昭和50年
年次経済報告
新しい安定軌道をめざして
昭和50年8月8日
経済企画庁
第II部 新しい安定経済への道
第1章 成長条件の変貌
戦後日本の高度成長の推進力のひとつは技術革新であつた。その性格は,豊富,低廉な資源の輸入と海外新技術の導入を前提として,最小のコストで商品を生産するという効率性の追求にあつた。しかし,資源制約の表面化は資源節約と代替資源の開発を要求し,また,生産第一主義に基づく効率性優先が生んだ各種公害の多発や事故への反省は,強く安全性を要求しつつあり,そのための新技術の事前評価を求めている。わが国の技術体系は,こうしていま大きい転機に直面しているといえよう。
現在,わが国の技術開発にとつて,第1に必要なことは,既存の生産施設,生産物資の再点検をあらゆる角度から実施し,その対策を急ぐことである。すでにソーダ工業では,再点検とその対応が開始され,48年度には廃水を外部に排出しないクローズド・システムに切換えられ,水銀を使用しない隔膜法への全面転換が53年3月末を目途に進められている。転換には,コスト高,品質の劣位,約1兆円の巨額な費用などの問題が横たわつている。もつともこうしたなかで,新しい隔膜の開発や国産技術による世界初の大型イオン交換膜法(年産4万トン)が新稼働を行なう(50年4月)など新時代にこたえたわが国の技術開発力も評価されつつある。またエネルギー問題の解決のひとつの方向として着目されている原子力の利用は,今回の石油危機以降さらにその開発の動きは重視されてきた。すでにわが国の原子力発電は,50年3月末に稼働中のものが389.3万KW(8基),舶用動力としての原子力船(むつ,熱出力3.6万KW)も完工,49年8~9月に出力試験を洋上で実施した。しかしこれらの原子力の実用化にあたつて各種の故障が発生した。原子力の利用が在来型技術の実用化と根本的に異なるのは,その安全性の確保と環境保全がきびしく要請され,その確立なくして開発利用はありえないという点である。地域住民との信頼関係の樹立と,その前提としての責任体制の確立がなければ,原子力利用の前進はありえない。こうした観点から,原子力委員会には原子炉安全技術専門部会が設置(50年2月)されるなどの行政的措置がとられた。これを契機に,より一層の安全性の確立への努力,事故の未然防止のための再点検が必要であろう。
第2は,今後登場する技術,新しい物資に対する事前評価を厳重に実施することである。アメリカでは,すでに,1972年に「テクノロジー・アセスメント法」が成立し,同法に基づきテクノロジー・アセスメント局が下院の下部組織として設置され,議会に対して事前評価のための必要な情報を提供している。わが国では,工場が新設される場合,建築基準法,消防法,労働安全衛生法,高圧ガス取締法,工場立地法などによる規制,許可をうけるが,生産技術そのものに対する一元的な事前チェック・システムはまだ整備されていない。また新しい物資を製造する場合,医薬品は薬事法,農薬は農薬取締法によつてそれぞれ製造承認が行なわれているが,使用が自由なPCB,フタル酸エステルなどに加え,医薬品,農薬でも,その安全性の欠落が使用後判明した事例が少なくない。効率と効用をめざして新たにつくられる物資の製造・使用等については,現在「化学物質の審査及び製造等の規制に関する法律」が施行されているが,事前評価とその規制のための体制をさらに充実する必要がある。
第3は,エネルギーなど先進国共通の開発課題についての国際協力による効率的な研究開発と,環境改善など国内社会が必要とする技術の自主開発である。それには,企業による研究開発も重要であるが,今後は国の役割も大きくなる。従来,わが国の研究開発投資は国際的にみると民間傾斜型であり,それも海外技術導入を中心とする補完型であつた( 第81表 )。とりわけ,エネルギーや環境改善の研究開発は充実の必要がある。例えば,環境改善開発費のGNPに対する比率をみると,広大な土地をもち自然の浄化力が大きいアメリカの場合の半分にも及ばない( 第82表 )。
わが国は,これまで有利な条件下で速いテンポの技術進歩を続けてきたが,その技術体系はいま大きい転機に直面している。多様化する社会の要求にこたえ,世界的な資源エネルギー事情の変化するなかで,技術進歩のあり方そのものを再検討しなければならなくなつているからである。