昭和46年
年次経済報告
内外均衡達成への道
昭和46年7月30日
経済企画庁
44年度中著しい騰勢を示した卸売物価は,45年度に入ると一転して弱含みとなつた。この結果卸売物価総平均は年度はじめから年度末にかけて(45年4月→46年3月)0.7%下がり36年度(0.4%下落)以来9年ぶりの反落となつた。(45年度平均では2.4%上昇)。これを年度前半と後半にわけてみると,年度前半は0.4%(年率換算)と若干の上昇を示したが,年度後半では1.8%とかなりの下落を示している。
このような下落をもたらした内容をまず品目別(類別)にみると( 第10-1表 )年度前半は,金融引締めの浸透等による製品需給の緩和や,海外市況軟化を反映して鉄鋼,非鉄金属がそれぞれ9.1%,27.7%(年率換算)と大きく下落したことがその要因であり,他の品目はいぜんかなりの騰勢を示した。しかしながら,年度後半に入ると,金融引締めの影響や海外市況の下落,自動車や家庭電器など耐久消費財の落込み,鉄鋼や合繊などでの供給能力増加の影響が加わり,国内需給が多くの業種で大幅に引きゆるみをみせはじめた。これを反映して卸売物価は鉄鋼,非鉄金属に加え,繊維品,機械器具,木材・同製品,紙・パルプ・同製品なども下落し全般的に軟調な動きを示した( 第10-2図 卸売物価ディフュージョン・インデックス参照)。このように多くの品目で下落がみられた一方,食料品が加工水産物,調味料,酒類などを中心に前年度を上回る年度間4.4%の上昇を示したほか,石油・石炭・同製品が産油国側の値上げ攻勢から原油などが大幅に上昇したため,9.5%上昇と騰勢を示したことが目立つた。
こうした動きを工業製品,非工業製品別にみると,工業製品では年度はじめから年度末にかけて0.5%と37年度以来8年ぶりの下落となつた。これは中小企業性製品が加工食品,衣服,金属製品,和紙,紙製品などを中心に3.1%上昇と続騰したものの,大企業性製品が鉄鋼や非鉄金属の軟化を反映して2.1%とかなりの反落を示したためである。一方,非工業製品は年度はじめから年度末にかけて1.5%と33年度以来12年ぶりの下落を示した。これは鉄くず,銅くず,銅鉱などが大幅に下落したのが主因である。
次に用途別に卸売物価をみると,生産財が鉄鋼,非鉄,原糸などいわゆる市況商品の軟化を反映して45年4月をピークに続落し,年度初来2.8%と大きく下落している。それに対して消費財は46年に入りやや落着きがみられるものの年度間3.5%上昇と前年度の2.4%上昇を上回つたことは注目される。
以上のように45年度の卸売物価は,年度前半,まず鉄鋼,非鉄金属が下落し,後半にはいり繊維,木材,紙なども加わり,全般的に弱含みとなつたが,こうした中で生産財価格の下落,消費財価格の上昇というかい離現象がめだつた。
以上みたように45年度の卸売物価は生産財の下落を主因に軟化を示したが,その要因を以下みてみよう。
まず第1に,国内需給緩和の影響である。 第10-3図 でみるように需給ギャップ率(稼働率),在庫率とも45年1~3月を境にかなりの拡大を示している。とくに在庫率指数は45年末から46年にかけて110前後と40年不況当時を上回る水準となつており,在庫圧迫が強いことがうかがえる。今回の景気後退期は,生産財を中心に需要の落込みが著しかつたため生産の抑制が早目に行なわれたにもかかわらず,40年不況に比べかなり在庫率の拡大が目立つた。
第2の要因は輸出入卸売物価の落着きである。輸出品価格についてみると,国内の需給緩和や海外市況の軟化などから繊維品や鉄鋼を中心に下落しており,44年度の著しい騰勢からこのところ,落着いた動きを示している。また輸入品については非鉄金属の下落を主因に弱含みに推移しており,これに海外相場追随商品として輸入品と同一の国産品を含めてみると,卸売物価下落にかなりの寄与をしていると考えられる( 第10-2図 の輸入品とこれと同一の国産品卸売物価指数の動き参照)。
このような最近の卸売物価軟化の要因を,中間財(生産財と資本財),消費財の2部門に分割して,計量モデルによつて推計したのが 第10-4図 である。このモデルによれば中間財卸売物価については賃金コストが若干上昇しているものの,需給の緩和や輸入原材料価格低落の影響から下落を示している一方,消費財卸売物価については賃金コストの著しい上昇を主因にかなりの上昇となつている。これは消費財部門の生産性上昇率が,中間財部門に比較して低いことを反映している。この結果中間財卸売物価と消費財卸売物価を総合してみると,今回の卸売物価下落の原因は需給緩和を主因に輸入原材料価格の低落がこれに加わつたためといえよう。
40年不況以来消費財卸売物価は景気後退期にはむしろ上昇率を高める傾向がみられる。 第10-5表 にみるように32~33年および36~37年の景気後退期はそれぞれ1.3%(年率換算),0.9%と下落していた消費財卸売物価が,39~40年および今回(45年8月~46年3月)ではそれぞれ4.1%,5.2%と上昇している。しかもそれまでの平均上昇率(景気の山から山までの上昇率)を著しく上回る傾向を示している。
このような消費財価格上昇の内容をみると,非耐久消費財の上昇が著しく,また企業規模別には,中小企業性製品の高騰がめだつている。さらにこれを業種別(品目別)にみると,食料品のウェイトが大きく,上昇率は40年の景気後退期では6.5%(年率換算),今回(45年8月-46年3月)では6.8%であり,消費財に対する上昇寄与率をみると,40年82.5%,今回68.4%となつている。
消費財卸売物価高騰の要因は 第10-4図 からもわかるように,労働生産性上昇率の低さを反映した賃金コストの著しい上昇にあると考えられる。もつとも景気後退期における消費財部門の賃金コスト上昇は,消費財卸売物価が下落した36~37年にもみられる。このことから最近,消費財卸売物価が賃金コストに対してよりして感応的になつていることがうかがわれる。 第10-6表 にみるように,昭和39年前後より消費財卸売物価の賃金コストに対する弾性値はかなり上昇しており,しかも需給バランス悪化に対する弾性値は低下を示している。さらに消費財卸売物価の上昇に大きなウェイトをもつ食料品についてコストの動きをみたのが 第10-7図 である。これによると食料品卸売物価がコスト(賃金コストと原材料コスト)によつて説明される割合が最近高まるとともに,コストに対する弾性値も35年~39年の0.268から39年~45年の0.892へと上昇している。
第10-6表 消費財卸売物価のコストおよび需給要因に対する弾性値の変化
このような変化をもたらした要因にはメーカーの流通支配による再販類似行為や協調値上げなど自由な価格形成をさまたげる要因が強まつたこと,従来,消費財部門では賃金上昇を労働分配率の上昇や原材料コストの切下げである程度吸収していたが,最近それが限界に達していることなどがあげられよう。
消費財卸売物価が賃金コストに対して感応的になるとともに需給の悪化に対して非感応的になつていることは,賃金コスト上昇が顕著になる景気後退期に価格が上がりやすいことを表わしている。このような動きが最近における消費財卸売物価上昇の要因であり,これが後にのべるように消費者物価工業製品高騰の一因となつている。
45年度の消費者物価は,前年度に比べ,7.3%の上昇で29年度以来もつとも大幅なものであつた。特徴的なのは消費者物価の上昇が,農産物,中小企業製品およびサービス料金等の上昇だけでなく,大企業製品価格も上昇するといういわば消費者物価上昇が全般化したことである。44年9月にとられた金融引締めの影響もあつて,45年4~6月期以降卸売物価が軟化したが,消費者物価は高騰し両物価のかい離が目立つた。景気が上昇から後退へと変化する中での消費者物価が上昇したというのが,45年度の姿であつた。
このような消費者物価の上昇の中で,もつとも目立つたのが,野菜,生鮮魚介および果物などのいわゆる季節商品が17.2%(前年度比上昇率)の上昇を示したことであつた。
生鮮魚介は39年度以降,41年度を除いて年率10%以上の上昇を示していたが,45年度には一段と騰勢を強め,18.9%という高い上昇率となつた。品目別にみると40年平均を100として45年には“たこ”および“さば”以外はいずれも150以上の高い価格水準となつている。とくにかつてもつとも大衆的な魚として親しまれていた“さんま”“あじ”はいずれも270を上回るという,著しく高い水準となつている。
第10-9図 野菜と果物の価格と入荷量消費者物価(40年=100)
生鮮魚介のこうした価格上昇には,乱獲による資源の荒廃があり,最近は魚獲量が少くなつたこと,魚獲量の減少で魚場が遠隔地化したことなどによるところが大きい。
生鮮魚介が,いわば構造的な要因で傾向的に上昇していたのに対し,野菜価格はこれまでほぼ一年おきの周期をもつて高騰と低落を繰り返していた。しかし,野菜価格は44年度に28.2%という急上昇を示したあと,45年度においても19.0%という高い上昇を示した。果物についても39年度から43年度まで平均3.4%のかなり安定した推移となつていたが44年度に15.0%,45年度にも11.9%と,野菜と同じく2年つづきの高騰となつた。
果物の場合,大規模農園の経営,農協等共同出荷態勢の整備などによつて,生産性の上昇がはかられたことや,規格品化が進んでいることもあつてこれまでかなり価格の安定がみられた。しかし最近では所得上昇にともなつて果物の需要が増加し,しかもそれが多様化,高級化したのに対し,供給が必ずしもこれにともなわなかつたことが,果物の価格を急上昇させたものである。
これに対し野菜は農産物の中でもきわめて,生産性を上昇させにくい品目に属するといつてよく,生産および出荷量も44年,45年とほとんど増加を示していない。また,野菜の需要は根菜類から葉菜類へと移つており,したがつてそれだけ規格化が困難でしかも変質しやすいものへの需要が多くなつているといえる。そのため野菜の周年需要に見合つて最近では促成,抑制栽倍の普及が進んでいるがこうしたことが栽倍地の遠隔化とともにコストを著しく高くする要因となる。
供給別におけるこのような価格上昇要因とともに,需要においても,小口需要が多いことやきれいに洗われたものを求めるなど,過度なサービスを要求することもあるために,野菜価格は上昇しがちである。
このように季節性商品が高騰したため,米価が43年10月の改定以降2年つづいて据え置かれたにもかかわらず,農水畜産物の上昇率は,44年度に比し,45年度は7.7%の上昇となつた。
45年度における物価上昇の中で,特徴的なのは,これまでかなり安定的な推移を示してきた工業製品価格が,中小企業製品を中心に前年度比7.3%と最近にない高い上昇率を示したことにある。
ことに,加工食料品と繊維品価格の上昇は著しかつた。たとえば,ソース(前年度比32.7%以下同じ),野菜サラダ(32.2%),コロッケ(30.1%)などをはじめとして,大企業製品,中小企業製品とも高い上昇を示した。繊維品もネクタイ(15.3%),オーバー地(15.3%),ワイシャツ(14.5%)など,ほとんどの品目で騰勢を強めている。
こうした品目の価格は,これまでもかなり上昇をみせていたが,注目すべきはポマード,化粧水,ヘヤートニックなどの化粧品のように44年ごろまでかなり安定していた品目の価格が上昇していることである。こうした動は,皮フ病薬,はり薬など一都の薬品や整理タンス,食卓などでもみられた。
工業製品のうちでもこのような品目で価格上昇がみられるのは,人件費コストの上昇が影響していることはもちろんであるが,需要の多様化による品質の向上,製品差別化などを反映しているものといえよう。とくに繊維品,化粧品についてこのような動きは顕著であり,それらは生活のレジャー化,ファッション化とも関連があるといつてよい。
政府は45年度において公共料金を極力抑制するとの方針をとつた。そのため年度内に引上げられたのは一部地区におけるタクシー,バス運賃のほか,大手14社の私鉄運賃などだけであつたが,地方公共団体に決定権のある入浴料,清掃代はかなり値上がりしており,公共料金の年度間の平均上昇率3.8%であつた。
しかし,民営家賃・間代や月謝類,理髪料など対個人サービスの上昇は著しかつた。民営家賃・間代は43年度末で上昇率が年々低下していたが,44,45年度は逆に上昇率を高めている。また対個人サービスは45年度に前年度比8.9%の上昇と40年度以降の最高上昇率となつた。とくに外食費の上昇は著しく,45年度には9.8%の急騰となつている。
このように,45年度の消費者物価は全般的な,しかもかなり高い上昇率となつた。景気は45年夏ごろから急速に後退し,いわゆる不況下の物価高という形で展開したのであるが,このことが需給動向に敏感に反応する卸売物価とのかい離をまし,改めて消費者物価問題のむずかしさを認識させた。
最近の物価上昇のひとつの要因は高度成長のつづく過程で,所得の急上昇がつづいたことによるものとみられる。所得の裏面はコストである。所得の上昇は,したがつて,コストの上昇となる。生産性上昇が,こうしたコストの上昇を吸収しえない場合は,価格への転嫁が試みられることが多いが,所得の上昇はしばしば需要の増大となつてその転嫁を可能ならしめる。つまり所得の上昇はコスト上昇と需要の増大という両面から,価格引上げ要因になるといつてよい。たとえば, 第10-12表 のように,農林水産業,流通部門およびサービス業での生産性上昇率はかなり低く,人件費コストの上昇は高い。同時に,消費者にもつとも関係の深い各種小売店の従業員1人当たり販売額(名目)の伸びはかなり均等となつているのに対し,実質では大きな差がある。こうした事実は,所得要求が強まることによつて,実質生産性の伸びに大きな差があるにもかかわらず,いずれの業種でもほぼ均等な所得の増加を求めるために生じた結果とみられる。
第10-12表 消費者物価関連業種の生産性,賃金および人件費コストの上昇率
このように,最近の消費者物価の上昇は,急速な所得の上昇を背景にするものとみられ,いわば持続的な景気上昇の余波が,景気後退下での消費者物価の高い上昇というパターンをもたらしたといつてよい。このことはさらに,景気の落着きが消費者物価の安定をうながす可能性もあることを意味する。しかし,こうした安定効果はかなり長いタイム・ラグを持つており,景気の後退が直ちに消費者物価の安定につながるわけではない(本報告第1部第4章参照)。