昭和46年

年次経済報告

内外均衡達成への道

昭和46年7月30日

経済企画庁


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4. 中小企業

(1) 45年度の概況

中小企業の生産,売上げ活動は,45年度前半までは金融引締め下にもかかわらずそれまでのかなり高い増勢を持続した。しかし,その後夏以降から家電製品などの需要の停滞,繊維の対米輸出規制問題の表面化,さらには設備投資活動の低迷,などもあつて生産,売上げは急速に増勢鈍化の方向に向かつた。他方,原材料価格の上昇などにより売上原価比率が上昇し,賃金が人手不足の進行からいぜん上昇していることもあつて中小企業の収益率は,40年以降はじめて前年を下回るにいたつた。

今回引締めの中小企業への浸透は実体経済活動が活発であつたことから,前回,前々回と比べると当初かなり弱かつたが,引締め期後半には販売条件の悪化,借入れの困離化などがみられるようになり,中小企業の経営は漸次,困難化の方向に向かつた。こうしたなかで,中小企業を中心とした企業倒産も増加傾向をたどり,年間では前年を上回る件数に達した。

以下,引締め期とその後の金融緩和過程における45年度の中小企業の動向をみよう。

(2) 急速に停滞した生産,売上げ活動

中小企業の生産,売上げ活動は45年度初めまではかなりの活況をつづけたが,その後引締めの浸透とともに,仮需要の鈍化,設備投資の落着きがみられ,また耐久消費財需要の鈍化,一部商品の対米輸出の減退などの要因も加わつて年度後半に入つて急速に鎮静化し,45年10月の引締め緩和後も回復しなかつた。

これを日銀「主要企業,中小企業短期経済観測」によつてみると,中小企業の生産は,45年1~3月の前年同期比23.6%増から4~6月には21.0%増となり,その後7~9月17.4%増,10~12月12.1%増と増勢は鈍化し,46年1~3月には同0.2%増にまで低下した。この結果, 第4-1表 に示すように,日銀調べ(生産金額)では前年度比で44年度の21.0%から45年度には14.4%増へと鈍化し,また中小企業庁試算の生産指数(物量)でも同じく14.2%増から10.1%増へと伸び率が低下し,いずれも40年度以来の低い伸びにとどまつた。

こうした生産,売上げの動きを当庁「中小企業の動向に関する調査」によつて規模別にみると, 第4-2図 にみるように45年度なかばごろはいずれの規模でもかなり高い伸びとなつていたが,年度後半にはいると小規模層ほど著しい落ち込みを示している。また業態別には,独立企業に比べて下請け企業での沈滞が目立つた。このため中小企業の業況は,同調査によると「良い」とするものは45年4月には平均して全体の21%を占めていたが,46年4月現在では8%に減少し,逆に「悪い」とするものは同期間に15%から47%へと大幅に増加した。規模別には小規模層ほど,また業態別には下請企業の方が業況が「悪い」ものが多くなつている。

第4-1表 製造業,卸小売業の生産,売上げ高の推移(40年=100)

第4-2図 中小企業の売上高の推移

業種別には,これまで軽工業関連に比べて高い伸びを示してきた重化学工業関連の売上高が,年度後半に急激に落ち込んできたのが特徴的である。重化学工業関連では精密機械は順調に推移したものの,年度はじめからダンピング問題による対米輸出の減退と消費者の買控え運動による内需の停滞に影響された家庭電器や,設備投資の鎮静化に伴い需要の減退した鉄鋼,一般機械などで不振が急速に表面化した。一方,軽工業関連では食料品,出版・印刷などは比較的順調であつたが,対米輸出規制問題もからんで供給過剰が表面化した繊維や,建設活動の不振の影響を受けた木材・木製品などは低迷を続けた。

他方,卸売業では全体の産業活動の停滞を反映して売上げは傾向的に増勢が鈍化した。通産省「商業動態統計速報」によれば,卸売業の売上高は45年1~3月の前年同月比28.6%増から4~6月22.1%増,7~9月19.1%増,1~12月14.8%増,さらに46年1~3月には14.5%増と低下し,年度間では 第4-1表 にみたように前年度比17.5%増となり,44年度の31.2%増を大きく下回つた。また,小売業(百貨店を除く)でも,耐久消費財需要の伸び悩みや万国博需要の消滅などから売上げの増勢はしだいに鈍化した。すなわち,45年1~3月15.2%増から,4~6月12.8%増,7~9月11.2%増,10~12月7.8%増と低下した後,46年1~3月に10.2%増(速報)と若干回復したものの,年度間の伸びは44年度の12.4%増を下回つて10.3%増にとどまつた。

(3) 悪化した中小企業経営

a 決済条件の悪化

以上のように,中小企業の生産,売上げ活動は年度後半に急速に沈滞したが,それを反映して中小企業経営もしだいに悪化を示していつた。

まず中小企業の販売条件は,引締め当初よりもその後半から緩和後にかけて大きく悪化した。年度前半はまだ引締めがそれほど浸透せず,大企業も生産水準維持のための下請け確保の必要などもあつたことから,悪化の度合も軽微であつたが,しだいに大企業の手元流動性の低下にともない下請中小企業に対する決済条件も悪化してきた。

緩和前後の販売条件の動きを中小企業金融公庫「中小企業動向調査」によつて前回(42~43年)や前々回(39~40年)と比べてみると, 第4-3図 にみるように,全般に影響の小さかつた前回よりも前々回に類似した動きを示している。すなわち今回は金融が緩和された45年10~12月期および46年1~3月期も需要の急激な落込みを背景に中小企業金融は引締まりをつづけたため販売条件の悪化は引締め期より強まつた。ただ4~6月期に入ると,企業金融の緩和を反映して販売条件のそれ以上の悪化はみられなくなつた。

一方中小企業向け貸出しは,引締めとともに抑制に転じた従来のパターンとは異なり,引締め期なかばを過ぎるまでかなり高い増勢を続けた後,やや伸びが鈍つている。 第4-4図 にみるように,全国銀行の中小企業向けおよび民間系中小企業専門金融機関の貸出しはいずれも引締め期に入つてむしろ増勢が高まり,45年度後半になつてから鈍化した。このような引締め中の中小企業向け貸出の増加は実体面の好調に支えられて,資本力の強まつていた相互銀行,信用金庫などをはじめとして民間金融機関が優良企業中心に積極的な貸出しを行なつたためである。

第4-3図 金融引締め緩和前後の販売条件の推移(製造業)

しかし,年度後半には実体経済活動の鎮静化と金融機関の資金ポジションの悪化から都市銀行を中心として貸出抑制,選別融資の傾向が強まり,中小企業向け貸出しの増勢は鈍化した。とくに相互銀行,信用金庫では預貸率の上昇から貸出しは全国銀行以上に伸び悩んでいる。

こうした年度後半に入つてからの大きな変化,すなわち生産,売上げ活動の急速な鎮静化を背景に販売条件の悪化と金融機関貸出しの抑制とが相まつて,中小企業の資金ぐりは急激に悪化した。前出「中小企業動向調査」によれば,45年1~3月には資金ぐりの「悪化」した企業が「好転」企業を8%上回る程度であつたものが,46年1~3月にはそれは24%にも達している。このような資金ぐり悪化の傾向は46年4~6月にはほぼとまつたものの,好転するにはいたつていない。

第4-4図 中小企業向け貸出残高の推移(前年同期比増減率)

b 低下した収益率

以上のような情勢から,好調を示してきた企業収益も悪化に転じた。

大蔵省「法人企業統計季報」によれば,中小企業(製造業,資本金200万~5,000万円未満)の総資本収益率は,43年の8.9%,44年の9.5%から45年には8.3%(いずれも税引き前純利益率)へと低下した。総資本収益率の構成要因である総資本回転率は43年から44年にかけて1.79回/年とほとんど変らなかつたが,45年には売上げの伸び悩みから1.74回/年と低下している。他方,売上高純利益率も同様に44年の5.3%から4.7%へとかなり低下し,総資本収益率を引下げる要因としてはたらいた。

ここで売上高純利益率の低下の要因をみると, 第4-5表 に示すように,第1に売上原価比率が44年の76.5%から77.1%にまで上昇したことがあげられる。これは原材料価格,外注加工賃などが上昇したためである。第2には,引続きかなり高い伸びをつづけた人件費の増大を反映して人件費比率が上昇したことである。そして第3は,43年から44年にかけて活発化した設備投資に伴つて減価償却費が増加したことである。こうしたコスト面での圧迫要因が増大した反面,先にみたように売上高の伸び悩みがみられたことから売上高純利益率はかなりの低下を示したものである。

第4-5表 売上高構成の推移(製造業)

こうした収益率低下のなかで,これまで傾向的に改善が進んできた中小企業の財務内容も45年には悪化の動きをみせた。とくにこれまで一貫して改善してきた当座比率は,現預金の取崩しなどから44年の78%から74%へと低下している。また活発な設備投資の結果,固定比率は142%から149%へと上昇した。

(4) 増加した企業倒産

企業倒産は好況のなかで43,44年と減少傾向をたどつてきたが, 第4-6図 にみるように45年後半に入つて生産,売上げ活動の鎮静化,引締めの浸透から再び増加に転じた。

第4-6図 中小企業の生産,貸出,手元流動性および企業倒産の推移(前年同期比増減率)

第4-7表 企業倒産の発生比率の変化

第4-8図 業種別,原因別取引停止処分者件数

全国銀行協会連合会調べによる銀行取引停止処分者件数(資本金100万円以上の法人)は45年1~3月には,前年同期比2.3%減と前年を下回つていたが,その後4~6月3.1%増,7~9月14.3%増,10~12月19.2%増と急速に増勢が高まつた。この結果,年間では44年10,658件(資本金100万円以上)を8.7%上回る11,589件(同)に達した。規模別には 第4-7表 に示すように,比較的小規模企業の増加率が低かつたのに反して,資本金5,000万円以上では18.0%増と高い増加率となつたのが特徴的であつた。

しかし,企業倒産の発生比率でみると,大企業では44年の0.39%から45年に0.45%へと上昇しているものの,資本金100万円未満を含む全体では会社数の増加もあつて1.91%から1.85%へとむしろ低下を示している。このことは企業倒産が増加に転じたとはいうものの,その増勢は39~40年,43年に比べるとそれほど強いものではなかつたことを物語つている。

45年中の企業倒産の動きを業種別にみると, 第4-8図 にみるようにほとんどすべての業種で7~9月から10~12月にかけて増加しているが,なかでも製造業,卸売業,建設業などの増加が大きく,小売業,サービス業などではそれほどの増加を示していない。また原因別には,実体経済面の悪化を反映して「売上げ不振」「コスト高・人手不足・採算悪化」「設備投資・在庫投資過大」によるものはかなりふえているが,「融手操作・高利金融」や「関連企業倒産の波及」などによるもののふえ方は小さかつた。

以上のように,企業倒産は今回の引締めの浸透が比較的遅かつたこともあつて,前回や前々回に比くると引締め開始以降の動きとしてはやや増加テンポは遅かつた。これまでは引締め中ばにはすでに増勢の頭打ちがみられたのであるが,今回は緩和期である45年10~12月までふえ続け,先行きいつそうの増加が憂慮された。しかし,46年に入り1~3月以降,金融面で漸次緩和が進んだこともあつてしだいに落着いた動きに転じた。

(5) 停滞に転じた設備投資

これまで大幅な伸びをつづけてきた中小企業の設備投資は,45年に入つてから急速に減退を示した。中小企業(全産業)の設備投資を「法人企業統計季報」による前年比伸び率でみると,44年の38.7%増から45年は14.1%増へと増勢は大幅に鈍化している。業種別にみてもすべての業種で増勢は鈍化しているが,これまでの設備投資の主流をなしてきた製造業の減退が全体の増勢鈍化に大きな影響を与えている。製造業の設備投資を前年比でみると44年の34.2%増から45年の18.5%増へとかなりの増勢鈍化がみられる。とくに年後半にいたつてからの落込みが大きい( 第4-9図 )。

そこで以下は中小企業製造業の設備投資後退の要因を 第4-10図 によつてみていこう。まず第1の要因は,これまでの大幅な設備投資の持続によつて生産能力が増大してきたことである。すでに述べたように生産活動は45年4~6月期まで高水準で推移してきたが,操業度は42年のピークから上昇テンポをゆるめてきている。また有形固定資産回転率をみても42年をピークにその後傾向的低下を示している。第2は電気機械,自動車などこれまて大幅な伸びを示してきた業種の投資が手控えられたことである。これらの業種は親企業の積極的な業容拡大に伴つて大幅な設備投資を続行してきた。しかもこれらの業種では下請関連分野のすそ野も広いだけに,投資減退に与える影響も大きかつたとみられる。 第4-11図 によつて電気機械の設備投資の推移をみても44年10~12月期をピークにその後増勢は鈍化し,45年10~12月期以降の落込みが大きい。生産設備の不足感も45年に入つてから急速に低下し,需給バランスは大幅に悪化を示していることがわかる。同じ重工業関連でも鉄鋼と比べると対照的である。第3は,45年に入つてから業況判断が次第に悪化傾向を示していることからわかるようにビジネス・マインドが弱気化していつたことである。第4は,とくに長期借入金について借入困難感が増大してきたことである。中小企業向け貸出しは,今回の引締め期間中もそれほど落ち込むことなく高水準を持続したがそれでも45年半からしだいに企業金融は引締まり,借入難を感ずるものが増加した。第5は公害問題の発生,あるいは繊維の対米輸出規制など,これまでそれほどみられなかつた新たな問題が登場してきたことである。

第4-9図 中小企業の設備投資の推移(前年同期比増減率)

こうした要因から製造業の設備投資は減退していつたが,これを規模別,業種別にみると 第4-12表 のとおりである。45年度の実績でみると規模別には小規模層,業種別には重化学工業の増勢鈍化が目立つ。ただ46年度の見通しは製造業全体で前年度比23.8%減となつている。業種別にはひきつづき重化学工業の減少が目立つが,45年度実績で高い伸びを示した軽工業も前年度比21.4%減となつている。業態別には,独立企業より下請関連企業の落込みが大きい。

第4-10図 中小企業の設備投資と生産,需給及びビジネスマインド

第4-11図 設備投資と生産設備の不足感

このように46年度の設備投資計画が低くめにでている背景には調査時点が46年4月という中小企業の業況が最も悪い時期であることから,総じで弱気感が強く働らいた結果といえる。したがつて今後企業金融が一段と緩和し,景気の回復が確かなものとなれば投資計画は増額修正される可能性がある。

一方,非製造業の設備投資についてみると,まず卸小売業は44年から45年にかけて増勢が鈍化してきたが,45年7~9月には再び増加に転じている(前掲 第4-9図 )。卸小売業の場合には金融の繁閑よりもむしろ3年周期くらいの短期的な循環変動をくり返しているようである。しかしサービス業では,金融の繁閑を反映してきれいな循環変動を示しており,最近のレジャーブームのなかでサービス業の投資は,金融緩和とともにかなりの増勢に転じていくものとみられる。

第4-12表 中小企業の設備投資動向(製造業)

以上のように非製造業の設備投資は金融緩和後しだいに盛上りを示しているとみられるが,製造業の設備投資は,いぜんとして停滞をつづけている。

(6) 中小企業の当面する課題

中小企業の生産販売活動は45年度の後半から急速に悪化し,ビジネス・マインドは弱気に転じている。こうした景気後退の中で,中小企業の経営環境はしだいにきびしさをましている。とくに人件費の上昇は中小企業にとつて経営上の最大の問題点となつている。中小企業の賃金上昇率を 第4-13表 によつてみると45年度実績では上昇率11~13%のものが22.8%の割合を占め,8~10%が20.4%,14~16%が18.6%となつている。46年度の見通しても上昇率はむしろ低下するところか上昇を示すとみる企業も多いようにみられる。これは,景気後退期においても人手確保のためには賃金を上昇させなければならないという中小企業経営者の実感があらわれているようにみられる。

こうした人件費の上昇,人手不足に対処して,中小企業は40年代に入つてからも積極的に労働代替投資を進めてきた。この結果,中小企業の資本装備率も急速に上昇した。それにもかかわらず中小企業の生産性の上昇率は大企業にくらべて相対的に低く,これが人件費の上昇を背景に製品価格の上昇をもたらしてきた一因ともなつている。しかし,業種別にみるとかなりの差異がみられる。とくに非耐久消費財関連業種での製品価格の上昇が大きい。 第4-14図 は物的生産性の上昇よりも単価の上昇の方が名目生産性を上昇させるのに効果が大きかつたと答えた企業の割合と資本装備率の水準を対比したものである。重化学工業では比較的資本装備率も高く,製品価格の上昇による割合は少ないが,軽工業ではこれと逆の現象が生じている。たとえば衣服・身の回り品製造業などでは資本装備率は最も低く,製品価格の上昇による名目生産性の上昇は最も大きい。これはこれらの業種が元来資本装備率を高めて生産性をあげにくい分野であり,消費需要の多様化を反映して,製品の多様化,ファッション化などで同種製品の大量生産化が困難な面をもつているからである。しかし,こうした体質にあるといつても安易な価格転嫁による経営では,これからますますはげしくなる企業間競争に打ち勝つことはできない。企業間の優劣は,積極的な合理化努力によるコスト・ダウンによつて決定されるからである。

第4-14図 業種別,1人当り生産性上昇要因と資本装備率(中小企業)

資本の自由化,特恵関税の実施,発展途上国の追い上げなど国際化の進展は,日ましに強くなりつつある。こうした中小企業をとりまく経営環境の変化に対応して,中小企業がよりいつそう成長していくためには,個々の企業の合理化努力のみならず,業界ぐるみの近代化の推進もますます必要とされている。

第4-13表 中小企業の賃金上昇率の実績と見通し


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