昭和48年
年次経済報告
インフレなき福祉をめざして
昭和48年8月10日
経済企画庁
第1章 昭和47年度経済の動向
日本経済は48年に入つて需要超過のなかで大幅な物価上昇を示しており,この物価騰貴の抑制が最大の課題となつている。
鉱工業生産は48年1~3月において前期比6.7%の空前の伸びを示したあと,4~6月にも3.6%の増加となつた。増加速度はやや鈍つたが,これは供給溢路にさまたげられている面が大きい。製品在庫率は著しい低水準にあり,稼働率,所定外労働時間は限界に近づき,受注残高は累積し品不足のため出荷割当ての動きなどもみられる。こうしたなかで輸入は急増しており,通関額を前年同期とくらべると,48年1~3月は35.1%増,4~6月には56.3%増の高水準となつている。
供給余力は乏しくなつているが,需要は設備投資,消費支出中心に著しく高まつている。供給隘路打開のための設備投資の増大が,経済全体としてみると需要増加を通してかえつて当面の需給ギャップをせばめており,それがまた投資意欲をかきたてるといつた循環が生じている。個人消費支出も,48年春季賃金交渉の高額妥結(20.1%増)や農家所得の増加もあつて強調を続け,百貨店売上げや日銀券発行高は4~6月で前年同期をそれぞれ27.1%,27.6%上回つた。
こうした需給ひつ迫のなかで物価の高騰は著しく,卸売物価は4月初めやや低下したものの,その後ふたたび騰勢をつよめ,4~6月で前期比3.3%上昇し,6月は前年同月比13.6%に達している。消費者物価も年度末以来高騰に拍車がかかり,前月比で6月0.2%(前年同月比11.1%),7月(東京都区部・速報)0.6%(同12.2%)の上昇を示している。そのなかでは7月の前年同月比上昇率で被服20.5%,食料品13.9%が著しく高く,雑費はなお8.3%高にとどまつているが,賃金上昇などの動きからその上昇圧力が強いものと予想され,消費者物価の騰勢はなお根強いとみられる。
こうしたなかで,1月,3月,6月の預金準備率引上げ,4月,5月,7月の公定歩合引上げなど金融引締め措置がとられる一方,4月には物価対策7項目が決定され,公共事業等の年度内の施行時期について調整がはかられた。金融市場は外為会計の揚超への転化もあつてすでに繁忙化しつつあるが,企業の手元流動性はなお高く,製品需給ひつ迫を反映した代金回収の好調もあつて,その資金繰りはいぜんゆとりを残している。
引締め政策の発動によつて,すでに投機や思惑などの動きは沈静に向かい,株式市場や相場商品の定期市場では取引量が急減して市況が軟化している。また,これまで投機ブームにのつて野放図な資産購人や投資を行なつてきた企業のなかには,倒産するものが出はじめている。引締めの浸透にともないこうした動きは今後も広がるであろう。経済全体としてみても実質需要の伸びは48年1~3月をピークに,しだいに鈍化することになろう。しかし,それは供給の伸びが名目需要の伸びに追いつかないために生じている面が大きく,当面需給に緩和の兆しはみられない。
それでは,今後総需要調整の効果が,①どのような経路で②いつごろから③どのような形であらわれるのであろうか。引締め政策の効果は,主としで在庫調整,設備投資抑制,住宅建設の増勢鈍化を経由してあらわれることとなろう。在庫投資は需要急増に追いつけなかつたこともあつて過去の景気上昇期ほど積み増されてはいないが,それでも流通在庫など一部には調整の余地があるものとみられ,企業金融の引締まりとともに頭打ちからやがては減少する局面を迎えよう。また設備投資については製造業大企業などストック調整を終えたばかりであり当面需給ひつ迫傾向がつよいことから根強い動きを示すとみられるが,これまで伸びの著しかつた非製造業や中小企業については,設備拡張のテンポはいくぶんとも落着いてくる可能性があろう。そして金融引締めが個人部門に及ぶにつれて,住宅建設はすでに極めて高い水準にあることでもあり,その増勢には若干の鈍化が予想される。
しかし,公共投資,個人消費,大企業設備投資などはいぜん堅調な増勢をたどるとみられ,上記の在庫投資や住宅設建についても調整の余地は必ずしも大きいとはいえない。このため需要全体の伸びはなかなかおとろえず,総需要調整の効果が経済全体にあらわれるのにはかなり時間を要するであろう。
海外インフレーションも異常天候,思惑など特殊要因によつて急騰した一次産品などは,場合によつては反落する可能性もあるが容易に収束はしないものとみられる。また国内では需要の伸びが落着くのになお時間を要する一方で供給の伸びも急には高まらない段階にあるため,物価の騰勢はなお根強いものと思われる。とくに消費者物価はこれまでの資材価格上昇の波及に加え賃金の上昇もこれから影響してくる段階にある。
こうしたなかで経済運営は,難かしい局面にたたされることもありえよう。今後予想される景気後退と物価上昇の併存を懸念して引締め政策を手控えれば,インフレ回避の機会を逸するおそれがあるし,他方強い引締めを継続しても,物価の騰勢が収まる前に景気後退に直面する可能性がないとはいえない。
経済政策は,今後こうした苦しい選択に迫られるおそれもないとはいいきれない。しかし,いずれにしても政策の基本は物価安定におかれるべきであり,そのため総需要政策を中心とした多面的な努力が必要である。