昭和46年

年次経済報告

内外均衡達成への道

昭和46年7月30日

経済企画庁


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1. 国際収支

(1) 昭和45年度の国際収支動向

a 概  要

わが国の国際収支は,45年度に総合収支で20億ドルの黒字と,44年度に引続いて大幅な黒字を記録した。45年度国際収支の主な内訳をみると,経常収支では,貿易収支が4,469百万ドルと前年度を約75億ドル上回る大幅な黒字を計上したため,貿易外収支が1,836百万ドルの赤字(前年度比349百万ドルの赤字増),移転収支が230百万ドルの赤字になつたにもかかわらず,2,403百万ドルの黒字(前年度比359百万ドル黒字増)となつた。他方,資本収支は長期資本収支が1,344百万ドルの赤字(前年度比702百万ドルの赤字増)となつたため,短期資本収支が655百万ドルの黒字となつたものの,全体では689百万ドルの赤字となつた(本報告 第45表 )。

輸出入を季節調整した総合収支の動きを四半期別にみると,期を追つて黒字幅が拡大し,45年4~6月の95百万ドルのあと,7~9月426百万ドル10~12月394百万ドルとふえ,さらに46年1~3月には1,098百万ドルにはねあがつた( 第1-2図 )。

このような国際収支の動向はわが国の外貨準備高にも反映した。年度の半ばごろまでほぼ横ばいに推移した外貨準備高は,その後10~12月期に843百万ドル,46年1~3月に1,059百万ドルもの増加となり,年度末の水準は5,458百万ドル(年度中1,590百万ドル増加)となつた。外貨準備はその後も国際通貨不安のあおりをうけて,5月に外貨の大幅流入があつたこともあり,6月末には約76億ドルに達した。

第1-1表 国際収支の概要

b 黒字幅拡大する貿易収支

45年度の貿易収支の黒字は45億ドル弱となり,国際収支の黒字基調の最大の要因となつた。このように大幅な黒字が生まれた原因として次の諸点を指摘できるであろう。

第1には,貿易収支黒字の構造がしだいに定着し,45年度においてもその傾向が続いていることである。わが国の貿易構造を商品グループ別の輸出入比率を用いて特徴づけてみると,①工業製品については,輸出に対して輸入の割合が著しく小さい商品が多いこと,②出超型の成長商品グループがシエアを拡大していることが指摘される。こうして貿易構造をやや長期的にみると貿易収支は39年に黒字に転じたあと,黒字幅が拡大する傾向にある( 第1-2図 )。これを地域別にみると,アメリカ,東南アジアに対し出超幅が大きい。( 第1-3表 )。

第1-2図 貿易収支の推移

第2には,世界的なインフレ傾向の影響で,わが国産業の国際競争力がさらに強まつたことである。国際競争力を示すものとして輸出価格の動きをみると,わが国のそれも絶対水準は上昇しているものの,アメリカ,西ドイツなど競争国の価格上昇率がはるかに高いため,相対的に競争力が強化される結果になつている( 第1-4図 および本報告 第81図 )。

第3には,年度後半以降景気停滞の影響で輸出圧力が加わり,輸入が停滞したことである。輸出を上下期別にみると,上期が8.5%増(前期比),下期が11.5%増となつており,とくに46年1~3月期に入つて著しい増加となつた。増勢が目立つた商品についてみると 第1-5表 のとおりである。このように輸出の伸びが年度後半に高まつたことには自動車,カラーテレビなど多くの業種で輸出圧力が強まつたことが影響しているとみられる。もつとも輸出ドライブに関しては鉄鋼,繊維などのように海外環境の変化(輸出規制を強いられている)などから過去のように輸出圧力が輸出増加となつて実現する度合が弱まつている業種もある。これに対して,輸入は年度半ばまで生産の根強い増加がつづいたことと,素原材料在庫率が低水準であつたことから増勢を保つていたが,45年夏以来停滞している。

第1-3表 地域別貿易収支

第1-4図 商品別相対価格の推移

第1-5表 増勢が目立った商品の輸出動向(前年同期比)

c 増勢つづく輸出の特色

45年度の輸出の増加を商品別にみると(本報告 第47表 ),機械機器の増加がとくに目立ち,増加寄与率が57.4%となつている。機械機器のなかでは自動車の増加率が47%ととくに高い。自動車はこの5年間に5倍強となり,いわゆる輸出の花形商品となつた。自動車と従来からの花形商品である船舶(21.9%増)とをあわせた輸出額は,電気機械や繊維・同製品を上回つている。他方,繊維・同製品は化合繊の好調がみられるものの,全体としては7.7%の増加にとどまつた。

市場別にみると(本報告 第47表 ),アメリカ向けが21.3%増で,市場別寄与率も31.6%と最も高い。アメリカは昨年,景気後退下にあつて実質成長率がマイナスとなつたにもかかわらず,輸入需要は製品を中心におとろえず,輸入価格の上昇もあつて年間10.8%もの増加となつた。

このような輸入増加はアメリカ産業の国際競争力の弱まりを背景とした輸入需要構造変化による輸入依存度の高まりを反映しているが,わが国の輸出は基本的にはそうした輸入構造の変化に適応して伸びたものである。小型乗用車の対米輸出の増加はその例である。

アメリカ市場はいぜん高い比重を保つてはいるものの,アメリカ以外については市場の分散化がみられた。すなわち,東南アジア市場のウェイトが低下したのに対して,西欧,アフリカ,ラテン・アメリカ向けがそれぞれ30%を上回る増加となつたため,輸出市場としての重要性を増した。また,共産圏向けも中国大陸向けを中心に平均を上回る拡大を示した。

d 輸入は鎮静化へ

景気停滞の影響は輸入により大きかつた。輸入は年度半ばまでの増加基調が10~12月期になつてほぼ前期比横ばいという軟調を示し,その後も停滞がつづいている。これを前年同期比でみると,4~6月期の前年同月比30%増から,46年1~3月の10.6%増へと著しい増勢の減衰ぶりである。

このような輸入の変動を輸入の大半を占める素原材料について引締めとの関連をみると( 第1-6 , 1-7 および本報告 第51図 ),今回は引締め後も生産が根強い増勢を維持したため,輸入素原材料在庫率は低位のままで輸入がふえつづけるという状態が年度半ばまでつづいた。その後急速に生産活動が鎮静化したため,輸入素原材料在庫率は急速に押しあげられそれがその後の輸入の増加を抑制することになつた。

第1-6図 素原材料輸入の動き

第1-7図 輸入素原材料在庫率の動き

以上のことは,素原材料のうちでも金属原料,銑鉄などの鉄鋼業生産に関連した輸入の動向において,とくに明瞭にみられる特色である。鉱物性燃料も消費の鈍化を反映して,輸入数量は年度後半において横ばいとなつたが,原油価格の値上げにより輸入額はゆるやかな上昇を示した。

さらに,景気鎮静化の影響は機械機器輸入にもあらわれた。年度半ばまで増加をつづけた機械機器は設備投資の鎮静化とともに増勢が鈍つている。

他方,いくつかの商品はわが国輸入構造の変化を反映して,増加基調をつづけている。

食料品は下期に一時的減少がみられたものの総じて増加し,がん具,衣類,家具といつた雑製品も増加基調を維持した。とくに雑製品は輸入規模はまだ小さいものの,数年来大幅な伸びがつづいていることが注目される( 第1-8図 )。

第1-8図 商品別の輸入動向

輸入価格(日銀調べ,40年基準)は年度の平均水準で前年比24%上昇となつたが,年度中の上昇率(46年3月の45年3月に対する上昇率)は0.7%にとどまり,輪入価格上昇の輸入額への影響は前年度に比べて,かなり小さいものとなつた。しかし,商品別の価格動向をみると,前述したように石油・同製品のように上昇が著しいもの(年度中13.4%上昇)がある反面,金の属ように低下の著しいもの(年度中14.7%下落)があり,これらがそれぞれの輸入額に及ぼす影響はともに大きかつた。

なお,45年度の貿易外収支は18億ドルをこえる大幅な赤字となつたが,赤字の約3分の2は運輸収支によるものである。受取,支払別にみると,旅行収支で支払が359百万ドルと前年度に比べ39.1%ふえ,投資収益勘定の受取が758百万ドルに達し,前年度比36.6%増となつたことが注目される。

e 大幅赤字の長期資本収支

45年度の長期資本収支の赤字幅が拡大したのは,本邦資本の流出傾向が強かつたことともに外国資本の流入が前年にくらべて大幅減となつたためである( 第1-9表 )。

ここ数年,本邦資本の流出額がしだいに大幅になつているが,その背景として,経済援助がスケールアップしたこと,民間の対外投資意欲が高まつていることがあげられる。

第1-9表 長期資本収支の推移

わが国の経済協力の規模は45年において約18億ドル(DACベース)となつたのにともない,直接投資,延払信用供与,借款供与が大幅にふえた。

民間の海外への直接投資は396百万ドルと前年度(230百万ドル)に比べて著増した。

他方,外国資本の動きをみると,外人証券投資は年度前半には流入傾向が弱まつたが,下期になつて再び増勢に転じた。下期,とくに46年1~3月期の外人証券投資に関しては公社債投資による流入が増加したが,これには海外金利の低下でわが国債券投資が有利となつたこと,わが国債券価格か強ふくみになつたことなどが影響している。また,外国資本による直接投資は資本自由化の進展を反映して前年度の56百万ドルから45年度は113百万ドルへと倍増したのも目立つた。

第1-10図 長期資本収支の特色

このような本邦,外国資本の流出入構成の推移をみたのが 第1-10図 である。

なお短期資本収支は45年度に7億ドル近い黒字を記録したが,新年度に入つても5月に誤差脱漏もふくめ,約6億ドルの大幅な黒字となつた。これは輸出前受金を中心とするリースによるところが大きかつた。

(2) 対外経済政策の展開

45年度は国際収支の黒字基調を背景に対外経済政策の積極的な展開がみられた。

a 輸入の自由化,関税の引下げ

輸入自由化はわが国経済の開放化の観点から数度にわたつて実施され,44年10月,45年2月,4月,9月,46年1月,6月に計60品目が自由化になり,46年6月末現在の残存輸入制限品目数は60となつた。さらに,46年9月には残存制限品目数が40となる予定であり( 第1-11表 ),ここ一両年の自由化の進行にはめざましいものがある。

一方,関税面においては,昭和45年度の関税改正において新たに11品目の関税引下げを実施した。つづく46年度の関税改正においては物価対策の見地から昭和47年1月に実施される予定のケネディ・ラウンドの最終税率を9カ月繰上げて本年4月から適用するとともに,バナナ,羊肉・馬肉,カラーフィルム等生活関連物資を中心に14品目に及ぶ関税の引下げを実施した。また,特恵関税の供与も開始されることとなつており,関税機能の積極的活用がはかられている。

第1-11表 主要国の残存輸入制限品目数

b 資本為替取引の自由化

第1-12表 のように資本取引や為替管理について一連の緩和措置が実施された。これらのうち渡航用外資のワクの拡大は施行収支支払の拡大テンポに影響をあたえるものとみられる。

本邦資本の直接投資は45年度には396百万ドル(前年比72%増)となつたが,46年7月の海外投資の制限緩和によつて今後増加していくものとみられる。また外国証券への投資は44年度の8百万ドルから,45年度には57百千ドルとなつたが,7月実施の自由化はこれをさらに拡大させるものと思われる。

第1-12表 資本為替自由化の推移

c 経済協力の推進

わが国の経済協力は政府の「GNP1%援助」努力の表明や,「第二次国連開発の10年」のスタートなどもあつて盛上がりを示し,45年の援助総額は1,824百万ドル(前年1,263百万ドル),GNP比率で0.93%となり,規模ではDAC諸国中で,前年の第4位からアメリカについで第2位になつた。45年の特色は政府開発援助のGNP比率が低下した反面で,民間ベースの援助が大きく増加したことである。なお,援助供与条件は前年に比べやや改善された。

今後の経済協力については貿易面で特恵関税供与の46年8月実施が予定されており,また借款のアンタイド化(ひもつきをなくすこと)についても作業が進められている。

(3) 国際経済情勢と日本経済

a 国際通貨不安

1944年に発足した戦後の国際通貨体制は世界経済の発展に大きな寄与を果たしてきた。確固たる国際通貨制度をもたなかつた1930年代の世界経済の状況を戦後四半世紀の世界経済の発展と比べれば,その恩恵は測り知れぬ程大きいものがある。貿易の拡大が経済成長の可能性を左右するわが国経済にとつて,安定した国際通貨制度が円滑に運営されてきたことの意義はとりわけ大きいものがある。しかし,国際経済情勢が急速に変化するのにともない国際通貨制度の機構や運営について改善の必要が生じ,国際協調の下でいくつかの試みがなされてきた。1960年代の金についての投機が金の二重価格制を生み,国際流動性不足への懸念が国際協調のもとで新しい準備資産としてのSDRの創出につなかつたのはその例である。

本年5月の西ドイツの変動相場制移行を中心とした国際通貨不安を契機に,一部に現行固定為替相場制を若干手直しすべきではないかとの声が聞かれたが,その後の国際通貨情勢は小康状態にあり,西ドイツの今回の措置がどのような形で収束されるかが注目される。

b アメリカ経済の変ぼう

上に述べた国際通貨不安は基軸通貨であるドルの価値の動揺とも密接な関係にある。現在の国際通貨制度のもとで一国通貨である米ドルの世界の準備通貨であるためにはその価値が長期にわたつて維持されねばならず,そのためには国際収支の安定が確保されねばならない。しかし,事実はアメリカが長期にわたつて国際収支の赤字を続け,準備資産である金の流出と対外流動債務の増加をまねいている。国際収支は1970年に欧米間の金利水準の逆転もあつて著しいドル流出をまねき,100億ドル近い赤字(公的決済ベース)を計上したが,5月のマルクを中心とした国際通貨不安も,基本的にはこのようなアメリカの国際収支の赤字を背景にしたものと考えられる。

最近のアメリカ経済の変動は貿易・産業面でもわが国に大きな影響を及ぼしている。

第1には,アメリカ産業の国際競争力が弱まつていることを背景に製品輸入が増大しているため,保護貿易への動きが強まつており,先年の鉄鋼の対米輸出規制に続いて繊維についても輸出の自主規制を行なうこととなつた。

第2には,アメリカ産業が圧倒的に強い資本力で資本進出し,市場の獲得,確保につとめようとしていることである。商品貿易では,東南アジア市場においてはアメリカのシエアが低下しており( 第1-13表 ),わが国市場においてもシエアを拡大できない状況にある。このためもあり,またわが国の資本自由化もあつて,アメリカ産業は日本への直接投資を進めており自動車産業への進出はその一例とみられる。

第1-13表 東南アジア市場での日米の輸出シェア比較

c 世界インフレつづく

欧米におけるインフレ傾向は総需要の拡大テンポが鈍つた1970年にむしろ強まる動きを示した。各国ともに成長率,生産性伸び率停滞下で強い賃金所得の上昇圧力がつづき,賃金プッシュインフレの様相を濃くし,スタグフレーションとして問題となつた。また西ドイツのような国ではドル流入による過剰流動性がインフレ傾向に拍車をかけている。

こうしたなかでわが国の卸売物価は相対的に落着いた動きをしているが,それがさらに輸出競争力の相対的な強化につながつて貿易収支の黒字を拡大させることにもなつている。しかし国際収支の黒字による国内流動性の増加は,国内金融が引締めから緩和への時期にあつたほか,西独と異なつて為替管理政策も有効であつたため,インフレ圧力を生じさせるほどのものではなかつた。

輸入インフレに対する戦いは,各国経済間の相互依存関係が強まつているなかでは困難さが大きくなるばかりであり,OECDのインフレ政策の勧告にもあるよいい各国国際協調による政策の展開の必要性が高まつている。

d 石油貿易市場に転機

1970年の世界経済に衝撃をあたえたのはOPEC(石油輸出国機構)加盟国による供給独占的な力の行使であつた。OPEC諸国は,世界の石油生産・輸出の過半を占めており,世界資源市場に及ぼす影響力はきわめて大きい( 第1-14図 )。OPEC加盟国と石油資本との間に向こう5年問の価格協定が成立して,安定供給に対する不安は一応なくなつたが消費国は年々ある程度の石油価格の上昇はは甘受せざるをえない情勢になつた。この問題には,産油国の交易条件悪化や財政事情,長期的なエネルギー需給見通し,ナショナリズムの強まりなどが複雑にからんでおり,世界貿易の発展にとつての新たな試練となりかねないものである。

わが国は世界最大の石油輸入国として,輸入量の大半をOPEC諸国にあおいているため,影響は早くも輸入原油の価格上昇としてあらわれている。わが国の石油需要は現在の産業構造,国内資源の賦存状態,代替エネルギー源の開発状況などを前提とすると,今後も高い伸びか予想され,安定供給確保のための総合的対策が必要となつている。

第1-14図 世界の原油の生産,輸出に占めるOPEC諸国の構成比(1969年)


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