昭和46年
年次経済報告
内外均衡達成への道
昭和46年7月30日
経済企画庁
第1部 昭和45年度の日本経済
第1章 昭和45年度経済の推移と主要特徴
史上最長といわれた長期好況が年度前半までつづくなかで,45年の春季賃上げ妥結額は18.3%と著しい高率を示し,春期の企業決算が好調を持続していたこともあつて,所得ブームの様相は一段と強まる動きを示した。しかし,米過剰下の農業は,45年度から本格的な生産調整に踏切ることとなつた。
一方,工業生産力の拡大のもとで,公害現象が増大し,公害に反対する市民運動が高まり,環境整備のための施策が急速に展開された。また,消費者物価は,野菜や生鮮魚介などの高騰もあつて,全体として騰勢を強め,テレビ等の価格決定に関する消費者運動の高まりがみられた。そしてこれらの公害,消費者物価問題は,長期好況に対しても影を広げていつた。
対外面でも摩擦要因が生じた。海外景気は総じてインフレ基調を持続し,わが国輸出も全体として伸びが高かつたけれども,アメリカの国際収支が悪化し,その生産活動が不況色を濃くするなかで,対米繊維輸出規制やカラーテレビ輸出のダンピング容疑などの問題が生ずることになつた。
こういつた内外両面からの摩擦的要因が微妙な波紋を投ずる一方では,国内景気の基調もしだいに弱まりはじめた。
長期好況のなかで,44年度後半から45年度前半にかけては,名目的に所得が高い上昇をつづけていたが,実体景気はすでに45年度初めには基調変化をきざしていた。機械受注や労働力需要は2月をピークにして弱まりはじめ,卸売物価も4,5月ごろには軟調に転じている。その間好況が記録的な長さを持続したこと,国際収支が黒字をつづけ,その面での成長制約要因がなくなつたこと,42年の金融引締め時には好況が中断されずに大型景気がつづくという身近かな体験があつたこと,などの理由もあつて,企業は高目の生産計画を継続していた。しかし,出荷が企業の期待したほどの増勢を実現しなかつたため,4~6月期には生産と出荷の間にかい離が生じ,いわゆる「意図せざる」製品在庫の増大がつづき,その後の生産調整,在庫調整のきつかけをつくつた。企業が高目の生産計画をつづけたのは,前記の諸要因のほかに,長期好況下の高設備投資の累積の結果として生産能力が高水準となつたこと,所得ブームや万国博が,心理的にそして実体面以上に企業の好況感を強めていたことなどのためと思われる。
しかし,万国博が峠をこえる8,9月ごろになると,景気の鎮静と製品在庫率の上昇が速まり,製造業の9月期決算が多くの業種で利益減少を示したことも加わつて,45年秋以降,企業の好況感は急速に後退するにいたつた。企業が景気の先行きに対してかなりの強気感を持続していただけに,その後の不況マインドも強まつた。今回の景気後退に際しての企業の不況感は一様ではない。造船や海運,サービス産業などが好況をつづけている反面,とくに不況感の強い業種は,鉄鋼,化学などの生産財,重電機,工作機械などの資本財,家庭電器を中心とした耐久消費財であつた。