昭和44年
年次経済報告
豊かさへの挑戦
昭和44年7月15日
経済企画庁
第2部 新段階の日本経済
2. 繁栄を支えた新しい要因
近年,社会の情報化が進み,経済の繁栄を支える一つの要因となりつつある。情報が在来の商品やサービスと並んで,ときにはそれ以上に重要な要素として日常生活や経済活動の分野に入り込み,生活内容を豊かにしたり,生産性をあげることによつて経済社会の発展を支えるようになつてきている。
情報化現象は経済・社会・文化などの各方面で加速度的に進行しているが,いくつかの指標によつて情報化の程度を国際比較してみると,わが国の場合,西欧諸国よりかなり進んでいるといえよう( 第142図 )。以下消費生活,生産活動,需給をつなぐ面といつた経済的側面にかぎつて情報化の進展をみてみよう。
まず,消費生活に関連する面であるが,近年個人の情報に対する需要が高まり,家計支出のなかに占める情報関連の支出が増大している。情報のなかには,公共的なもので原則的に無料で提供されるものがあり,また有償のもののなかにも正当な評価をうけていないものもあつて,情報に対する需要を正確にとらえることはむずかしい。いまかりに,家計支出のなかから,教育費,通信費,書籍代など情報に関連する支出をとりだしてみると,その支出弾性値は1.4と高く,支出全体に占める割合は,昭和32年の6.8%から42年には9.4%に増加している。このような支出の増加の背景として,①もともと日本人は教育水準が高く,知識に対する欲求が強いうえに,②所得水準の上昇にともない,基礎的な物資に対する必要が満たされ,より高次のものへ欲求が移つていること,③また時間的にも労働時間が短縮されるなどしてその余裕ができたこと,④商品の多種多様化が進み,また新製品の登場が相次いで,消費者の選択にとつても情報が必要になつてきたこと,などがあげられる。
消費者にとつての情報の必要性は,製品販路の開拓という供給者にとつての必要性と相まつて広告活動を盛んにしてきた。このような商品に関する情報の提供は企業や業界団体による広告活動によるばかりでなく,最近では消費者行政の一環として国や地方公共団体による広報活動も次第に増加している。こうした広い意味での生産と消費を経済的合理的にっなぐ情報の役割は,今後いつそう大きくなろう。
情報化が最も進んでいるのは生産活動の面であつて,とくに企業経営にとつて情報は最も重要な新しい生産要素になつてきている。単純労働の機械への交代,生産工程や経営組織あるいは流通機構の複雑化によつて,企業活動のなかで処理しなければならない情報の量はいちじるしく増加している。そして,その処理をいかに効率的に行なうかによつて企業の業績が左右されるといつても過言ではない。情報を処理するホワイトカラーの増大( 第143図 )や,いわゆるテクノストラクチアー(経営専門家集団)の出現などはそのことを物語つている。
情報処理の効率化をはかるため企業は情報管理システムの整備をすすめ,このところ事務用機械の急速な普及がみられるが,なかでも象徴的な電子計算機の導入は,34,5年ごろの政府,大学,証券会社,電気機械メーカーからはじまつて,いまではほとんどの業種におよぶ盛況ぶりである( 第145図 )。44年3月末の実働台数は4,900台で,この3年間で2.5倍というふえ方である。
電子計算機の適用分野は,営業,経理,人事の3部門で6割近くを占めているが,次第に生産管理,在庫管理あるいは企画,広告活動での割合が高まつてきている( 第144表 )。また,その利用レベルについては,39年以前は計算やファイル処理などの低次元利用が8割を占め,解析,計画,予測などの高度利用は2割に満たなかつた。それが年々高度化が進み,今後3年間に,新たに適用が計画されている業務では,後者が7割近くに達するものと見込まれている。さらに,電子計算機利用の効果についてみると,直接的効果としては,ほとんどすべての企業で業務処理の迅速化,正確化がみられ,金融,運輸,通信など人件費の高い業種では人件費節減効果が大きく,鉄鋼,化学などでは在庫の減少効果がいちじるしい( 第146表 )。また間接的効果として判断意志決定の迅速化や正確化があげられている。
以上のような情報需要の増大と新しい生産要素としての情報の商品化を背景にして,情報提供の職業や産業が急速に発展し,その発展が経済成長を促すという現象がみられる。 第145表 は情報を直接的に提供する産業のみをとりあげ,国内純生産に占める割合をみたものであるが,41年度に全体では1割近くになつている。情報の提供活動を行なつているものは教育,通信など公共団体に多いが,最近では出版,印刷,コンサルタント業など民間の伸びがいちじるしい。なかでも,電子計算機を利用して情報処理,情報提供を専門的に行なう新しい情報産業が生まれてきている。そして,これら情報活動に関連する事務用機械,通信機械,文房具などを含めた関連需要が誘発する付加価値額は大きくなり,産業構造に対する影響が強まつてきている。
情報化の進展は,一方でこうした情報関連産業を発展させながら,同時に経済活動における人間の行なう仕事の分野を改めて考えさせる契機にもなつてきている。現場労働の機械化だけでなく,事務部門でも単純反復的な業務が機械に置き代わりつつあり,商品の価値も質の高い労働力がどれだけ投入されたかによつて決定されることになり,質の高い労働力の集約された商品の伸びが大きくなつている。 第148図 は,学歴構成からみた労働力の質と出荷の関係をみたものであるが,概して高学歴業種において出荷の伸びが大きい。
情報化の進展は,こうして情報関連産業のみならず他の産業をも発展させてきたが,その結果次第に個々の産業を単なる商品やサービスの提供者としてでなく,新しい経済社会での相互関連的なシステムの一部として位置づけてきている。情報を通じて個人や企業や政府が空間的,時間的に密接に結びつけられ,そのことによつて社会全体の効率化がいつそう高められるという可能性を作り出してきているのである。この可能性を現実のものとするためには,情報価値の正しい評価や情報処理のための教育や技術開発の促進,情報の流れの重複や渋滞をもたらしている制度や組織の改善をはかると同時に,情報の独占ないしは情報の氾濫から経済社会を守るいつそうの努力が払われねばならない。健全な情報化の広がりは新しい経済社会発展の契機になるであろう。