははかどらず,結局,繊維,紙・パルプ,非鉄で欠損を出すほど収益は急激に悪化した。また遅行的な動きを示す受注産業も,全般的に回復が遅れている。設備投資の不振を反映して重電,一般機械などはさらに悪化する懸念もあり,造船も世界的な不況の影響で受注が激減するなど先行きは暗い。
第3-3図 資産売却による利益修正状況(東証1部上場企業,49年度下期)
このように業種間で時期別に跛行的な動きを示しているが,全体的に利益の水準はかなり低く,総資本収益率でみても,ほとんどの業種で40年および46年不況の水準を下回つている。このため企業は,最終的な税引利益を引上げるために資産売却や引当金の取崩しを行なつた。いま税引利益から資産売却益と引当金取崩額を差引いたものを実質利益として試算してみると,実質利益の減益率が大きい業種ほど資産売却益の割合も大きいという関係がみられる( 第3-3図 )。49年度下期について東証第1部上場企業でみると,繊維,紙・パルプ,非鉄など業績悪化の著しかつた業種ほど資産売却により最終税引後利益の上方修正が行なわれている点は注目される。
49年度の生産,出荷活動は,4~6月まではインフレ期待惑が強く残り,意図した在庫増が続いた。しかし,7~9月以降,需要の停滞が本格化していくなかで在庫増は意図せざるものへとかわり,それにつれて10~12月以降減産体制が強化されていつた。しかも50年1~3月になると,減産が減産を呼ぶ形で需要は一段と冷え込み,減産強化は底に達した。
このような状況の下で,企業の売上高純利益率は期を迫う毎に低下していつた( 第3-4図 )。いま製造業について利益率悪化の要因をみると,49年度上期については原材料コスト及び人件費コストの上昇,下期には売上高の落込み及び金融コストを中心とした固定費の上昇という特徴がみられた。売上高純利益率の悪化要因をさらに詳しくみるために,売上高及び純利益について各々の要因を分析すると( 第3-5表 )のごとくなつている。48年度下期は,売上高が国内価格急騰から前期比16.91%と大幅な伸びを示した反面,純利益が4.32%と低い伸びにとどまつたため,売上高純利益率は5.66%となつた。ついで,49年度上期には国内価格要因の寄与度は前期の5割近くを占めたが,数量要因は,内需の減少を輸出の増加が補ない,結局,売上高は12.04%の伸びとなつた。また49年度上期の純利益は,製品価格上昇を上回る原材料コストの上昇や,大幅賃上げによる人件費コストの上昇などによつて,前期に比べて12.84%の減益となつた。さらに49年度下期は,製品価格の上昇がとまり,加えて国内数量要因も減少したため,前期比0.02%の減収となつた。また純利益は,売上数量の減少が大きくひびく一方,金融コストを中心とした固定費が引続き上昇したこともあつて46.77%の大幅減益を記録した。業種別にみてもほぼ同様の傾向がみられるが,なかでも49年度下期に欠損を計上した繊維,紙・パルプ,非鉄などについては,大幅数量減,製品価格低下の両面から売上高の大幅減少が目立つた。
ところで,49年度下期はピーク(48年度上期)から約25%という大幅減産下であつたにもかかわらず,各業種とも金融コストは上昇しているものの人件費コスト,減産償却費コストはあまり上昇していない。これには次のような原因が考えられよう。
まず人件費についてみると,時間外削減,雇用調整給付金の活用および新規採用の中止などによる雇用調整があけられる( 第3-6図 )。ちなみに,繊維,電気機械などの業種では総人件費に占めるコスト軽減額の割合が10%以上に達しており,各企業ともかなりの経費削減を図つていたことがうかがわれる。
つぎに,減価償却費は,需要停滞などから新規設備投資を抑制したことを主因に償却コストの軽減がはかられている。しかしながら,再投資コストが上昇している現状からみれば,こうした償却コストの軽減は中・長期的には問題が残されているといえよう。
以上のように,ほとんどの業種で大幅減産を余儀なくされたわけであるが,大幅減産を可能にした背景として次のような三つの要因があつた。第一は,企業の価格指向が強く働いた,ということである。48年度における異常なインフレーションの下で,多くの企業が大幅な利益を得たことから,49年度に入つてもなかなかインフレ心理が消えず価格維持指向が強かつた,ということである。例えば繊維,鉄鋼などをみても,減産を開始した時点で比較してみると40年不況時よりも相対的に在庫率水準が低い,つまり需給がそれほど軟化していない段階から減産を開始している( 第3-7図 )。第二に,企業の内部留保が厚く,減産耐久力が強かつたことがあげられる。このことは資本剰余金,利益剰余金から法人税,配当などの社外流出分を差し引いた実質内部留保の推移をみても,40年代はほぼ一貫して増え続けていたことでわかる( 第3-8図 )。46年不況時においてさえも,企業は配当率を低下させるなどの方法で内部留保の改善に努め,47年度下期から48年度上期にかけての好況期には,総資本に対する実質内部留保率は13%以上という高率で推移していた。このように各企業ともかなり体質改善が進み,内部留保を取崩す余裕を保つていたことが,大幅減産を可能とした。第三は,コスト構造の変化である。原材料費を中心とした変動費と資本費などを中心とした固定費の相対的な関係は,減産した方が採算にあう状況に変化していた。すなわち原材料価格は,原油価格大幅引上げに伴う一連の異常な物価高騰の影響をうけて大幅に上昇し,原材料コストは48年度下期以降異常な伸びを示している(前掲 第3-4図 )。これに対し,金融コストは,金利引上げにもかかわらず異常なインフレーションの下で実質的には減価し,減価償却費も相対的にウエートを下げている。また人件費コストについては,46~47年度以降大幅賃上げが実施されたことから年々上昇を示していたものの,50年1月より雇用調整給付金の適用が開始され,減産に伴う一時帰休の実施が相対的に容易となつていた。
もちろん大幅減産を実施しても収益にはあまり影響しなかつたということではない。各企業とも,減産に伴う固定費コストの圧迫はかなりなものであつた。例えば,鉄鋼業について,減産を緩和した場合の固定貨コストと売上高純利益率の関係と試算してみると 第3-9表 のようになる。
第3-9表 生産ならびに物価が上昇した場合の純利益率の推計(鉄鋼)
50年1~3月生産水準を前提にした売上高純利益率は1.99%であるが,かりに生産水準を横ばいとしてべースアップによるコストアップ等を考慮すれば売上高純利益率は0.22%まで低下する。しかし価格を一定として生産を10%,20%と増加させていけば,固定比率は各々2.27%,4.29%も軽減されることとなる。逆にいえば,大幅減産によりかなり固定比率の上昇がみられるということであり,それだけ企業収益の悪化をもたらしているということができよう。
以上,49年度における企業収益の実態をみてきたが,景気は一応底を打つたにもかかわらず回復の足どりは鈍い。しかも今回は,従来までの高度成長期における景気回復パターンとは若干異質なものとなる可能性もある。つまり,日本経済が安定成長への移行を指向しているということであり,このような成長パターンの変貌は今後の企業経営に大きな影響を及ぼすと考えられる。そこで,やや中期的な観点から企業経営の動向をみていこう。
50年1月に経済企画庁で実施した「転換期における企業行動に関する調査」によれば,今後3年間の年平均実質成長率見通しは4~6%とみる企業が最も多く,10%以上とみる企業はほとんどなかつた( 第3-10図 )。この点からみても,企業の成長期待感は40年代前半より下方修正されている。それでは,成長率が相対的に低下した場合,企業収益にはどのような影響があるだろうか。
主要国における経済成長率と企業収益の増減率の関係をみると,成長率が低いほど増益率も小さいという関係が認められる( 第3-11図 )。もちろん各国によつて事情も異なるので即断するわけにはいかないが,わが国の場合も,従来からの傾向をみるとタイム・ラグがあるにせよ経済成長率と企業収益はある程度相関している。したがつて,軌道修正下では従来より収益の伸びが低下してくることはさけられない。
ところで,わが国のように高度成長が企業体質に組み込まれている場合には,軌道修正に伴う摩擦はいつそう激しいものとなる可能性もある。すなわち,売上高の伸びが鈍化しても,主要な固定費はそれに見合つて伸びが鈍化しないからである。主要固定費を要因分解することによつて,この間の事情をさぐつてみよう( 第3-12図 )。まず,人件費の伸びは1人当たり平均賃金と従業員数の伸びに分解され,収益が鈍化してくると,各企業とも賃金上昇率をおさえ,従業員の合理化をすすめて対応することが予想される。しかし,前者についてはある程度の効果はあげられるとしても,終身雇用制が定着しているわが国では後者については急速な進展はあるまい。かりに,解決を急いだ場合には社会問題を惹起する危険性もあり,結局ある程度の調整期間を必要とすることになろう。つぎに,減価償却費についても同様である。減価償却率の変更はともかくとして,需要の減退に対応して新規設備投資を抑制した場合でも,既往の要償却資産はすぐには減らない。また,金融費用についても,借入需要がただちになくなるわけではないので有利子負債残高を前期より減少させることは実際には難しい。したがつて,減速過程においては収益の悪化がもたらされる。
つぎに,軌道修正下においては企業間格差が拡大することである。主要な業種について総資本収益率のばらつき(標準偏差)をみると,一般的に不況期は好況期にくらべて格差が拡大しており,また時系列でみても,最近になるほどその傾向を強めている業種も多い( 第3-13表 )。こうした傾向は,成長軌道の修正に伴つていつそう強まるものと思われる。
成長軌道の修正過程では企業収益の悪化がもたらされることから,企業行動における価格指向の強まりが予想される。つまり売上数量の伸び悩みに伴うコスト圧力の増大を,製品価格への転嫁を通じて収益水準を維持しようとするからである。
ここで,需要と価格の関係について日米比較をしてみると,47年位まで日本のパーフォーマンスは比較的良好であつた(本報告 第91表 )。例えば,需給関係が価格に反映されやすい市況商品のうち鉄鋼関連商品をみると,生産集中度にはさしたる差はないが,生産の伸びはわが国の方が圧倒的に高く,製品価格の伸縮性も大きく,また上昇幅も小さい。他の商品についてもおおむね同様の傾向がみられ,アメリカにおける低い需要の伸び,価格の硬直性が相対的に顕著である。このことは,需要の伸びが鈍化した場合,わが国でも価格の硬直性が強まる可能性があることを示唆しているといえよう。
事実,40年代前半までの高度成長期と後半を比較してみると,企業の投資行動には微妙な変化がみうけられる。大企業の投資行動について40~41年当時と46~47年当時を比較してみると,多くの業種で設備投資は企業規模や設備ストツク,利益の大きさに相関をもつようになつてきている( 第3-14表 )。売上高,総資産といつた企業規模をあらわす指標と設備投資の相関係数は,一部業種を除いて明らかに高まつており,有形団定資産(ストック)でも同様である。また,成長期待感が強く企業が競争的であれば,現在の利益水準が低くても積極的な投資を進めることになるが,経常利益との相関も高まつている。このことは需給環境を重視して,業界内の投資秩序が団定化されてきたことを物語つている。
以上のように,成長軌道の修正過程においては,一段と価格指向が強まる可能性も強い。しかし,企業は,47~48年度にかけての異常なインフレーションが結局その後需要の大幅停滞を引き起し,戦後最大の不況による手痛い打撃を被つたことを教訓とすべきであろう。日本経済は,いま新しい安定成長への道を模策している。企業経営においても,高度成長期に組み込まれた古い体質から脱皮するとともに,福祉社会との調和を考慮した節度ある企業行動へ転換していかなけれげならない。