昭和50年
年次経済報告
新しい安定軌道をめざして
昭和50年8月8日
経済企画庁
1974年の世界経済は,異常な物価上昇下で戦後最大の景気後退を示した(OECD加盟国の実質経済成長率は73年6.2%増に対し,74年は0.1%減)。異常な物価上昇はアメリカのドルの大量散布,72~73年の各国の同時的需要超過によつて,世界的なインフレーションの素地ができていたところに,73年10月,74年1月と相次いでOPEC諸国による原油価格の大幅引上げが実施されたことによる。このため,各国とも73年以降(西ドイツは72年秋から)総需要抑制策を強化し物価の鎮静を図つた。しかしながら,原油価格の引上げ幅が大きく,それがその他の一次産品価格の高騰とも相まつて,工業製品価格や賃金の上昇にまで波及していつたため,物価安定はなかなか実現できなかつた。このため,各国とも従来にない強度かつ長期の総需要抑制策をとり,その結果,各国は鉱工業生産の著しい減少,失業率の上昇などに直面した。
いま,OECD主要6か国の生産,物価動向をみると( 第1-1表 ),6か国平均の鉱工業生産の伸び率は,73年には前年比10.3%増と高い伸びを示したが,74年下期以降前年水準を下回り,75年1~3月には前年同期に比べ実に10.2%の落込みとなつている。
一方,6か国平均の卸売物価上昇率は73年でも前年比12.5%という高い上昇率であつたが,74年に入り,さらに期を追つて加速し,74年10~12月には前年同期比22.5%という高い上昇率を示した。しかし,75年に入つてからは,一次産品価格の落着き,各国の総需要抑制策の効果などにより,安定の方向にむかいつつある。
さらに,原油価格の高勝は各国の国際収支負担を大きなものにした。74年の6か国の経常収支赤字は190億ドルにも達した。しかし,75年に入つてからは各国とも輸入の減少を主因に改善をみせ,75年1~3月は,これまで赤字を続けていたアメリカ,イタリアが黒字に転じたこともあつて,6か国全体では34億ドルの黒字(季節調整値,イングランド銀行調べ)となつている。
このように,75年の先進国経済は原油価格急騰の一次的影響がようやく一巡して,物価にやや落着きがみられ,国際収支も改善の方向にむかいつつある。しかしながら,異常なインフレにともなう消費性向の低下,設備投資意欲の減退などから,最終需要の動きはいまだ盛上がりにとぼしく,OECDのGNP総額の6割強を占めるアメリカ,西ドイツ,日本の景気回復如何によつては,75年も先進国経済はマイナス成長になることが懸念されている。
1973~74年は開発途上国の歴史において特筆すべき年となろう。前述のOPEC諸国における原油価格引上げの成功は,他の一次産品生産国のナショナリズムを高め,自国の資源を経済開発のテコとする動きを強めることとなつた。74年に開かれた国連資源特別総会(4月),第3次海洋法会議(6~8月),世界人口会議(8月),世界食糧会議(11月)では,いずれも資源ナショナリズムがくり返し主張されるとともに,地球の有限性をも意識した新しい国際経済秩序の確立の要求が高まつてきた。
しかしながら,原油価格の高騰がもたらした影響は,非産油途上国の側にしてみれば決して好ましいことばかりではない。第二次大戦後の四半世紀にわたる先進国の急速な工業化が,先進工業国と開発途上国の格差を拡大させたように,石油危機は開発途上国のなかの産油国と非産油国との格差を顕著なものにした。
すなわち,産油国は膨大な石油収入をもとに自国の経済開発を積極的に推進している。他方,非産油国は原油価格高騰にともなう負担増のみならず,工業製品価格の上昇によつても経常収支の赤字額の増大,国内物価の上昇に悩まされ,なお,75年に入つてからは,先進国の不況の長期化,一次産品の価格下落による輸出所得の減少に直面している。
もつとも,前述の国連資源特別総会においては,すでに最も深刻な影響を受けている開発途上国(Most Seriously Affected Countries)に対する緊急的救済と開発援助の実施のための特別計画が採択されており,これにそつて先進工業国,産油国の拠出がなされている。
75年に入つてからの開発途上国経済は,景気の停滞,国際収支の悪化に対応して,自国通貨の切下げを図る国々が目立つてきている(たとえば1月ビルマ,2,3月ラオス,チリ,4月ブラジル,5月バングラデシュなど)。一方,増大した外貨準備を背景に( 第1-2図 ),産油国の輸入は高水準の伸びを続けているが,国内の港湾・道路整備は急激には進みにくいこと,労働者の不足などから,74年の名目の伸び(前年比約70%増,主要産油11か国計)以上は期待できないと思われる。
したがつて,世界景気の立直り,工業製品価格安定が開発途上国経済の成長の一つのカギとなろう。これとともに,先進国と産油国との国際協調により,非産油途上国への経済協力を質・量ともに向上,拡大していくことが望まれる。
49年度の国際収支状況をみると,総合収支の赤字額は3,392百万ドルで,前年度の13,407百万ドルの赤字額に比べ,大幅な改善を示した。これは貿易収支の黒字幅が拡大したことに加え,長期資本収支の赤字幅が大幅に縮小したことによる( 第1-3表 )。
貿易収支は,原油をはじめとする一次産品価格の高騰により輸入が増大(前年度比39.6%増)したものの,輸出がそれを上回つて伸びた(前年度比47.3%増)ため,4,097百万ドルの黒字となつた。貿易外収支は6,000百万ドルの赤字で,前年度に比べ1,630百万ドル赤字幅(37%増)が拡大した。これは,個人消費の停滞などを反映して旅行収支の出超幅が前年度よりやや縮小したものの,投資収益が前年度に比べ大幅な支払超過となつたことなどによる。
この結果,経常収支は2,292百万ドルの赤字で前年度に比べ1,626百万ドル赤字幅が縮小した。
長期資本収支は2,083百万ドルの赤字で前年度に比べ,7,027百万ドルの改善をみた。これは本邦資本による延払信用,借款,証券投資が軒並み減少したことに加え,オイル・マネーの流入,外債の発行などがあつたためである。
短期資本収支は,901百万ドルの流出超過となつたが,過去3か年平均(約25億ドル)に比べて,その超過幅は小さかつた。
外貨準備高は,48年度末の12,426百万ドルから49年度末には14,152百万ドルへとやや増加し,石油危機時の48年10月の水準にまで回復した。
49年度の貿易収支の動きを四半期別にみると,49年4~6月は,高価格原油の入着により赤字を示したものの,7~9月以降は輸入の伸びを輸出が上回つたため,黒字に転じている。さらに,50年に入つてからは,国内の鉱工業生産の落込みを反映して輸入が不振を続けているため,6月まで黒字傾向を持続している( 第1-4-1表 )。
地域別の貿易収支をみると,原油価格の高騰により石油輸出国に対する赤字額は49年に133億ドル(48年は38億ドル)に達し,48年から49年への悪化額は95億ドルに及んだ。しかし,これは東南アジアとの貿易収支で50億ドル,中南米で27億ドル,アフリカで22億ドル,共産圏で11億ドル,各々黒字になつたこと等で解消された( 第1-4-2表 )。この結果,わが国の貿易収支は全体としては14億ドルの黒字となつた。また,四半期別にみても,石油輸出国との収支は,49年4~6月をピーク(38億ドル)に改善に向い50年1~3月の赤字額は28億ドルに縮小している。
49年度の長期資本収支は,2,083百万ドルの流出超過にとどまり,前年度に比べて流出超過額は4分の1以下となつた。
これは,本邦資本による延払信用,借款,証券投資の対外信用供与が大幅に縮小したこと,外国資本面で外債発行の再開(49午11月),オイル・マネーの導入,対日証券投資が買越しに転じたことなどによるものであつた。
その背景としては,石油危機後の国際収支悪化を懸念して,政策面から本邦資本の流出促進を手直しし,外国資本の流入規制を緩和したことがあげられよう( 第1-5表 )。しかし本年7月には,国内起債市場の好転,国際収支の改善等を背景に,円建て外債の発行が再開された。
75年に入つて,わが国の国際収支は輸入の減少を主因にほぼ黒字を続けてきたが,5月に入つて輸出も前年水準を下回り,貿易の縮小傾向が目立つてきた。従来の景気回復期においては,輸出の増大が回復を支える一つの柱となつていたが(47年の通関輸出数量べース伸び6.9%,41年同15.7%),今回は世界景気の立直りがそれほど急速とは見込まれないことから,輸出の回復は早くとも本年秋以降になると思われる。
このため,当面は短期的な国際収支の動向にとらわれることなく,一次産品を中心とした輸入拡大が図られることが望ましい。これはひいてはわが国の開発途上国への輸出を立直らせ,国内の物価安定の一助になることが期待できるからである。
49年度の輸出(通関)は,総額で58,442百万ドルで前年度比47.3%増(円ベースでは57.1%増)と大幅な増加となつた。これを数量・価格要因別にみると,数量で18.1%増加,価格で24.7%上昇(円ベースでは33.0%上昇)したことになる(前年度は輸出数量で5%増,輸出価格で26%上昇した)。世界景気の同時的な後退のなかで,このように,わが国の輸出は実質で18%強も伸びたが,その背景を探つてみよう。
49年の世界の輸入は前年に比べて価額ベースで45.6%と高い伸びを示したが,この伸びの大部分は輸出価格の上昇によるものであり,実質輸入の伸び率は2.1%に過ぎない。また50年1~3月期の主要7か国の輸入額(名目)も,前期に比べて4%の減少となつている。こうした厳しい輸出環境の中で,わが国の輸出がきわめて好調であつた一つの大きな要因は,輸出市場の拡大にある。地域別輸出の伸び率を数量ベース(前年度比)でみると,先進国向けが10.9%増,発展途上国向けが19.8%増,共産圏向けが67.3%増となつている。同じ先進国の中でも,アメリカ,西欧は各々,7.2%増,10.5%増と比較的低い伸びにとどまつたのに対し,カナダ・オーストラリアなどの一次産品輸出国へは,20%を超える増加率を示した。また,発展途上国の中でも,高い伸びをみせたのは,中近東(81.2%増)ラテンアメリカ(41.5%増)で,外貨事情が極度に悪化した東南アジア向けは逆に前年度を2.5%下回つた。このように48年度輸出総額の5割強を占めていたアメリカ・東南アジア向けの輸出が伸び悩んだ分を,49年度には一次産品輸出国および共産圏で補つたことになる。ちなみに,49年度の実質輸出増加を100とするとアメリカ・東南アジアの増加寄与率は,7%に過ぎず,残りの93%は,前年度まで5割弱のシェアしかなかつた市場での伸びに依存したことになる。増加寄与率が最も高かつたのは,中近東向け22%,次いで共産圏20%,ラテンアメリカ17%であつた。
次に49年度の輸出数量の伸びを,輸出関数により要因別にみると, 第1-6図 に示すように輸出数量は49年4~6月に急激な伸びを示し,ついで7~9月にはピークとなり,その後50年1~3月にはその伸び率は鈍化している。この間,世界輸入は伸び悩んだため,年度後半ではむしろ世界貿易要因はマイナス要因として働いた。また相対価格面では,オイル・ショック後のわが国の(外国を上回る)卸売物価の高騰から,年度間を通じ一貫してマイナス効果が働いた。
もつとも,この間の円レートの動きを実効レー卜でみると( 第1-7図 ),49年度は前年度に比べて平均6.3%円が下落しているので,その分だけ,わが国の相対価格の上昇は減殺されたことになる。
第1-7図 円の実効切上げ率(基準時点:スミソニアン調整時1971年12月)
輸出の伸びを品目別にみると,鉄鋼,化学製品など基礎資材の著増がきわだつている。49年度の鉄鋼の輸出額は約120億ドルにも達し,輸出増加寄与率でも実に32.3%に及んだ( 第1-8表 )。この結果,輸出総額に占める構成比も20.5%と大幅に上昇した。前年度比102.1%増加したうち,数量で31.7%増,価格で53.4%(ドルベース)上昇となつた。同様に化学製品も,前年度比90.9%の増加のうち,数量で12.1%増,価格で70.3%上昇となつた。49年度の輸出数量の増加分のうち31%,輸出価格上昇分のうち51%が鉄鋼と化学製品によるものである。このように,49年度のわが国輸出の品目別の特徴をひとことでいえば,鉄鋼・化学製品という2大基礎資材がこれまでにない数量,価格の伸びを示したということである。
そこで,注視されるのは,これらの輸出価格と国内価格とのかい離である。例えば鉄鋼の場合,原材料コストの急騰を反映して国内の生産者価格はかなりの上昇を示したが,輸出価格は49年度に入つてから,それをはるかに上回るピッチで高騰し,しかも西ドイツの価格上昇率をはるかに上回つた( 第1-9図 )。これは,円レートのフロート・ダウンが輸出価格面でわが国に有利に働いたこともあるが,それ以上にこれまで輸出価格の水準が相対的に低く価格競争があつたことや,世界の鉄鋼の供給能力が頭打ちになる中で,中近東をはじめとする一次産品輸出国や共産圏諸国向け需要が急増し,このため世界需給が逼迫して売り手市場となり,供給能力の大きいわが国(西ドイツの2倍強)が競争面で相対的に有利であつたためである。
49年度の輸入(通関)は世界的なインフレーションを反映して,前年度比39.3%増の62,628百万ドルと48年度に引続いて高い伸びを示した。しかしながらこれを数量と価格に分けてみると,価格は原油価格の高騰を主因として51.2%増と異常な上昇をみせた反面,数量では国内生産の落込みから6.2%減と減少に転じた。このように49年度の輸入は名目ベースでは大幅な増加をみせたものの,実質ベースでは逆に減少するという,名目と実質のかい離がめだつた。もつともこうした名目と実質のかい離も,前年度からの異常なインフレーションが持続していた年度前半では著しかつたものの,年度後半に入ると,世界的な不況の進行に伴つて輸入物価が次第に落着きをみせはじめたことから期を追つて縮小した。
こうしたなかで,輸入数量は鉱工業生産の落込みと軌を一にして減少しており,50年1~3月には前年同期比17.5%減とかつてない減少となつた( 第1-10図 )。
これを類別にみると,加工製品(33.6%減),原料品(16.6%減)の減少が著しかつたが,鉱物性燃料は価格の高騰にもかかわらず5.9%減にとどまつた。また48年度中には著しい増加をみた消費財の輸入も49年度に入ると一転して増勢を鈍化させた。なかでも繊維製品を中心とする非耐久消費財や,家庭用品,乗用車,雑貨を中心とする耐久消費財の輸入は個人消費の不振から期を追つて大きく減少した( 第1-11表 )。
一方,49年度の地域別輸入動向をみると,原油価格の高騰を主因に,開発途上地域からの輸入は前年度比76.4%と先進地域からの増加率を大きく上回つた。しかし,これを数量ベースでみるとラテンアメリカを除いてほとんどの地域で減少となつた。とくに先進諸国からの輸入減少がめだつが,なかでもオセアニア,南アフリカ,カナダの先進一次産品国からの減少が著しい。また開発途上地域では東南アジアからの輸入が大きく減少した( 第1-12表 )。
このように輸入数量が減少する一方で,輸入価格は世界的なインフレ傾向に原油価格の引上げが加わり,さらに一次産品の市況高騰が続いたことから鉱物性燃料や食料品を中心に高騰を続けた。なかでも砂糖(190%),原油・粗油(151%),石油製品(114%),石炭(111%)などでは前年度比2倍以上という騰勢を示した。しかしながら,食料や鉱物性燃料を除いた一次産品(原料品)の価格動向をみると年初に上昇した後はむしろ下落を示したものが多い。他方,先進諸国が比較的優位にある加工製品の価格は年度後半に入つてからじりじりと上昇している。
こうした一次産品価格の上昇によつてわが国が49年度中に前年度に比べ,支払い増加となつた金額を試算してみると,総額で190億ドルの巨額に達しているが,なかでも原粗油の115億ドル,石油製品の10億ドルの支払増大がめだつている。これらを除いた一次産品による支払増加額を 第1-13図 によつてみると,石炭(16億ドル)の支払増加が著しいほか,砂糖(9億ドル),小麦(4億ドル),とうもろこし(3億ドル)など食料による支払増大が顕著である。一方,これを地域別にみると,食料・石炭の支払増加を主因に北米,オセアニア,南アフリカ等の先進一次産品輸出国に対する支払増加額が全体の約3分の2の41億ドルにのぼつている。他方,開発途上地域への支払増加額は粗原料の価格上昇率が食料や鉱物性燃料に比し相対的に低かつたこともあつて全体の4分の1強の15億ドルにとどまつている。
第1-13図 一次産品価格上昇による支払増加額(石油を除く)
以上のように,49年度のわが国の輸入は価格の高騰と数量の減少という特徴を示したがこうしたなかで,輸入素原材料在庫率(輸入素原材料在庫/輸入素原材料消費)は48年10~12月を底に急上昇を続け,50年1~3月には143.4とかつてない高水準となつた。
このように,輸入素原材料在庫率が異常に高まつたのは,主として,企業の大幅減産により素原材料消費が大きく落込んだためである。もちろん,素原材料在庫も期を追つて増加しているが,前回の46年不況局面と比較すると(景気の山を100とする指数で比較),むしろ今回の在庫水準は前回のそれよりも低位にある( 第1-14図 )。
もつとも輸入素原材料在庫率は50年4月,5月とやや低下し,素原材料の在庫調整が進むきざしをみせているが,そのテンポは遅いものとみられる。すなわち,今回の一次産品の価格高騰の経験から,その長期安定供給を図るため若干の在庫増となつても,輸入を減少させないという傾向が強まりつつある点が多いとみられるからである。