昭和48年
年次経済報告
インフレなき福祉をめざして
昭和48年8月10日
経済企画庁
第5章 インフレなき福祉をめざして
(1)投機的利潤やキャピタルゲインの増大,物価騰貴は福祉経済の実現を阻害するものである。所得分配の不公平が増大するからであり,個人貯蓄などが減価するからである。また,地価上昇によつて個人の住宅入手が困難になり,生活環境施設への財政支出は地価,物価の騰貴によつて実質的には小さくなつてしまう。さらに物価高騰の下では公共的サービスを提供する部門の経営悪化をまねきやすい。
環境汚染が複雑かつ深刻化しつつあることも,福祉経済にとつての脅威である。
福祉経済の大きな特徴は,所得分配の公平化,資源の福祉部門への配分,外部不経済の解消を経済構造に強くもとめる点にあり,また環境保全や消費者主権など個人の主体的欲求の高まりに適応できるようにすることにある。
47年度経済の現実は,この面で前述のような多くの問題を提起しており,それらの解決が急務となつている。そのためには,これまでの経済の基礎となつてきた市場機構を福祉経済の要請に適応させることが必要となるが,だからといつてただ政府が介入すればよいというものではない。市場機構が働かなくなつた経済は,福祉向上への活力を見失つてしまうからである。そこには政策体系の新しい対応が必要であるが,ここでは総需要管理との関係において新しい政策運営のルールについて述べよう。
(2)その第1は総需要管理政策の多様化と機動性を高めることである。47年度経済の経験では,景気が急上昇をはじめると公共需要と民間需要の間で資源の競合関係が強まり,物価上昇の脅威を大きくした。また48年に入つて総需要抑制策を強化するようになると,非市場機構の領域にある公共需要を安定的に増大していくことに困難が生じた。こうした事態を改めるためには,政策手段の多様化とその発動の機動性を高めることが必要である。政策には,認知ラグ,決定ラグ,効果ラグという3つのラグがあるから,これを短縮しなければならない。認知ラグを短縮するには統計を駆使して経済の実体を正確にとらえることが必要である。決定ラグを短縮するには先見性をもつて政策の発動を早めに行うことも必要であるが,同時に政策手段の多様化や既存の政策手段の整備拡充が必要である。これらは効果ラグの短縮にも役立つものである。また競争条件の整備など経済メカニズムの効率性を高めることは効果ラグを短縮するためにも望ましいことである。
(3)第2は長期的な観点に立つた経済運営の重視である。日本経済が完全雇用経済へ移行するなかで福祉経済の課題を実現していかねばならない段階においては,総需要管理政策は長期展望をもたなければならない。また国民所得における各所得間の望ましいバランス,社会保障などの所得再分配,公私間における資源配分のバランス,さらには環境の保全などに対する長期的な課題と総需要管理政策との整合性を確実にするためにも,経済計画を重視する必要性は従来よりも強まつている。