昭和47年
年次経済報告
新しい福祉社会の建設
昭和47年8月1日
経済企画庁
第1章 昭和46年度経済の動向
まず年度間の経済情勢の推移を三つの時期にわけてみよう。
その第1は,46年春から夏にかけての時期で,景気には微弱ながら底入れから回復への動きがきざしはじめた。鉱工業の生産・出荷は,5月のストライキによる落込みのあと2ヵ月連続して上昇し,製品在庫率も低下した( 第1-1図 )。また7月から8月なかばにかけて,鉄鋼,繊維などの市況に底入れ感が抬頭した。従来の経験では,景気後退がはじまつてから10~12ヵ月後に,景気は底入れから回復に向かつたが,今回についても,45年夏に景気の山をすぎてから約1年たらずで,一応底入れへの動きがみられたのである。この時期になつて景気に底入れから回復への胎動がみられたのは,在庫投資がそれまでの急減から横ばいに転じたこと,輸出が急伸したこと,カラーテレビ不買運動の終息などから耐久消費財需要が持直したこと,公共事業繰り上げ実施の効果がみられはじめたことなどの要因によるものと思われる。耐久消費財の回復という特殊要因をのぞけば,いずれも過去においても景気回復を支えた要因がここでも作用しつつあつたとみられよう。
もつとも,このような回復へのきざしも,まだ確実なものではなかつた。生産・出荷の増加には春のストライキへの反動増も含まれており,またたとえば鉄鋼では,市況回復のなかで,減産態勢強化の動きもみられた。こうして回復がまだ本格化せず,輸出の急伸による国際収支の黒字激増のなかで,8月のアメリカ新経済政策の発表と円の変動相場制移行という事態に遭遇することとなつたのである。
第2の局面は,46年夏から年末までの期間で円の変動相場制移行から多国間通貨調整の一環として円の切上げが実現するまでの時期に当たる。国際通貨情勢の急変は,これまでわが国で固定平価への信頼がとくに深かつただけに,企業心理に大きな動揺を与えた( 第1-2図 )。株価は暴落し,企業者の景気見通しは,出かかつていた楽観色が消滅して悲観色へと急転した。実体経済面においても,輸出は急増から停滞にかわり生産・出荷は低下した。製品在庫率の再上昇から,市況は軟化し,企業の新規求人取消しの増加など,景気調整の動きが再度ひろがるにいたつた。
昭和24年以来続いた360円レートからの離脱は,日本経済にとつて戦後の一時期を画する出来ごとであり,成長パターンの転換を促がす重大な契機となろうとしている。またそれは,国内不況から輸出によつて脱出する試みがもはや国際的に通用しないことを教えるものであつた。このように,その意義は大きいが,景気情勢への影響は,次のような条件によつてある程度緩和された。その第1は,それ以前に成約していた分の船積みがかなりあつて,為替市場の混乱による輸出の急減はみられなかつたことである。第2は,当時在庫調整はすでにかなりの進展をみており,再調整の幅が小さくてすんだことである。第3に,変動相場制移行に際して,大量の輸出前受金が流入し,金融が大幅に緩和したことである。第4は,政策面からの支えである。政府は,中小企業緊急対策(9月),大型補正予算と財政投融資の追加(10月)などの措置をとり,公定歩合も新基準レート設定後0.5%引下げられた。こうした対策は景気の下支え要因として働いたばかりでなく,輸出関連中小企業などについて過渡的混乱を緩和する役割を果たした。
第3の局面は,47年に入つてからの時期であり,景気回復への動きがしだいに明らかとなつた。鉱工業生産は46年11月以降47年3月まで5ヵ月連続して増加し,出荷の伸びはさらにこれを上回つた。年末に鉄鋼生産について不況カルテルが認可されたが,このころから卸売物価も漸騰に転じた。機械受注は下げどまり,新設住宅戸数は持ち直しから増加へと移つた。47年3月期の企業決算は小幅な減益にとどまり,また47年春の賃金交渉は,増加率で前年を下回つたものの増加額では前年を上回つた。
46年12月に決定された1ドル308円の新基準レートは,円の対ドル16.88%の大幅切上げを意味しており,相当の影響を景気動向にも及ぼすものと考えられた。事実,円切上げによつて輸出成約は鈍化してきている。しかし,円切上げ決定後,47年に入つて景気回復への動きが強まつたのは,国際通貨危機の収拾によつて,経済をとりまく不安定要因が一応とりのぞかれたことによるところが大きい。これに加えて,公共支出増大の効果がようやく生産活動や市況面に及び,金融緩和のもとで中小企業設備投資や民間住宅建設が復調してきたことも,47年に入つてからの景気情勢の好転をもたらした要因といえる。
以上のように,昭和46年度の経済は,国際収支大幅黒字下で国際通貨危機の渦中にまきこまれたこともあつて,不況からの脱出のきざし,中断,再開という波動を描いた。47年に入つて景気回復への展望が強まつてきたが,今後も輸出の鈍化が予想され,また製造業については大幅な需給ギャップを残していることから大型設備投資の盛上がりが見込まれないなど,景気回復の条件も従来とはかなり異なつたものになろうとしている。
46年度経済情勢の推移における最大の特徴は,いうまでもなく国際通貨危機にまき込まれたことであるが,それについては本報告の全体を通じて検討を加えることとし,ここでは実体経済の動きにみられた特徴をいくつかとりまとめておこう。
第1は,国際経済情勢急変の影響もあつて,不況期間が従来より長びき,その後の回復力も従来に比べればやや弱いとみられる点である。
景気動向指数の基準日付によると,戦後これまで5回の景気循環においては,上昇は24~42ヵ月,下降は10~12ヵ月の範囲(ただし26年の下降期は4ヵ月)にあつた。ところが今回の不況は,45年8月から46年12月まで17ヵ月続いたものとみられ,戦後最長の不況となつた。不況期間が長びいたのは,すでにふれたように,国際経済情勢急変の影響によるところが大きい。それと同時に設備投資が調整期にあつたことが景気の後退を長びかせる要因として働いていることも否めない。
47年に入ると,景気回復の様相が出始め,最近はしだいに堅調さが加わりつつある。ただ従来の景気回復がきわめて急速であつたのに比べると,回復力はどちらかといえばやや弱いものとみられる。景気動向を忠実に反映する生産財の生産・出荷は,これまでの景気回復期に比べその回復が遅れ気味であり,これが鉱工業生産全体の回復テンポを従来よりやや弱めのものとしている(前掲 第1-1図 )。工業製品卸売物価の底入れ後の反発力も,これまでの景気回復期に比べれば弱い。国際経済情勢の変化など不況を長びかせた要因は,そのまま回復力を弱める背景としても作用しているものと思われる。
第2は,業種別跛行性が目立つていることである。
商品市況についてみると,46年秋以降セメント,建設機械など公共投資関連品目の卸売価格は実需の増大から上昇している( 第1-3図 )。その反面,鉄鋼,化学,紙・パルプなど過剰能力をかかえた業種については,不況カルテル等生産調整に支えられてはじめて市況が回復している。
生産の動きをみても,建設資材,耐久消費財が堅調の反面,鉄鋼,化学などの生産の伸びは,鉱工業生産全体に比べてかなり低い。また企業決算についても,製造業と非製造業で明暗が大きく分かれており,製造業のなかでも,鉄鋼,化学,紙・パルプ,繊維,一般機械などの不振が著しい反面,自動車,造船は比較的好調であり,セメント,重電機も不況の影響は軽微となつている( 第1-4表 )。
回復期における業種別跛行性は,いつでもみられるものであるが,需要構造の変化が背景にあるだけに,今回とくに著しく,またこれが従来以上に長期間にわたつて持続する可能性も大きいものと思われる。
第3は,賃金コストが全般に上昇するなかで,需要停滞の著しい部門を中心に,雇用調整の動きが目立つたことである。
不況の影響で46年度の賃金上昇率は鈍化した。とくに,残業手当や賞与の鈍化は著しい。しかし,それでも46年の春季賃金交渉は16.6%,47年のそれは15.0%の基準内基金の引上げをもたらした。これは労働力不足の基調が続いていることもあるが賃金の下方硬直性も強まつていることを示すものと思われる。こうした賃金の動きは,生産活動の停滞ともあいまつて,賃金コストをさらに一段とかさあげすることになつた。
こうしたなかで,企業は雇用調整の動きを強めた。これには40年代前半の設備投資によつて省力化への素地がつちかわれていたことも,あずかつて力があつたと思われる。常用雇用指数の動きをみると,建設業が高い増勢を示す反面,製造業のそれは46年6月以来前年同月を下回つている( 第1-5図 )。これは新規求人の抑制,退職者の不補充などの形で雇用調整が行なわれたことによるところが大きいが,そのほか,化学,繊維,鉄鋼などで,解雇者数の増加もみられた。また,臨時日雇いやパートタイマーなどについての調整も進められ,これを反映して年度後半には女子の非農林業雇用者は減少している。こうした雇用調整は求人の減少,求職の増加となつて労働需給を緩和させ,また男子については完全失業者の増加,女子については労働力率の低下をもたらした。都市化や核家族化,雇用者比率の増加の結果,わが国でもこれまで以上に失業が顕在化するようになつてきたものと思われ,他方,女子労働力率の低下は,世帯主の賃金が高まつていることを背景に,就業機会の減少に対応して既婚女子などの家庭への還流が進んだためとみられる( 第1-6図 )。
以上のように,今回の雇用調整の動きが従来になく強かつたことは不況下でも賃金上昇率を大きくは低下させにくいという労働市場の傾向的な変化に対する企業や事業主の対応方向を示唆するものであつた。こうした傾向は,国際経済情勢の急変によつていつそう拍車をかけられたが,それについては次章でみよう。
なお,46年度を通じて企業倒産は減少を続けた。これは,金融の大幅緩和によるところが大きい。
46年度経済の経緯は,これまで同様の景気回復への道を手探りしかけた日本経済が国際収支黒字の累積するなかで国際通貨危機にまきこまれたことをきつかけに,需要構造のシフトなど条件変化への適応を迫られ,そのなかで新しい景気回復への道を模索しなければならなくなつたことを示唆している。以下これらの点をくわしくみよう。