昭和50年
年次経済報告
新しい安定軌道をめざして
昭和50年8月8日
経済企画庁
第II部 新しい安定経済への道
日本経済はいまマイナス成長から脱出しようとしているが,それは元きた道への復帰を意味しない。戦後の高度成長を支えてきたいくつかの主要な条件が40年代後半から変貌しつつあるからである。その第1は,「景気循環の国際的同時性」に伴つて世界景気の振幅が大きくなつたことである。第2は,「資源制約」で,資源に乏しい消費大国日本の経済成長を左右する世界資源の供給事情が変わつてきたことである。第3は,「環境保全」で,環境保全と経済成長のトレード・オフの関係が強まつたことである。第4は,「技術の新しい選択」で,従来の効率性から安全性ヘ,外国技術導入から自主技術開発へと技術に対する社会のニーズが変わつてきたことである。第5は,「世界の食糧需給の基調変化」で,かつてのような過剰在庫がなくなり世界食糧の供給過剰が解消したなかで,わが国の食糧の自給力を見直す必要があることである。
しかし,戦後30年かかつてつくりあげてきたわが国の経済構造を変えないで,経済成長を低めようとしても,問題は少しも解決しない。高度成長の減速過程では,さまざまな困難が生じ易いからである。こうした「減速経済の諸問題」としては,貯蓄超過と景気循環の不安定,財政のアンバランス,雇用問題,市場価格の硬直化,輸入停滞と近隣諸国への影響があげられよう。
日本経済は,いま,将来の方向を選択する岐路に直面しているといわねばならない。それには,減速経済の諸困難に耐えかねて高度成長の軌道に戻るか,それとも,全く新しい軌道を創造するかの2つの方向がある。前者は,「成長条件の変貌」に適応できず経済を不安定にし,インフレーションをひきおこすおそれがあろう。一方,後者は,新しい経済構造を創造する苦しみを甘受しなければならないであろう。どちらを選ぶかは,日本国民の選択の問題であるが,後世代のためにいま創造の苦しみに耐えることが,われわれの歴史的責任ではあるまいか。本報告は,それを安定成長への選択と呼びたい。
新しい経済構造は,きたるべき経済計画において具体的に設計されることになるが,ここでは,これまでの経済構造を新しい視野から総点検して,今後のための課題を提起することとしたい。もつとも基本的な課題は,これまでの高度成長を支えた個人の「高貯蓄とその背景」に着目し,これを福祉充実の基礎とすることである。そのためには,「福祉充実と社会の対応」を検討し,「福祉と財政金融」を考えなければならない。また,このような福祉経済を支える経済安定の基礎として,「国際分業の高度化」や「食糧自給力の維持向上」が必要となろう。そうしたなかで,「成長条件の変貌」に適応しつつ「減速経済の諸問題」を解決できる「産業構造の多様化」が進展するであろう。日本経済がこうした安定成長への選択をするにあたつて,すでにこの問題を経験している「西ドイツ経済の教訓」を学ぶことは重要であり,そのなかから日本経済の現実に即した問題解決のひとつの方向を求めることができよう。