昭和50年
年次経済報告
新しい安定軌道をめざして
昭和50年8月8日
経済企画庁
49年度の鉱工業生産活動は,最終需要が年初から急速に落込んだため,期をおつて下降を続け,前年度比で生産は9.4%減少(48年度13.5%増),出荷は9.0%減少(同12.0%増)と,終戦直後の混乱期を除いて戦後初めて前年度の水準を下回つた。
石油危機の発生に伴う石油・電力の消費節減措置の実施により,鉱工業生産は48年11月をピークに下降に転じ,49年1~3月には前期比(季節調整値)で1.2%の減少となつた。この間,物価の異常高騰による個人消費支出の減退や前年から強化の度を加えてきた総需要抑制策の効果の浸透による国内需要の冷え込みなどにより,鉱工業出荷は前期比で1~3月2.8%減,4~6月2.7%減となり,49年3月以降は前年同月の水準を下回るに至つた。このため,48年年初来ひつ迫の度を強めてきた製品需給は49年2月以降急速に緩和に向つたが,前年の根強い需給ひつ迫の経験と需要の早期回復期待から,4~6月に入つても,製品在庫の急増にかかわらず,生産は前期比2.7%減にとどまつた。このため,製品在庫率は,49年6月には46年不況期のピーク(46年10月,118.7)を上回つた。
産業界の期待に反して,49年7月以降も需要の停滞が続いたため,企業の製品在庫過剰感は一気に高まり,夏季休暇の実施や延長等により減産を強化する動きが多くの業種で広まつた。しかし,今回の需要の落込みは,企業の予想をはるかに上回るものであつたため,稼働率の急低下にみられるような減産努力にもかかわらず在庫の増加傾向が続き,企業の生産計画も毎月下方に修正された( 第2-1図 )。このため49年12月から50年1月にかけて,年末年始の休暇を利用した大幅減産体制が各業種一斉にとられ,10~12月には前期比60%減,50年1~3月には同8.5%減と著しい減少となつた。こうして50年2月の生産水準は,48年11月のピークに比べ21.4%の減少となり47年度上期並みのレベルに低下した( 第2-2表 )。
今回の景気下降局面においては,個人消費をはじめとする国内需要が伸び悩み,加えて世界的な不況の広がりにより年度後半から輸出需要も停滞を続けた。このため各財とも過去の不況期を上回る生産・出荷の低下がみられた。ここで財別動向の特徴をみてみると( 第2-3表 ),第1は,49年年初来の個人消費の停滞により,乗用車,民生用電気機械,ラジオ・テレビ・音響機器を中心とする耐久消費財の出荷が大幅に落込んだことである。これらの業種においては,生産調整が比較的早目に行なわれ,49年7~9月には出荷が上向いたこともあつて,年央以降の生産低下率は小幅化した。しかし,10~12月以降世界景気の停滞により輸出が大幅に減少したことなどから,50年1~3月には再び減産が強化され,前期比10.6%減と,この期の生産減少率としては各財のなかで最大となつた。
第2は,総需要抑制策の浸透と資材価格の高騰による建設需要の冷込みを反映して,金属製品,窯業・土石製品などの建設資材が49年4~6月以降各期とも前期比5%以上の生産減少を続けたことである。とくに49年10~12月には10.5%の大幅減少となつた。このため,年度間としては,建設資材の生産・出荷の落込みが最も大きく,前年度比で生産は16.7%減,出荷も15.1%減となつた。
第3は,鉱工業生産活動全般の不振を反映して,非鉄金属,化学,鉄鋼などの生産財の生産が期をおうごとに減少率を拡大したことである。年度前半は国内需要の不振を輸出である程度カバーしてきたが,年度後半には輸出需要も減少傾向を強めたため,製品在庫が急増し,大幅な減産に追いこまれた。こうして,出荷は49年2月から50年2月まで,生産も49年3月から50年3月までそれぞれ連続13か月間前月比で減少を続け,年度としては前年度比で出荷13.1%減,生産12.9%滅と建設資材に次ぐ大幅な減少となつた。
第4は,民間設備投資の大幅な落込みにもかかわらず資本財の落込みが相対的に小幅であつたことである。これには,省力化や公害防止関連需要の堅調に支えられて電子計算機,工業計器などが順調であつたこと,これらを含む他の資本財も輸出需要が比較的順調であつたことなどの要因があげられる。このため49年度の出荷は前年度比2.1%減となり,生産も5.1%減にとどまつた。しかし,受注残の減少や50年度の民間設備投資の停滞から,50年度の生産・出荷の減少率は大幅なものとなろう。
49年末から50年初にかけての大幅減産の結果,48年8月以来増加基調を続けてきた製品在庫は,50年1月に1年半ぶりに減少に転じ,2月には出荷も上向きとなつたことから生産者製品在庫率も低下に向つた。こうしたなかで48年4月以来強化の度を加えてきた総需要抑制策が50年春以降漸次緩和され,それに伴い減産緩和の動きが広まり,3月には生産が前月比で増加となり,次いで4月,5月とも生産は増加を示した。しかし,今後の生産回復のテンポは従来の景気の回復局面と比較してかなりゆるやかなものとなると思われる。その理由の第1は,当面の最終需要の回復力が弱いことである。輸出,民間設備投資は年内は停滞を続け,個人消費も回復力は弱いものと見込まれる。このため公共投資と民間住宅投資の拡大策が不況対策として講じられているものの,物価面などへの配慮から従来の回復局面に比べれば,かなり控え目の需要拡大策である。第2は,後述のように,原材料在庫および流通在庫水準が,50年1~3月時点でまだかなり高く最終需要の回復力が弱いこともあつて,積極的に在庫積み増しを図る環境にないことである。第3は,生産者の製品在庫水準自体が従来に比べ著しく高いことである。
今後の生産回復のテンポを考える場合,過去の景気回復過程における生産の動きが参考になる。過去においては,鉱工業生産の増加率は,40年不況,46年不況からの回復過程ではともに月率0.7%,30年以降の不況期で最も高かつた37年では1.9%であつた(前掲 第2-2表 参照)。かりに鉱工業生産が37年不況後と同程度の速いテンポで回復したとしても最近のピークである48年11月の水準に回復するのは51年3月であり,40年,46年不況後並みの回復テンポでは53年1月までかかることになる。今回の場合,実質GNPの伸び率が過去の回復局面(年率10%超)より低い可能性が大きいとすれば,生産の回復テンポはさらにゆるやかなものとなることも懸念される( 第2-4図 )。
異常な需給ひつ迫から48年後半に減少を続けた民間在庫投資は,最終需要の急激な減少により49年1~3月には大幅増加に転じ,4~6月にはさらに増加して4兆2千億円(国民所得べース,45年価格,季節調整値,年率)に達した。このため,4~6月以降在庫調整のための減産の動きが徐々に広まり,7~9月には総需要抑制策の効果が一段と浸透したこともあつて在庫調整が本格化した。しかし,その後も企業の予想を上回る最終需要の停滞から在庫水準は過去に例をみない高さに達し,49年12月から50年2月にかけて在庫水準の低下を目的とした大幅減産が行なわれた。この結果,50年1~3月の在庫投資は5.4千億円と前期に比べて大幅に減少したものの,在庫残高は引続き増加した。
今回の景気後退局面における在庫投資の特徴の第1は,過去においては景気後退と同時またはやや先行して減少に転じた在庫投資が,今回は,景気の山(48年10~12月と仮定)から3四半期目にようやく低下に向つたことである( 第2-5図 )。48年後半の需給ひつ迫期において企業が意図した在庫投資を十分に行なうことができなかつたため,大幅な需要の減退がみられた49年1~3月においては,製品在庫,原材料在庫を中心にむしろ意図的に在庫投資の増加が行なわれた。また,4~6月には,企業の予想を上回る最終需要の停滞が続いたため,製品在庫を中心に意図せざる在庫投資の増大がみられたが,この時期においては,7月以降の需要の回復期待が強かつたため,在庫調整の意欲はあまり強くはなかつた。こうして,景気が停滞局面に入つてからも半年にわたり在庫投資の増加が続いた。しかし,企業の期待に反し7月以降も需要が停滞を続けたため,7~9月には在庫調整の動きが急速に広まつた。
第2は,最終需要に対する在庫残高の比率(対最終需要在庫率)が著しく高いことである。対最終需要在庫率は,すう勢的に上昇傾向にあるが,同在庫率のすう勢からのかい離率をみると,前回不況期のピークが3%であつたのに対し,今回の場合は,49年10~12月に12%達しており,50年1~3月においてもほとんど低下していない( 第2-6図 )。これは,従来の不況期においては最終需要が着実に増加を続けていたのに対し,今回はそれがほとんど増加していないことや,流通,原材料,製品の各在庫率自体がきわめて高水準にあることが大きく影響している。
第3は,過去の不況期においては,37年不況を除き,在庫投資のなかで過半を占めたことのなかつた製品在庫投資が,今回は,最終需要の停滞により,49年1~3月から4四半期にわたり在庫投資増大の主因となつたことである。このため,50年1~3月には製品在庫の減少を目的とした大幅減産が行なわれ,それが原材料在庫の意図せざる増加をもたらした。
こうした在庫投資の動きを在庫形態別にみてみよう。
まず,流通在庫投資については,48年4~6月をピークに減少に向つたが,49年4~6月には最終需要が予想を上回る停滞を続けたため意図せざる在庫投資の増加となつた。この間,繊維原料,非鉄金属や民生用電気機械などでは在庫減少がみられたが,鋼材,化学,紙など48年中に需給ひつ迫の続いた品目では,価格の先高と需要の回復期待が続いたため,在庫は増加した( 第2-7図 )。企業規模別にみると大企業の在庫調整はほとんど進んでいないのに対し,中小企業は,4~6月に大幅に在庫投資を縮小している( 第2-8図 )。7月に入り,産業界の回復期待がはずれたことから,製品在庫調整のための減産がしだいに強化され,これに伴い原材料消費も減少した。このため流通段階でも,鋼材,非鉄金属,繊維原料などの生産財を中心に意図せざる在庫増加がみられた。10~12月に在庫調整が進展した品目はほとんどなく,大部分の品目は,50年1~3月に調整を持ち越した。
原材料在庫投資は,48年中の需給ひつ迫と資源供給の不安定性の高まりから備蓄動機が強まり,48年を通じて積み増しが続けられ,生産が減少に転じた49年1~3月も石油危機後の資材価格の高騰予想から大幅な増加となつた。4~6月以降は,生産の減少に伴い在庫投資もしだいに減少に向つたが,在庫残高が減少するには至らず,期をおつて在庫率は上昇した。49年10~12月には,生産の大幅減少から再び意図せざる在庫投資の増加をみた。もつとも,企業規模別にみると,中小企業は49年1~3月から在庫調整を進めており,10~12月には在庫残高の減少がみられた。原材料を国産と輸入に分けてみると,国産では製品原材料(鋼材,重油,化学品,糸,織物など)については,4~6月から在庫調整が進展し,10~12月,50年1~3月と在庫残高の減少がみられるが,素原材料(鉱石類,くず類など)については調整が進まなかつた。また,輸入原材料もその大部分を占める素原材料(鉱石類,原油,パルプなど)の調整が進まなかつた( 第2-9表 )。これは,国産素原材料については,国内の供給力の減少から在庫水準が低く(50年1~3月においても前回不況期のピークの在庫率に達していない),かつ,将来の供給力確保のために需要家が素原材料の引取りをせざるをえないことが影響している。また,輸入素原材料については,資源の安定供給確保のための長期契約の存在から短期間に調整することが不可能であつたことが主因となつている。
次に,製品在庫についてみると,企業の予想を上回る最終需要の停滞と原材料在庫調整の進展(国産製品原材料)などにより,多くの業種では49年4~6月に意図せざる在庫増を招き在庫投資がピークに達するとともに,四半期ベースの在庫率もこの期に46年不況期のピークをこえた業種が多かつた( 第2-10表 )。しかし7~9月以降は,しだいに投資額が減少し,50年1~3月にはマイナスの在庫投資すなわち在庫残高の減少がみられ,この期には出荷が下げ止まつたことから在庫率の低下した業種も多い。もつとも,国内需要の不振を輸出で補うことが年度後半から困難となつた非鉄金属,鉄鋼では,50年1~3月も大幅な意図せざる在庫投資がみられるなど,在庫調整の最終局面に特有な業種間の跛行性がみられた。
過去の在庫調整のパターンをみると,在庫投資のピークから3ないし4四半期在庫投資の減少が続いて調整が終了し,その後は在庫投資の大幅な増加が景気を下支え,あるいはまだ景気回復のリード役となつた場合が多い。しかしながら今回もそうした過去と同じパターンが期待できるであろうか。
在庫投資は,本来,最終需要の増加あるいは増加予想にもとづいて誘発される投資であり,最終需要が上向きになるとみられる今回も,50年7~9月以降は,前向きの在庫投資が行なわれることも考えられる。しかし,前述のように,50年1~3月の在庫水準は著しく高く,4~6月以降も在庫調整を必要としていることや,今後の最終需要の増加テンポが過去の景気回復期の増加テンポと比べてかなりゆるやかと見込まれることは,今後の在庫投資の増加テンポもゆるやかなものとなることを示唆している。とくに製品在庫水準がいぜん著しく高いことは,今後の製品在庫投資の盛上りを弱める力として作用している。このことは,生産の回復スピードを鈍らせ,原材料在庫投資や仕掛品在庫投資の回復力をも弱める方向に働いている。こうした環境下では,流通在庫投資も過去のような力強さをもたないであろう。もし,過去と同様の需要回復を期待して,流通在庫投資や原材料在庫投資が盛上がるような場合には,40年不況や46年不況の場合にみられたように,再び在庫過剰感が広まり,在庫投資の二段調整が行なわれる可能性もあることに留意しなければならない。
49年1~3月に急激に落込んだ民間設備投資は,4~6月には実質で前年同期の水準を下回り,その後も期を追つて減少した。このため,49年度は,前年度比13.4%減(国民所得統計速報,48年度13.9%増)と大幅減少となつた。なお,49年度も前年度に引続き資材価格の高騰から設備投資額の名目と実質に大幅なかい離がみられた。すなわち,国民所得統計上のいわゆる企業設備のインプリシット・デフレーター(45年基準)は,前年度比で48年度17.1%上昇のあと49年度も18.6%上昇となつた。
このような民間設備投資の減少は,当初は,48年秋の石油危機の発生により先行きの製品需要見通しが不透明となつたこと,資材価格が急騰したことに加えて,厳しい金融引締めが続けられたことにより生じた。しかし,49年秋以降は,在庫調整のための減産が一段と強化され,設備稼働率が大幅に低下(50年3月にはピークに比べ24.8%低下)したことから,中期的な需給見通しの見直しが多くの業種で行なわれ,また,企業収益も著しく悪化したため,企業の投資意欲は急速に冷込んだ。このため,実質国民総支出に占める民間設備投資の比率は,48年10~12月の21.2%をピークに次第に低下し,50年1~3月には,17.4%となつた( 第2-11図 )。また,取付ベースの資本ストックの伸び(前年同期比)も48年1~3月をボトムに増加に転じたものの,49年1~3月以降再び低下している。
次に,最近の設備投資の推移を業種別,規模別にみてみよう( 第2-12表 )。
第2-12表 設備投資停滞期における業種別・規模別設備投資の推移
過去の景気の下降局面においてはほとんど減少することなく,設備投資の落込みを下支えしてきた非製造業設備投資は,49年度(実績見込み)には,前年度比12.4%減と大幅な減少となつた。規模別にみても,大企業,中小企業ともにほぼ同率の低下となつている。これは,過去の景気下降局面においても着実な増加を続けてきた電力が,資金調達難と収益率の低下から減少となつたことや卸小売,運輸・通信,建設・不動産,金融などほとんどの業種で設備投資抑制の行政指導や資金調達難から大幅な減少を示したためである。
一方,製造業は,40年不況を上回る需給ギャップの存在にもかかわらず,前年度比減少率は40年不況(19.4%)より小さい14.6%にとどまつた。これは,中小企業が前年度比32.4%減と40年不況(22.3%減)を上回る落ち込みを示したものの,大企業がわずか4.4%減と46年不況よりも小幅な落込みにとどまつたことによる。このように,大企業が比較的堅調に推移したのは,鉄鋼,化学,石油精製の3業種が中期的な供給力確保や公害防止の観点から前年度を上回る投資を実施したためであり,これらを除く輸送機械,電気機械など多くの業種では,中小企業同様大幅に減少した。
50年1~3月を底に,生産,出荷は上向きの気配がみられるが,当面の設備投資動向はどのようなものになるであろうか。
50年3月実施の経済企画庁「法人企業投資動向調査」をもとに50年度の実質設備投資計画をみると,前年度比10.4%減と49年度より落込み幅はやや縮まるものの,いぜん大幅な落込みが続くことになる( 第2-13表 )。このように設備投資が2年続いて大幅に減少することは過去に例のないことである。この原因の第1は,戦後最大の需給ギャップの存在である。とくに製造業の需給ギャップ率は50年1~3月には20%をこえている。このため,49年度に根強い増勢を示した装置産業においても,既着工設備の完成予定時期を大幅に延期したり,新規投資の着工を繰延べる動きが続いてる。第2は,企業収益の悪化,資材価格の高騰,高い金利水準等から企業が先行きの投資採算に確信が持てない状態が続いていることである。
今後需給ギャップが次第に縮小に向い,企業収益も回復してくれば,対応の早い非製造業を中心に設備投資は回復に向うものと考えられる。しかし,他方では,6月実施の「法人企業投資動向調査」にみられるように,大企業では50年3月時点の計画を6月時点では下方修正(50年度上期計画を全産業2.7%減,製造業3.8%減,非製造業0.9%減)する動きもみられ,設備投資の先行指標である機械受注額(船舶を除く民需)も49年10~12月以降弱含みに推移している。以上のような情勢から,年内の本格的な設備投資の盛上がりを期待することは難しいものとみられる。