昭和46年
年次経済報告
内外均衡達成への道
昭和46年7月30日
経済企画庁
第2部 経済成長25年の成果と課題
第4章 都市化社会の現代的課題
わが国の都市化社会の現実を,他の先進国社会と見比べた場合に,いろいろ重要な特徴がある。いちばん目立つのは,どの国にも類例のない急速な勢いで都市化が進展していることである。そしてわが国の都市化が教育水準も高く,均等な資質をもつた若い年令人口を主体として進んでいる点も注目すべき特徴である。その点,老人や黒人失業者の多い欧米の都市とはおゝいに異つているし,また都市の社会秩序も保たれており,都市犯罪発生件数も日本ははるかに少ない。
わが国の都市化が若い活力をもつた段階にあることは,将来への発展可能性が大きいことを意味するものであるが,それだけに都市化の進展にどう対応するかは,これからのわが国の経済,社会,政治,文化,教育などの面にわたつて,非常に重大な影響をあたえよう。わが国の都市化の速度がきわめて速いことや狭小な都市地域への人口集中が引起こしている数々のひずみを反省すればなおさらである。
これまでのわが国の都市集中は,とかく既存3大都市圏の拡大を枢軸にしたものだつたため,集積の利益による規模の経済性を高め,国全体の国際競争力を高める点でもかなり効率的であつた。しかし,都市化の進展はよい面ばかりでなく,公害,物価高など過密の弊害を増加させている。また,社会資本不足といわれるほとんどのものは,交通施設,住宅関連施設など,都市化に関連したストック蓄積の不足である。われわれは,働くための場としてだけでなく,福祉豊かな場として,これからの都市化社会を創造していかなければならない。
これまでに,都市問題のあり方について諸種の構想や提言がなされてきたが,いまや,工業生産力,輸出競争力において格段に拡充した日本経済は,急速な都市化のなかで生じた諸弊害を克服し,本格的な都市化社会の創造発展のために,成長力を積極的に活用していく段階に遭遇している。
都市化社会の基本的流れを円滑に誘導し,補完していくためには,現在多くの問題がある。第1は,大都市について,工場・教育研究機関等の分散などを進めて,抜本的な機能の再編成をはかるとともに,積極的な基盤整備により,魅力ある地方都市を育成していくことによつて,広域的な都市発展を推進し,その開発効果を日本の国土全体に及ぼしていくことである。特定の大都市にあらゆる機能が集積され,これにともなつて人口集中がはげしくなることは好ましいことではない。そして都市の機能を分散させながら,広域的な都市発展を積極的に進めていくことを可能にするものとして,先行的な交通・通信・情報体系の開発を促進していくことが重要である。
第2に,わが国の都市化が,その根底において世界のどの国よりも土地問題に強く制約されていることを認識し,土地政策に対する国民の理解と協力を積極的に求めることである。国や公共団体の土地に対する先買い権を拡大し,地価公示制を徹底させていくなど,土地の所有よりも活用,私益よりも公益重視の方向で,土地制度の改善を検討していくことも必要である。
わが国の地価はきわめて高いが,地価の高い割に土地と都市空間の有効利用が進まず,地価の上昇が広範にわたつてはげしくなる面をもつている。この点,土地の有効利用が格段に進むならば,都市機能の分散と相まつて,地価の値上がりを緩和する効果を生じよう。しかし,それにしても,企業も個人も地価の先高期待で争つて土地を求め,所有者が将来の転用価値をねらつて土地を手放さないことが,地価の値上がりを促進している面についての反省がなければならない。
第3は,都市化のなかのインフレ的要因を除去していくことである。さきにみたような地価の上昇は都市における住居費上昇の大きな要因になつているが,地価の高騰はさらに,交通施設その他社会資本の拡充をはばみ,交通混雑による輸送効率の低下を通じて流通コス卜を高めている。また地価高騰が流通段階の地代家賃費用をあげ小売コストを割高にさせるなど,直接間接に物価高の要因として働いている面も決して少なくない。
都市化の進展による消費需要の変動に対し,供給体制が遅れがちとなることや,都市化のなかで供給コストが上昇していくことも大きなインフレ要因である。こうした問題に対処していくためには,ひとつには,都市と生産地を大量流通のパイプで結び,交通手段を発展させつつ,生産,流通,消費をシステム化していくことが必要である。今日の物価問題は,輸入自由化,関税引下げや低生産性部門の構造改善のあり方にも大きく関連しているが,都市化社会の進展に対して物的流通を含めた流通機構が立遅れ,それが価格機能を硬直化させ,物価安定を阻害していることは否定できない。
第4は,都市化社会のなかで生じている利益と負担の関係を調和させていくことである。都市集中が進むのは,そこに集まる企業や個人の受ける利益が大きいからである。その場合に,企業や個人は利益だけを享受して,都市集中によつて生ずるマイナスを負担しないのであれば,そこで調整原理は全然働かず,経済社会全体として好ましくないほどに都市集中が生じる結果となる。都市における公害の増大も企業が都市化の利益だけを享受し,公害費用負担を十分に負担しなかつたから生じた都市化社会の不利益でもある。また,個人についても,社会生活全体からうける利益に対して,応分の負担が必要である。都市は個人の自由度が高い社会であるが,社会から受ける利益に対する必要負担の意識を高めながら,住民の地域共同体意識にささえられた住みよい都市化社会をつくつていくことが望まれよう。要するに,都市化社会の円滑な発展と福祉増大のためには,利益と負担の調整メカニズムがよりいつそうう働くべき余地がある。
第5に,財政金融を通じて,社会資本の充実と資金配分の適正化をはかり,都市化社会の進展を誘導し,補完していくことである。財政支出については,近年,生活基盤拡充のための公共投資の比重は着実に増大しているが,これからも広域的な都市圏拡大と国土総合開発の関連のバランスをとりながらこれを進める必要がある。今後は有効な公共投資の拡充により,社会資本整備に資源配分の重点をおいていかなければならない。都市生活に密着した公共サービスの多くは,直接には地方自治体によつて供給されている。はげしい人口移動等にともなう財政需要に対応していくには,地方税,地方交付税,地方債,国庫支出金等について総合的にその財源措置を検討していく必要があろう。また,限られた財政資金を有効に都市化社会の建設に向けるのであるから,財政資金配分の重点を全体として考慮すると同時に,民間デベロッパーの積極的活用をはからなければならない。また財政機能の拡充は,公共投資の拡充の面にとどまらず,税制面においても検討が加えられるべきであろう。それは,都市の福祉に応じた受益者負担によつて都市社会の機能を円滑に高めるという観点や,都市への過度集中と土地値上がりを抑え広域的な都市発展を進めるという観点からも必要である。
金融については,わが国の民間設備投資が旺盛だつたこともあつて,産業金融の比重が圧倒的に大きい。しかし都市化社会の前進のためには,住宅金融や都市開発事業への金融がいつそう円滑に進むよう金融制度の方向を検討し,必要に応じて財政投融資の誘導的役割を活用することも考慮されるべきであろう。
第6には,都市化がすすむなかで顕著となつている過疎問題,老令者問題に対処することである。都市に若い人口が集中する一方,農村では人口減少のなかで老令化が進み,過密と過疎問題が現代社会を二分している。この問題を解決し,わが国の経済社会を全体として安定的に発展させていくためには,農工一体化を含む国土開発を促進すると同時に,社会保障の水準を高め,とりのこされがちな老人の福祉向上に十分配慮していかなければならない。