昭和49年
年次経済報告
成長経済を超えて
昭和49年8月9日
経済企画庁
昭和46年から47年にかけて供給超遇と国際収支の大幅な黒字を続けた日本経済は,47年秋以降その需給ギャップを急速に縮小し,48年に入ると逆に大幅な需要超過となるとともに,国際収支も赤字に転ずるにいたった。こうしたなかで,47年秋以降物価の上昇が続き,48年に入るとその騰勢は月を追つて強まることとなった。一方,年末に到来した石油危機はこうした事態に対する攪乱的な要因となり,49年に入って景気がピークから下降に向う一方で,なお急激な物価高騰が続いた。
さて,こうした状況のなかで財政金融政策はどのように対応してきたのであろう。いま47年度から49年度にかけての財政金融政策をその背景にある経済情勢の推移に対応させて振返ってみよう。
第1の時期は,47年秋から年末にかけてであり,景気が拡大から過熱に向うなかで卸売物価の上昇が強まる一方,国際収支は輸入の増加にもかかわらず,黒字幅は容易に縮小しなかった。こうしたなかで,10月には社会資本の整備と国際収支の黒字縮小をめざして,公共事業の追加と国債増額を含む補正予算(一般会計補正額6,513億円)と財政投融資計画の第2次追加が閣議決定され,金融面についても緩和を維持する政策が続けられた。
第2の時期は,48年初から48年11月の石油危機までの時期であり,国際収支は輸入の急増と長期資本の大幅流出により,黒字縮小から赤字へ転ずるに到ったが,国内景気は過熱状態を続け,大幅な需要超過はいわゆる「もの不足」の事態を招来し,物価は卸売物価,消費者物価とも異常な高騰を示した。このような事態に対処して,政策運営は48年4月以降,明確に総需要抑制の方向に転ずるに到った。
48年度予算は,国民福祉の向上,社会資本整備などをめざした大型なもの(前年度比24.6%増)であり,財政投融資計画も前年度比28.3%増の大型計画であったが,これらのもつ景気刺激効果を極力不胎化すべく,そのうちの投資的経費についての執行の時期を遅らせまたは執行を翌年度に繰り延べるなどの措置が矢継ぎばやにとられた。4月および6月の公共事業等の施行時期調整や8月に行なわれた地方財政,財政投融資を含む財政執行の繰り延べ措置がそれである。一方,金融政策においても,1月以来5次にわたる預金準備率の引上げ,4月以来5次にわたる公定歩合の引上げに加え,相互銀行や一部の信用金庫も含めた金融関機貸出に対する強力な窓口指導を実施するなど,財政,金融両面から総需要を極力抑制するための努力がなされた。
しかし,これらの政策は,その効果発現までのラグや,46,47年度の金融超緩和,公共投資の拡大,追加の波及効果のために容易に実体経済に影響を及ぼさず,景気はなお過熱状態を続けることとなった。また物価についても,今回の物価上昇は種々の要因が複雑にからみあったものであり,また総需要抑制策の効果の浸透が遅れたこともあって,物価の高騰は容易に衰えをみせなかった。
第3の時期は,石油危機が到来してからあとの時期である。石油危機によるエネルギー供給の縮小とそれに伴う様々な行政指導に加え,年初来の引締政策の効果がラグをもって現れたことから,景気はピークから下降に向ったものの,原燃料価格の高騰は物価を急激に押上げ,49年1~3月には狂乱的な物価上昇が現出した。
このような事態に対処して,財政面からは12月に財政執行の一層の抑制を図る措置がとられ,また49年度予算についても投資的経費を極力抑制した緊縮型財政とし,その執行についても,公共事業の施行時期を調整するなどの措置がとられた。一方,金融面からも,12月には第5次の公定歩合大幅引上げを行ない,金融機関貸出を一層強力に抑制するなど,引締め政策が続行されている。
こうしたなかで,物価は石油危機の影響が一段落したこともあって本年3月以降ようやく鎮静化するにいたった。
日本経済は,45~46年度以降主として民間設備投資の衰えから,その成長のスピードをスローダウンさせたが,その一方で社会福祉や社会資本の立ち遅れもまた顕著となってきた。こうした事態をうけて,財政はいわゆる「財政主導型」のそれへと転換することとなったが,48年度予算もまたその線に沿つて作成され,国民福祉と社会資本の充実をめざした極めて大規模なものとなった。景気上昇下でこのような積極的な予算を編成したのは初めてであり,資源配分を是正するための大胆な試みであったと云える。
第8-4表 一般会計歳出予算の主要経費別分類(当初予算ベース)
以下,48年度当初予算についてその特色をみると
① まず予算規模が大幅に拡大され(14兆2,840億円,前年度当初予算比24.6%増),なかでも公共事業関係費と社会保障関係費の伸びが著しいことがあげられる( 第8-3 , 4表 )。
公共事業関係費についてみると,生活環境施設,基幹的交通手段の整備等各種社会資本の整備,工場の再配置などを重点に,一般会計で2兆8,408億円(前年度比32.2%増)が計上された( 第8-5表 )。また財政投融資計画においても住宅,生活環境施設,厚生福祉施設を中心に社会資本の整備がめざされ( 第8-6表 ),一般会計,特別会計それに政府関係機関を加えた政府の公共事業費等投資的経費の総額は約7兆円の巨額なものとなった。
つぎに社会保障関係費についてみると,まず,年金については厚生年金額の引上げ(月額2万円→5万円),拠出制国民年金額の引上げ(夫婦で月額2万円→5万円),老令福祉年金額の引上げ(月額3,300円→5,000円)が行なわれるとともに,消費者物価の上昇率が5%を越える場合には物価にスライドして年金額が改定されることとなった。また,老人医療無料化の拡充等老人対策が推進されたほか,難病対策の拡充,身障者対策,生活保護対策などについて前進した措置がとられ,社会保障関係費の総額は2兆1,145億円(前年度比28.8%増)となった( 第8-7表 )。
② 特徴の第2は公債発行額の拡大である。従来,公債政策は,主として景気調整の観点から運営されてきたが,48年度予算においては,これと同時に民間資金を吸収しつつ社会資本を一層充実し,公私両部門間の資源配分の是正を図るためにも,これを活用する必要があるとの考えから2兆3,400億円にのぼる国債発行が予定された。この結果,財政の公債依存度は,46年度4.5%,47年度17.0%のあと48年度は16.4%となった( 第8-8表 )。
③ 第3は税制改正による負担の軽減,合理化が行なわれたことである( 第8-9表 )。中低位所得層の税負担の軽減を重点に所得税,住民税,相続税等の減税が行なわれるとともに,消費構造の変化に即応じた物品税の軽減,合理化,産業関連の租税特別措置の改廃等が実施された。また,事業主報酬制度が創設されるとともに,土地の投機的取引を抑制するため法人の土地譲渡益に対する重課などを含む土地税制の改正が行なわれた。
地方財政計画の歳出面の特色をみると,まず投資的経費の伸びが大きく,なかでも住宅対策,生活環境施設整備,農業基盤整備を中心とした公共事業関係費が大きく増加した。その他,公債費や,収益補助等のための公営企業繰出金も高い増加率を示している。
歳入面の特色をみると,まず一般財源(地方税,地方譲与税,地方交付税)は,地方税が景気の回復を反映して27.0%と高い伸びが見込まれたことによって,前年度比22.9%の大幅な伸びとなった。しかし,歳入規模が大幅に拡大したため,歳入総額に占める一般財源の比率は,47年度の59.8%から59.3%の微減となつた。その他,公共事業費補助負担金を中心に国庫支出金の伸びが著しい反面,地方債は14.5%の伸びにとどまり,地方債依存度は7.4%と若干低下した。
48年度財政はこれまでにみたように,国民福祉と社会資本の拡充を目指した極めて大型なものとして出発したが,このような財政運営は,47年10~12月頃から民間設備投資が急速に拡大して48年1~3月には明確に過熱の徴候を示すようになり,卸売物価もその上昇の速度を増して高騰を続けるようになったことから,出発早々,大きな壁に突き当ることとなった。このような事態に対処して,5月8日には公共事業費等について,その上半期契約進捗目標を59.6%に押える措置がとられ,さらに7月3日には55.8%と強化された(ちなみに,公共事業等について施行促進や繰り延べが行なわれず,ほぼ通常のペースと考えられる43~45年度についてみると,その上半期契約率の平均は66.2%である)。
しかし,その後も景気は過熱を続け物価上昇もおさまらなかつたため,8月31日には,財政の投資的経費等についてその執行を遅らせ,ないしは翌年度に繰り延べることが閣議決定された。すなわち,
① 一般会計,特別会計及び政府関係機関を通じ,公共事業費等投資的経費について施行時期の調整を図ることとし,公共事業系統経費の8%を目途として事業の実施を繰り延べる(繰り延べ額3,531憶円)。
② 財政投融資対象事業についても①と同様の比率を目途として繰り延べ措置を講ずる(繰り延べ額4,964億円,①との重複額を差引いた①と②の総計7,028億円)。
③ 地方財政においても国と同一歩調のもとに公共事業系続の事業の繰り延べを行なうとともに,地方の実情に応じ,単独事業,公営企業等についても自主的な繰延べ措置を講ずるよう要請する(繰り延べ額3,400億円)。
という総額1兆428億円にのぼる大規模な繰り延べ措置であった。ただし,公共事業のうち積雪寒冷地及び生活環境施設等にかかるものについては繰り延べ率を4%とし,災害復旧事業及び財政投融資のうち中小企業金融三機関にかかる事業については,対象から除外するなどの配慮も行なわれている。
この結果,上半期の公共事業費等契約率は54.7%の低水準となった。
また,12月22日にはおりからの石油危機に関連して,①公共事業等財投対象事業について,その新規着工を差控える。②物件の購入についても機械設備,自動車等についてその購入を原則としてとりやめる。③地方財政についても同様の措置を要請するなどの措置がとられた。この結果,48年度公共事業費等のうち,支払ベースで1兆2,500億円が49年度に繰り越されることとなった。
48年度補正予算は,総額9,885億円の大規模なものであったが,これには次のような特色がみられた。
① 景気鎮静化の目的から,おりからの税の大幅な自然増収もあり,5,300億円にのぼる国債の大幅減額が行なわれた。
② 歳出は,公務員給与改善,食管繰入れ,地方交付税等,非投資的な経費に極力限定された。
③ 建設費の上昇により,公共事業は当初予定の完遂が困難となったが,文教施設等国民生活に必需的なものについては単価の改定を行ない事業を遂行した。
49年度当初予算は,供給制約の強まりが懸念されるなかで,物価安定と国民福祉の向上をめざして編成された。それは福祉充実に配慮しつつ厳に抑制的なものとされ,また今後の経済情勢の推移に対応しうるよう,機動的弾力的な運営を行うことが基本とされた。以下49年度当初予算の特色をみると,
① まず予算規模は,17兆994億円(前年度比19.7%増)と極力圧縮された。なかでも景気に対する波及効果の大きい公共事業関係費は,前年度以下の規模に押えられるとともに,その執行にあたっても極力年度下半期への繰り延べを図ることとされた( 第8-3 , 4表 )。ただしその中にあっても,住宅,下水道等生活環境施設整備費等については,国民福祉の向上を図る観点から重点的に配慮されている( 第8-5表 )。こうした傾向は,財政投融資計画においても顕著にみられるところであり計画総額で14.4%の伸びに抑えられるとともに,生活関連事業のウエイトが高まっている。
② 財源の効率的かつ重点的な配分が考慮され,特に国民福祉と直結する社会保障関係費は,前年度比36.7%の大幅な増加となり,一般会計に占める比率も16.9%へと上昇している。すなわち,福祉年金額,各種扶助,扶養手当の引上げ,福施設の拡充,マン・パワーの確保等に大幅な前進が見られる.
③ その他,公共料金を極力凍結するとともに,流通機構の改善や,生活必需物資等の安定的供給を図るなど物価の抑制に配慮が加えられている。
④ 歳入面においては,給与所得者の負担軽減を中心に所得税の大幅減税が行なわれるとともに,最近における社会経済情勢の変化に即応して,法人税率の引上げ,印紙税,自動車関係諸税の税率引上げ,各種租税特別措置の改廃などが行なわれた( 第8-9図 )。この結果,間接税等の比率はこれまですう勢的に低下するという傾向があつたが,49年度についてはその間接税等の比率は48年度の28.8%(補正後)から,30.1%(当初予算)となつた。また,景気抑制の観点から,財政の刺激効果を弱める目的で,国債発行が抑制され,国債依存度は12.6%へと低下した。
次に,47年度から49年度にかけてとられた財政政策について,その効果を検討してみよう。
(1)にみたように,46~47年度にかけて日本経済は,大幅な供給超過の状態にあり,民間設備投資にも衰えが感じられたことから,財政は積極主導に転じ,公共投資の施行促進や追加措置がとられた。しかるに47年秋以降,民間設備投資が急増し,供給力の伸びが低かつたこともあつて景気は急速に過熱に向つたため,48年度以降財政運営は抑制に転じ,公共投資の繰り延べなどの措置が強力にとられた。しかし,それらの措置は,実体経済にただちには浸透せず,従つて48年度中における効果もさほど大きくはなかつたものと思われる。では,なぜこのような事態が生じたのであろうか。
①まず,46~47年度においてとられた積極財政の効果がラグをもつて48年度にあらわれ,48年度において公共投資の抑制措置がとられたものの,過年度の波及効果が非常に大きかつたこと,48年度の措置がラグのためすぐには効果をあらわさなかつたことなどから,過年度の波及効果を打ち消すには到らなかつたことがあげられる。この関係をみたものが 第8-11図 である。48年度の措置の効果は,49年度にいたつて大きくあらわれていることが分る。
また,公共投資調整の効果は,民間設備投資に半年から1年のラグをもつて最も強く現れる。47年度の積極財政の民間設備投資に対する効果は,48年度にいたつて大きく現れ,公共投資との競合を引起し,それが48年度にみられた需給ひつ迫の一因となつたのである。
②以上はマクロモデルによる分析であるが,実際には公共投資調整の効果についてのラグは次にみるような理由により徐々に長くなつていると思われる。
第1は,第1部でみたように,公共投資はその7~8割が建設投資であり,建設業を通ずるがゆえに,建設業の需給動向の影響を強く受ける。そのため,例えば建設業に対する需要が極度に集中した場合,建設業の生産性上昇は他産業に較べ制約される面が多いことから需要の相当部分は受注残(未消化工事)として積上がることとなる。このため,その後需要が縮小しても,当分の間は未消化工事の取消しに終り,実際の建設活動には影響は少ない。
第2は,公共工事が大規模化し,工事期間が年々長くなつていることがあげられる。工事期間が長くなれば,公共工事受注調整の効果ラグもまた長くなることは明らかである。
第3は,地方公共団体等の公共工事のウェイトが高まつていることである。地方公共団休の公共投資は国のそれに比べ,福祉政策の建前から景気調整になじまないものが多い。地方公共団体の比率が年々高まつていることは,特に景気抑制の場合における公共投資の効果が弱まりあるいはラグが長くなることでもある( 第8-12図 )。以上を通じていえることは,財政面から景気調整,とくに公共投資抑制により景気の抑制を行なう場合には,その効果ラグに留意しつつ様々な金融政策と連携するとともに,租税政策,国債政策の機動的な運営が必要となろう。
47年度から48年度にかけては,景気が回復から拡大,過熱にいたつたこと,物価上昇による名目的な所得の拡大が著るしかつたことから,租税面においても,所得税,法人税を中心に大幅な自然増収が発生した。このことは景気の動向にはどのような影響があつたのだろうか。この関係をみたものが 第8-13図 である。
第8-13図 昭和47,48年度における税の自然増収の経済効果
図をみると,自然増収額では所得税が6割強を占めているにもかかわらず,最も影響の大きいのは民間設備投資,なかでも製造業のそれであつたことが分る。47,48年度においては民間の資金の一部が自然増収という形で国庫に吸い上げられ,景気抑制に寄与したということができ,このことは今後の租税政策についで有益な示唆を与えているといえる。しかしながら,この効果もまたかなりのラグを持つことに注意する必要がある。
今後の日本の経済成長には第2部でみたように様々な制約条件があり,そうしたなかで豊かで活力ある福祉社会を建設していくために,財政の果す役割は従来以上に重要になつている。財政の規模は近年飛躍的に拡大され,その資源配分,所得再分配あるいは地域再分配に対する効果もまた飛躍的に拡大されている。財政の最大の機能は分配にあり,それは第2部においてみたところであるが,財政の規模拡大に伴い景気調整における役割もまた極めて大なるものがある。48年度における経験は,今後の景気調整面における財政運営にあたつては,つぎの諸点に留意する必要があることを教訓として残した。
第1に,これまでのような高い経済成長が望めないという状況のもとで,国民福祉をめざして公共投資の拡大を図る場合には,民間の需要動向や先行きに充分留意して,経済全体として極端な超過需要が発生しないような政策運営が一層必要となつてこよう。例えば,租税の景気調整機能の活用や,金融政策との密接な連携によつて,長期的にみて民間の需要を適正水準に保つなどの政策も必要となつてこよう。
第2に,公共投資については,大幅な変動を避け,ある程度一定のペースを保ちつつ実行していくことが望ましい。
第3に,財政の規模拡大に伴い,その金融市場に与える影響も極めて大きくなつてきている。財政の対民間収支がそれであり,また2つには政府系金融機関の動向である。財政資金の流れに留意した金融政策が必要であるとともに,政府系金融機関の運営にあたつては,金融政策との間にそごを来さないよう注意が必要であろう。