昭和49年
年次経済報告
成長経済を超えて
昭和49年8月9日
経済企画庁
第2部 調和のとれた成長をめざして
第1章 世界のなかの日本の産業構造
戦後の世界貿易は順調な発展を続けたが,その中心は工業品貿易で,とくに1960年代後半以降生産を上回る貿易の増加によって国際分業度の伸長がめざましい( 第II-1-1図 )。その内容を地域別にみると,伸び率が最も高いのは共産圏と非共産圏との貿易であるが,世界貿易に占める比率は72年でまだ4.7%にすぎない。中心は先進国間貿易で,全体の56.6%の比率を占め伸びも高く,60年から72年に3.8倍になっている。これに対して,先進国と開発途上国との貿易は伸びが低く,さらに開発途上国間の貿易は2.1倍と最も低い伸びにとどまっている。ところで,世界貿易の大宗を占める先進国の貿易の内訳をみると,第1にEC域内貿易の比率が高まっていること(65年11.2%から72年15.1%),第2に日本が輸出入ともすべての地域に対して比率を高めていること,第3にアメリカが輸出は低下,輸入は上昇というアンバランスな比率の変化を示していることの3点が特徴となっている。
このような事実は,東西貿易の進展,南北問題の深刻化,そして先進国内部はECの成長,日本の比重の増大,アメリカの貿易収支悪化とドル危機といっ変化をあらわしている。
次に商品別に構成比の変化をみると,食料,素原材料など一次産品の比率が低下し,工業製品の比率が上昇している。ただし,粗原油,ガスの比率は一次産品が低下するなかで上昇している。また,工業製品のうち繊維,鉄鋼,化学は変化していないのに対し,輸送用機器,一般機械の比率が上昇している( 第II-1-2図 )。
このような地域別,商品別の構成変化のメカニズムを考えてみよう。
輸入需要の所得弾性値をみると,工業製品や租原油は高く,その他の素原材料は低くなっている。さらに,所得水準の上昇はその差を拡大させる傾向がある。たとえば,機械類では所得水準が高まると弾性値が上昇する傾向があるのに対して,素原材料では低所得水準の方が弾性値が高く,一人当たりGDF(国内総生産)1,000ドル以上では1以下で横ばいになっている( 第II-1-3図 )。
これが商品別構成の変化とともに地域別の貿易の伸びにも影響した。すなわち,それは需要の所得弾力性の高い工業製品(とくに機械類)や粗原油。ガスを輸出する国と,その他の所得弾力性の低い一次産品を輸出する国との間に貿易成長格差を生み出した。
ここで先進国,日本,開発途上国の商品構成をみると,先進国は輸出入の商品パターンがほぼ一致しており,いわば水平分業型であるのに対し,開発途上国では輸出は一次産品に,輸入は工業製品に偏つており,日本は開発途上国と全く逆の垂直分業型のパターンになつている( 第II-1-4図 )。
したがつて,上記の商品別の動向からすれば開発途上国では貿易収支赤字に,日本では貿易収支黒字に陥りやすい関係にあつたことがわかる。
以上のことは,戦後世界経済の順調な成長と,それを支えた先進国の完全雇用政策及び世界における自由貿易主義の前進が,工業化された先進国の貿易を拡大させるとともに,他方では工業化の遅れた開発途上国の貿易停滞を招かざるをえなかつたことを示している。
なお,開発途上国についていえば,これに加えて国際収支面で困難な状況をもたらした他の要因がある。第1は,交易条件が不利な方向に推移したことである。すなわち,63~70年の間に一次産品に対する工業製品の相対価格は約8%上昇している( 第II-1-7図 )。これもまた工業製品の需要に対し,一次産品の需要の伸びが低いことの反映であろう。
第2は,国内における経済開発の促進から実質成長率が50~60年4.8%,60~65年5.2%,65~70年5.8%と上昇し,所得弾力性の高い工業製品の輸入増加が大きくなつていることである。
したがつて,開発途上国は貿易パターンが変わらないかぎり,自国の経済発展のためには先進諸国からの経済援助の増大をますます必要とすることになつた。
以上のような国際分業のパターンは,各国の国際収支構造に反映している。経常収支では,先進国は黒字,開発途上国は赤字となり,これをカバーするため経済協力という形で先進国から開発途上国ヘ資本のトランスファーが増大している( 第II-1-5図 )。60年代以降「国連開発の10年」,70年代についても「第2次国連開発の10年」の目標が掲げられ,人口爆発のなかで先進国との生活水準の格差拡大に悩む開発途上国の経済開発を国際的な規模で支援しようという動きが強められた。これは,DAC(OECD開発援助委員会)加盟国の援助実績が60年の81億ドルから72年の197億ドルへと2.4倍に増加したことにも示されている。もつとも,それを援助した先進国の対GNP比率でみると,60年の0.89%から72年の0.78%へやや低下しており,国際的な目標である1%達成は容易ではなかつた。こうしたなかで,内容的には2国間贈与が減つて,2国間借款が伸び,また,民間直接投資と輸出信用が伸長した。さらに,援助内容の多様化が進行し,国際機関への出資,拠出も増加するとともに,商業ベースの資本移動が活発化した。このことは,一方において投資収益の支払いを増大させており,資本流入の割には国際収支の改善は進んでいない。なお,OPEC諸国だけは例外的に貿易収支の大幅黒字から国際収支は改善を続けている。
一方,先進国内部では,経常収支はアメリカの悪化,EC,日本の改善が目立ち,またアメリカでは多国籍企業を軸とする対外直接投資の増加と,投資収益の増大がみられた(前掲 第II-1-5図 )。その背景には,完全雇用が実現し賃金の国際的平準化が進むなかで各国間の生産性上昇率格差が拡大し,また,貿易・資本の自由化が進むなかで投資機会を求める長期資本移動の活発化があった。先進国内部における国際収支の不均衡と長期資本移動の増大はユーローダラー市場の拡大をもたらし,また各国の短期経済政策の相違や国際的な通貨不安に伴う為替投機の発生によつて,短期資本移動が助長され,ユーローダラー市場の拡大が加速された。
しかし70年代に入ると,こうしたパターンに変化があらわれはじめた。第1は,開発途上国の輸出の伸びが大幅に高まり,先進国を上回るに至つたことである。とくに産油国の輸出仲長がめざましく東南アジア諸国の伸びも著しかつた。他方,輸入については開発途上国の伸びは相対的に低かつたから,貿易収支は改善した。
第2は,先進国内部の均衡回復ヘの動きである。アメリカは輸出の伸びが高まる反面,輸入の伸びは相対的に鈍化し,日本は反対に輸出より輸入の伸びが高まつた。すなわち,赤字国の赤字解消と黒字国の黒字解消の動きが強まつたことである。もつとも,イギリスについては,輸出に対して大幅な輸入の伸びがみられ,問題を残しているほか,西ドイツの黒字幅も依然大きい( 第II-1-6図 )。
こうした貿易収支の変化は,各国の金外貨準備の増減に反映している。70年末と73年末の金外貨準備高を比較すると,先進国の1.75倍に対し開発途上国は2.37倍になつており,とくに中東は3.46倍,ラテンアメリカは2.78倍であり,アジアも1.94倍と増加が著しい。また先進国内部においても,73年には日本,西ドイツの減少とアメリカの増加がみられた。
70年代に入つてからのこのような変化は,国際通貨調整と一次産品価格の高騰に起因しており,また先進諸国の景気循環が同時並行的に上昇局面ヘ入ったこともこれらの要因に影響を与えている。
とくに一次産品価格の上昇をみると,69年から上向き,73年になつて急騰し,工業製品価格の上昇を大幅に上回つた。もつとも,その動きをみると,品目によつてやや相違があり,食料,非食料農林産物は70年代に入つて上昇に転じたものの73年末には頭打ちとなり,鉱物は石油危機後の原油高騰を反映して73年末に急騰している( 第II-1-7図 )。
一次産品価格が70年代に入つて急騰したのは需給両面に原因があると考えられる。
需要面では,各国景気の同時的上昇の影響という循環的要因(素原材料,燃料),国際通貨不安による投機資金の流入という特殊的要因(非鉄金属など)のほかに,所得弾力性の高いものの需要が世界的な所得水準の向上に伴つて増大しているという構造的要因があげられる。
たとえば,食料に関しては所得水準が500ドルをこえる段階に達すると肉類などの所得弾性値が急激に高まる傾向があり,経済成長によつて多くの国がそのような段階に達したことが,肉類の需要増につながつている。したがつて,穀類は直接消費だけをとると,所得弾性値が低いため需要も伸びないが,飼料用を含めると需要が増大することになる( 第II-1-8図 )。一方,供給面でも,一時的要因として天候不順によるソ連など多くの農業生産国の不作,構造的要因として石油にみられる輸出国の生産調節,といつた諸要因があげられる。
ところで,このような一次産品価格の高騰は世界貿易にどのような影響を与えたであろうか。一次産品輸出に占める先進国の比率は半分以上に達するものの,輸入に占める比率はそれ以上であり,貿易構造からいえば,一次産品の輸出が多く輸入が少ない開発途上国の貿易収支改善効果が大きくあらわれることになる。したがつて,一次産品の相対価格の急騰は,開発途上国の交易条件を好転させ,その貿易収支を大幅に改善して,工業製品の輸入力を高め,援助より貿易による自主的な経済開発を推進する,という効果をもたらしている。もつとも,アメリカのように一次産品輸出比率が高い先進国では,やはり一次産品高騰による改善効果が大きい。これに対して輸出は工業品中心で,輸入は一次産品に偏つた構造をもち,その伸びもきわめて高い日本は輸入金額の増大という悪影響を受けることになる( 第II-1-9図 )。ただし,開発途上国との貿易結合度が高い日本にとつては交易条件の悪化による影響は工業製品の輸出市場の拡大によつて一部は相殺されることになる。もつとも,中東産油国のように,工業製品の輸入余力が流入する膨大な石油代金に比しそれほど大きくない場合には,資本面での還流や資源をもたない開発途上国への援助などの形で世界的な国際収支のバランスを図ってゆかなければならないだろう。
世界の貿易構造が変化するなかで日本の貿易構造も変化し,同時に,世界貿易に占める位置も非常に大きくなつてきた。日本の輸出入の商品構成は,輸入は一次産品,輸出は工業製品というパターンでほぼ完全に分離している。その内容を時系列的にみると,全体が大幅な増加(65~70年平均16.5%,70~73年平均26.6%)を示すなかで,輸出にはかなり大きな変化がみられ,繊維,雑製品の割合が大きく低下し,鉄鋼,化学製品の割合もやや下がつているのに対し,一般機械,電気機器,輸送用機器の上昇が著しい。軽工業品から重化学工業品ヘ,そのなかでもより加工度の高いものへと変化が進んでいることがわかる( 第II-1-10表 )。とくに,70年から73年の間の変化としては,一般機械と輸送用機器の割合の増大が目立つ一方,雑品目の割合低下がさらに大幅になつている。これは71年,73年の再度の為替調整によつて,従来のように全品目が大きく伸びるよりも,競争力のあるものは高い伸びを続け,競争力のないものは急速に減退する傾向があらわれたためと考えられる。一方輸入面では,食料,素原材料の占める割合が低下し,原粗油の増大が目立つが,これは原油価格が大幅に引上げられたことが影響している。
次に,日本の貿易が世界貿易の拡大に果たした役割を世界輸出に対する増加寄与率でみると,総額で65~70年は10.3%,70~72年は12.6%と高まつている。とくに,鉄鋼や機械といつた65~70年で増加寄与率の高かつた商品が70~72年でさらに増加寄与率を高めている点が注目される。70~72年の鉄鋼は世界鉄鋼輸出の増加のうち約3割を占め,機械は約2割を占めている( 第II-1-11図 )。
この結果,世界輸出に占める日本輸出のシェアは65年の4.5%から70年には6.2%,72年には7.0%へと急速に高まつている。商品別には,繊維を除いていずれもシェアを高めているが,そのなかでも鉄鋼が65年の15.1%から72年の21.6%へとさらにシェアを高めていること,輸送用機器,電気機器のシェアが65年の10%から72年の15%前後の水準まで上昇したことが目立つている。商品別の世界貿易と日本の輸出の変化を類型化してみると
a.繊維は,世界全体の輸出の伸びは高まつているが,日本は輸出の伸びが低下したため,シェアが低下した。
b.鉄鋼は,世界全体の伸びは低下しているが,日本の輸出は従来と同じ伸びを総けているため,シェアの上昇速度は速まつた。
c.輸送用機器は,世界,日本とも伸びを高めているが,日本の伸びの方が依然高いため,シェアの上昇が続いている。
d.一般機械,電気機器,化学製品では,世界,日本とも従来と同じ伸びを続けているため,シェアの上昇も同じように続いている。輸入についても日本の位置は急速に高まつている。
前掲 第II-1-9図 のように,日本の一次産品輸入は急速に増大し,世界全休の輸出に占める,一次産品のシェアが低下するなかで日本の占める割合は増大している。
各地域の輸出入において日本がどのようなシェアをもつているであろうか。貿易における日本との結びつきの程度を,日本の輸出入に占めるその地域のシェアと,世界に占めるその地域のシェアとの比で示される貿易結合度によつてみてみよう。
まず,輸入結合度の値で分類してみると,東南アジア,中近東,オセアニアの3~4のグループ,1~2のアメリカ,南米,アフリカのグループ,0に近いECの3つに大別されるのに対し,輸出結合度では東南アジアが高く,ECが低く,その中間に他の地域が集まつている。輸出結合度と輸入結合度を比べると後者が上回つているのは中近東,オセアニア,南米といつた一次産品輸出国であり,逆に前者が上回つているのはアメリカである。東南アジア,ECは輸出結合度と輸入結合度がほぼ同じような水準にある。
最近における変化をみると,東南アジアとの貿易結合度が輸出入とも高まつていること,アメリカとの貿易結合度が徐々に低下していることの2点がとくに目立つている。
商品別に対日依存度をみると,いうまでもなく多くの地域で対日依存度の上昇がみられる。一次産品の日本向け輸出比率がかなり上昇していいるのは,東南アジアのなかの非工業化地域(韓国,台湾,香港,シンガポール,フィリピン以外の地域),オセアニア,中近東など従来から依存度が高かつた地域である。
また,工業製品の日本からの輸入比率は各地域とも上昇している。
これをさらに商品別に分けてみると,輸入では東南アジアの繊維,鉄鋼,電気機器,アメリカの電気機器,及びオセアニア,中近東,南米の鉄鋼が対日依存度40%をこえている。東南アジアはその他の品目でも対日依存度が高くなつている。一方,輸出については,東南アジアの原粗油・ガス,素原材料,オセアニアの素原材料,その他燃料が高い依存度を示している( 第II-1-12図 )。
このように対日依存度が高まつてきている結果,日本との貿易は各地域の経済に大きな影響を与えるようになつてきた。すなわち,第1に,日本からの生産財,資本財の輸出が抑えられれば,対日依存度の高し,地域で需給ひつ迫の1つの原因となる。第2に,量的に不足しなくとも価格が上昇すれば,その国の物価上昇を招く。第3に,日本の景気後退などによる原材料需要の減退は,日本を主要な輸出先とする国の国際収支悪化の1つの要因となる。第4に,逆に日本からの需要の急激な拡大は,供給の弾力性に乏しい一次産品の場合,価格を急騰させる。
このような事実は,日本の国際的な比重の増大によつて,海外諸国に対する日本経済の影響力が強まつてきたことを示している。他面,日本経済自体も,国際的影響を受けやすくなつている。石油や素原材料の輸入依存度,鉄鋼や自動車など主要業種の輸出比率がいずれも高くなつており,世界各国の動向が日本経済に与える影響も増大している。
東南アジアと日本の貿易結合度は,輸出入とも最近上昇している。これを一人当たり国民所得250ドルを基準に工業化の発展した国(工業化国)とそれ以外の国(非工業化国)に分けてみると,工業化国との間では輸出結合度は高まり,輸入結度がやや低下しているのに対し,非工業化国とは輸入結合度の急上昇,輸出結合度の横ばいという傾向がみられる。
商品別の動向をみると,工業化国との輸入結合度の低下は食料の低下によるところが大きく,繊維は急上昇を示している。一方,輸出結合度の面でも繊維の増大が目立つているが,このことは後にみるように繊維産業についての垂直分業の進展のあらわれと考えられる。
これに対し,一般機械,電気機器など機械類の輸出は結合度が低下しているが,これは日本から他の地域への輸出が増加したためであつて,前掲 第II-1-12図 にみるように東南アジアにおける日本からの輸入比率が低下しているわけではない。
非工業化諸国については,輸入結合度では食料の結合度が上昇していることの影響が大きい。また輸出結合度の面では,日本からの繊維輸出は増大しているものの,鉄鋼,輸送用機器の低下で横ばいとなつている( 第II-1-13図 )。
以上のように,日本との貿易が大きなウエイトを占めているだけに,東南アジアの経済発展は日本からの輸入,日本への輸出によつて影響される面が大きい。たとえば,肥料については多くの国が輸入に頼つており,その輸入先として日本は大きなウエイトを占めている。タイやフィリピンでは,肥料消費のうち3割以上が日本からの輪入になつているという推計がえられる。これらの各国について,農業生産関数を用いて,日本からの肥料輸入がなく,欧米からも代替的に輸入できなかつたと仮定した場合の農業生産を推計すると第II-1-14図のようにかなりの生産減退がおこることになる。
また,資本財についても日本からの輸入に頼る部分が大きい。韓国やタイでは,資本財輸入の4割が日本からの輸入であり,機械機器ではさらにウエイトが高い。資本財輸入による生産能力拡大効果を考えると,この面でも日本の輸出の果たす役割は大きい。資本係数一定の仮定による簡単な試算を行えば,日本からの資本財輸入がなかつたとした場合,60年代の経済成長率は韓国で6%,シンガポールで4%,タイでは2%,それぞれ低下するという結果が得られる( 第II-1-15図 )。
ただし,上記の試算は日本からの輸入がなくなつた場合,欧米諸国からの輸入で補うという現実的な行動を考慮に入れておらず,その意味で過大な値となつている。
しかし,以上のように生産財,資本財の両面で日本の輸出品に依存する度合が高いため,日本の物不足は東南アジアの物不足につながり,その経済発展に影響を与える可能性をもつているといえよう。
また,東南アジアの輸出先として日本市場のウエイトが大きいため,日本の景気後退はそれらの国の国際収支を悪化させる要因となり,逆に,昭和47~48年にみられたような日本の需給ひつ迫や円切上げは東南アジアの輸出の好調につながっている。
他方,日本の側からも東南アジアとの貿易は重要な位置を占めている。日本の輸出のうち,東南アジアの占める割合は25%,輸入では22%となつている。しかし,東南アジアの輸出入に占める日本のウエイトと日本の貿易に占める東南アジアのウエイトの間にはおよそ10%の差がある。貿易に限らず,その他の側面についても東南アジアに占める日本の位置の方が大きい。こうした事実はわが国の行動の影響が日本で予想する以上のものとなり,種々の摩擦を生む源となつていると考えられる。
すでに述べたように,開発途上国の発展にとつては,貿易と並んで海外からの資本の流入や援助が重要な役割を有しているが,この面においても日本の占める位置は高まつている。 DAC全体の経済協力総額に占める日本のシェアは,1965年の4.7%から73年には24.2%と大幅に上昇している。日本の経済協力総額のうち,政府ベースの経済協力はDAC全体の政府ベース経済協力総額の18・3%,民間資金協力は33.6%を占めている。両者とも65年の5.7%,3.2%から大幅にその比率を高めている(
第II-1-16図
)。 政府ベース経済協力の内訳では,日本の場合,相対的に輸出信用のウエイトが高く,DAC全体の輸出信用のうち36.8%を占めている。ただし,65年の55.5%こ比べれば低下がみられる。 また,政府開発援助については2国間借款が近年ウエイトを高めており,73年にはDAC全体の2国間借款の20.3%を占めるようになつた。もつとも,70年代に入つてからは他の先進国に比べると遅ればせではあつたが,直接投資や証券投資などの民間資本移動が活発化し,商品から資本への形態変化が生じつつある。 こうしたこれまでの日本の経済協力は,受入国側からいえば全体の経済協力規模の増大は注目されるものの,内容的にみて,政府ベースの経済協力のうちでも受入国の負担の少ない贈与の比率が小さく,わが国からの貿易と結びついたタイド借款や輸出信用の比率が高いことが一般的に問題とされている。また,開発途上国の経済社会開発のための人材養成に寄与するという意味で具体的な経済発展に結びついた技術協力の拡大も必要であろう。もつとも,工業化のある程度進んだ開発途上国では借款に加えて民間資金を受入れる素地が生まれているので,具体的な供与は受入国の必要に応じて,ケース・バイ・ケースで考えなければならない。 ところで,日本の2国間経済協力を地域別にみると,72年ではアジア向けが54%を占め,中南米向けが33%とこれについでいる。内訳をみると,アジア向けは政府ベースの経済協力(輸出信用等の「その他政府資金」を含む)と民間資金協力がほぼ同じ水準であるのに対し,中南米向けは民間部門が9割近くを占めている。民間長期資本投資では中南米向けがアジア向けを上回つている点が注目される。
一方,民間直接投資について,DAC諸国の投資残高合計に占める割合をみると,アメリカが5割を占め,イギリス,フランスがこれに続いている。日本のシェアは72年でも3.1%にすぎない。純流出額でみても日本はGNPの0.07%,輸出額の0.7%という低い水準にある。ただし,73年には前年比6.4倍と急増しており,直接投資の輸出額に対する比率は3.5%へと急上昇している。 業種別の構成比をみると,全体では鉱業が大きな割合を占め,商業や金融・保険など非製造業がこれについでいる。製造業のなかでは繊維,木材,パルプ,鉄,非鉄金属,電気機器などが高くなつている。また,先進地域向けと開発途上地域向けでは業種別に大きな差がある。先進地域向けはほとんど非製造業で占められ,製造業で高いのは木材,パルプのみである。これに対し,開発途上地域向けは製造,非製造業がほぼ同じ比率であり,製造業のなかでは繊維,鉄,非鉄金属,電気機器,輸送機械が高くなつている(
第II-1-17図
)。
日本の対外投資,経済協力が集中している東南アジアについて,各国の経済協力の動きをみると,アメリカのシェアが69年の49.9%から,72年には42.7%へと低下している反面,日本は23.2%から28.7%へとシェアを高めている。政府ベースの経済協力では69年18.7%,72年18.3%とかえつてシェアが低下しているのに対し,民間資金移動では39.2%から74.4%と大幅に上昇し,過半を占めるようになつている。 業種別に海外投資構成比をみると,工業化国へは製造業が多いのに対し,非工業化国へは鉱業が多くなつている。工業化国向けの製造業の投資は繊維,電気機器,その他製造業が大きい。これを45年度末と比べると,工業化国とくに繊維のウエイトの増大が目立つている。 東南アジアに対する日本の海外投資は増大しているが,それは東南アジアの経済発展にどのような影響を与えているだろうか。 被投資国の生産構造からいうと,まず,外国資本の投資に伴う具休的な資本財輸入の増加,次に生産に必要な原材料,あるいは半製品の輸入増加,生産が軌道にのれば,製品輸入の減少が生じ,やがて,製品輸出の増大へと展開する。このような動きは事実,繊維と製材でみることができる。
第II-1-18図
のように,繊維の海外投資残高の増大に伴つて日本からのミシンや繊維機械の輸入が増大する一方,繊維製品については日本との貿易額に占める輸入の割合が低下している。繊維製品の輸出入の内容をみると,東南アジアの輸入は原糸段階で増大し,二次製品では減少を示すと同時に,その日本への輸出が急増する形になつている。製材についても同様で,海外投資の累積に伴つて日本の木材加工機械の輸出の増加と製材の日本向け輸出の増大が生じている。 このように,日本の対外投資は開発途上国の生産能力を増大させ,その過程で,雇用の拡大,輸入代替や輸出拡大などその経済発展を助ける効果をもつている。しかしながら,開発途上国の経済発展の道は,資本財や中間原材料の輸入増加による貿易収支面の制約などもあつて,必ずしも順調ではない。また,一国の内部では開発の過程で所得格差拡大などの問題が生じており,開発途上国自らの一層の努力が必要とされている。こうしたなかで,最近のように海外投資が急増する場合には,被投資国においてさまざまな摩擦を生じやすい。その意味で特定地域への集中は避けるべきである。と同時に,進出した企業の行動にも被投資国の国情への適応とそれに基づく慎重な配慮が要求されよう。 70年代の日本経済,そして海外で活動する日本の企業は,いまや世界経済の発展に寄与することを期待される日本の立場を十分自覚し,国際協調の実をあげるよう責任ある行動をとらねばならない段階にある。