昭和47年

年次経済報告

新しい福祉社会の建設

昭和47年8月1日

経済企画庁


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3. 企業経営

(1) 3期連続の減益

45年度下期に,それまでの10期連続の増収・増益決算に終止符を打つた企業収益は,46年度にはいつて一段と悪化の度合を深めた。

46年度上期における主要企業の収益は,全産業でみると,売上高の伸びが3.5%増と45年度下期に引続きいつそう鈍化する一方,純利益は16.2%減と大幅な落ち込みを示した。さらに下期には景気の先行きに明るさがうかがえるなかでやや下落幅を縮小したものの円切上げの影響もあつて40年不況期とならんで3期連続の減益を記録した( 第3-1図 )。

第3-1図 増収,増益率とコストの動き(製造業)

業種別にみると,製造業の純利益は46年度上期に20.3%減,下期にはさらに5.1%の減益となり,45年度上期の水準から35.8%の低下を示している。

これに対し非製造業は46年度上期に減益となつたものの,下期には再び増益に転じており,収益の落ち込みは軽微であつた( 第3-2表 )。それだけに今回の景気下降局面では製造業不況の色彩がより濃厚なものとなつている。

そこで製造業について業種別にみると,まず市況産業が製品価格の下落を端的に反映して45年度上期から他業種に先がけて減益に転じ,46年度下期には4期連続の減益となつた。なかでも40年代前半の高度成長を支えてきた基礎産業である鉄鋼,化学は,46年度にはいつても大型生産設備の新規稼働があいつぎ,ここ当分は解消しえない供給能力をかかえることとなつた。このため,46年12月の粗鋼カルテルを契機に市況産業における不況カルテルがつぎつぎと結成されたが,操業度の低下によるコスト圧迫が大きい鉄鋼,化学では46年度下期も減益を続けた。日米政府間協定と円切上げにより,輸出環境が急速に悪化した繊維も,合繊を中心とした製品市況が低迷を続け,収益の悪化が目立つた。他方,紙・パルプ,非鉄,セメントなどでは,公共事業の拡大や,一部製品市況のもちなおしなどもあつて,いぜん低い利益水準ではあるが46年度下期には増益となつた。これに対し最も遅行的な動きを示す受注産業はまだ回復が遅れており,なかでも設備投資の停滞の影響を直接受けている一般機械では46年度下期にさらに減益幅を拡大している。こうしたなかで,輸出が好調だつた自動車や,カラーテレビが予想外に伸びた弱電を中心に,耐久消費財産業は2期減益のあと46年度下期には増益に転じている。

第3-2表 景気後退局面における業種別収益動向

一方,非製造業は46年度上期には若干の減益となつたが,下期には商社の大幅増益を中心に堅調な動きを示している( 第3-2表 )。

このように製造業においても,業種間で回復期の跛行的な現象がみられるが,全体的に今回の景気下降局面での純利益の落ち込みは前回,前々回を大きく上回つており,売上高純利益率の水準も,46年度上期には40年不況期を下回り,下期にはこれまでの最低水準にまで低下したのである。そこでつぎに,売上高純利益率低下の要因を主要コストの動向からみてみよろ。

(2) 売上高純利益率低下とコスト要因

46年度の生産,出荷活動は4~6月まで停滞を続けたあと若干回復のきざしを示したが,8月15日を境に企業マインドは再び冷却した。

このため生産活動の伸びは低水準を持続するとともに,販売価格は46年10~12月に大きく落ち込んだ。一方,固定費を中心とした費用の増加傾向が続いていることから,企業の収益構造は硬直化してきており,損益分岐点売上高比率は46年度下期には89.3%と40年不況期の88.2%を上回る水準に上昇した。このように売上高の伸びの低下が,利益の減少に直結する体質となつているコスト構造が,今回の売上高純利益率の大幅な低下の要因となつている。

鉄鋼,化学の例にみるように,最近の設備投資は巨大化,長期化していることから,需要が伸び悩んでも資本ストックの伸びは引続き高く,未償却資産の増大をもたらしている。このため減価償却コストは43年度上期を底にして,いち早く上昇を続けてきた。ただ46年度下期には投資調整の進展や,一部業種での償却方法の変更もてつだつて減価償却コストは横ばいとなつている。

第3-3図 金融コストの動き

つぎに金融コストも金融引締めが開始された44年度下期から一貫して上昇を示している。この要因を 第3-3図 によつてみると,45年度上期までは引締めにともなう金利の上昇を主因として金融コストは上昇した。その後45年度下期以降は5回にわたる公定歩合の引下げによつて金利は低下したが,金融機関の積極的な貸し進みに対し,企業もある程度これに応じたため借入れ依存度が上昇し,しかも総資本回転率も低下を示したので,売上高単位当たりの借入金残高が上昇したことによつて金融コストは上昇した。

さらに人件費コストも45年度にはいると急角度に上昇に転じている( 第3-4図 )。これは生産性の伸びが停滞しているのに対し,1人当たりの人件費の伸びが高水準を続けたためである。46年度下期には,超過勤務手当の減少,欠員補充の保留,パート・タイマーの整理,一時帰休制の実施などを反映して人件費コストは若干の低下を示した。しかし47年の春闘の賃上げ額がほぼ前年なみ水準となつたことにくわえ,生産性の急速な上昇が考えられないとすれば,人件費コストは必ずしも頭打ちとはいい切れない側面をもつている。他方,原材料コストは原材料消費率がいぜん横ばいを続け,国内商品市況の低迷と円切上げによる輸入原材料価格の下落もあつて,低下傾向を示しており,石油,鉄鋼,繊維などでは業績悪化を下支える役割さえしている。

第3-4図 人件費コストの動き

以上のように最近では,コスト要因に若干の改善のきざしがみられるが,期中を通じて生産,価格の上昇が総じて低調であつたため,46年度下期の売上高純利益率は下げどまるまでには至らなかつた。

(3) 企業収益力の実態

ここで今回の景気下降局面における企業収益の状況を,37,40年不況期と比較してみよう。まず売上高の伸びはきわめて鈍く,反面純利益の減少は最も大きい。このため売上高純利益率,総資本収益率は37年の下降局面に類似した姿で,鋭角的な落ち込みを示し,その水準も不況の深度が大きかつた40年度上期をも下回つた( 第3-5図 )。

第3-5図 収益率と内部蓄積の推移 (製造業)

企業の総合的な収益指標である総資本収益率のこのような落ち込みは,売上高純利益率の低下によるところが大きいが,総資本回転率の低下も見のがすことができない。主要資産の回転率をみると( 第3-6図 ),売上高の伸び悩みに比較して,設備ストックの増加テンポの衰えが弱かつたので有形固定資産回転率は45年度上期以降急激な低下を示し,ほぼ40年の水準まで低下している。一方在庫管理技術の向上もあつて傾向的上昇をみせていた棚卸資産回転率は,45年度上期以降,出荷の停滞から,在庫が増大しかなりの低下を示したが,46年度下期には,在庫調整が進展したため横ばいに推移した。現預金回転率も同様に45年度上期から低下を続けたが,46年度にはいり金融超緩和を背景に急激に下げ幅を拡大した。これは企業の実体的資金需要は鎮静化していく反面,金融機関の貸出が積極的であつたため,現預金としての歩どまりが良好であつたのにくわえ,造船など輸出関連業種での輸出前受金の増加が大幅であつたことなどによる。

一方,売上債権回転率は45年度は安定した動きを示していたが,46年度にはいり不況の長期化にともなう押込み販売,手形サイトの長期化から上期には若干の低下を示した。しかし,すでにみたような企業の手元流動性の大幅な向上を背景に,46年度下期には企業間信用は急速に収縮し売上債権回転率は上昇に転じている。

第3-6図 主要回転率の推移(製造業)

この結果総資本回転率は上期の0.90回/年から0.88回/年へと小幅ながら低下し,総資本収益率の水準を押し下げる要因として働いた。

以上のように期間損益ベースでみた総資本収益率の水準は今回の景気下降局面では40年不況を下回つている。しかし一方で40年代前半の長期にわたる増益基調の持続は企業の内部蓄積を充実させ,企業の不況抵抗力は37年不況からの立直りが十分とはいえなかつた40年当時より強化されていることも事実である。各種剰余金と引当金を総合した総資本実質内部蓄積率は46年度にはいり,多少の取りくずしが行なわれたものの,40年不況時を大きく上回つている。こうした内部蓄積の充実は好況期における慎重な配当政策にあらわれている。 第3-7図 にみるように,10期連続の増益決算を続けた好況期としては,資本金の増加テンポがゆるやかだつたため資本金利益率は45年度上期に37.2%と,岩戸景気時をもはるかにしのぐ水準にまで上昇した。しかもこの間,配当率の上昇もゆるやかなものに抑えた結果,配当性向は一貫して低下し大きな内部留保として蓄積されていつた。

第3-7図 企業の配当政策と減・無配会社数

今回の下降局面では配当率を急速に低下させたため減・無配会社数も40年を上回り,37年時と同程度に達した。このため配当性向は過去の不況期に比較して低い水準を維持しておりなお余裕を残している。このようにストック・ベースでみた企業体質は40年当時と比較して相当の改善が進んでいるといえよう。

46年度下期決算の特徴として,業績の落ち込みが比較的小さかつたことがあげられるが,これには以上のような強化された企業体質が大きな要因として評価されよう。さらに下期の決算は円切り上げの影響がはじめて企業収益に表面化した決算であつた。通貨調整にともなう輸出入の動向は,短期的にも長期的にも今後の企業経営に大きな影響を及ぼすと考えられる。このような視点から円切り上げと企業経営の動向をみていこう。

(4) 円切上げと企業経営

円切上げは輸出数量,輸出入価格の変動を通じて企業収益に影響を及ぼす。とくに商品の輸出競争力が大きな要因となつて収益動向に密接に関連する。

46年度下期はわが国企業にとつて通貨調整下における初の決算であつたため主要輸出関連業種の収益動向は注目された。そこで46年度下期において主要輸出業種が円切上げにともなう輸出環境の変化と国内の需要動向に対してどのような対応をしたか,さらにそれが企業収益にいかなる影響を与えたかをみてみよう(本報告第2章 第2-13表 参照)。

まず自動車は,円切上げによる円手取額の減少をそのまま輸出現地販売価格の上昇に転嫁したうえ,台数も増加して競争力の強さを実証した。一方国内価格は横ばいで台数の増加も輸出ほどではなかつたことから,輸出市場の優位性が増大し,輸出比率は上昇した。

また鉄鋼についてみると,円手取りべースの減少を現地価格に完全には転嫁できず,輸出価格はかなりの低下を示し,数量も減少したため,輸出売上高は大幅に減少した。一方国内価格もやや下落はしたものの,輸出価格に比べ相対的に下落幅が小さかつたうえ国内向けの出荷数量が増加したため,国内販売額は若干増加した。

しかし全体としては輸出額の減少がひびいて若干の減収となつた。

輸出面についてこのほかの業種をみると電気機械が価格,数量とともに落ち込みが小さい。これに対し,一般機械,繊維では円切上げの影響は大きかつた。もちろん,ここで算出した価格要因,数量要因には品種構成の変化も含まれており,さらに輸出の季節的要因,現地系列販売会社への押込み販売,輸出規制による影響,国内不況カルテルの実施なども含まれており,必ずしも輸出競争力と国内の需給バランスの有機的な関連を示しているとはいえない。しかしながら,これからある程度,円切上げによつてもたらされた業種別の影響を知ることができよう。

ともあれ通貨調整は業種により,個別企業により,その影響は大きく異なつている。それだけに今後の輸出戦略は新たな市場,新たな技術の開発が個々の企業の命運を決するといえよう。

つぎに円切上げの企業収益に及ぼすより直接的影響としての為替差損益の発生があげられる。

第3-8図 47年3月期決算における為替差損益の実態

第3-8図 にみるように,全産業としては資産,負債が相殺されているため,それほど巨額なものにはなつていないが,輸入原材料をもたない輸出比率の高い業種ではかなりの差損が発生している。なかでも造船,機械などは47年度以降に処理が残された長期債権を多額にかかえており,今後とも収益を圧迫する要因となろう。このように差損が発生したり,あるいは利益の減少が著しい業種では,資産売却や内部留保の取りくずしがかなりの程度実施されたとみられる。それだけに46年度下期の企業収益が好転のきざしをみせているのは事実としても,こうした点を若干割引いて考える必要があろう。

(5) 企業経営の今後の方向

今回の景気後退が基本的には設備投資の中期的循環の下降局面に対応していることからすれば,ここ当分は設備投資の急速な回復は期待しえない。また従来のような高い輸出の伸びも実現できない状況では企業収益の回復テンポは比較的ゆるやかなものになることが予想される。

これまで輸出の花形であつた自動車,弱電などの耐久消費財産業も需要の屈折期を迎えたと考えられ,画期的な技術革新でもない限り引続き主導的地位をになうには困難が予想される。一方,受注産業も,一般機械,重電などでは設備投資の停滞から業績の底入れはさらに先に延びそうな様相を呈している。また現在は大量の受注残をかかえている造船も世界的な船腹過剰を背景に先行きは必ずしも明るくない。これに対し非製造業は比敷的堅調な動きを示している( 第3-9図 )。

日本経済は,いまやこれまでの輸出設備投資主導型から,公共部門主導型へと変りつつある。こうした需要構造の変化は経済構成主体としての企業の成長にも直接的なインパクトを与えようとしている。したがつて企業にとつてはこうした変化に対応していくことも,成長への必要条件のひとつとなつている。

第3-9図 業種別総資本収益率の推移

このような情勢を背景に近年非製造業における新しい成長分野が注目されており,最近では製造業から非製造業部門への新規参入が顕著な現象としてみられるようになつた。 第3-10表 は東証上場会社における住宅,不動産,レジャー部門への進出の姿をみたものである。どの業種からもおしなべてこれらの部門ヘ進出しているが,製造業からの進出は繊維,紙・パルプ,ゴムなど比較的本業の需要の伸びが停滞している業種に多い反面,電気機械,機械,鉄鋼,輸送用機械など従来需要の伸びの高かつた業種での進出率は相対的に低くなつている。このように運営の多角化は最近急速に脚光をあびてきた。そこで,多角的企業行動の具体的な進展の実態を綿紡に例をとつてみたのが 第3-11表 である。綿紡会社は,綿,スフなどの本業が比較的早く衰退期に入つたため,合繊からさらに脱繊維へと多角化を進展させてきた。収益率の高いグループの企業では他のグループより合繊への進出のタイミングもよく,さらに脱繊維部門の比重も高く,全般的に各部門がバランスのとれた形となつている。このことは不況期における売上げの減少を相対的に小幅にする効果が働いている。事実今回の景気下降局面においても,これら企業の収益の落ち込みは比較的軽微であつた。このように経営の多角化はしだいにその効果をあげてきている。

第3-10表 住宅・不動産およびレジャー関連部門への進出の実態

第3-11表 綿紡における多角化の進展

以上わが国企業における多角化の実態をみてきたが,もちろん多角化への道が企業成長のすべてではない。新技術の開発,新しい需要の創出,海外企業進出などもいぜんとして重要である。しかし,急速に変化する経済環境下においては,その変化に敏感に対応するだけの弾力的な経営体制の確立が急務といえよう。


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