昭和42年
年次経済報告
能率と福祉の向上
経済企画庁
昭和40年10月を底として景気は回復にむかい,41年に入つて生産は大幅に増加した。40年を通じて減少傾向にあつた新規求人は年初来増勢に転じ,所定外労働時間がふえ,賃金は堅調に上昇を続けるなど労働面の回復上昇にも顕著なものがあつた。一時ゆるんでいた労働需給は41年後半から再びひつ迫の様相を強め,労働市場は従来にもまして引締つた。
しかし,41年度には,過去の景気上昇期にくらべて,製造業の雇用の増勢回復がおくれたこと,縮小をつづけてきた規模別賃金格差がやや拡大したことなど,従来にない動きもみられた。
以下,このような特徴点とともに,現在人手不足に対して企業の対応がどのように進んでいるかについてみてみよう。
今回の景気上昇局面における特徴の一つは,常用雇用が41年年央までは保合いないし減少気味に推移し,とくに製造業の雇用の回復がおくれたことである。
毎月勤労統計調査(規模30人以上)による常用雇用の伸び率は41年度2.3%と,39年度の5.5%,40年度の3%を下まわつたが,なかでも製造業雇用の伸び率は0.4%,と,39年度の4.7%,40年度の1.6%を大きく下まわつた。41年度上期(4~9月)における製造業雇用は,不況のさ中にあつた前年同期にくらべ0.1%の増加にすぎず,季節修正値でみると41年4~6月には1~3月にくらべ0.3%のマイナスであつた。製造業の入職率は過去2回の景気上昇期とくらべて低い水準で推移しており,とくに大企業の入職率は低水準であつた( 第11-1図 )。
このように雇用の増加がゆるやかであつたのは,一つには40年の不況下に企業が入職を抑制しながらもできるだけ人員整理をさけ労働力を確保しようとしてきたことと,41年度のはじめごろまでは景気の先行きについて企業側に気迷い状態がみられたことのほか,機械化,合理化など最近の人手不足や賃金上昇に対処して企業の労働節約的措置がかなり進行していることを反映しているものとみられる。
製造業雇用の停滞にくらべ,建設業や卸売小売業,運輸通信業,金融保険業では雇用は堅調に推移した。
( 第11-2図 )製造業のなかでも食料品,衣服,木材,出版印刷など軽工業業種の多くは比較的雇用を伸ばした( 第11-1表 )。また失業保険被保険者の動きでみても,製造業の被保険者は42年1月には前年同月にくらべ18.4万人,2.1%の伸びで,小零細企業もふくめると全体として雇用の伸びはそれほど低くなかつたとみられる。労働力調査による非農林雇用者の動向をみると,500人以上の規模では雇用の伸び率は41年度は0.9%と小さかつたのに対して,1~29人では4.3%とほぼ前年なみ,30~99人,100~499人ではそれぞれ8%,7.1%増と前年度よりも伸びが大きかつた。
41年3月新規学校卒業者については,採用決定が前年不況のさ中に行なわれたこともあつて,中小企業や卸売小売業,サービス業など第三次産業で求人の充足率が高まつた( 第11-2表 )。
また製造業の雇用の伸びがそれほど大きくなく,中でも大企業が採用を手控えたことなどから,産業間,規模間の労働力流動も停滞を脱しきれず,41年1~6月には産業間の転職による入職者は前年同期よりも少なかつた( 第11-3表 )。
このように41年の前半には大企業や製造業とくに投資財関連産業が前年からの雇用抑制策を継続し,生産の増加に対して合理化や残業増加など企業内部の処理によつて対応している過程で,中小企業や第三次産業は従来から累積している未充足求人を新規採用によつてある程度解消するといつた面がつよかつた。
しかしこのようにゆるんだ労働力需給も41年後半からの求人の大幅な増加によつてひき締まりの度をつよめた。
40年を通じて大幅に減少していた新規求人(学卒を除く)は41年に入つて増勢に転じ,夏以降かつてない大幅な増加を示した。これを前回の景気上昇期とくらべると,41年年央までは前回より低い水準であつたが,7月以降の急上昇によつて前回を上まわる水準となり,秋以降月間40万人をこえた( 第11-3図 )。一方,新規求職者は,41年度は前年度にくらべて1%減と減少気味に推移し,とくに41年7~9月,10~12月には前年同期にくらべそれぞれ2.5%,2.3%減と減少が大きかつたので,41年後半から,労働市場のひつ迫の度合はつよまつた。有効求職者に対する有効求人の割合は41年度は0.8倍と前年度の0.6倍を上まわつた。
また,月々の新規求職者に対する求人倍率のうごきをみると,不況の底であつた40年末には2倍であつたのが,しだいにふえて41年後半には3倍をこえている( 第11-4図 )。今回の景気上昇期には求人倍率の上昇テンポは非常にはやく,前回の景気上昇期には谷からピークまで2年かかつたものを,今回は谷から1年たらずで前回のピークをこえた。
求人の内客も,41年年央までは中小企業や第三次産業の求人あるいは臨時日雇など有期雇用の求人が中心であつたが,後半には大企業の求人が伸びはじめた。東京都の新規求人についてみると,41年4~6月以降,前年同期の水準を上まわり,規模500人以上の事業所の求人は41年10~12月,42年1~3月には前年同期にくらべて7~8割という大幅なふえ方であつた。製造業雇用も41年後半に入つて所定外労働時間が前回の景気上昇期のピークに近づくとともに増勢を回復し,季節修正値の前期比でみると7~9月0.2%増,10~12月0.4%増,42年1~3月0.8%(年率3.7%)増とふえてきた。このように大模模事業所の求人の増勢が回復し,金属機械関連産業などの大口需要がふえるにつれて,中小企業をはじめとする求人難はふたたび深刻化してきた。
中小企業金融公庫調べによると,不況や労働力需給の一時的緩和などによつて40年から41年1~3月にかけて後退していた求人難は4~6月以降ふたたび中小企業経営の最大の問題点となつている( 第11-4表 )。
また労働力需給が一時的にゆるんだとはいえ,中小企業での人手不足とくに技能労働力不足が41年度においても依然として大きかったことはいうまでもない。労働省の技能労働力需給状況調査によると,41年2月現在の技能労働力の不足は129万人に達しているが,不足率(現在の技能労働者に対して今後半年間に充足を必要とする技能労働者の割合)は1,000人以上の規模での7%に対して,5~29人で27%,30~99人で19%,100~499人で14%と中小企業ほど大きく,求人難の進展とともに大きな問題となろう。
今回の景気上昇過程を通じて賃金は堅調に推移した。毎月勤労統計調査による41年度の全産業1人あたり平均月間現金給与は前年度にくらべて11.2%の高い伸び率を示した。とくに製造業の伸び率は12.3%と36年度の13.1%につぐ高い上昇率であつた。
これを定期給与と特別給与にわけてみると,定期給与は全産業で10.7%増,製造業で11.6%増といずれも前年度の伸び率を上まわり,特別給与もそれぞれ13.7%増,15.2%増と前年度の伸び率を大幅に上まわつた。
このように賃金が伸びたのは,生産活動の活発化を反映して所定外労働時間が延び超過勤務給が増加したこと,企業業績の好転を反映して特別給与が大きく伸びたことによるところが大きい。
名目賃金がこのように大幅に伸びたのにくわえて,41年度は消費者物価が比較的落ち着いていたので,実質賃金の伸びは6.2%と前年度の1.6%を大きく上まわつた。
賃金はこのように堅調に伸びたが,一方では縮小をつづけしてきた規模別賃金格差がやや拡大したことは41年度の大きな特徴であつた。
41年度の製造業定期給与の伸び率を事業所規模別にみると,500人以上では12.9%,100~499人では11.5%,30~99人では9.9と大規模ほど伸び率が大きかつた。34年以降縮小をつづけてきた規模別賃金格差は41年にはやや拡大の動きを示した。( 第11-5図 )
このように格差が拡大した要因は,一つには,大規模事業所で所定外労働時間が長かつたため,定期給与が超過勤務給によつて大幅に増加したことである。
製造業の所定外労働時間は生産の回復にともなつてしだいにふえ,41年の後半にはほぼ前回の景気上昇期のピークに近づいた。( 第11-6図 )規模別にはとくに大企業での増加が顕著であつた。製造業定期給与の上昇率のうち超過勤務給による増加分を推計してみると,所定外労働時間が大きく伸びた年後半には,500人以上の事業所では定期給与の対前年上昇率13~14%のうち4~5%,100~499人では12~13%のうち2~3%,30~99人では10~11%のうち2%が超過勤務給による増分であつた( 第11-7図 )。
規模別賃金格差の拡大には,さらに前述のような労働需給のゆるみと労働移動の停滞が新規学卒者や若年齢層中途採用者をめぐる競争的賃金上昇の傾向を弱め,中小企業の賃金上昇率を鈍化させたことが影響しているとみられる。
また新規学卒者など若年齢層が中小規模事業所に比較的多く入職したことは,中小規模事業所の平均賃金を従来とは逆に引き下げる方向に働いた。
41年春闘の賃上げ率は主要企業ではほぼ前年なみに対して中小企業では前年を下まわつたことも拡大要因の一つとみられよう。
41年度にはこのような景気変動にともなう短期的な要因が規模別賃金格差の縮小傾向を鈍化させる方向に働いたが,さらに最近は労働需給の持続的ひつ迫の結果,若年齢層については規模別賃金格差がほとんどなくなつてきて,一部には逆に小規模事業所ほど賃金が高いという傾向がみられるようなつていることが,中小企業の経営上の理由や労働需給の一時的緩和とむすびついて規模別賃金格差拡大を顕在化させたとみられる。
製造業の労働生産性は,雇用が低水準であつたことと所定外労働時間の増加によつて,41年には前年比12.4%と大きく伸び,賃金の上昇率11.6%を上まわり,この結果,賃金コストは0.6%を低下した。( 第11-5表 )
業種別には鉄鋼,化学・石油石炭では労働生産性は大きく伸び賃金コストも大幅に低下し,また紙パルプ,機械,繊維でも生産性はかなり伸び,賃金コストの上昇は比較的小幅であつた。しかし食料品,製材などは労働生産性の伸びは小さく,賃金コストは前年にひきつづき上昇が大きかつた。
41年の前半は前述のように大企業の雇用抑制などによつて中小企業やサービス業,卸売小売業などでは求人の充足率が高まるなど比較的めぐまれた時期であつた。
労働力調査によると,41年度の労働力人口の増加は92万人と,40年度の90万人を上まわり,非農林就業者は136万人増とかつてない大幅な増加であつた。( 第11-6表 )また41年3月新規学校卒業者については高卒就職者が前年より20万人増の90万人という高水準であつた。このような供給面の増加が労働力需給の緩和に及ぼした影響は大きい。
しかし41年の後半にいたつて求人が飛躍的に増え,求職が減少したことから需給は急速にひつ迫した。求職層の高齢化や求人の若年齢層へのかたよりなど需給のアンバランスも大きい。
新規学卒労働力の供給について長期的にみると,中学卒はすでに38年3月卒をピークとして減少の一途をたどつており,40年3月卒以降高校卒を下まわる供給量となつている。高校卒についても40年代後半からは供給量の減少が見込まれ,大学卒は今後増加をつづけるものの,学卒就職者全体としては42年3月卒をピークとして減少していくと予想されている。( 第11-8図 )
一方労働力人口は,需要の大きさや供給条件によつてある程度変化するものの,過去の出生率の低下によつて生産年齢人口の増加率が鈍ることを反映して,40年代の後半には増勢がにぶるとみられる。労働力人口のうち中高年令者のしめる比重はこんごしだいに高まるであろう。
このような労働力供給の量的質的変化に対して,企業の適応は現在どの程度進んでいるであろうか。
労働者の労働経済動向調査によると,41年9月時点において労働力不足を訴える事業所は全体の過半数に及んでおり,なかでも100~299人の中小企業では約7割に達している。そのうち何らかの労働力不足対策を実施している事業所は製造業全体の9割を占めている。( 第11-7表 )その対策は 第11-7表 に示されるようにさまざまなかたちをとつているが,大企業では機械設備の合理化など労働から資本への代替が進んでいる。
また大企業では労働力不足対策として配置転換を行なつている事業所の割合が多い。雇用動向調査によると,製造業の500人以上の事業所における企業内移動は40年7~12月に9.8千人,41年1~6月には8.3千人を数え,そのうち企業内転入者は全増加労働者のそれぞれ37%,14%といずれも前年同期よりも大きい割合を占めている。
また外注利用は労働力不足対策としてもかなりのウエイトを占めている。日銀の主要企業経営分析でみると,製造業大企業の外注加工費は最近伸びが大きく,労務費の約半分という高い水準になつている。( 第11-9図 )
企業内移動や事務部門の合理化,あるいは残業の増加などの動きを通じて大企業は労働力不足に対して積極的に採用をふやす方向よりも企業内の労働力を有効に活用するという方向ヘ進んでいるとみられる。また,企業内にあらゆる職務をかかえておくという雇用慣行は修正されつつあるとみられる。
これに対して中小企業では労働需給が一時的にゆるんだ時期に積極的に採用を増加したほか,賃金の引上げや福利施設の充実,作業環境の整備などにより,従業員の定着をはかることによって労働力不足に対処した。また,生産性向上のための設備投資もかなり活発化している。
パートタイム雇用は求人難の進展や大企業からの外注の増加などによって41年度には前年度よりもさらに増加したとみられる。労働力調査でみると女子雇用の伸び率は41年度は500人以上規模では1.5%に対して,100~499人,30~99人では10%以上,1~29人でも5%と伸びている。( 第11-8表 )
非農林業雇用者を就業形態別にみると男子については臨時および日雇は横ばい傾向で推移しているのに対して女子では常用雇用を上まわる伸びを示し,臨時については,40,41年には10%以上伸びている。( 第11-9表 )週間就業時間別にみると女子の非農林雇用者はパートタイム雇用者の増大を反映して48時間未満の層がふえている。( 第11-10図 )
また学卒の量的質的変化に対しては,最近中卒から高卒への求人の代替など対応策にかなりの進展がみられる。41年10月の東京都労働局の調べによると,42年3月中学卒を対象とする求人77千人のうち約2千が求人受理に先立って公共職業安定所の指導などによって高校卒に切替えられた。また関東経営者協会の会員企業426社を対象にした日経連の調査によると,製造業部門では高校卒をブルーカラーとして採用する傾向がめだっており,高卒採用総数に占めるブルーカラー(現業部門労働者)の比率が42年3月卒については65.2%であったものが43年3月卒については72.7%(見込み)となっている。
また中小企業では求人難にともなって求人の年令制限を緩和して中高年令者を採用したり,募集地域の範囲を拡大するなど求人難と求職者の質的変化への対応策が進行している。