昭和45年
年次経済報告
日本経済の新しい次元
昭和45年7月17日
経済企画庁
第1部 昭和44年度の景気動向
昭和44年度の日本経済はひきつづき好況に推移した。
経済活動は,春以降活発な盛りあがりを示した。9月には,日本銀行は,景気過熱の防止と物価上昇圧力の緩和を目的として一連の金融引締め措置を実施し,その効果は45年に入つてしだいに浸透しつつあるが,44年度全体として,経済は拡大過程をたどつた。
こうした44年度経済の特徴として,大別して次の諸点があげられよう。第1は,経済が長期間にわたつて繁栄をつづけたことである。実質経済成長率は,42年度の13.0%,43年度の13.8%につづいて,44年度も13.0%となり,ここ3年間13%以上の高い成長を持続してきた。そして,景気上昇期間は,この7月で57ヵ月目を迎える。
こうした4年目の長期繁栄を支えた大きな要因は,国内需要と輸出の高い伸びであつた。内需では,設備投資や住宅建設の増勢が著しく,個人消費も堅調をつづけた。また,輸出は世界貿易の活況と輸出の収益性の向上などを背景に大幅な増加を示し,その国内経済活動にあたえた誘発効果も大きかつた。
輸出の増大と外人証券投資の大幅な流入超過を主因に,44年度の国際収支は1,986百万ドルの黒字となり,2年つづけて15億ドルをこす大幅黒字となつた。そして,国際収支が黒字をつづけるなかで,経済は拡大をつづけ,企業収益は9期連続の増収増益,賃金は前年度比16.2%の大幅な上昇を記録するなど所得の面でも著しい伸びかみられた。
しかし,他面では44年度は,長期繁栄にとつて新しい困難が集中的にあらわれた年でもあつた。44年度経済の特徴の第2として,長期繁栄が迎えつつある新たな試練をあげることができる。国内需要の強い増勢は,輸出の大幅増加とあいまつて需給のひつ迫をまねき,これに世界経済のインフレ的拡大を背景とした海外需要の強まりと国際価格の暴騰が加わつて,物価は騰勢を強めた。卸売物価は,前年度比3.2%の上昇となり,31年度以来の高騰を示した。また,消費者物価は,40~43年度平均で年率4.6%程度の上昇であつたが,44年度には政府の当初見通しを大きく上回る6.4%の大幅上昇となつた。
第3は,こうした試練を克服するための基礎的条件である経済成長の安定性確保を目的として,国内均衡を重視した新しい景気調整策が展開されたことである。過去のわが国の景気調整策は,国際収支の悪化に対処し,その改善をはかることが中心的課題であつた。しかし,今回の金融引締めは,国際収支が2年つづきの大幅黒字を記録するなかで行なわれた。
こうした景気調整策をめぐる環境のちがいは,わが国経済に新しい課題を投げかけている。たとえば,輸出の増大を背景とした国際収支の大幅黒字基調が,企業マインドをいつそう強気にし,インフレ警戒感を弱めがちであることである。また,海外インフレの進行は,内外均衡の両立をむずかしいものとし,景気調整策の遂行にあたつても従来とは異なつた対応をせまられることとなつた。
現下の日本経済における景気政策の最大の課題は,物価の安定をはかりつつよりいつそう息の長い繁栄を達成していくことである。
以下こうした諸特徴をほりさげながら,過去1年間の景気動向の推移と問題点を分析しよう。