昭和43年

年次経済報告

国際化のなかの日本経済

昭和43年7月23日

経済企画庁


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第1部 昭和42年度景気の動き

3. 景気政策への教訓

(1) 景気政策の機動的な運用

景気調整策が所期の効果をあげるためには,まずその機動的な運用が必要である。

今回の景気調整策実施のタイミングはどうであつたろうか。すでにみたように,国内経済の急速な拡大と世界経済の停滞とが重なつて,国際収支は昭和41年末ごろから漸次悪化していた。また,卸売物価も41年末から42年にかけて綿糸,鉄鋼などの市況商品を中心に急騰した。労働力需給の度合を示す求人倍率(有効求人/有効求職)も,42年はじめには,過去の最高記録(39年7~9月0.84倍)をこえた。

しかし,これらの現象は一般的に必ずしも決定的な注意信号として受取られなかつた。それにはいくつかの事情があつた。まず第1に,国際収支が大幅な赤字であるにもかかわらず,外貨準備がほとんど減らなかつたことである。外貨準備は,為銀部門の短期外資取入れが大幅にふえたこともあつて,42年1~3月,4~6月期ともほぼ横ばいに推移した。それまで約2年間にわたり,国際収支の好調を反映して為銀部門の対外ポジションは大幅に改善していたが,とくに41年はいわゆる円シフトによつて為銀部門の対外債務は相当程度に減少していたので,内外金利差の変化から円金利高となつたこともあつてこの時期に逆シフトの形で増加したわけである。第2に卸売物価は春ごろから6月ごろまで鉄鋼の反落,非鉄金属の値下がりなどから落着き模様に推移していたことがあげられる。第3に,鉱工業生産や資本財出荷(除く輸送機械)の伸びも,当時の統計(35年基準指数)では1~3月以降鈍化していたという事情があつた。これらの事情から,国際収支は悪化しているものの国内経済としては均衡がくずれているわけではないとして,海外景気の回復につれて国際収支もたいした赤字をださずに改善の方向をたどるだろうという期待がもたれていた。

第26表 金融引締めを1期はやく実施した場合の経常海外余剰に与える効果(試算)

しかし,42年春さきから夏場へかけての小康状態も一時的なもので,その間にも設備投資を中心として予想をこえた急激な経済の拡大がつづき国際収支も悪化の度合を強めていたのである。

その後,前述のように42年9月から本格的な景気調整策が実施されることになり,また,幸い世界景気の急速な上昇が大きく加わつて,更年後の国際収支はいちじるしい改善をみせた。しかし,海外景気の急上昇という好条件がなかつたならば国際収支の改善がおくれたであろうし,また,いずれにしても42年度経済が予想をこえて拡大するなど景気が大きな波動を描いたことは否めない。

第31図 引締め政策の貿易面への効果

景気調整策が適切なタイミングで実施されれば,それだけ経済の拡大テンポや国際収支の不均衡が早めに調整されるであろう。

たとえば,ひとつの試算として,過去における景気調整策の発動をかりに1四半期早めた場合の効果を測定するため,当庁の短期経済予測パイロット・モデルを使つて,実績すなわち実際に行なわれたタイミングの場合と,実際より1四半期早めた場合(試算例)を比較してみると,試算例の場合は実績にくらべて,何ヵ月か早く国際収支の均衡を達成しうるという結果がえられた( 第26表 )。

第27表 景気警告指標の四半期推移

景気政策を機動的に運用し,早期調整を企図するのは,それによつて景気政策の有効性を確保し,あるいは高めることをつうじて成長率や国際収支の変動幅を小さくし,経済を持続的な成長経路にのせることにある。景気の波動が大きくなると,過熱期には国民経済的にみて緊要度の低い投資まで増大する反面,不況期には緊要度の高い投資まで削減されたり,企業倒産の増加など社会的摩擦も大きくなつたり,いずれの場合も資源の有効な利用と配分を妨げ,経済の成長力を損う。いわゆる景気の微調整(ファイン・チューニング)の必要性が叫ばれるのもそのためである。

幸いわが国の場合は,国際的にみても景気調整策の効果が貿易面であらわれるのが早い( 第31図 )。それだけ経済の適応力や成長力が強かつたのであり,これが国際収支悪化の際の海外短資の流入とあいまつて外貨準備に対する負担をも軽くしていたわけである。しかし,最近の国際収支構造は貿易収支の黒字に大きく依存する型になつてきている。そして貿易規模が大規模化しているので,輸出,輸入のいずれについても,その数%の動きが収支尻に及ぼす影響は大きい。したがつて,早期調整の必要性はますます高まつていくといえよう。

政策の機動性を高めるためには,景気の現状や先行きの判断を早期かつ適確に行なう必要があることはいうまでもない。そのためには各種の情報や統計の整備とその迅速な処理が必要になる。

当庁では景気政策を効果的な時期に発動できるようにするための判断材料の1つとして「景気警告指標」の検討に努めている。現段階で開発されているものは,当面の景気判断を行なうにはなお問題があるが,これを過去の局面に適用してみると,政策転換時点のおおむね2四半期前に赤または青の信号を発し,データ入手のためのタイムラグを考慮に入れても,景気政策の発動を1四半期程度早めるための判断の補助材料となりうることを示している。この「景気警告指標」は今後さらに検討と整備をすすめていく必要があるが,さしあたり四半期データのほか,月次データの整備が必要であろう。

もちろん,各種の情報,統計指標は景気判断のための材料にすぎないが,このような判断材料をいつそう整備することをつうじて,景気の動きを早めに察知するとともに特殊事情による説明や希望的(または悲観的)観測にもとづく景気判断の不一致を回避して景気政策の発動を引締め,緩和いずれの方向にも早めうるようになれば,日本経済は動揺の少ない持続的な成長路線を歩むことができるであろう。


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