昭和49年
年次経済報告
成長経済を超えて
昭和49年8月9日
経済企画庁
昭和48年度には,わが国の農林水産業にとっても様々な問題が生じた。まず,農業においては,1972年の世界的な大不作などを契機として,わが国の食料供給政策のあり方を,再検討しようとする機運が高まったことである。1973年は,アメリカの大豆輸出規制に象徴されるように,世界的に農産物需給がひっ迫し,価格は著しい上昇を示した。一方,国内における農業生産は,米の豊作を中心に総合では増加したものの,麦類や大豆は引続き大幅な減産となっており,今後,国民の必要とする食料を,いかに安定的に供給していくかが問われている。また,林業においては,内外における環境保護運動の高まりや,海外森林資源国における資源ナショナリズムの高まり等もあって,供給のあり方が問題となってきた。また,木材価格の変動が大きいことから,今後は,国内の需要面についても安定的な拡大をとる等の施策が必要とされている。さらに,漁業をとりまく内外の環境も厳しさを増している。特に,沿岸漁業においては,公害等による漁場汚染が深刻な問題となっている。また,遠洋漁業では,経済水域問題や捕鯨問題に象徴されるように,国際的な漁獲規制強化の動きに直面しており,わが国の動物性たん白質の安定的な供給に影を投げかけている。
以上のように,現在,わが国の農林水産業は,それぞれ,極めてむづかしい問題をかかえているが,今後の国民福祉の充実にとって,また国民経済の調和ある成長を達成していくうえで,その役割の重要性は増してこよう。
48年の農業生産は,わが国農業の基幹的作物である米の生産が,前年に引続き増加したものの,麦類や野菜などが減産となったため前年比0.2%の増加にとどまった( 第7-1表 )。
まず米の生産についてみると,作付面積が,生産調整及び稲作転換対策の実施などから,減少をつづけたものの気象条件に恵まれたことから,48年の生産は前年比2.2%の増産となった。また畜産は,肉用牛の生産が,前年比で21.4%減と大きく減少したが,豚,ブロイラーの生産が拡大したことにより全体では前年並みとなった。しかし野菜の生産は,夏季以降の天候不順により47年に比べ2.6%の減産となり,価格が暴騰した。
次に麦の生産についてみてみよう。わが国における麦の作付面積は,昭和25年の約178万ヘクタールをピークとして減少を続け,48年には約15万ヘクタールと激減している。この減少の大きな要因は,麦作の規模が零細で収益性が低いことである。すなわち,47年度の1日当たり労働報酬をみると,小麦は702円,大麦は1,149円,ビール麦は1,633円となつており,米の3,004円,肥育豚の2,888円,トマトの2,803円などと比べ著しく低水準にある。また,出稼ぎなど農業外における労働需要の高まりや,最近では,水稲作の早植え化や田植え機の普及などから麦作と水稲作との作期が重複してきたことも大きな要因としてあげられる。このような事情から,わが国の麦類の生産は年々減少し48年の生産も前年比で約32%の減少となり,47年度の麦類の自給率は8%と,きわめて低い状態となった。しかしながら,1972年の世界的な不作により,小麦の海外からの供給に不安が生じたことは,麦作についての考え方を再検討させることとなった。すなわち,49年度には麦生産振興奨励補助金(60kg当たり2,000円)の交付や麦の生産者価格の大幅な引上け等の政策がとられたこともあって,49年産麦の作付面積は,30年度以降としては初めての増加が見込まれている。このように,麦作を振興させようとする考え方が強く打ち出されてきているが,現在の麦作農家が零細かつ分散していることを考慮に入れるならば農業構造の改善をしつつ,高能率機械の導入や作業規模の拡大などにより生産性を高めていくことが重要な課題となっている。
48年度の農産物価格は経営コスト高騰の影響もあってかつてない著しい上昇を示した。米,麦の政府買入れ価格がそれぞれ15%,14%と近年にない大幅な引上げが行なわれたほか,畜産物が,鶏卵,生乳を中心に22.3%上昇と47年度の9.1%を大きく上回って上昇した( 第7-2表 )。さらに,天候不順から生産に伸び悩みがみられた野菜は前年度比で42.2%上昇と暴騰した。また,果実は,47年度の大豊作で暴落したみかんが逆に26.9%の上昇となったほか,ぶどうも需要の堅調さを反映して44年度以降,大幅な上昇が続いており,果実総合では9.5%の上昇となった。こうしたことから48年度の農産物価格は前年度比22.5%の上昇と47年度の5.6%上昇を大きく上回った。
48年のわが国農産物輸入は,輸入価格の高騰を主因に90億8,700万ドルに達し,前年に比べ65.1%増加した。品目別にみると,1972年の世界的な異常気象による不作で需給がひっ迫し,価格高騰が顕著だった大豆,小麦,とうもろこしの増加が目立っている( 第7-3表 , 第7-4図 )。なお,1973年6月,アメリカは,世界供給量の9割以上を占める大豆について,国内市場向け供給を確保するため,輸出を規制するという手段をとり(10月1日には全面解除した),わが国をはじめ世界各国に大きな衝撃を与えた。
次に,肉類は旺盛な需要と輸入価格の高騰を背景に前年比2.3倍と著増した。まず,牛肉が国内における価格の高騰や生産減などから輸入枠が大幅に拡大されたことを背景に,約13万トンと前年比2.2倍,金額では3.7倍と大幅に増加したほか,豚肉も国内価格の高騰に対処して関脱の減免措置が48年3月から10月まで実施されるなど,輸入促進策がとられたことから輸入量は1.9倍,金額では2.4倍と大幅に増加した。また,熱帯産品のコーヒー・ココアの輸入も,し好の変化を反映して着実に増大している。なお,砂糖,バナナの輸入量は,それぞれ14.6%減,12.4%減となった。
次に,供給体制との関係で,労働力人口の関連をみてみよう。労働力調査(総理府調べ)によれば,48年度の農業就業人口は618万人(沖縄県は含まず)で前年度に比べ9.4%の減少となり,総就業人口に占める割合は11.9%と引続き低下している。40年度以降の推移をみると,40年度から45年度までは,年率3.7%の減少であったのに対し,46年度以降は減少のテンポを速めた。しかし,48年度の推移をみると,景気の後退などを反映して,48年10月以降は減少のテンポが鈍化している。なお,農家子弟の新卒者(進学者を除く)のうち,自家農業に就業した者の割合(就農率)は47年の5.1%を下回って,48年には4.6%となった。なお,48年度の固定資本投資は,省力化のための機械導入を中心として大幅に増加したが,これは農業所得が2年連続して大幅に増加したことや,農業労働力の減少とも対応している。
48年度の農業所得は,全国農家1戸当たり(沖縄県を除く,以下同じ)73万7,000円で,47年度に比ベ26.7%増(概算値。以下同じ)となり,前年度の伸びを上回る好調さを示した( 第7-5図 )。もっとも,この高い伸び率は,48年度の前半までの影響によるところが大であり,48年10月以降は,概してその伸び率は鈍化し,好調だった農業所得にかげりが生じている。これは,48年度前半の農産物価格の上昇率は,生産資材価格の上昇率を上回っていたが,後半に入るとこの関係が逆転し,生産資材価格の上昇が農産物価格の上昇を上回ってきたためであり,今後も農業所得にとっては,相当な悪影響をおよぼすものと考えられる。また畜産農家にとっては,生産資材,特に経営費の5割以上を占める飼料が,48年の初めから大幅に値上がりしていたため,その収益性は,年度間を通して相当に悪化しているものと思われる。
次に,農外所得も,賃金の大幅な上昇を反映して,前年度比24.2%増と依然として高い伸びが続いている。この結果,米の生産調整奨励補助金(1戸当たり約3万2,000円)や出稼ぎ者による送金(同2万円)などを加えた農家の総所得は,1戸当たり265万2.000円,前年度比25.8%増となり,非農家世帯の実収入の伸び率を2年連続して上回った。また.家計支出も前年度比20.9%増と大幅にふえたが,実質ではわずか2.8%の増加にとどまった。
1972~73年に生じた戦後例をみないほどの広範囲で,しかも高水準な国際農産物価格の上昇は,わが国の消費生活や農業経営に多大の影響を与えた。その第1は輸入農産物価格の高騰とそれに基づくパン,食用油,砂糖,豆腐等加工食品の価格騰貴であり,第2には飼料価格の大幅上昇による畜産経営の収支悪化であった。
国際農産物価格の高騰は,米,小麦,とうもろこしなどの主要農産物が天候不順などにより減産したためであるが,今回は,ソ連,中国の大量買付けがこれまで価格変動の緩衝機能を果たしてきた在庫を著しく減少させたため変動幅が一層拡大された。在庫の減少は,小麦,飼料穀物については,最大の在庫保有国であるアメリカ,カナダで過剰在庫による苦い経験から生産調整政策が推進され,在庫が減少傾向にあったことに減産やソ連などの大量買付けが重なり合ったため生じ,また米の在庫についは本来在庫水準が低いため,減産に遭遇しての減少幅が大きかったものといえる。今後はアメリカ等においては政府在庫を増加させない政策がとられているため在庫増加はあまり期待できず,また所得水準の向上に伴う畜産物需要の増加や発展途上国における人口圧力の増大,さらに農業生産は本来気象条件の影響を受けやすいこともあって今後の世界的農産物価格は変動し易く価格高騰前に比べれば,割り高に推移するものと言えよう。国際的に価格騰貴の著しかった農産物はわが国の自給率が著しく低いため,世界の価格動向が国内に直接的に波及し易く,世界的需給の変動要因が増すなかでこれらの農産物をいかに安定的に供給するかは今後の食料供給にとって大きな課題となろう。こうしたことは今後の需給動向とも大きなかかわり合いを持っている。食料のなかで消費の所得弾性値が相対的に高い畜産物の需要は今後ますます増加することが見込まれるが,仮りに需要増加に見合った供給増加がないとすると畜産物は消費の価格弾性値が高いため価格上昇による需要への影響が大きいことから畜産物供給の安定的拡大が一層望まれる( 第7-6表 )。こうした供給増加の要請に国内生産の増加をもって応えるとすれば,飼料の安定的確保をはかることがきわめて重要である。これまでわが国の畜産物消費は飛躍的に増大してきたが,こうした畜産物消費の増大には所得増加のほか,価格が安定していたことも大きく寄与していた( 第7-7表 )。わが国は飼料穀物の大半を海外に依存しているが,それだけに飼料穀物の国際価格が豊富な在庫を背景に比較的安定して推移していたことは,畜産物の生産拡大と消費増加に大きな役割を果たしてきたものといえる。ともあれ変動要因の増した国際農産物市場の中で飼料を含めた食料を安定的に確保するためには,国内の飼料基盤等生産体制の整備を図るとともに,輸入の安定的確保や備蓄等の対策を推進していくことが必要であろう。
48年の木材需給をみてみよう。木材需要に密接な関係をもつ建築活動をみると,47年には,公共投資の拡大や大幅な金融緩和を背景とした住宅ローンの増大等から住宅建築が高まるなど活発化し,48年も前半は景気の拡大から堅調に推移した。しかし,秋以降,異常な物価上昇に対してとられた総需要抑制策の強化や建築投資に対する規制から停滞し始めている。すなわち,新設住宅着工戸数の前年同期比をみると48年1~9月期35.9%増に対し,10~12月期は5.4%減となっている。さらに,49年に入ると住宅建築活動はますます不振の色を濃くし,1~4月の前年同期比は33.9%減と大幅に減少している。この結果,製材の消費量も,48年秋以降,前年同月を下回ることとなった。( 第7-8図 )。また,紙・パルプの需要は,景気の拡大過程で増大し続けたが,生産がこの増大する需要に伴なわず,在庫が減少を続けた。とくに夏以降は,上質紙,新聞用紙等を中心として,紙不足の状態におちいり,新聞,出版業では,紙面やページの削減を実施する等,かなりの影響をこうむった。さらに,11月から12月にかけ,トイレットペーパー,ちり紙等の買い急ぎから大都市を中心に極度の品不足におち入り,価格は暴騰した。このような需要動向から,48年の木材の総需要は約1億1,750方立方メートルと前年に比べ10.4%の増加となった。
次に,供給の動向についてみると,国産材の供給は,資源的制約,林道等の生産基盤整備の立遅れ,労働力の減少等に加え最近は,自然保護運動の高まりにより天然林伐採に対する規制が加えられる等から年々減少している。これにかわって,国産材に比べ安く,均質である等の理由から外材の供給が増大し,外材依存率は40年の28.6%から48年には64%へと急激に高まっている。この結果,わが国の総輸入額に占める木材輸入額の割合は,石油についで高いものとなっている。48年の木材輸入額は34億1,100万ドルと前年に比べ97.5%増と著増したが,これは輸入価格の高騰によるところが大きい( 第7-9図 )。また,輸入数量をみると,丸太に比べて製材,チップ等の製品で輸入する割合が高まっており,最近の森林資源国の動向からみると,今後もこうした製品の輸入が,逐次増加していくものと思われる。次に,47年秋から年末にかけて異常な暴騰を示した木材価格(日銀の卸売物価指数による)は,48年5月まで高値修正の反落を続けた。その後,輸入価格の上昇もあって強含みに推移したが総需要抑制策の効果が浸透し,輸入価格が下がり始めた49年2月以降,下落が目立ってきた。
48年10月初めの中東戦争を契機として生じた,石油の世界的な需給ひっ迫は,資源問題の重要性を顕在化させた。森林資源についてもわが国はその消費量の約6割を海外資源に依存しており,現在までのところ,それ程深刻な影響を受けていないとはいえ,世界の森林資源をめぐる諸状勢には,格段の注意を払いつつ対処していく必要がある。
森林資源国の保護政策は,最近になって急速に高まっている。アメリカでは,国内製材産業の保護や自然環境保護運動の高まり等を背景として,丸太の輸出規制を強化しようとする動きがみられた。こうしたことから,わが国は,48年7月から,アメリカからの丸大輸入を自主規制せざるをえなくなっている。また,最近では,パルプ原料の有力供給先であるカナダ,オーストラリアにおいても輸出規制をする動きがある。さらに,発展途上国においては,森林資源を活用することにより自国経済を発展させようとする動きがこれまで以上に高まるなど,産油国の石油資源と同様な経済的戦略がとられようとしている。このような事情から,わが国としては,海外からの供給先を分散化するとともに,今後は国内供給力を高めることも必要となっており,そのための政策努力が重要な課題となっている。
近年,わが国の漁業養殖業は,公害問題等による汚染や国際的な漁業規制の強化等によって,非常に苦しい立場にある。こうしたきびしい環境下にありながらも,48年の総生産量(鯨を除く)は,1,069万5,000トンと前年比4.2%の増加となった( 第7-10表 )。もっとも,45,46年当時に比べれば伸び率は鈍化しており,今後も急激な増加は望めそうにない。
海面漁業生産を部門別にみると,さんまの大幅な増加,近海かつお等の好漁から,沖合漁業は高い伸びとなった。しかし,遠洋漁業の生産は,母船式底びき網およびまぐろはえなわの減少が大きく影響し横ばいにとどまった。また,沿岸漁業は,小型底びき網,いか釣り及び採草等の減少から,47年に続いて減産となった。沿岸漁業のこうした減産は,近年の沿岸地帯における大規模埋立てや水質汚染等による漁場喪失の影響が大きいが,48年はPCB,重金属等の蓄積による影響も無視できなかった。
このような国内生産の伸び悩みと旺盛な消費需要を背景に48年の水産物輸入額は,前年比57.7%増と大幅に増加している( 第7-11表 )。品目別にみると,国民のし好にマッチしているえびをはじめとし,いかなどの生鮮冷凍物の輸入が引続き増大しており,これらの総輸入額に占める割合は7割以上を占めている。また,輸入価格の上昇により,にしん,さけ,ますの卵(すじこ)等の塩干水産物も86.6%増と著増している。
以上のような需給動向を反映して,48年の生鮮魚介の卸売価格は大幅に上昇した。産地市場価格をみると,47年は前年比6.2%上昇と比較的落着いていたが,48年には同21.5%上昇と大幅な上昇をしている( 第7-12表 )。なお,48年6月は,PCB,水銀汚染騒ぎによる一般消費の急減のため,消費者物価における生鮮魚介類は前月比で5.5%の下落と大幅な低下を示したが,8月には再びもとの水準に戻つた。
わが国は,伝統的な海洋国家であり,これまで,国民の摂取する動物性たん白質の過半を水産物に依存してきたが,近年,わが国漁業をとりまく環境は,内外ともに,まことにきびしいものがある。すなわち,国内においては,沿岸漁業の生産の場である海域で,工場用地造成等のための埋立てや船舶からの廃油の排出,工場排水,生活廃棄物の投棄等による環境悪化が年々進んでいる。こうした沿岸漁業および内水面漁業の環境悪化は,漁場や養殖場の喪失,漁業上の支障等の大きな要因となっており,生産力の低下に拍車をかけている。こうしたことから,工業用地等の開発,利用に当たっては地域住民,地元漁業者等と十分調整をはかる必要があるとともに,国民の重要なたん白質源確保のため,長期的な視点にたった沿岸漁場の基盤整備,漁場環境の保全等の事業が必要となっている。
以上のような国内の問題以上に,わが国の漁業に対して大きな打撃を与えつつあるのが海洋およびその資源をめぐる国際情勢の変化である。最近の漁業をめぐる国際情勢をみると,ラテン・アメリカ,アジア・アフリカの開発途上国を中心として,ナショナリズムの高まりから,200カイリに及ぶ広大な領海や経済水域の設定を行なう国が増加している。このような情勢のなかで,1974年6月20日に,ベネズエラのカラカスで,国連主催のもとに,第3次海洋法会議(148ヵ国参加)が開催された。同会議では,領海権,経済水域,漁業,国際海峡など25の主要議題を討議することになっているが,会議の進展如何によっては,わが国の漁業は重大な局面に立たされることになる。また,わが国の食生活に安価な動物性たん白供給源として長く大きな役割を果たしてきた鯨が,環境保全運動の一環として,国際的に捕獲規制されており,その規制が年々強化される動きにあり,わが国はここにおいてもきびし局面に立たされている。