昭和49年
年次経済報告
成長経済を超えて
昭和49年8月9日
経済企画庁
47年の後半からの急速な景気上昇過程において,民間設備投資の本格化とともに,建設活動は活発化し,景気上昇の大きな要因となった。48年度に人っても,旺盛な設備投資需要や住宅投資需要を背景に,建設活動は拡大を続けたが,ボトルネック・インフレとよばれた異常な物価高騰が続くなかで,年度当初から次々と打ち出された財政支出の繰延べ,公定歩合の引上げ,ビル建設規制等の一連の総需要抑制策は,建設活動を沈静化させていった。これに加えて,秋頃に突発的に起った石油危機は,先行の不安から設備投資需要を失速させ,さらには建設資材価格の異常な高騰をもたらした。このため,建設活動は,48年末から急激に縮小に向い,景気の転換局面に先行した動きをみせた。
以下では,48年度の建設活動におけるいくつかの特微点をみてみよう。
まず,48年度の建設投資の動きを建設省「建設投資推計」でみると,前年度比では,29.2%増と,47年度の28.1%に続いて大幅増となった( 第6-1表 )。そのうちで最も目立ったのは,建築が前年度比42.7%増と高い伸びを示したのに対して,土木が6.3%増にとどまったことである。建築と土木のこのような乖離は,それぞれ,ウエイトの大きい民間建設投資と政府建設投資の増加率をそのまま反映したものである。もともと,48年度の財政は福祉充実のために大幅な公共事業の伸びを予定していた。しかし,資源制約,企業ビヘイビヤーの変化等から供給の弾力性が鈍ってきたわが国経済は,47年後半から急速に拡大した民間部門の需要と政府の大型財政の両方を同時に受入れることはできなかった。47年夏頃からの卸売物価の上昇は,48年に入ってもいっこうおさまる様相をみせず,むしろ鉄鋼,セメントなどの基礎資材部門におけるボトル・ネックの発生によつて,48年夏以降さらに騰勢を強め,原油価格上昇がこれを加速した。このような情勢から,政府建設投資は,公業事業の抑制と単価の低さによる落札不調等によって,低い伸びにとどまらざるをえなかった。とくに,土木の中心を占める公共事業工事は,前年度比7.1%減とはじめてマイナスとなった。
一方,建築は民間設備投資や住宅投資の盛上がりを背景にして,住宅(40.1%増),非住宅(45.9%増)とも大幅に増加し,前年度比42.7%増の高い伸びとなった。
次に,以上の特徴を建設工事受注からみてみよう。
建設工事受注額(建設省「建設工事受注調査(第一次43社分)」)は,48年度は6兆1573億円で前年度比18.3%の増加となった( 第6-2表 )。これは,ほぼ46,47年度の伸び率と同じであるが,その内容は大きく変化している。すなわち,48年度の建設工事を発注者別にみると,民間からの受注は,30.8%増と47年度の22.9%増を上回った。一方,官公庁からの受注は,公共事業の下期への繰延べ措置等の年度前半の落込みが影響して,わずか0.9%の微増にとどまった。
民間受注のなかでも,製造業からの受注が52.8%と飛躍的な伸びを示した。これは,45年,46年から47年度前半まで長びいた設備ストック調整局面が,47年後半以降は上昇局面に転じたためであり,44年度以来の急拡大となった。業種別には,鉄鋼(89.3%増),化学(68.8%増)等が目立っている。一方,45,46年の不況期間中も高い伸びを示した非製造業からの受注は,23.9%増とやや落着いた動きを示した。業種別には,運輸(1.7%減)を除いてそのほかは増加しているが,電力は立地難等から2.9%増にとどまり,また,選別的な融資規別を受けた不動産業からの受注は,32.7%増(47年49.6%増)と近年では最も低い伸びとなった。
このような建設受注の動きを,前月比増加率でみると,民間と官公庁が対称的な動きをしている( 6-3図 )。すなわち,官公庁からの受注は,年度初めから8月までは減少基調を続けたが,下期に入ってからは12月を除き増加を続け,年度末の3月には生活関連施設等を中心とするかけ込み発注で大きな伸びを示した。一方,民間からの受注は,製造業,非製造とも年度前半は増加基調を続けたが,9月からは石油危機による先行不安,建設資材価格の高騰などから急速に減少した。
これまで,建設投資および建設工事受注から48年度の建設活動を振り返ってきたが,これらの統計はすべて名目値によるものであり,48年度における建設資材の異常な高騰を考えれば,名目の動きの評価だけでは十分でない。すなわち,48年度の建設活動は,名目と実質に大きな乖離がみられた。
建築物総計について,工事費予定額の前年同月比をみると,48年度は12月までは30%から60%と47年度の伸びをさらに上回る高い伸びを見せている( 第6-4図 )。しかしながら,実質的な建設活動を示すと考えられる着工工事床面積の増加率は,47年度ほどは伸びていない。工事費予定額の増加率は,床面積の増加率と床面積当たりの工事費予定額の増加率の和に近似されるが,これをみると,48年度は,価格上昇による増加分の占める部分が急激に拡大しており,名目的な工事費予定額の高い伸びは価格上昇によるものであることがわかる。実質的な建設活動は47年度の伸びよりも大幅に低下しており,さらに,49年に入ってからはその落込みは46年度のそれよりも著しい。
第6-4図 建築物着工工事費予定額前年同月比増減率と増加要因の推移(建築物総計)
このような乖離をもたらしたのは,いうまでもなく,建設資材の高騰に直接的な原因がある。主要建設材料の卸売物価指数の推移をみると,角材は47年9月から12月の間にほぼ2倍に高騰し,その後下落したものの高水準を保っている。木製家具は,木材の上昇にやや遅れて上昇しはじめ,49年4月現在では最も高騰したもののひとつとなった。これらに続いて,セメント・同製品が48年4月から,形鋼が6月,建築用金属製品が8月頃からそれぞれ高騰しはじめた。もっとも,49年になって,市況商品である鉄鋼,木材関連がやや値下がりしたもののいぜん異常な高値を示し続けている( 第6-5図 )。
建設資材価格の高騰は,直接,間接に建築費上昇をもたらすが,床面積当たり工事費についてみても資材価格高騰の時期とほとんど一致して,48年1,2月頃からこれまでのすう勢から上方に乖離しはじめ,その後,乖離幅は拡大の一途にある( 第6-6図 )。
総需要抑制策の実施や異常な建設資材価格の高騰は,これまでにもみたとおり,公共事業の増加を抑える要因として働いた。
48年度の公共事業は,資材価格の高騰から予算単価と成約単価との乖離が著しく,そのための落札不調や成約後の工事の停滞などの問題を引起こした。このようなことから,工事請負代金額の変更に関して,スライド措置が,48年5月から49年1月にかけて,前後4回にわたって導入された。
このようなスライド措置は,異常な物価高騰への対応策として評価されなければならないが,問題は,それが実質的な工事内容の削減とならざるを得ず,福祉充実のプログラムを遅らせることである。
建設省「公共工事着工統計」によって公共工事評価額の推移をみると,48年度は,5兆9,788億円(沖縄県を除く)で前年度比3.0%増にとどまった。その増加率に対する公共工事の種類別増加寄与度をみると,教育,病院(2.8%),庁舎その他(1.2%),道路(1.0%),住宅,宿舎(0.5%)等が増加寄与度が大きく,一方,港湾,空港(△1.1%),鉄道軌道(△0.4%),下水道,公園(△0.5%),治山,治水(△0.5%)等の寄与度がマイナスになっている。さらに,これを,産業関連と生活関連とにまとめてみると,産業関連は46年,47年の16.8%,8.9%から大きく低下し△0.6%となった。生活関連もまた,46年,47年に比べ低下し3.6%となったが,産業関連に比べ低下の度合は小さい。このことは,福祉充実の観点からは,一応評価されなければならないが,需要の多い,下水道,公園がマイナスになっていることや,実質と名目の乖離のことを考えると,福祉充実が結果としては十分に進まなかつたことを示している( 第6-7図 )。
次に,48年度の住宅建設についてみよう。
住宅建設は,46年度の停滞から47年度は急激な回復をみせたが,48年度に入ってから減少に転じ近年にない急落を示した。
48年度の新設住宅着工戸数は前年度比5.8%の減少となった。毎年度増加を続けてきた新設住宅着工戸数が減少したのははじめてのことである。資金別には,民間資金(5.2%減),公的資金(8.0%減)ともに減少した( 第6-8表 )。減少の大きかったものとして公的資金によるもののうちでは公団住宅,民間資金では貸家(23.3%減)が目立っている。一方,分譲住宅は,31.2%の増加となった。このような住宅着工の動きの特徴をみてみよう。
第1は,循環性が増したことである。これは,地価,建設費の高騰により自己資金建設が困難化したことに対応して,住宅ローンの発達など資金調達の幅が広がったため,金融情勢の影響を受けやすくなってていることがその要因である。48年4~6月以降の金融引締め時期と減少の時期とはほぼ一致していることは,これをうらずけている。また,住宅ストック面からみると,45年頃までに「量」としての住宅が一応確保されたため,緊急性のうすい住宅需要の比重が高まったこともその背景となっている。総理府統計局「住宅統計調査」によれば,48年10月1日現在の住宅数は3,103万戸で,一世帯あたり住宅数は1.05戸,全都道府県で1.0戸以上となっている。このようなストックの充実が,これまで循環性の弱かつた民間持家にも,かなりの循環がみられはじめた要因とみられる( 第6-9図 )。
第2の特徴は,住宅着工戸数のピークが,民間貸家,民間持家の順に現われるパターンがみられることである。民間貸家と民間持家のピークのずれは,資金構成において借入資金の比重が高いこと等から金融情勢に対する感応が民間貸家の方が早いことを示している。
第3は,分譲住宅の比重が高まったことである。47年から民間貸家と分譲住宅は急激な伸びをみせた。48年度に民間貸家は急減したが,分譲住宅は落込みも小さく,結果として全体に占める分譲住宅の比率は,46年度8.4%,47年度12.2%,48年度17.0%と大きく上昇した。これは,マンション・ブーム等にみられる住宅の質に対する需要が強いことを反映している。
次に,建築着工床面積の動向をみよう。
建築物着工床面積は,48年度に入って伸び率は急速に低下し,49年1~3月には前期比25.7%減とこれまでにない急激な落ち込みをみせた。この結果,48年度は前年度比4.6%増にとどまった( 第6-10表 )。
建築主別には,47年度に続いて国および都道府県がそれぞれ30.3%減,6.9%減と大きく減少した。会社その他法人は11.3%増と増加したものの,47年度の36.5%増に比べかなり低下した。個人も2.2%増にとどまった。構造別には,毎年減少傾向を続けているコンクリートブロック造りを除きすベて増加したが,大型ビル建築規制措置の影響もあって,鉄骨鉄筋コンクリート造りが,47年の58.8%増から4.7%増に伸びが低下したのが目立つ,用途別では,鉱工業用の19.3%増を除いては,減少または微増にとどまった。
以上にみたように,48年度は異常な物価高騰と総需要抑制策により前半好調だった建設受注や住宅着工も,後半には急激な落込みをみせた。一方,景気は49年1月頃を転換点として下降局面に入ったものとみられる。以下では,建設受注と住宅着工の動向について前回(45年)および前々回(39年)の景気転換局面と比較してみよう。
建設工事受注総額(第一次43社分)は,前回の景気後退期以降,大型な財政投資にささられて順調な伸びを続けてきたのであるが,48年10月以降,急激な減少に転じた。これは,47年末から活発化していた民間非製造業からの受注の減少が大きく影響している。
官公庁からの受注は,48年度に入って財政面からの強力な総需要抑制策(公共事業の繰延べ)のため,前回および前々回に比べて,年度当初から低水準に推移していた。官公庁からの発注が大半を占める土木工事についても同様の傾向がうかがえる。一方民間からの受注は,企業金融の余裕から48年前半は好調を続けたが,後半に入りようやく金融引締効果の浸透と異常な物価高騰による受注者側の先行不安惑から,製造業非製造業とも急激な減少をみせた。とくに建築については,大規模建築の規制もあって,大きく減少した。
しかしながら49年3月に入り物価高騰が一段落したため,民間からの受注が上昇の気配をみせており根強い投資意欲をうかがわせる。
一方,住宅着工の動向をこれまでの景気転換局面と比較してみると,新設住宅着工戸数は,前々回が景気の下降局面においても上昇し続け,前回が景気の山を過ぎてから減少傾向となったのに対し,今回は48年当初から金融引締めとほぼ同一にして減少しはじめたことが特徴である。この傾向はとくに民間資金による住宅着工戸数の動きに明らかである。利用関係別の動きでみると,持家は景気変動のなかで,減少傾向に転じる時期が,毎回早まっているのは他と同様であるが,今回は,木材関連の卸売物価の高騰が激しかった47年末から,48年初にすでに減少が目立っているのが特徴である。
次に,貸家は,前回の景気後退以降47年末までに急激に全戸数に対するウエイトを高めてきていたもので,今回は金融引締めと同時に急速に減少に転じ,全戸数の動きにしめる影響も大きかった。
分譲住宅は,給与住宅とともに,他の利用形態のものより減少に転じた時期が遅かった。もっとも前回および前々回のピークが景気の山と一致したのに比べ,先行した動きを示した。
また,公的資金の住宅については,地価の異常な高騰等による用地の取得難,関連公共公益施設の整備の遅れ,用地開発に伴う地方公共団体の財政上の問題等に加えて,さらに各種資材の需給ひっ迫,価格高騰や財政引締めが加わったことにより低水準に推移している。