昭和49年
年次経済報告
成長経済を超えて
昭和49年8月9日
経済企画庁
47年度後半から急速な拡大を示した中小企業の生産,売上げ活動は,48年に入っても総じて高い伸びを続けた。しかし,49年に入ると,石油危機による混乱と総需要抑制策の浸透に伴い,生産,売上げの増勢は高水準ながらもしだいに鈍化傾向に向かいはじめた。
中小企業の売上高の推移を商工中金「中小企業経営調査」によって前年同期比でみると,48年1~3月の29%増から4~6月35%増,7~9月39%増,10~12月45%増と空前ともいえる高い伸びを続け,49年1~3月に入ってようやく36%増とやや増勢鈍化を示した( 第4-1図 )。この結果,48年度間では前年度比39.1%増となり,45年(14.8%増),46年(3.4%増),47年(17.3%増)の各年度の伸びを大幅に上回る高い伸びとなった。もっとも,このような高い伸びは後にみるように,原材料価格の高騰や賃金の上昇によるコスト圧力の高まりを背景とした製品価格の上昇によるところも大きく,実質ベースでは製品価格上昇のとくに著しかった48年後半以降は増勢鈍化の方向に向かった。
売上げの推移をおもな業種についてみると,重工業では47年前半まで極度の不振を続けた鉄鋼・非鉄金属,一般機械および金属製品などの設備投資関連業種は製造業を中心とした民間設備投資の回復や公共投資の増大を反映してほぼ通年フル操業を続け,売上げに製品価格の上昇もあって大幅な伸びを示した。これに対して,耐久消費財を中心とした電気機械や輸送用機械では普及率の上昇などにより需要の伸びが低く,関連下請中小企業でも売上げの増勢は相対的にやや低かった。一方軽工業では,食料品や窯業・土石製品などはやや低水準ながら安定した伸びを示し,また出版・印刷は需要の拡大に加え用紙価格の上昇による製品価格の引上げがあり,売上げは急増した。さらに木材・木製品も原木価格の上昇から売上高は大幅に伸びたものの,総需要抑制策の下で民間住宅建設の停滞,公共投資抑制の影響をもっとも早く受け,製材,合板などを中心に伸び悩みを示した。また繊維も,停滞を続けた業種の一つであった。47年末からの実需の回復と世界的な繊維市況の高騰のなかで,ぼう大な過剰生産が行なわれ,加えて発展途上国からの輸入が急増したため市況は急速に悪化し,このため夏頃からは生産調整の動きも現われた。しかも,インフレの高進に伴い消費者の購買意欲が鎮静化し,過剰在庫の整理が進まず,夏頃から低迷を続けた( 第4-2図 )。
こうしたなかで,地場産業の動きを経済企画庁「産地の動向に関する調査」によってみると,生産額は48年には繊維製品が前年比8.1%増にとどまったほかは製品価格の上昇もあって比較的高い伸びを示している。しかし,輸出額は繊維,繊維製品,木材・木製品およびゴムはきものなどでは,平均輸出価格がいずれも大幅に上昇しているにもかかわらず減退している。これら産地では,47年からの好況のなかで内需転換を進めてきたが,夏頃から内需が不振に転じた繊維,繊維製品,木材・木製品などではかなりの停滞を余儀なくされたものも少なくない( 第4-3表 )。
以上のように,製造業では総じてみれば48年末まではきわめて好調を続け,49年に入って伸び悩みがひろがってきたのであるが,一方非製造業では建設業,不動産業で総需要抑制策による公共投資の抑制,金融引締めによる民間住宅建設の停滞などに影響をうけて業況は著しい低迷を続けたとみられる。しかし,商業では販売価格の上昇もあって売上高は尻上がりに伸びを高め,48年には商業全体では47年の伸び(前年比21.2%増)を大幅に上回る40.4%増に達した。こうしたなかで,小売業の売上げは48年に入って消費者の買い急ぎも加わって活発化したが,その後は購買意欲の鎮静化もあってそれほど高まらなかった。このため,年間では23.0%増にとどまり,卸売業の伸び(42.8%増)を下回った( 第4-4図 )。しかし,百貨店を除く小売業は47年の6.1%増から22.5%増と伸びが高まり,また百貨店は26.5%増,大型小売店も40.6%増と高い伸びを示した。このように,商業は48年後半に消費者の購買意欲の低下や法人需要の伸び悩みの影響がみられたものの,総じて販売価格の上昇などにより好調に推移したといえよう。
ほぼ通年続いた活況のなかで,中小企業の収益は47年に引続き好転し,利益率も大幅に上昇した。
大蔵省「法人企業統計季報」によって中小製造業(資本金1千万~1億円未満)の売上高純利益率をみると,45年の4.4%から46年に3.0%へと低下したあと,47年には年後半の業況回復によって3.7%とやや改善していたが,48年にはさらに5.9%へと急上昇した( 第4-5表 )。
利益率上昇の要因を各費用の対売上高比率の変化によってみると,まず売上原価は48年には前年に比べて43.9%も増大したが,売上高がそれを上回って増加したため同売上高比率は47年の80.0%から79.4%へと低下した。また,一般管理販売費も事業活動の拡大に対応して大幅に増加したが,売上高の伸びを下回ったため同売上高比率は前年の14.4%から13.0%へと大きく低下した。この結果,営業利益率は47年の5.6%から7.6%へと2.0%上昇し,利益額も倍増することとなった。また,営業外収益比率は2.2%から1.7%へと低下したものの,他方で営業外費用面では金融引締め下で利子・割引料が前年に比べてかなり増加したにもかかわらず,その比重が低下したことなどにより同売上高比率は4.2%から3.5%へと営業外収益比率以上に低下した。このため,売上高純利益率は同営業利益率以上に上昇し,純利益額は前年の2.3倍にまで増大することとなった。つまり,48年における中小企業経営は全体として,強まるコスト圧力を十分にカバーして順調に推移したものといえよう。ただ中小企業は,主として大企業によって供給される素材価格の高騰の影響を強く受けている。中小企業金融公庫「中小企業動向調査」によれば,48年10~12月時点における経営上の問題点の第1位(全体の48.1%)は「原材料高」であった。また,賃金水準も前年に比べ23.0%上昇し,賃金上昇によるコスト圧力もきわめて強いものがあった(前掲 第4-5表 )。中小企業は,これらのコスト圧力を主として製品価格の引上げでカバーしたとみられ,それを可能としたのが「もの不足」下における需給のひっ迫基調とインフレ・マインドの高まりであった。
ちなみに,日銀「卸売物価指数」により中小企業性製品価格の推移をみると48年1~3月の期間上昇率は8.7%から,4~6月には同1.4%とやや落着いたものの,その後は7~9月5.9%,10~12月12.7%49年1~3月7.1%と一貫して大幅な上昇を続けた(第4-6表)。最も騰勢の著しかった48年10~12月について品目別に前年同期比でみると食料品や需給がすでに軟化していた繊維,木材,棒鋼などの上昇率は相対的に低いが,ちり紙や段ボール箱などでは前年同期のほぼ2倍の水準に達しているほか,マッチ,プラスチック容器,金属製,家具類をはじめいずれも著しい上昇を示している。このように製品価格の引上げが可能であったため,通常不況期には経営上の問題点としてかなり増加する「製品安」の問題は48年においてはほとんど皆無(前出「中小企業動向調査」によれば,48年10~12月時点で全体の0.6%)であった。
以上のような好調な収益基調と需給のひつ迫を背景として,中小企業の業況は,こきく好転し,設備投資意欲も47年後半から48年夏頃にかけて急速に積極化した。
前出「中小企業動向調査」によれば,自己企業の業況が「好転」したとするものの割合が「悪化」したとするものを上回る度合は47年10~12月の58.2%から48年1~3月59.7%,4~6月64.0%,7~9月56.9%とかつてない水準で推移し,この間設備投資を実施したとする企業の割合も1~3月43.5%,4~6月46.5%,7~9月48.0%と上昇し,41~42年当時に近いほど活発化した。
製造業の設備投資を前出「法人企業統計季報」により有形固定資産新設額の推移でみると,中小企業では47年後半から活発化し,大企業に先がけて拡大するという従来の景気拡大期と同様のパターンをえがき,しかも48年に入っても大企業以上の高い伸びを示した( 第4-7図 )。一方非製造業では,中小企業,大企業ともに47年から引続き活発さがみられたものの,中小企業では48年後半には増勢が鈍化し,また製造業に比べるとその伸びは低かった。以上の結果,中小製造業の設備投資は48年度間で38.3%増と47年度の伸び(24.0%増)をかなり上回った。とくに,重工業では62.9%増(前出「中小企業経営調査」)と著しい増加を示した( 第4-8図 )。
こうした中小製造業の設備投資の活発化の背景としては,基本的には大企業以上に深刻な人手不足が慢性的に続いていること,および著しい需給のひっ迫がかなり長期間にわたり続いたことに加え,中小企業金融が比較的ゆるやかであったことによる。慢性的な人手不足は,人員確保のために厚生施設の充実等を必要とし,他方で絶えず合理化,省力化を要請する。一方,需要の拡大は重工業関連業種を中心に能力増強を目的とした投資を拡大し,その比重も48年1~3月の53.9%から4~6月60.9%,7~9月60.4%(前出「中小企業動向調査」)と高まっている。また,環境基準の強化に対応した公害防止関連投資や,企業の先行きを左右する研究開発,新製品生産のための投資が近年ではかなり行なわれていることも,中小企業の設備投資活動の底固さの一因として無視できないものがある。
しかし,以上にみたように48年7~9月頃まで活発さを示した中小企業の投元意欲は10月の石油供給削減を契機に鎮静化に向かい,設備投資実施企業の割合は48年10~12月44.6%,49年1~3月36.0%と低下しはじめ,同時に能力増強投資の比率も10~12月には51.0%と低くなった。これには,金融引締めの長期化と石油危機に伴う混乱から先行き見通しが困難化したことに加え,設備単価が大幅に上昇していることも大きな要因となっている。
販売価格の大幅な上昇と並んで,決済条件が金融引締め下にもかかわらず好転を続けたことも48年度における大きな特色であった。
まず回収面をみると,売掛期間は金融引締め開始期の48年4~6月の42.0日を底として7~9月42.7日,10~12月42.9日,49年1~3月42.5日とほとんど変わらなかった。一方,これまで引締め期にはかなり顕著な悪化を示し,資金くり困難化の要因となった現金入金比率は,この間に44.9%から46.0%へと上昇し,また受取手形サイトも同じく112.2日から109.4日へと実に2.8日も短縮した。他方支払い面でも,同様の傾向が続いた。
もっとも,こうしたなかでも繊維や建設などの業況不振の業種では手形サイトや売掛期間の長期化の動きがみられた。しかし,回収条件は総じてみれば48年中好転を続け,従来の引締め期とは逆の動きを示した( 第4-9図 )。一方,金融機関からの借入れはかつてない緩和状態から一転して急速に困難化し,このため中小企業の資金ぐりも7~9月以降悪化に転じた。しかし,それまでの厚い内部留保と回収条件の好転は資金ぐりを支える大きな要因となったといえよう。
こうした決済条件改善の背景は,何よりも47年秋頃からの「もの不足」であった。当初は一部資材に限られていたが,その後需要の急拡大と供給面での制約が表面化するに伴い資材価格が異常な高騰を示すとともに,繊維などの一部品目を除けばほとんどの分野で品不足感が強まった。このため,現金決済でなければ資材を入手できない事態も現われ,また販売面でも部品入手に苦しむ親企業が現金比率を引上げる動きもみられるなど,回収,支払いの両面で改善が進むこととなったのである。
一方,こうしたなかで中小企業を中心とした企業倒産は金融引締め以降急速に増加傾向をたどった。
金融引締め以降の銀行取引停止処分者件数(全銀協調べ,資本金100万円以上の法人)の推移を今回と前回,前々回について比べてみると,前々回は引締め時にすでに高い水準にあったこともあって数ヵ月後までは増加を続けたものの,その後は減少に転じ,また前回は緩やかな増加傾向を示した。しかし,今回は引締時が低いレベルであったこともあるが,40年代ではかつてないテンポで増加を続けたのである( 第4-10図 )。この結果,48年年間の銀行取引停止処分者件数は10,862件で,前年比13.8%増と40年代では42年(23.7%増)につぐ増加率となった。また,負債総額も4,696億円で,前年比65.8%増となり,43年の30.6%増を上回る大幅な増加を示した。
業種別には,いずれの業種でも増加しているが,とくに建設業と不動産業で著しく増加した点が特徴的であった。ところで,近年の倒産の推移を業種別にみると,これら2業種はほかの業種で減少する場合にもそれほど減少しないという傾向がみられる。東京商工興信所調べによる企業倒産件数の業種別構成比の変化をみると,製造業は30年代後半には43.0%を占めていたが,40年代前半には31.8%,46年以降は25.1%と比重が低下し,また販売業も30年代後半(38.5%)から40年代前半(38.4%)まではほとんど変わらなかったが,46年以降には35.9%に低下している。これに対して,建設業はこの間に14.9%,22.6%,26.8%と比重を高め,また不動産業(ただし,サービス業等を含む)も同様に3.6%,7.2%,12.2%と上昇し,46年以降は両者で約4割を占めるにいたっている( 第4-11図 )。この背景を「国税庁統計年報書」によってみると,まず市場(生産額)と企業数の関係では両業種も市場の急速な拡大に対して企業数のふえ方はそれほどではない( 第4-12図 )。しかし,企業の新規参入が激しく,さらに近年大企業による中小企業分野の蚕食もあって過当競争状態が続いているとみられ,またここ2~3年は欠損企業の割合も再び高まり,とくに不動産業では営業収入が頭打ちにすらなっている。
また短期的には,総需要抑制策が実施されるなかで,公共投資の抑制や金融引結めによる民間住宅建設の停滞など需要の伸び悩みが大きな影響を与える一方,建設業においては資材価格の高騰が採算悪化をもたらしていることも無視できない。試算によれば,建設業では47年度の利益率を維持するためには通年約2割の建設単価引上げが必要であったとみられる( 第4-13表 )。また,これら業種では急速に業容を拡大したものも少なくないため,引締め強化が資金ぐり面に大きな影響を与えたことも否めないといえよう。
一方,製造業や卸小売業でも総需要抑制策が浸透するにつれて「売上げ不振」を主因として倒産するものが48年末頃からふえはじめており,今後資金ぐり難が強まるなかで需要の停滞が中小企業経営面に大きな圧迫要因となる可能性も強いといえよう。
以上のように,48年における中小企業の活動は47年後半に引続き急速な拡大傾向をたどり,収益面でも需給の著しいひっ迫のなかで総じて大幅な好転を示した。
しかしながら,48年末から総需要抑制策の効果の浸透が中小企業関連需要面にもしだいに現われ,49年に入ると急速に業況の停滞色がひろがるなど経営環境に著しい変化がみられはじめた。こうしたなかで,もっとも大きな問題は昨年から引続く原材料価格の高騰によるコスト圧力の強まりである。中小企業は概して素材を大企業から供給される場合が多いが,今回は従来の景気下降局面とは異なり大企業が供給調整を通じて価格維持行動をとっているため,原材料価格は高水準のまま低下しないものが多い。一方中小企業では,市場支配力が弱いから需要が停滞すると製品価格の低下を生じる可能性は大企業よりも高く,このため本格的な「原料高の製品安」に落ちいるおそれがある。また,49年春期賃上げ率は中小企業においても34%(労働省調べ,関東7県)程度に達しており,この面からもこスト圧力はいっそう強まっている。このため,増大するコスト圧力をいかにして吸収していくかが今後の経営上の大きな課題となっている。
一方,昨年わが国がかつての繊維輸出国から輸入国に転じたことや,耐久消費財需要が伸び悩みを示したことなどに示されるように,中小企業をとりまく環境は大幅な賃金上昇や原油価格の高騰などを通じて大きく揺れ動いている。長期的にみれば,これらの消費財は発展途上国からの輸入の増大,耐久消費財の普及率上昇などによる需要動向の変化は避けられないものと考えられる。しかし,これが即中小企業分野の縮小を意味するものではなく,むしろ近年の消費の多様化と高度化のなかでは中小企業の活動分野は拡大の方向に進むとみられよう。したがって,こうしたなかにあっては中小企業は環境の変化に速やかに適応することがまず大きな課題であると同時に,製品の高級化やデザイン,技術の研究・開発などを通じて独自の市場と安定した経営基盤を確立することがいっそう必要とされているといえよう。