昭和47年
年次経済報告
新しい福祉社会の建設
昭和47年8月1日
経済企画庁
昭和41年度から43年度まで4%台で推移した消費者物価上昇率は,その後44年度6.4%,45年度7.3%と騰勢を強めたが,46年度は5.7%の上昇とやや鈍化した。これは野菜,果物の値下がりによるところが大きく,季節商品を除いた総合では6.2%の上昇と,45年度(6.3%上昇)とほぼ同じ騰勢を持続し,44年度の5.2%をかなり上回つた。
これを商品別にみてみると,食料では,野菜,果物が冷夏や台風の被害により,9月,10月と一時的に異常騰貴を示したほかは,天候に恵まれたこともあつて,前年度比下落となつた。この結果,季節商品の上昇率は生鮮魚介の高騰にもかかわらず,1.2%と大きく鈍化した。季節商品を除いた食料品では,加工食品,外食,塩干魚介,乳卵の値上がりが目立つた。住居では家賃地代,設備修繕(大工手間代など)の値上がりが大きく,光熱では電気・ガス代以外の光熱が大幅に上昇した。44年度以降騰勢を強めた被服では,ファッション化の影響もあつて46年度には衣料が身の回り品の上昇率を上回つた。雑費では,教育,文房具,教養娯楽が前年度の上昇率を上回つた( 第10-1表 )。
消費者物価を特殊分類によつてみると,野菜,果物の値下がりにより農水畜産物の上昇が前年度にくらべて大幅に鈍化し,工業製品では大企業性製品,中小企業性製品とも騰勢は弱まつたが,出版物は上昇幅を強め,サービスも騰勢は弱まらなかつた。サービスでは個人サービスの騰勢が強まつているほか外食の上昇テンポも強い。また公共料金は47年2月に診察料,タクシー代,郵便料が,3月に電報料が値上がりしたが,46年度の上昇率は45年度を下回つた( 第10-2表 )。
46年度の動きを詳しくおつてゆくと,景気後退が長期化する中で消費者物価は46年度後半に騰勢を弱めている。すなわち,季節商品を除く総合の上昇率は46年度前半の前期比3.3%から,後半には2.2%と鈍化し,前年同期比でみても前半の6.9%から後半は,5.5%となつた。44年度以降,長期的好況を反映して消費者物価の上昇は加速化し,景気後退局面にはいつてもなかなか騰勢を弱めなかつたが,46年度の後半になつて上昇鈍化を示したことは注目すべき点であつた(本報告 第1-20図 )。
第10-2表 消費者物価特種分類別上昇率の推移(全国,前年同期比)
46年度の消費者物価指数(総合)が45年度より鈍化した理由のひとつは,季節商品の騰勢が大幅に弱まつたことである。45年度には21.8%を占めていた季節商品の上昇寄与率は46年度には1.8%に急落した。これは生鮮魚介が45年度の18.9%に引続き16.0%の上昇を示したが,野菜が10.8%の大幅な下落を示し,果物も1.7%下落したからである。季節商品の動きをやや長期的にみると,生鮮魚介は漸騰傾向にあり,果物は比較的安定しているのに対して,野菜の変動幅は非常に大きい。この野菜の価格の動きが季節商品全体の乱高下を左右していることがわかる( 第10-3図 )。
このように商品別の動きが異なるのは主に供給の安定性にちがいがあるためである。
いま,東京都における季節商品の物価と中央卸売市場の取扱数量の動きを追つてみると,取扱数量の増加,減少によつて価格が下落,上昇する関係が明らかである( 第10-4図 )。供給量の大きい年には,野菜,果物では,はつきりと物価が下落しており,最近では,魚資源の減少などでほとんど取扱数量が増加しない生鮮魚介についても,趨勢的な上昇のなかでおおむね同様の傾向がみられる。
これは季節商品取扱業者が,生産性があがりにくいため,価格を引上げて売上収入をのばさざるをえないということを示している。このことはまた,逆に季節商品の供給量が豊富かつ安定することが,単位当たり流通マージンの増加を抑えることにも通じることを示唆している。(なお,季節商品の生産者,卸売,小売別の価格上昇の実態については当庁調査局47年「日本経済の現況」47年2月参照)。
46年度には,9,10月と野菜を中心に季節商品の価格騰貴がみられたが,これも供給の不安定性からくる取扱量の減少に基因するものであつたといえる。
46年度の消費者物価(季節商品を除く総合)の4半期別上昇率(前年同期比)をみてみると,4~6月,7~9月7.0%と43年度以降の最高の伸び率を示してきた。しかし,10~12月には5.6%に鈍化したあと,1~3月には5.2%,47年度4~6月では4%台とさらに落着いてきており,しかもこうした傾向は5大費目すべてに共通している( 第10-5表 )。45年夏以降,景気が後退する中で上昇幅を強めていた消費者物価が46度後半から騰勢を鈍化させたのは,つぎのような理由によると考えられる。
第10-4図 野菜取扱数量,消費者物価数上昇率推移(前年比)
景気の後退とともに大企業賃金は,45年度後半には上昇率を弱めたが,大企業賃金に遅れて上昇する小企業の賃金は,45年度後半も上昇率を高めた。このことが主に小企業が生産する消費財の物価上昇をもたらし,また45年度後半は消費支出がまだ堅調であつたことも46年度前半の消費者物価高騰の要因であつた。しかし,46年度にはいり,長びく景気後退の中で,小企業賃金も大幅に上昇率を鈍化させ,消費需要も弱まつてきたことが,46年度後半の消費者物価上昇鈍化となつてあらわれてきたのである。このような小企業賃金の上昇率鈍化と消費需要の弱まりが,幾分タイム・ラグをともなつて消費者物価の上昇を弱める動きは従来の景気の回復局面においてもみられたところと一致している(本報告 第1-20図 )。
第10-5表 消費者物価費目別上昇率推移(全国,前年同期比)
景気後退による需給の緩和を反映して,45年10月をピークに軟化を続けてきた卸売物価(総平均)は,景気の山から1年を経過した46年7~8月には在庫調整の進展を背景に,一時底入れの気配もみられた。
しかし,8月15日のアメリカ新経済政策発表を契機として先行きの需給に対する弱気感が広まり,卸売物価は,再び軟化に転じることとなつた。こうした中で市況対策の強化がはかられ,年末には一部業種で不況カルテルの結成もみられた。市況対策の効果が浸透する一方,公共需要の拡大などにより需給も改善に向い47年にはいつて卸売物価は底入れから漸騰に転じた。
この結果,46年度の卸売物価は年度内で0.2%の下落となり,年度平均では45年度に対し0.8%の下落となつた。
こうした卸売物価の動きを四半期別に追つてみると,その推移の特徴が明らかになる( 第10-6表 )。
46年4~6月は,国内の需要停滞を反映して生産財の値下がりを中心に全体として軟弱な基調で推移した時期である。石油製品がOPEC(石油輸出国機構)原油価格引き上げにより,また,非鉄金属も海外相場高を反映して,それぞれ急騰したが,これらを除いてみると,前期比0.5%の下落となつた。
つぎに7~9月は商品市況に底入れのきざしがでたところヘアメリカの新経済政策が発表され,ふたたびかなりの物価低下がみられた時期である。
非鉄金属が海外相場の急落から反落し,合繊,化学品がいぜん弱含みに推移していたが,7月の卸売物価は,0.1%の上昇となり,つづいて8月も0.2%上昇した。これは石油製品が引続き輸入ものを中心に値上がりしたほか,鉄鋼が夏期減産見込みや,官公需の期待などから6ヵ月ぶりに上昇,さらに食料品も上昇幅を拡大するなど,商品市況に底入れ気配がでたことを示すものであつた。このように,7~8月には,景気下降後1年を経過してようやく製品在庫の調整も進んだ結果,鉄鋼を中心に流通段階での仮需要の抬頭もみられたのである。
しかし,8月15日のアメリカ新経済政策発表は先行きの需給に対する弱気感をふたたび強め,鉄鋼,非鉄金属,繊維品等の市況商品を中心に輸入品を含め卸売物価はかなりの値下がりを示した( 第10-7図 )。
10~12月は円の変動相場制のもとで卸売物価が下落し,これを契機に多く業種で市況対策が強化された時期である。
通貨情勢の見通し難もあり,9月に引続き10月も鉄鋼,非鉄金属,繊維品が続落した。さらにこれまで上昇を続けてきた石油製品も円相場上昇を反映して下落に転じ,輸出ものを中心とした金属製品の下落,化学品,木材・同製品の軟化など卸売物価の低下は11月までつづくこととなつた。
このように全般的に市況軟化の度合を強めるなかで各業界では市況対策を強化し,不況カルテルを結成する動きも広まつた。11月26日にはステンレス鋼板,12月8日には特定鋼材(厚中板,薄板類,普通線材,鋼管,機械構造用炭素鋼などの主要鋼材を対象とする。),12月28日には塩化ビニル樹脂,構造用合金鋼の不況カルテルが認可された。こうした市況対策効果の浸透に加え,補正予算,財投追加による官公需の増大,流通段階での在庫補充の動きなどもあつて,11月後半から12月にかけて鉄鋼や天然繊維が上昇に転じ,食料品も年末の需要増などから上昇した。
47年1~3月は,12月に下げどまつた卸売物価が底固めから漸騰に転じた時期である。1月には鉄鋼,天然繊維が価格の戻り足を早める一方,出遅ていた非鉄金属も海外高から上昇に転じその後,月を追うごとに価格回復ヘ向う品目が増加していつた。
まず,2月には食料品が1月の下落後反騰したほか,建設需要や公共需要の堅調を反映して,建材用金属製品やセメントなどが上昇した。さらに3月には47年にはいつて不況カルテルを結成した段ボール原紙,塩化ビニル樹脂が上昇し,また,トラクターなどの土木建設機械も上昇するなど商品市況全般の地合いが一段と強くなつた。
以上のような結果,卸売物価は1月に保合いのあと,2月0.2%,3月0.3%,4月0.3%とそれぞれ上昇し,景気回復の足どりを端的にあらわすことになつたのである。
このように,卸売物価が景気下降後,約1年半近く経つた46年末に底入れした要因としては官公需を中心とする下支えに加え,不況カルテル結成等の生産調整が一段と強化され,製品在庫調整が進展したことによる点が大きい。
つぎに今回の底入れ過程における不況カルテルと公共需要の効果についてみてみよう。
今回の景気調整過程における不況カルテル結成状況をみると( 第10-8表 ),40年不況時には合計18件の不況カルテルが実施されたが今回は47年6月1日現在で12件となつている。
その内容をみると,化学が40年不況時においては硬質塩化ビニル管,硬質塩化ビニル板など最終製品段階でのみカルテルを結成したのに対し,今回は塩化ビニル樹脂,中低圧法ポリエチレンなどの中間製品段階,さらに原料段階のエチレンでカルテルが実施されているのが特徴的である。ここ数年設備の大型化を積極的に行なつてきた石油化学工業がここにきて深刻な生産能力過剰に陥つていることが如実に示されている。
また,鉄鋼が40年不況期においては,勧告操短という形式でなされたのに対し,今回は独占禁止法に基づく不況カルテルを結成した点も特徴である。なお,今回の鉄鋼の不況カルテルは厚中板,薄板などの個別製品を直接の対象としているが,これら製品の生産調整の手段として粗鋼で生産数量の制限を実施したことが注目される。
今回の主な不況カルテル品種について,カルテル結成前後の価格の推移をみると(本報告 2-24図 ),ポリエチレン,機械構造用合金鋼を除いては,カルテル結成後2ヵ月以内に上昇に転じている。普通鋼鋼材はカルテル結成の動きを先取りした形で46年11月末から上昇に向つており,不況カルテルの市況に及ぼす効果が明確に表わされている。
政府は46年度予算の運営にあたつては,公共事業促進方針を決定し,さらに数次にわたる財政投融資等の追加,大型補正予算の編成等積極的な景気対策を展開した。
今回の景気調整過程における公共需要の効果をみるために,40年不況時と比較しながら公共投資関連商品の卸売物価の推移をみてみよう( 第10-9図 )。
40年不況時には,いずれの商品も景気の山から谷の間にとくに上昇することなく,低下基調を続けていた。これに対し今回は景気の谷にいたる前の公共事業促進方針を決定した時点および補正予算編成時点で上昇を示している。その結果,形鋼を除いた3商品の現時点の価格水準は,景気の山における価格よりもかなりレベルの高いものになつている。形鋼のみは,鉄鋼業の需給ギャップが大きいことや円切上げの影響が大きいことから,価格のレベルそのものはいぜんとして低い。
これら4商品の動きを同種商品群の動きと対比してみると,4商品が上昇局面にある時に,同種商品群はそれほど上昇していない点が対照的であり,これら商品の価格が堅調に推移しているのは,公共投資需要の効果によるものということができる。
さらに,以上の個別商品を総合化した「公共投資関連商品」の推移をみると(本報告 第1-3図 ),40年不況時においては,「公共投資関連商品」が卸売物価総平均の動きとほぼ同様(むしろそれよりは下降気味)の動きを示しているのに対し,今回は総平均が一貫して下降基調にある中で「公共投資関連商品」は,公共事業促進を契機に早くから上昇に転じているのが対照的である。
以上のように,今回の不況局面においては公共需要が景気に対する下支えの効果を果したことが明確にうかがえる。
46年8月27日にわが国が変動相場制に移行してからの円相場上昇とその後の円切上げはわが国の物価にどのような影響を与えたであろうか。まず,卸売物価を中心に輸出価格が低下し,輸出需要が減退したことの影響をみよう。
過去の景気局面と比べて41年以降の景気上昇局面にみられる大きな特徴は,長期好況の持続と43年以降の世界インフレの昂進とが重なり,この結果世界のインフレがわが国に輸入されたことである。先進国の輸入物価は43年を底に急上昇を示したが,この時期にわが国の輸出物価が大幅に上昇する中で輸出が拡大を続けた。これが需給のひつ迫化を継続させ,工業製品卸売物価の急上昇をもたらした。
いま40年から45年にかけての需給ギャップの縮小に対する輸出需要と国内需要の寄与度をみると,世界インフレがまだあまり目立たなかつた40~43年には輸出が13%,内需が87%であるのに対し,世界インフレが昂進した43~45年には輸出の寄与度は20%にまで高まつている。輸出に誘発された内需分を含めれば輸出の寄与度は40%程度に達するという試算もえられる。
このように世界インフレによる急速な輸出需要の増加が,わが国の輸出競争力の強化と相まつて国内景気に拍車をかけ,需給のひつ迫をもたらしたことが,40年代前半の卸売物価上昇の大きな背景であつた。また,45,46年とタイムラグをともないつつ6%台の消費者物価の高騰をもたらした背景となつているとも考えられる。
さらにコスト面からみると,世界インフレの進行はわが国経済の好況を長期化することによつて,労働需給をひつ迫させ,賃金上昇を加速した面も見逃せない。現金給与総額の前年比上昇率は41年の11.6%から43年には,14.9%,45年17.6%と急テンポで上昇した( 第10-10図 )。この結果,好況下において賃金コストの大幅な上昇がみられた。好況局面において賃金上昇率が高まる現象は従来もみられたが,30年代にあつては,高投資を通じてこれを上回る生産性の上昇がもたらされていた。しかしながら今回の好況期には賃金上昇率が大幅に高まりその関係が逆転し,賃金コストの上昇がみられた。ここに輸入インフレのポイントがある。
卸売物価の変動要因を賃金コスト,原材料コスト面での輸入物価および需給要因の3つの要因にわけてみると,世界インフレの加速化した43年以降とくに輸入物価と賃金コスト要因が急上昇していることがわかる。本報告でふれた40年代における卸売物価の大幅底上げの背景の第一の要因は,長期好況の後半におけるこの大きなコスト要因の上昇である。その後,45年以降景気下降局面では通貨調整によつて輸入物価の上昇要因は消滅したが,不況下で大幅賃金コスト上昇が続いた結果,卸売物価の下落幅を小さくしたことが物価底上げの第二の要因となつている( 第10-11表 )。
好況局面の後半においてインフレを伴つた輸出需要の上昇が続いた結果,インフレが輸入され景気後退局面においても賃金コスト面で後遺症が残り卸売物価の水準を大きく底上げしている。
世界インフレーションを背景に,43年後半より急上昇した輸出,輸入物価は,45年春ごろに上昇鈍化し,その後ほぼ横ばいに推移したが,46年8月の変動相場制への移行にともなつて急速に低落した。この下落のテンポは輸入物価でとくに大きく現われている。46年7月以降47年4月までに輸出物価は4.2ポイント,輸入物価は7.8ポイント下落した。世界インフレが昂進する前の水準と比較すると輸入物価はほぼこれに近い水準に下がつている( 第10-12図 )。
円相場上昇の効果が輸入物価にどの程度反映しているかみるために国際商品(原材料)12品目の国際価格(ドル建て)と契約ベースの円建て輸入物価(同一品目)の推移を追つてみよう。
わが国の輸入物価は,46年9月まで国際商品価格と同じような動きを示しつつ下降してきたが10月以降国際商品価格が急上昇するなかで,下落を続けその後比較的安定した動きを示している。このようなかい離幅は円相場上昇を反映したものであると考えられ,素原材料の輸入依存度の高いわが国にとつて,円切上げが,原材料コスト面で大きな有利性をもたらしたものといえる( 第10-13図 )。
ここで,輸入原材料価格の下落が国内製造業部門の製造コストに与える影響をみてみよう。
国内景気が上昇を続けるなかで43年8月以降,原材料物価(製造業投入物価指数)は持続的に上昇してきたが,45年夏以降景気後退局面にはいり,45年4月をピークとして下落に転じた。
その内容を輸入原材料を国内原材料とにわけてみると国内原材料物価は,国内景気と連動して推移しているのに対し,輸入原材料物価は,45年4月以後も上昇を続けた。しかし,8月の変動相場制移行後は輸入原材料投入物価も下落に転じており,47年3月の46年7月に対する下降幅は5.7%と国内原材料物価の下落幅の5倍以上となつている。また,同期間の下落寄与率は,国内原材料が46.0%輸入原材料が54.0%となつている( 第10-14図 )。なお,この国内原材料の中には輸入原材料から生産されているものも多分に含まれており,この間接的効果まで含めて考えれば,輸入品価格低下の影響はさらに大きいものとなろう。このように円切上げを通じて原材料を含めた生産財輸入物価が,世界インフレ以前の水準に近いところまで低下し,国内製造業の原材料コストの低下を可能にしており,製造業部門に大きな価格効果をもたらしている。
46年8月以降,円相場が上昇するなかで,輸出価格(円べース)の低下や輸出量の減退がみられた。
これを品目別にみると,金属製品,天然・化繊織物,繊維二次製品,合板,窯業製品など中小企業製品は輸出競争力の低下から輸出価格,数量ともに下落した。
こうした傾向は大企業製品についてもほぼ同様である。鉄鋼,合成樹脂は世界インフレ昂進期に輸出価格が顕著な上昇を示し,これにともなつて国内価格の上昇も加速されていたが,円相場上昇の過程では輸出量が激減し,輸出価格も下落している。また合繊製品は世界インフレ昂進期にも輸出価格,国内価格とも安定し輸出量の伸びも顕著であつたが,変動相場制移行後は輸出が鈍化し輸出価格は急激に下落している。円相場上昇の過程で,これらの大企業製品と対照的な動きを示したのが機械類である。44年,45年に輸出国内価格ともに落着いた動きを示したが,46年8月以降も輸出の増加が続き,一般機械を除いて輸出価格も下落しておらず,輸出競争力の強さを表わしている。
このように変動相場制移行後,大部分の輸出関連品目が円ベースの輸出価格を引下げたが,国内卸売物価にはどのような影響が表われたであろうか。
変動相場制移行に始まつて円切上げに至る通貨調整は,景気後退後一年余を経過し,不況が浸透するなかで市況対策や政府の景気浮揚策が実施された。この結果すでに下落を続けてきた卸売物価は通貨調整の進展するなかで,これらの景気調整努力を背景にむしろ底入れから回復に転じ,輸出価格の低下がストレートに国内卸売物価を引き下げるという形にはならなかつた。
中小企業製品では,合板のように輸出量が激減し,需給が極端に緩和し,国内価格も下落したものを除いて,金属製品,天然・化繊織物,繊維二次製品,窯業製品などはいずれも輸出減退による操業度悪化などから,コスト圧力を強め,国内においてむしろ価格支持的な動きを強めた。この結果,国内価格は上昇ないし下げどまつている。
大企業製品では,円相場上昇後,輸出価格とともに,国内価格が下落を示したのは合成樹脂であり,鉄鋼,合繊は,不況カルテルなどの市況対策効果もあらわれ,輸出価格の低下にもかかわらず,国内価格は上昇を示している。さらに,機械類は,円相場上昇後,国内価格が上昇した一般機械を除いて,輸出価格とともに国内価格も引続き安定的に推移しており,円相場上昇の前後でとくに変わつた動きは示していない。
以上のように今回の円切上げは「不況下の円切上げ」であつたため,市況対策や景気対策の効果が物価面に作用し,国内卸売物価は,むしろ円切上げ後,底入れから漸騰に転じたのである。
しかしながら,輸出入物価の急低下や輸出数量の伸び鈍化が,43年ごろから目立つた「世界インフレの輸入」を遮断させる効果があつたことは疑いない。
輸入物価は円の変動相場制移行を契機に9月ごろから急速に下つたが,その中心はわが国輸入の大宗を占める原材料など生産財であり,生活により密接に関連した消費財の輸入物価の下落の幅はもつとも小さい( 第10-15図 )。また,このような輸入消費財の輸入価格の低下が末端の小売価格にまで波及する過程は国内競争財の有無,需要の価格弾性の大小,流通の競争条件,制度的な競争制限要因の有無などによつて影響されるものと考えられる。
輸入果実では,46年秋から年末にかけ国内の卸・小売価格ともに輸入価格の低下を反映して顕著に下がつている。バナナは夏場に台湾産が台風被害で入荷が減つたため,卸・小売価格とも騰貴を示したがエクアドル産の供給が堅調であつたため,46年末には輸入価格の低下とともに台湾産の国内小売価格も低下している。
レモンは,6,7,8月とアメリカの港湾ストで供給が低下し輸入価格が上昇した結果,卸,小売価格の高騰がみられたがストの解決と同時に,円相場の上昇も重なつて輸入価格と卸,小売価格が同時に低下した。グレープフルーツは輸入価格の低下と自由化による輸入量の急激な拡大が重なつて卸・小売物価は輸入価格の低下の幅を超える下落を示した(本報告 第2-25図 )。
第10-16図付表 わが国におけるレモン輸入のサンキストのシェア
バナナとレモンを比較すると,夏場の高騰の度合はレモンの方が大きくなつている。この背景にはレモンの輸入がアメリカに偏つているために輸入価格自体がかなり上昇しているという要因がある(本報告 第2-28表 )。また長期的にみてもバナナの輸入価格が安定しているのに対してレモンは国内産の果実の卸売物価の推移に近い上昇を示しており,これはレモンの輸入がアメリカの共同出荷団体であるサンキストとの総代理店契約に基づく輸入ルートに大きく依存しているためである( 第10-16図 )。
一方,飼料は,全国農業連合会の供給力が影響力をもつているが,国内では輸入飼料以外の材料を混ぜた配合飼料として市場化されていることもあつて農家購入価格でみた末端価格は現在のところ輸入価格の低下を十分に反映していない( 第10-17図 )。
また,輸入冷凍えびのうち,主要品の1つであるメキシコものをとつてみると,46年5月以降,輸入価格がやや上昇する中で,国内価格の高騰がみられ,輸入価格とのひらきが大きくなつていたが,年末にはこれも輸入価格にさやよせされてきている(本報告 第2-26図 )。
しかし,輸入量との関係をみると,11月には輸入の急増と輸入価格自体の急騰が重なつており,従来の傾向とはちがつた動きを示している。従来,輸入量と輸入価格の間には逆の関係があつて輸入価格の上昇は輸入量の減少を,輸入価格の下落は輸入量の上昇を招く傾向があつた。11月の輸入価格の急騰は産地の売り腰が強がつたところへ円相場の上昇と年末需要が重なつてわが国の輸入需要が殺到したためとみられる。
以上のように自由な市場において輸入が行なわれている場合,独占的要因が働らかない。
肉類は豚肉が46年10月に自由化され,また関税も国内豚肉価格の上昇に対処して7月から12月まで減免された。この結果,輸入価格は,国際相場が上昇傾向にあつたためわずかの低下にとどまつたものの,豚肉の輸入量の増大によつて,安定価格帯の水準をこえて上昇していた国内の卸売価格は安定的に推移するようになつた(本報告 第2-27図 )。
このように豚肉は自由化された結果,機動的な輸入によつて国内価格の高騰を抑制することができるようになつた。しかし,国内産の豚肉価格の安定帯を基準にした告示額が輸入ものの国内売り渡し価格を規制できるように関税制度が運用されており,円切上げの効果が全体として,国内価格を引下げるようにはなつていない。
一方,牛肉はいぜん非自由化品目であり,国内価格は国際的に割高なものとなつている。
香水等化粧品,紅茶,高級ワイシャツ,チョコレート,ライターなどブランドイメージの強いものは円切上げの効果は末端価格に反映しにくい。これら輸入品は高級品のイメージを売物にしているだけに輸入価格が低下した場合でも,末端価格の反応はきわめて弱い。このような商品の性格から輸入契約の時点で総代理店契約など,銘柄の供給系列が独占されるケースが多い流通段階の価格形成が硬直化しやすい弊害を生んでいる。
また,カラーフイルムなどのように現像という付帯サービスが技術的に流通を支配しやすいといつた事例もみられる。なお,輸入小麦,外国製造たばこなど政府所管物資については,輸入価格の低下などの状況に鑑み,それぞれ政府売渡価格,小売価格の引下げが行なわれた。
今後,輸入を国内物価の安定に活してゆくためには流通段階における独占的要素を排除し,国内の同一業種と同等な競争条件を整備する必要がある。また,代替国産財の存在しないものについては,輸入先と流通系路を多角化することによつて競争条件を整備してゆく必要があろう。
現在のわが国の消費財輸入のウエイトは小さく,円切上げの消費者物価安定効果はあまり大きくはなかつたといえる。しかし,今後,わが国が国際的消費財市場として門戸を開いていくならばこれからでもその効果を享受しうることは確かである。
今後,いかに有利に輸入を進めてゆくか,国民生活の向上にとつても重要な課題となつてゆくであろう。
戦後,先進諸国の多くは,カルテル規制の政策をとつているが,輸出カルテルについてはいずれの諸国も一定の条件のもとに許容する傾向にある。わが国でも「不公正な輸出取引の防止および輸出入取引秩序の確立により,外国貿易の健全な発展を図る」ことを目的として,輸出入取引法によつて認められている。このほか,特定の産業に関するものとして,肥料価格安定等臨時措置法,中小企業団体の組織に関する法律,輸出水産業の振興に関する法律があるが,実際行なわれている輸出カルテルは,輸出入取引法にもとづくものが大部分である。
輸取法に基づく輸出カルテル件数の推移をみると( 第10-18表 ),42,3年をピークとして現在,減少傾向にある。その内容を対象品目別にみると,最近10年間において,農林・水産・軽工業品のウエイトが下がり,重化学工業品のウエイトが高まつており,生産構造,輸出構造の重化学工業化の傾向が,輸出カルテル件数にも明確に反映されている。
第10-18表 輸出入取引法にもとずく輸出カルテル件数および業種別構成比の推移
これらの輸出カルテルが,輸出量および輸出価格にどのような効果をもたらしたであろうか。カルテル対象物品の比率の高い品目(カルテル対象物品の輸出額がそれぞれの品目の総輸出額の20%を超えるもの)についてみよう( 第10-19図 )。
全品目をみると,30年代後半は輸出価格を低下させつつ,輸出数量の伸びを最も大きくしているのに対し,40年代前半は,輸出数量の伸びを若干鈍化させながら輸出価格を大幅に上げている。これを,より細かく品目別にみると,食料品,繊維・同製品,窯業・土石製品どの軽工業製品は,30年代後半にすでにそれ以前より輸出数量の伸びが鈍化する一方,輸出価格は30年代後半で上昇を示しており,全品目のパターンに5年先行した形となつている。
これに対し,重化学工業製品は金属製品を除いて,いずれも全品目と同じパターンを明確に示している。
以上のことから,輸出カルテルの性格は30年代後半は,輸出数量促進的なものであつたが,40年代前半になつて,数量の抑制と価格の維持という国内カルテルと同様の性格をもつに至つているということができよう。これは,各品目について輸出カルテルが,輸出のぼつ興期には,まず輸出数量促進的なものとして出発するが,しだいに輸出の成熟期に至るにつれて輸出価格維持的なものに変質するという一般的性格を有しているためと考えられる。
第10-19図 主な輸出カルテル関連品目の輸出価格と輸出量の推移
このような輸出カルテルを背景としたわが国の輸出行動は相手国の物価にどのような影響をもたらすであろうか。主として,アメリカとの関係をみてみよう(本報告 第2-19図 )。
鉄鋼は,30年代後半に対米輸出量を大幅に拡大した反面,輸出価格が下落している。これに対応して,アメリカの卸売価格は安定的に推移している。40年代に入ると,輸出数量の伸びが鈍化する一方,輸出価格は下げどまりから上昇に転じており,これに対してアメリカの卸売物価も上昇傾向を示している。
綿織物もおよそ同様の形となつている。
以上のように輸出カルテルは輸出産業の成熱度によつて,その実効性は異なるものとなつているが,重化学工業品を中心に40年代以降,輸出数量を規制し輸出価格を引上けるパターンとなつている。このことは輸出カルテルがアメリカのインフレの進行に同調したものとなつていることを示している。世界的インフレの進行が一方で貿易面をはじめ国際的摩擦の大きな要因となつているなかで,輸出カルテルは国際的摩擦の調整手段であると同時にインフレ促進的性格を持つていることに注意する必要がある。
わが国のように世界貿易の伸びをはるかに上回つて輸出が伸びている現状では,どうしても仕向地市場において競合する産業群とのまさつを生じがちであり,鉄鋼,繊維などにみられるように,当該仕向け国から,輸出カルテル結成の圧力が加えられることが多くなつてきていることも事実である。
しかしながら,一方で輸出カルテルに対しては相手国で,独占禁止法違反で提訴されるケースがでてきている。たとえばアメリカにおいて,鉄鋼のカルテルが消費者団体から独占禁止法違反として提訴されている。これは相手国内の利害自体がメーカーとメーカー,メーカーとディーラー,メーカーと消費者との間で錯綜しており,輸出カルテルがわが国輸出品と競合する相手国産業の利益と合致しても消費者の利益とは合致しない場合もあることを示している。
西ドイツでは輸入家電製品について輸出カルテルに発展する前段階で西ドイツのメーカーと日本メーカーとの間で日本からの輸出規制の話合いが進められていたとの疑いで独占禁止法違反の調査の対象となったことがある。
輸出入取引法のわくを超えて,輸出業者,輸出入業者あるいは輸入業者間で世界的に販売あるいは購入協定を結ぶ国際カルテルはその影響するところきわめて大である。OPEC問題の背景には独占的原油購入体制に対する産油国側からの対抗措置という色彩が強いといわれている。また,UNCTADの制限的商慣行をめぐる検討レポート(1971年1月)のなかで,日本とヨーロッパのメーカーが輸出市場分割の協定を結んで中華民国を日本の市場としたため割高なナイロン繊維を買わされたという事実が中華民国から報告されている。
このような国際カルテルが輸取法にもとづくカルテルを隠れみのとして利用されることは厳にチェックされなければならない。相手国の産業調整に時間をかすための緊急避難的な輸出カルテルの必要性は認め得るにしても,長期にわたつて輸出カルテルを定着せじめることは,相手国の国民経済の全体的利益に必ずしも合致しないものとなることに注意する必要がある。とくに,先進諸国のインフレが進行するなかで輸出カルテルがわが国はもちろん世界経済の発展と必ずしも合致しない面を持つていることについては,輸出カルテルの実施に当つても充分に配慮する必要がある。