昭和47年

年次経済報告

新しい福祉社会の建設

昭和47年8月1日

経済企画庁


[目次] [年次リスト]

昭和47年度年次経済報告要旨

I (本報告のねらいと構成)

1)日本経済にとつてこの1年はまことに波乱に富んだ年であつた。ようやく不況から脱出するきざしをみせはじめていた日本経済は,46年8月のアメリカ新経済政策とそれに続く国際通貨危機のうずにまきこまれ,その衝撃に対処し,新しい発展への道を見出すために苦闘の1年を送つたのである。

年末近く,多国間通貨調整が実現し,世界経済をめぐる不安定要因のひとつが収拾に向かうことになつた。しかし,安定した国際通貨制度の確立と自由な貿易体制の発展はなお今後に残された課題であり,国際経済情勢はいぜんとして流動的要素をふくんでいる。

一方,不況のなかで,日本経済がこれまで経験したことのない国際環境の急変に直面したとき,前途にはつきりした見通しをもつことは難しかつた。株価は暴落し,生産・出荷は低下し,商品市況は反落した。

しかし,こうした動揺と混乱にもかかわらず日本経済は46年末を底としてようやく立直りの気配をみせてきた。その後景気の回復は従来に比べなおゆるやかなものの,その足どりには堅調さが加わりつつあるとみられる。

これは過去に示された日本経済の高い転換能力がなお健在であることを示すものであろう。しかしながら,日本経済は国際収支の大幅な黒字をかかえ,流動的な国際通貨情勢のなかで,福祉の充実を目ざして成長パターンの転換を行なうという,きわめてむずかしい局面をむかえている。

本年度の経済報告は,日本経済が国際経済情勢の急変のなかで,比較的短期間に景気調整を終え,回復への転換を早めることができた過程を明らかにし,そこに示される回復パターンの変化をより長期的視点から位置づけることによつて,この一年の教訓が今後の縫済運営に何を示唆するかを検討することにした。

2)本報告は次の5章からなり立つている。

(1)昭和46年度経済の動向

(2)円切上げの影響

(3)変動する世界経済と日本

(4)福祉充実と公共部門の役割

(5)新しい発展への出発

まず,これら5つの章が,それぞれどのような位置を占めているかを明らかにしたい。

本報告全体を通じる問題意識は,わが国経済が景気回復という循環過程の一局面にあると同時に,変動する国際経済のなかで福祉充実をめざす成長パターンへの転換期にあるという認識である。

このため,第1章で46年度経済の動向を明らかにした後,第2章では,とくに昨年末の円切上げが日本経済に与えた影響を整理し,第3章,第4章では,長期的構造的課題として,国際協調と福祉充実の問題をとりあげている。こうした内外両面からの要請にこたえるものとして,第5章「新しい発展への出発」が位置づけられている。

II (本報告の要点)

次に当面する日本経済の課題に即して,本報告の要点を簡単に紹介しよう。

現在,日本経済が解決をせまられている課題は,景気の確実な回復,国際収支の均衡,福祉の充実である。それは近年拡大した需給ギャップ,国際収支ギャップ,物価上昇をふくめた福祉のギャップの解消を意味するものである。問題は内外情勢が大きく変化する時点において,この三つの課題をどのように位置づけ,いかに成長パターンの転換を進めて内外均衡を達成するかという点にある。

次に,この三つのギャップが拡大した背景と問題点についてのべよう。

(1) 景気の現局面と需給ギャップ

1)46年春から夏にかけて景気回復のきざしをみせはじめていた日本経済は,国際経済情勢の急変とともに,8月以降ふたたび景気調整の動きを強め,生産・出荷は停滞し,製品在庫率は上昇した。しかしながら,12月末に多国間通貨調整が行なわれ,これを境に景気は回復に向かうこととなつた。

円の変動相場制移行は日本経済に大きな衝撃を与えたが,すでにそれ以前に在庫調整がかなりの程度まで進んでいたため,その後の調整は大幅なものではなく,また輸出の落込みも,既契約分の船積みなどによつて軽微にとどまつた。一方,金融の大幅緩和と公共支出の増加が続くなかで,非製造業設備投資,耐久消費財支出は堅調な伸びを示し景気を下支えした。円切上げ後,47年に入ると,住宅建設もこれまでの不振を脱して増加基調に転じ,非製造業を中心に中小企業の設備投資にも動意がみられるようになつた。また労働需給も改善のきざしをみせはじめ,さらに所定外労働時間の増加,賃金の上昇によつて,これまで低迷を続けてきた消費支出にも底入れ感が強まつている。

こうして,景気は本年1月以来回復過程に入り,最近では,回復に堅調さが加わつてきている。

2)今回の回復過程においては,これまでの回復期にみられなかつた特徴があらわれている。

従来の回復期においては,輸出と在庫投資が景気を先導する役割を果たしていたのに比べ,今回の回復期には輸出は停滞し,在庫の積増しも積極的には行なわれていない。

また,従来の成長期に大きな働きをした大型設備投費は停滞している。これは,わが国の産業が現在なお大きな需給ギャップをかかえているためであり,またこのことが貿易収支の黒字を増幅させている。もつとも需給ギャップについては業種別跛行性が目立つており,鉄鋼,化学,繊維などでは過剰能力が大きいが,その他の業種ではそれほど大きくないとみられる。

以上のように輸出の停滞,在庫投資の低調,大型設備投資の低迷は今回の景気回復の足どりをこれまでの回復期に比べゆるやかなものにしている。しかし,その反面,財政支出の拡大や金融緩和の進展を背景に個人消費支出,住宅建設,非製造業・中小企業の設備投資が増加しており,輸出・設備投資中心の回復から国民生活,国内需要中心の成長パターンへと,景気回復パターンにも変化のきざしがみられる。

(2) 国際協調と国際収支ギャップ

1)40年代に入つて国際収支は黒字基調を続けてきたが,46年には国内不況と国際通貨不安の影響により,貿易収支,資本収支ともその黒字は急増し,46年8月末の外貨準備高は125億ドルに達した。

円の変動相場制移行以後,資本収支は流出超に転じたが,貿易収支(季節調整値)は,8月以降3月までは月平均7億ドル台の黒字を維持した。その間,円ベースの輸出入物価指数は8月から3月まで低下を続けた。

2)昨年末に大幅な円切上げが行なわれたにもかかわらず,これまで貿易収支黒字幅の縮小がもたらされなかつたのは新レートが行きわたるのに時間がかかることを示すものであろう。とくに輸出価格(ドル)の引上げについても,国際競争力の強弱や需給ギャップの深浅等によつて,業種別に時間的ずれが生じている。輸入は消費財を中心にかなりの増加を示しているが重化学工業の停滞を反映して金属原料等は不振を続けている。

しかし,3月以降になると国内景気の回復とともに,輸出価格は上昇に転じ,安値輸出の動きは弱まる一方,高い増加率を続けてきた自動車,機械の輸出も頭打ちを示し,輸入は消費財を中心として増勢を示すなど円切上げの効果はようやく貿易収支面にも浸透してきている。

3)円切上げが直ちには国際収支の均衡を回復できない理由として,新レートへの適応に要する時間のほか,輸出圧力の残存,原材料輸入の不振など循環的要因があり,それに加えて構造的問題がある。

その第1は,わが国の貿易構造のもつかたよりである。わが国の工業品貿易構造を国際比較すると労働集約型商品についてはアメリカが輸入超過になつているのに対し,わが国は輸出超過になつており,しかもわが国の大量生産型工業の輸出特化度も急速に高まつている。すなわち,わが国は現在,大量生産型工業が成長期に達する一方,労働集約型工業をしだいに発展途上国にゆずりわたしていくべき過渡期にある。そのことがいまのところ貿易収支の黒字を拡大させ,国際収支の不均衡をもたらす一因となつている。昨年末の円切上げを好機として,産業調整を進め関税構造を改めること等によつて貿易構造の改編をはからなければならない。

また,世界的に農産物需給が緩和するなかで,農産物輸入拡大への要請は強まつており,国内農業との調整をはかりつつその拡大に努めることが必要である。

第2は,わが国が資本輸出によつて国際収支の均衡をはかるべき段階にきていることである。

発展途上国に対するわが国の民間直接投資をみると,労働集約型工業の比率が高いことなど,相手国の工業化に役立つと同時に,わが国の輸入増加をもたらす性格をもつている。今後は政府開発援助をさらに拡大して,発展途上国開発のための基礎条件をつくり,その上で民間直接投資の地域的多様化をはかつていくことが必要である。

4)国際収支の均衡をはかるには景気回復を確実なものにすることが必要である。しかしこのような構造的問題を是正しないまま景気政策のみによつて国際収支の均衡をはかろうとすることには限界があろう。この意味において産業構造,貿易構造を改ため,さらに政府援助,民間直接投資を組合わせた立体的な国際分業を促進することが国際収支均衡のための基本的方向であり,同時にそれは国際協調と国民福祉の増大につながるものである。

(3) 市場メカニズムの限界と福社ギャップ

1)国際協調とならぶ日本経済の課題は国民の福祉を一段と向上させることである。経済成長の過程で,国民の消費生活は豊かになり,完全雇用がほぼ実現することとなつた。しかし,40年代前半の高度成長の過程で,環境の破壊,都市の混雑が激化し,老人問題が深刻化するなど成長と福祉の乖離が人々の注目を集めるようになつた。

これらの問題は社会資本,社会保障の立遅れとして指摘されているが,本報告ではこの問題を市場メカニズムの限界という視点から分析することにした。

経済成長は市場を通じる資源配分機能を活用することによつて実現されてきた。しかし,自然破壊はこれまでの大量生産,大量消費方式のもとで激しくなつており,都市の混雑と生活機能の低下は都市集中のメカニズムを放任しておいては解消されない。労働需給のひつ迫は雇用労働者の所得上昇とその平準化をもたらすが,働く能力をもたない人々の福祉向上を直ちに保証するものではない。こうした問題は「市場の欠陥」を公共的介入を通じて補うことによつて解決されなければならい。40年代前半には,重化学工業を中心に経済成長が加速化され,しかも「市場の欠陥」を補う対策の展開が立遅れ気味であつたため,福祉と成長の乖離がこれまで以上に露呈されることになつた。次に,その代表的な例として都市の混雑と生活機能の低下,所得平準化のなかに残された不平等について検討しよう。

2)大都市を中心とする混雑と生活機能の低下を考えよう。

都市の集中には集積の利益がともなつており,管理部門を中心に企業の巨大都市への参入意欲はなお高い。しかしこうした都市集中は他方で次のような外部不経済をもたらしている。

第1に,都市生活者は物価高,住居取得の困難,通勤難や環境悪化など,所得ではあらわされないコストを支払うことになり,しかも,その増大が続いている。

第2に,社会資本の費用が逓増していることである。都市の混雑現象を除去するためには,社会資本投資が必要であるが,都市の膨張とともに,その費用は急速に増大している。この費用は,国民一般,地域住民,新規参入者などの間で負担されている。

第3は,地価の上昇である。地価の上昇は投機的土地保有によつて地価をさらに上昇させ,土地利用の高度化をさまたげている。これは住宅建設,公共事業の進展を困難にし,キャピタル・ゲインの発生によつて所得分配の不平等をもたらしており,都市生活者の負担の増加を引起こす原因にもなつている。

こうした問題に対処するためには,都市集中にともなう便益と負担の合理的配分をはかることが必要である。いわゆる「混雑税」の考え方の導入,開発利益の吸収,土地保有税の適正化などをはかることは,これまでの都市集中のメカニズムの欠陥を是正するものとしても位置づけることができよう。

しかし,巨大都市の問題はこうした都市集中の抑制と土地利用の高度化,都市再開発という手段だけで処理できるものではない。巨大都市については費用の高騰や土地利用の物理的限界からみても機能分散が必要な段階にある。現在,地方中核都市の成長,若年労働力の地方分散傾向がみられるが,こうした動きにそつて全国交通通信ネットワークの整備,工業再配置,魅力ある地方都市の育成,広城生活圏の形成などを進め,過疎問題を解決し調和のとれた国土改造を進めなければならない。

3)次に,所得平準化と社会保障の問題がある。これまでの高い経済成長の過程で,所得水準は上昇し,その平準化も進んだ。しかし,この平準化は,主として労働市場における賃金格差の縮小を通じて実現されたものであつた。それだけに経済活動に参加する能力をもたない人々は平準化にあづかることはできず,また一般的な所得格差縮小のかげにはなお多くの不平等が残されている。

前者の例として,老人世帯,母子世帯,心身障害者があり,後者の例としてはキャピタル・ゲインなど資産保有に基づく格差がある。

わが国の社会保障は近年充実がはかられてきたが,年金の未成熟等もあつて国民所得に対する振替所得の比率は諸外国に比べ低く,また,現行制度においても制度間の格差の問題などがあり,さらに,社会保障以外の面でも給与住宅など付加給付による生活上の格差も見逃せない。

4)成長と福祉の乖離は種々の側面にわたつてみられるが,これを総合的に把握し,従来の資源配分のパターンを検討するため,社会目標別にみた国民総支出を推計した。これは,生産された財貨・サービスがどのような目標に使用されたか,またその際,政府と民間はそれぞれどのような役割を分担したかをみるためのものである。これによると全体として民間部門のウエイトが圧倒的に大きく,政府部門では,国土開発への支出が大きな比重を占めている。

これを諸外国と比較すると,わが国の政府部門の比重は著しく小さい。このことはそれだけ国民の負担が小さかつたことを示している。

今後の日本経済では,生活関連社会資本の整備,社会保障の充実を柱として,政府支出の増大が必要であり,このために国民負担の増加もさけられないものと考えられる。

しかし,公共部門の役割の量的拡大はその質的強化と併行して進められなければならない。すなわち,今後公共部門は,社会資本・社会保障の充実に中心的役割を果たすとともに,各種の外部不経済現象に対して適切な処置をとり,公共部門に投じられる資源の効率的使用を確保する必要がある。そして高度化し,多様化する国民の要望にこたえるためにも公共部門の役割の強化が要請されていることをつけ加えたい。

(4) 新しい発展への出発

1)これまでみてきたように,三つのギャップはそれぞれ性格を異にしているが,その反面,これらのギャップが40年代前半の高度成長過程において顕在化したことは共通しており,またその解決は相互に密接な関連をもつている。

このことは,日本経済が内外両面からの要請にこたえて新しい発展に向かつて出発すべき転換点に立つていることを示唆している。

2)まず,40年代前半の成長の特徴を検討しよう。

40年代前半において,わが国の経済成長率は一段と加速化し,30年代前半の8.8%,後半の9.3%に対し,12.4%に達した。とくに設備投資と輸出が相互循環的に作用して,経済規模を拡大し,国際収支の天井を高め,長期にわたる好景気を維持することができたことが40年代前半の特徴である。

40年代前半はまた国際貿易の拡大と世界インフレの進行が続いた時期であつたが,それにわが国の国際競争力の強化が加わつて高輸出・高投資の循環が促進されたのである。とくに重化学工業部門では大規模設備投資が続き,輸出産業としてのその地位が確立されるにいたつた。こうした重化学工業の輸出増加によつて,国際収支の黒字基調が定着することとなつたが,生産・輸出中心の政策運営の切替えは容易ではなく,一方,総需要調整の面でもこれまでと同じく金融引締めを中心とする政策がとられた。昨年末の円切上げにいたる経緯は国際収支大幅黒字のもとで,これに対応した新しい経済政策体系が必要になつていたことを教えるものである。

また,設備投資,輸出,重化学工業に傾斜した40年代前半の成長過程において,環境破壊の激化,社会資本の立遅れ等を通じて,いわゆる成長と福祉のギャップはいつそう拡大することにもなつた。

3)次に,40年代後半における成長率の動向について検討したい。これまで成長を支えてきた技術進歩,労働力増加,自然資源の利用などについては,内外両面から制約が強まり,他方,需要面でも輸出の急増が困難になる一方,福祉充実への資源再配分の要請が強くなつている。

しかし,日本経済の潜在能力は,高い貯蓄率や教育水準,低生産性部門の残存,さらには福祉ギャップを埋めるための広範な潜在需要の存在などを考えると,当分の間はなおかなり大きいものと考えられる。もちろん輸出・設備投資の相互循環によつてもたらされた40年代前半の高い成長率が再現する可能性は少なく,その必要もない。ただ成長率が短期間のうちに大幅に低下することは,失業増加によつて福祉向上をさまたげるだけでなく,国際収支の黒字不均衡を拡大させる危険性も大きい。

また,国民の所得増加に対する要望もなお強いものがある。このような条件を考えると,今後の成長率は結局国民の選択により決まる面が大きく,「福祉と乖離しない成長」こそ国民の希望するものであろう。そのためには,外部不経済や所得の公平な分配に対する適切な施策を進めつつ,公共部門への支出を増加し,消費,住宅,社会資本を中心に国内需要の拡充をはかる成長パターンへの転換が必要となる。

成長パターンの転換にあたつて,とくに重視されなければならないことは公害防除,週休二日制の実施など社会的環境的条件変化に積極的に対応を進めることであり,これらは成長と福祉の乖離を埋めるためにも不可欠の条件となつている。

4)成長パターンの転換にあたつては物価問題の重要性をあらためて認識する必要がある。海外インフレ,賃金物価の下方硬直性増大を背景に,わが国にも次のような新しい物価上昇要因があらわれている。その第1は,これまで物価,賃金の上昇に対して抑制的に作用してきた国際競争力,国際収支天井の制約がなくなることである。第2は,公共部門,住宅,消費への需要増加が需要シフトにともなう物価上昇を引起こしがちなことである。第3は,公害防止コストの増加であり,さらに第4は通貨供給量が増加しやすい局面を迎えていることである。これら四つの要因は相互に関連しあうおそれがある。

これらの物価上昇要因によつて卸売物価の上昇はある程度さけられないが,それが消費者物価上昇を加速化するときには,福祉社会の建設そのものを危険にさらすおそれがある。

この危険をふせぐためには,供給体制の整備や競争促進,輸入拡大などの物価対策をいつそう積極的に推進することが必要となる。

5)すでに述べたように,日本経済の当面する課題は三つのギャップの解消にある。その背後には,国際化の進展や国民意識の変化など内外情勢の大きな変貌があり,それぞれの目標達成のためには政策手段を多様化させ,それぞれの政策手段を適切に組合せることが必要になつてくる。

このため,これまで述べてきた通商政策,都市政策,社会保障政策など構造政策を推進すると同時に,経済運営についての一般的政策手段の組合せについてもいまや新機軸が打出されなければならない。

新しいポリシー・ミックスの柱は次の五つである。その第1は福祉充実のための公共支出の着実な増加であり,第2は租税政策の積極的活用である。第3には国債政策を弾力的に活用することであり,第4は,金融構造の変化に対して金融政策の多様化をはかることである。そして第5は,流動的な国際情勢に対処しつつ為替政策を活用することである。

こうした五つの柱に基づく新しいポリシー・ミックスをこれまでのものと対比してみると,従来は国際競争力強化をめざす制度的枠組のもとで民間部門に経済の主導力を求め,政府は国際収支の赤字には金融引締めと財政支出削減をもつて対処する形をとつてきたが,今後は福祉充実への制度をととのえ,そのための財政支出の計画的増大を根幹に,租税,国債,金融,為替各政策をそれぞれの機能に応じて弾力的に運用することによつて,内外均衡をはかり,公私両部門の経済活動の調整を進めることが基本となろう。

III (むすび)

変動する世界経済の中にあつて,日本経済は解決すべきいくたの課題をかかえている。当面は,福祉充実への資源配分の流れをいつそう確実なものにすることが重要であり,これが新しい型の景気回復を支え,国際収支の黒字縮小に貢献することにもなる。しかし,福祉充実への道はけつして平担ではない。そのためには諸制度の改革,構造対策の推進,福祉に見合う負担の増加,新しいポリシー・ミックスの展開などが必要である。これらは,いずれも,国民全体の長期的利益増進につながるものであるが,過渡的には,これまでの成長過程においてつくりあげられた既存利益との衝突をまぬかれない。利害関係の調整をめぐる困難を克服することなしに,福祉社会の実現はありえないのである。これまでの成長にかわつて福祉充実という大前提が国民の合意と連帯によつて確定され,この基準のもとに調整を進めることが必要である。

現代の経済においては,世界貿易の発展,国内経済の拡大のなかで,経済各部門間の相互依存性がこれまで以上に高まつており,ひとつの目標,ひとつの手段によつて物事を解決しようとすることは,部門間の不均衡をかえつて激化する危険が大きい。このため経済の各部門の斉合性を重視し,政策の多様化をはかることによつて,異なつた目標間の調整をはかることが必要になつている。しかも,世界経済には,なお多くの不安定要因が残されており,こうした対外的条件変化に対しては,福祉充実という前提の下で,機動的弾力的にポリシー・ミックスを活用していくことが必要である。


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