昭和45年
年次経済報告
日本経済の新しい次元
昭和45年7月17日
経済企画庁
第2部 日本経済の新しい次元
序章 日本経済の現勢
これまでみたように,日本の経済力は飛躍的に充実し,国際的水準も目だつて上昇している。そして,速い経済拡大と国際収支黒字が並びたつ状態が3ヵ年つづいている。このような内外両面における経済力の拡充は,近年の長期繁栄の成果であるばかりでなく,明治開国100有余年にわたる経済成長の歴史的成果でもある。
いまや1970年代初頭における日本経済は,これまでのめざましい成果の上にたつて,経済成長率の高さを追求するだけでなく,日本の経済力がきわめて大きくなりつつある現実をふまえて,改めて質的に充実し調和のとれた経済発展を指向すべき時期に到達したといえよう。
第1に,日本経済が巨大化への道を歩み,国際的水準も高まつたことは,近年の国際収支の黒字化とあいまつて,日本の海外諸国への影響力が強まつていることを意味している。それだけに島国意識をなおかなり温存した経済から,世界のなかの日本経済として調和ある発展を進めることが必要である。これまで国際収支赤字にしばしばさらされてきたこともあつて,わが国の産業構造は対外的保護を少からず残しており,現状の産業構造は経済効率化,国際分業といつた点で多くの問題をはらんでいる。わが国が,従来の外貨不足,労働力過剰の経済から大きな転換を遂げつつあることからも,日本経済はこれまでの自国産業保護の時代から国際分業と国際協調のなかで発展する時代に急速に移行していることが深く認識されるべきである。
第2には,日本経済が成長の大きさだけを問題にするのでなしに,物価安定をいつそう重視すべき時期にあることである。現在の欧米先進国はほとんど完全雇用状態にあり,インフレとの戦いは熾烈である。わが国の物価上昇は欧米型インフレとは異なる。けれども,1人当たり所得が,低水準であつた時代には,個人にとつても年々の所得を最大にかちとることが優先されたが,所得に対する貯蓄比率が高まり,家計の健全な資産づくりが重要性をましつつある現在,物価上昇による貯蓄減価を食いとめ,将来の生活設計に対する安定感をますためにも,物価安定は一般と重要性を高めているといえよう。
第3は,日本経済が成長の果実をよりいつそう意欲的に豊かな福祉経済の建設にふり向けるべき時期にあることである。前述のように,日本の経済規模が大きくなつたわりに国民生活の未充実感があるのは,生活関連資本ストックの水準がまだ相対的に低く,公害現象の増大が生活環境を脅かしているからである。
福祉経済の実現のためにはダイナミックな成長が必要なことはいうまでもないが,わが国の国土が他の先進国以上に狭あいであり,公害問題が深刻であればあるほど他の先進国以上に国土の有効活用や環境改善・保全に積極的でなければならない。先進国水準に到達するためにひたすら成長を急いだこれまでの時代から,今日の経済は,より多くの福祉と住みよい社会の建設を成長の目標とする時代に移行しつつある。
1970年代初頭における日本経済が新たに解決を迫られているこれら諸問題について,つぎに章をわけて考察しよう。