昭和49年
年次経済報告
成長経済を超えて
昭和49年8月9日
経済企画庁
地域経済の動向をみると,各地域とも47年後半からの拡大傾向が48年に入つて一段と強まり,公共投資の拡大や民間設備投資の回復,さらには旺盛な個人消費に支えられた需給のひつ迫基調を背景に総じて著しい活況を呈した。しかし,その後総需要抑制策が強められ,また10月には石油供給削減や価格の大幅引上げ問題が発生するとともにしだいに設備投資や個人消費に落着きがみられるようになり,企業マインドも鎮静化の方向に転じた。
まず,地域別の生産活動を鉱工業生産指数の前年同期比でみると,各地域で47年後半から急上昇し,48年に入つても需給のひつ迫を反映して高い伸びを続けた( 第13-1図 )。東日本では東北の伸びが相対的に高かつたが,西日本では中国,四国で4~6月には20%をこえるなど,いずれも高い伸びを示した点が目立つている。また,44~45年の景気拡大期と比べてみると,関東と東北はいくぶん低い伸びにとどまつたものの,北海道や近畿,四国,九州では前回の拡大期の伸びを上回り,また東海,中国でも前回並みの伸びとなるなど,きわめて活発な生産活動が行われた。この結果,48年年間の生産は北海道(前年比9.4%増)と関東(同15.3%増)ではやや低い伸びに終わつたものの,中国(同18.4%増),四国(同17.8%増),九州(同17.0%増)などをはじめ西日本各地域でとくに高い増加を示した。
しかし,こうしたなかで各地の織物産地では過剰生産と物価高騰による消費者の買控えなどを背景とした在庫圧迫から夏頃から操業短縮を行なうところがふえはじめた。また,総需要抑制策に基づく公共投資の抑制,民間住宅建設の停滞などによる影響から木材・木製品や建設業で不振が表面化するなど,総需要抑制策の効果がしだいに浸透しはじめた。このため,生産の増勢はほとんどの地域で4~6月には頭打ちとなり,7~9月には高水準ながら鈍化傾向に転じた。その後10~12月には,石油供給削減に伴う石油・電力の消費節減の影響も加わつてその傾向はさらに強まつた。これを電力消費の推移からみると,中小企業を中心とした小口電力は7~9月まで各地域で増勢を強め,中小企業の生産活動が活発で,あつたことを示しているが,10~12月には消費規制対象外の小口電力も大口電力とともにかなりの増勢鈍化となつている( 第13-2表 )。この傾向は,49年1~3月に入つて中部,近畿で大口電力の消費が前年同期を下回るなど一段と強まり,生産活動の伸び悩みを示している(ただ,中国のみは10~12月に高炉1基が新規稼動に入つたため大口電力がかなり伸びている)。以上のように,各地域の生産活動は47年後半から48年中拡大を続けたが,48年秋頃から増勢は鈍化に向かい,49年に入つてからは急速に停滞色が強まつたものといえよう。
こうしたなかで,47年に活発化した住宅建設は48年に入ると総じて増勢が鈍化し,年末にかけて前年水準を下回る地域もみられるなど停滞色が表面化した。しかし,一方ではかなり高い伸びを続けた地域もあり,地域別に異なる動きを示した点が特徴的であつた。
住宅建設の動きを建設省「建築着工統計」により前年同期比でみると,47年には四国を除き全国各地域で高い伸びを続けた。しかし48年に入ると,前半までは比較的活発であつたものの,その後は関東,近畿を中心に増勢鈍化が著しくなり,とくに後半には関東および近畿では前年並みないしはそれ以下にまで落ち込んできた( 第13-3図 )。しかし,48年の動きを通してみると,大都市圏では住宅建設の停滞色が強かつたのに対して,地方では比較的活発に推移したといえる。とくに,北海道と東北ではほとんど増勢鈍化がみられず,地域別に跛行的な動きがみられた。この結果,48年年間の伸びでみると,北海道と東北では前年比でそれぞれ47.0%増,25.6%増ときわめて活発な住宅建設が行なわれたのに対して,関東は2.4%増,近畿5.1%増と大都市地域ではかなり低い伸びにとどまった。
こうした地域別の差異の背景には,公共投資抑制に基づく公的住宅建設の遅滞もさることながら,金融引締めの影響の差があけられよう。すなわち,都市およびその周辺部では勤労者を中心に住宅ローンが広く普及し,また民間業者による建売り分譲住宅の建設が多い。このため,48年に入つて行なわれた金融引締めにより住宅ローンが圧縮され,また民間業者への貸出が抑制されたため住宅建設,購入が急速に困難化したものといえよう。さらに,建築資材価格の高騰と労賃の上昇などがこれに拍車をかけたとみられる。ちなみに,首都圏(東京,神奈川,千葉,埼玉)の中高層住宅の新規売出戸数に対する売却戸数の割合(契約率)をみると,48年2~4月には90.7%であつたものが49年の同期には34.2%(日本高層住宅協会調べ)と極端な売れ行き不振となつている。また,48年にはブーム状態にあつた福岡市での分譲マンションの売れ行き調査(九州経済調査協会調べ)によると,49年2月時点で分譲中の物件の半分以上が売れ残つており,購買意欲の低下を示している。こうした都市や周辺部の動きに対して,地方では農家等を中心に自己資金の比重が高いとみられ,さらには農協等の関連金融機関もあるため,引締めの影響が相対的に軽微であつたものといえよう。もつとも,49年に入ると北海道でも新設住宅着工戸数は1~3月に前年同期比61.9%減と激減しており,住宅建設は全国的に停滞に向かつたものとみられる。
一方,設備投資動向を示す産業用建築物(非住宅用)の建設動向をみると前掲 第13-3図 からもわかるように北海道,東北,関東,近畿および九州では住宅建設の伸びを上回るほど活発であつた。
そこで,特定工場(大規模工場,増設を含む)の設置届出状況をみると,景気拡大に伴い47年後半から急増し,件数で48年1~6月には前年同期比75.0%増,7~12月同93.8%増,年間では1,084件,前年比85.3%増と空前の規模に達した( 第13-4図 )。新増設別にみると,増設が前年比120.4%増と大幅に増加したが,新設も同67.6%増とふえており,企業の投資マインドがきわめて積極的であつたことを示している。
地域別には,47年には関東,近畿および山陽などの大都市圏ないしは既成工業地域への設置届出がふえた程度であつたが,48年には全国すべての地域で急増した。とくに伸びが高かつたのは北海道,東北,東海,九州であり,前年の2倍以上になつている( 第13-5表 )。もちろん,既成工業地域でも増設中心にかなり増加したが,近年用地難,地価の高騰さらには道路輸送の発達などから地方立地がますます盛んとなり,48年はそれがさらに拡大した年であつた。とくに,東北,東海,九州でその傾向が顕著であり,これが生産活動の伸びの地域別差異にもかなり反映されている面も否めないといえよう。
しかし,こうした積極的な投資マインドがそのまま実現されなかつたことも48年における特徴の一つであつた。従来,設置届出が行なわれると間もなく着工されていたとみられるが,今回は資材価格の高騰と不足が着工難をひき起していたうえ,10月の石油供給削減に伴う電力消費規制と先行き見通し難の台頭,加えて行政指導による大規模建築物の抑制などが行なわれたからである。たとえば,広島通産局調べ(49年1月現在,対象は48年7~11月に届出た管内の55件)によれば,「計画変更」のものが全体の63.6%にのぼつた。その大半(7割強)は着工延期であるが,その理由として「経済情勢の変化」(68%),「資材の不足・高騰」(40%)があげられている。また,近畿,東海などでも新規設備投資計画の全面延期や中止の動きがみられるなど,投資意欲の鎮静化が目立つた。こうした情勢から,全国の特定工場設置届出件数は49年1~3月に入ると前年同期比23.2%増と大幅な増勢鈍化を示し,建設規模も縮小する傾向がみられるようになつた。
一方,個人消費動向をみると,所得の上昇や価格の高騰を反映して総じて順調に増大したが,地域別にかなり格差がみられるとともに,消費者物価の急騰を反映して実質消費は伸び悩みを示した点が特徴的であつた。
まず,総理府統計局「家計調査報告」によつて個人消費支出の伸びをみると,関東や近畿,東海,中国などでは48年末までほぼ一貫して増加テンポが高まつている( 第13-6図 )。これには,都市勤労者世帯を中心とした所得の増大が反映されているとみられるが,半面では生活必需品の買急ぎと価格の上昇による影響も大きかつた。一方,北海道や東北,四国,九州などでは所得の一時的な伸び悩みもあつて4~6月から7~9月にかけて増勢は若干鈍化した。また,北陸では機業地の不振もあつて停滞したが,しかしいずれの地域でも年末にかけて伸びが高まつた。
しかし,これを実質(43年1~3月平均価格)でみると,名目の伸びとの差は48年4~6月以降乖離が大きくなり,しかもその伸びは低かつた。年間平均伸び率でみると,物価上昇率が比較的低かつたこともあつて北海道が8.9%増(名目18.5%増)と最も高く,ついで近畿7.8%増(同20.8%増),中国7.5%増(同20.3%増)となつている。これに対して,名目の伸びの低い北陸は0.9%減(名目10.3%増),東北0.4%減(同11.4%増)と前年に比べて実質消費が減少し,また九州でも0.5%増(同12.2%増)にとどまつている。このように,48年の消費生活は所得の上昇にもかかわらずほとんど改善されなかつたといえよう。
一方,地域別に百貨店販売額の推移をみると,必ずしも個人消費支出の動向と同じ動きを示さなかつた。まず,北海道と東北では48年末まで増勢を強め,しかも伸び率は高かつたが,大規模店舗の新設のあつた中国も含めてほとんどの地域で年央には増勢が頭打ちとなり,関東,中国および四国では7~9月から,また関西と九州では10~12月から鈍化傾向に転じた( 第13-7図 )。このような動きの背景には,つぎのような点があげられよう。48年の前半には,物価急騰のなかで貴金属や高級・高額商品などを中心に消費者の買急ぎの動きがみられ百貨店販売は活況を呈した。しかし,その後は実質賃金の伸び悩みや価格の上昇,節約意識の高まりなどもあつて高級品や繊維品などを中心に買控え傾向が顕著になり,百貨店売上げは増勢鈍化を示した。また,景気の鎮静化を反映した法人需要の停滞も加わつて,49年に入ると地方都市を中心に急速に伸びが低下した。
こうしたなかで,消費動向は生活必需品へとシフトする傾向が強まつた。ちなみに,全国の大型小売店の売上げを通産省「商業動態統計」によつてみると,48年4~6月前年同期比21.2%増から7~9月53.8%増,10~12月58.9%増と価格上昇を反映してむしろ増勢が高くなつている。また北陸の主要スーパーでも,7~9月24.3%増,10~12月32.1%増から49年1~3月にも34.7%増と高い伸びを続け,百貨店とは異なる動きを示しているのが特徴的である。
地域経済は,以上にみたように総需要抑制策の浸透に伴い企業マインドが鎮静化し,消費動向も落着きを示すなど各地域で停滞色がひろがつている。
生産活動は,需要の鎮静化を反映して急速に増勢鈍化を示し,このため残業の縮小,臨時工の削減や新規採用の圧縮など労働力需給もひところのひつ迫基調からやや緩和している。また,設備投資意欲も既存計画の着工延期や縮小がふえるなど低下の傾向が強い。一方建設活動も,公共投資の抑制や民間住宅建設減少から不振を続けている。公共工事では,抑制対象外の学校,病院等を中心とした市区町村や都道府県からの発注はそれほど停滞していないが,本州・四国連絡架橋や国鉄新幹線などの大規模工事をはじめとした政府関係では急速に減少しており,その地域経済に与える影響はかなり大きいものとみられる。このように実体経済面が悪化する一方で,金融引締めの長期化のなかで中小企業を中心に企業金融もしだいに困難化の傾向を強めている。資金需要の動きをみると,資材価格の上昇や決済条件の悪化に伴う資金需要や,業況不振の著しい繊維,木材・木製品,建設などでは減産,採算悪化,在庫過剰などによるものもふえるなど引続き増大傾向にある。一方,金融機関の貸出態度は抑制基調を続け,貸出も増勢鈍化の傾向を強めている( 第13-8図 )。こうした情勢から,企業の資金ぐりも困難化しており,政府はこのため中小企業対策として政府系中小企業金融機関(沖縄振興開発金融公庫を含む)について3月5日閣議で505億円の緊急融資を決定し,さらに4月21日には49年4~6月の融資わくを1,510億円追加して総額7,050億円とすることとした。
こうしたなかで,激しい物価上昇のもとで鎮静化傾向を強めていた地域の消費動向は,4~6月に入つて各地で百貨店売上げの増勢がふたたび上昇し,また自動車の新車登録もひところに比べて減少度合が縮小するなど,回復のきざしもみられ,今後は大幅な賃金の上昇を背景に個人消費を中心に漸次活発化していくものとみられる。