昭和42年
年次経済報告
能率と福祉の向上
経済企画庁
財政にとつて昭和41年度は,財政法制定以来はじめて本格的な国債政策を導入して今回の景気回復に大きな役割を果した点において,きわめて意義深い年であつた。
景気は40年10月を底に立直りに転じたが,41年度予算の編成が行なわれた当時の経済情勢はいまだ明るさを取戻していなかつた。政府の経済見通しにおいても,41年度の民間需要は40年度の停滞のあとをうけて低い伸びにとどまるものと見込まれていた。こうした情勢を背景にわが国経済を安定成長の路線にのせるために,41年度予算において財政法制定以来はじめての本格的国債政策を導入し,財政支出の増大と大幅減税による積極的な有効需要拡大策が図られた。同時に予算執行面でも公共事業の施行促進措置がとられた。
このような積極的な財政政策の展開は,民間需要を喚起し,その自律的回復力とあいまつて景気浮揚のために目ざましい効果を発揮した。こうしてわが国経済は年度後半にかけて予想を上回る早いテンポで回復から上昇局面に入つていつたが,こうした景気動向を反映して租税収入は法人税を中心に年度当初から着実に予算を上回るペースで推移し,12月下旬成立をみた補正予算の財源確保と当初予定された国債発行額の減額を可能にした。また,租税収入その他の諸収入が好調に推移したことなどから財政資金対民間収支の揚超傾向が年度後半にかけて次第に強まつた。
42年度に入つても景気はひきつづき上昇を続けており,国際収支をはじめ先行き注意を要すべき動きも少なくない。42年度予算はすでに中立的性格を強めているが,景気の行き過ぎを排し,わが国経済の持続的成長を維持するために,財政はまた新たな問題に直面しようとしている。以下こうした経済動向との関連において41年度財政の推移を今少しくわしく回顧してみよう。
(2) 当初予算の性格―国債発行による財政規模拡大と大幅減税―
政府見通しによれば,41年度のわが経済は,前年度における経済活動の停滞のあとをうけて,個人消費支出や個人住宅建設の着実な増大が見込まれる反面,民間設備投資や在庫投資の伸びは低水準にとどまり,民間需要は総じてゆるやかな上昇にとどまるものと予想された。
他方,高度成長の過程で生じた各部門の不均衡を是正するため,住宅及び生活環境施設の整備,社会資本の拡充,社会保障の充実,中小企業,農林漁業等低生産性部門の近代化等により経済社会の均衡のとれた発展を図ることもひきつづき41年度経済の重要な課題であるとされた。
このような経済情勢を背景にして編成された41年度予算では,財政面からの積極的な需要喚起策によつて当面の不況を打開し,わが国経済を安定成長の路線にのせることが基本的目標とされた。こうした目標を実現するため国債の発行によつて財政支出の増加と大幅減税が断行されることになつた。これは財政政策の新しい展開を意味するものであり,以下にこの点につき今少し詳しくみよう。
41年度予算の特色として第1にあげられるのは戦後初めて本格的な国債政策が導入され7,300億円に上る公債金収入が計上されたことである。これまでの収支均衡主義の下では財政規模は租税の自然増収によつて制約されるが,国債政策の導入によつて景気の動向に応じて意図的に財政規模の調整を行なうことが可能となつた。しかし国債政策の導入に当り財政の健全性を維持する見地から,予算編成方針の中で,(1)財政の規模並びに内容を国民経済と均衡のとれた適正なものとするため,年々の経済動向に即して国債の発行額を伸縮する,(2)国債の発行は,財政法の原則にのつとり,その対象を公共事業等に限定し,経常的な歳出は租税その他の普通財源で賄う,(3)国債は市中消化とする,という3原則が明記されている。
なお公債金収入7,300億円の計上は一般会計歳入予算中16.9%とかなり高い比率を占めることとなつた。
第2の特色としては,有効需要喚起のために財政規模の積極的拡大が図られたことがあげられよう。
41年度一般会計当初予算の規模は歳入,歳出とも4兆3,143億円で,公共事業関係費の拡充を中心に前年度当初予算に対し6,562億円,17,9%の増加をみたが,増加額としては戦後最大であり,伸び率も最近5年間では,37年度の24.3%に次ぐものであつた。
また財政投融資計画は2兆273億円で,前年度当初計画に対し,4,067億円の増加となり25.1%の伸び率は最近5年間では最も高いものであつた。
地方財政計画は4兆1,348億円で,前年度当初にくらべ5,227億円,14.5%増加したが,伸び率では39年度の19.2%,40年度の15.1%を下回つた。これは主に不況により地方税収入の伸び悩みが予想されたためであつた。
これを国民所得ベース(旧推計)による国,地方を合わせた政府の財貸サービス購入でみると,7兆1,500億円と前年度当初見込みにくらべ18.6%増と,国民総生産の9.6%増を上回り,その国民総生産に対する比率は21.4%から23.2%ヘ,経済成長に対する寄与率も20.0%から29.7%へそれぞれ上昇するものと想定された。
第3の特色は,国税で平年度3,106億円(初年度2,090億円),国税,地方税を通じて,3,621億円(同2,347億円)に達する戦後最大の減税が断行されたことであつた。とくに国税においては前年度当初予算に対する租税及び印紙収入の自然増収額は1,190億円と35年度以降最も少額にとどまると見込まれていたにもかかわらず,自然増収の枠をこえて大幅な減税が実施されたことが注目されるが,これはいうまでもなく国債政策の導入によつて可能となつたものである。従来各年度の減税は自然増収の20%程度であつたのに対し,41年度の場合自然増収の2倍以上の減税となつている。減税の内容は有効需要面への効果の大きい所得税,法人税,物品税を中心にしたものであつた。この結果,国民所得(旧推計)に対する租税負担率は国税のみで13.8%,国税,地方税を合わせて前年度の22.1%から20.2%に低下することが見込まれた。
このほか41年度予算の特色としては,後述するような財源の重点的配分を図る一方,既定経費の節減,補助金の整理,新規増員の抑制等財政の効率化が推進されたことと,経済情勢に応じた財政の弾力的運用を図るため,公共事業等の施行促進や国債,政府保証債等の発行調整を行なうこととした点などがあげられよう。
41年度一般会計の予算規模は前年度当初予算にくらべ6,562億円,17.9%の大幅増加となつた。このような大幅な予算規模の拡大を可能にしたのは,いうまでもなく7,300億円に上る公債金収入の計上であつた。
歳入予算の大宗を占める租税及び印紙収入についてみると,1,190億円の自然増収が見込まれたが,後述するような税制改正による減収額が2,090億円に上つたため,前年度当初予算にくらべ900億円,2.7%の減少となり,歳入予算全体に占めるウエイトも89.9%から74.1%に大きく低下した。税目別には,所得税は大幅減税にもかかわらず雇用及び賃金水準の上昇を中心に着実な増加が期待されたが,景気感応的な税目は税制改正による減収もあって前年度当初にくらべ法人税13.6%,物品税18.5%,関税4.4%とそれぞれ減少した。その他の項目では雑収入が大幅増加をみたことと,前年度剰余金受入が激減したことが目立つた。
このように不況の影響から税収の伸び悩みが予想されたにもかかわらず,すでに述べたように国税で初年度2,090億円,平年度3,106億円と,その規模,自然増収に対する割合等からみて画期的な減税措置がとられた。
税制改正の主要なものについてみると,まず所得税の面では,給与所得者の標準世帯(夫婦子3人)の課税最低限を61万3千円(40年度54万4千円)に引上げるため各種所得控除の引上げを図るとともに,課税所得300万円以下の所得階層に対する税率緩和によつて中小所得者の負担軽減に重点的配慮が払われた。
第2に企業減税の面では,法人の留保所得のうち年300万円超の部分に対する税率を37%から35%に引下げたほか,建物の耐用年数の短縮,資本構成改善の促進等によつて企業体質の改善を図り,さらに中小企業の経営基盤強化のために専従者控除の引上げ,中小法人の軽減税率の引下げ等が行なわれた。
第3に物品税について,健全な消費需要を喚起して国民生活の向上と景気回復の促進を図るとともに,輸出の振興,中小企業の育成等に資するために,物品税全般にわたり課税の廃止,免税点の引上げ,税率の引下げなどによる減税が行なわれた。
さらに第4として,国民の適正な財産形成に資するため相続税の減税が実施された。
一方,財政投融資計画の原資見込みは, 第8-3表 のとおりであり,前年度当初計画にくらべ4,067億円の増加となつたが,増加額の87.1%は公募債借入金等と資金運用部資金の増加によるものであつた。
まず資金運用部資金では郵便貯金,厚生年金が前年度にひきつづき,それぞれ28.9%,24.3%の大幅増加が見込まれたものの,特別会計の預託金とりくずし等が大きかつたため,全体では16.2%の伸びにとどまり,財投原資全体に占めるウエイトは65.6%から61.0%に低下した。
これに対して公募債借入金等では,外貨債等が海外の金利高により32.0%減少したが,政府保証債と借入金がそれぞれ76.2%,37.7%の大幅増加となり,民間資金の占めるウエイトは前年度にひきつづき高まつた。これは公社,公団等の旺盛な資金需要を反映するものであつたが,41年度においても民間部門の資金需要が沈静するものと予想されたことから民間の蓄積資金の積極的な活用を図るという面もあつた。
このほか簡保資金は前年度において簡易保険の償還満期集中の影響で26.7%の減少をみたことの反動により,54.5%の大幅増加となつた。また産投会計出資は固有財源の枯渇により減少した。
41年度歳出予算では財政投融資計画と相まつて国民生活の向上と社会福祉の充実,産業基盤の拡充と国土保全の強化,中小企業や農業等低生産性部門の近代化,文教・科学技術の振興,輸出振興と対外経済協力の推進,などに財源の重点的配分が図られた。,
第8-4表 は一般会計主要経費別歳出予算の推移をみたものである。前年度当初予算との比較で増加額の大きいのは,地方交付税交付金を除けば,ひきつづき従来から三大重点施策とされてきた公共事業関係費,社会保障関係費,文教及び科学振興費で,これらの増加額は総増加額の47.6%を占めた。このうちとくに公共事業関係費は有効需要面への影響力が大きく,また社会資本充実の緊要性が高いことから41年度予算の財源配分に当つて最重点項目とされ,前年度当初比1,388億円,19.0%の大幅増加となつた。
主要経費別にその内容をみると,まず公共事業関係費では,41年度を初年度とする新住宅建設5ヵ年計画が策定されたこともあつて住宅対策費が大幅増加となつたほか,災害復旧,治山治水等国土保全や道路整備等の事業費の増加が目立つた。社会保障関係費では医療費増嵩に伴う国庫補助や年金保険の給付改善等による社会保険費の増加が全体の増加額の過半を占めたほか,生活保護基準の13.5%引上げをはじめとする生活保護費の増額が大きかつた。次に文教・科学技術振興の面では,前年度にひきつづき教職員給与の引上げに伴う義務教育費国庫負担金の増大,大学入学志願者の急増対策として国立学校特別会計への繰入と私学振興会の貸付規模拡大を中心とする教育振興助成費の増額等がとくに留意された。
以上のような重点施策のほか,貿易振興及び経済協力費,産投会計への繰入,中小企業対策費,農林水産業関係の経費の伸び率が高かつた。これは,①貿易振興のためジエトロの事業強化と輸出入銀行への追加出資のほか,開発途上国に対する経済協力の促進のため海外経済協力基金とアジア開発銀行に対する出資を行なう,②中小企業への円滑な資金融通と金利負担の軽減によつて中小企業の近代化を促進する,そのための商工中金への出資と国民金融公庫ヘの補給金交付を行なう,③圃場,農道等を中心とする農業基盤の整備,農林水産業の構造改善事業の推進,農業共済掛金の一部国庫負担を行なう,ことなどによるものであつた。
このほか40年度からの新規国債の発行に伴う支払利子の増加を主因として国債費も前年度にくらべ2倍以上となつた。
一方,財政投融資の運用計画においても,景気対策と経済の均衡ある発展を推進するため,波及効果が大きい事業や国民生活,経済活動の面で立遅れの目立つ事業への重点的な資金配分が図られた。 第8-5表 の使途別分類にみられるように,住宅の建設に特に重点をおくとともに,道路,運輸通信等社会資本の充実,輸出の振興等を図ることにより,有効需要の拡大に資することとしたほか,中小企業及び農林漁業金融の充実並びに生活環境施設,文教施設等の整備拡充についてもそれぞれ配慮が加えられた。
このような積極的な大型予算はどのように実行され,どのような効果をもたらしたであろうか。
財政支出が経済活動に及ぼす影響は単にその規模のみでなく実行の時期による面も大きい。
40年7月以来予算および財政投融資の繰上げ支出の促進が図られてきたのであるが,ひきつづき41年度においても景気のすみやかな回復をもたらすよう公共事業等の施行促進が図られた。その結果,中央,地方,公社公団等にわたつて施行促進の対象となつた経費2兆2千億円の上期末契約済比率は75%に達し,例年を大幅に上回つた。このような契約促進の効果は建設受注の動きにはつきりあらわれている。すなわち 第8-1図 にみられるように,支出促進策,債務負担行為の活用などによつて受注の増大した前年度後半をうけて41年度前半はひきつづき高い水準で推移し,受注総額に占める比率も5割近くであつた。
このような公共事業等の施行促進策を反映して一般会計予算の執行も順調に推移し,進捗率(最終歳出予算現額に対する割合)は第1四半期26.0%,第2四半期21.2%と前年同期の22.3%,19.5%を上回り,支出済歳出額は第1四半期1兆1,744億円,第2四半期9,598億円と前年同期をそれぞれ3,291億円,2,214億円上回つた。
このように財政支出は好調に推移したが,それは民間の自律的回復力にどのように結びついていつたであろうか。
公共事業の施行は単に建設活動に影響を及ぼすにとどまらず,産業間の相互依存関係を通して鉱工業生産活動にも影響を与える。産業連関表によつて政府投資の波及効果を試算してみると( 第8-2図 ),第1に1,000億円の政府投資は2,430億円の生産を増加させ,この増加額は民間投資(2,580億円),民間住宅投資(2,550億円)につぐものであること,第2に,当初投入額の約85%は建設業に対する需要であるが,鉱工業生産の増加額もきわめて高いことがわかる。その結果,本報告 第1-2図 でみたように,政府投資の鉱工業生産対前年同期増加寄与率は,下期には民間需要の盛り上りもあつて3.6%に低下したが,上期には22.2%と輸出とならんで高いものであつた。
このような財政支出の集中は稼動率の上昇や在庫率の低下を通じて民間の在庫投資,設備投資をよび起す大きな力となつた。また,金融面においても,対公共部門売上の相対的増大は企業金融緩和の大きな要因となり,投資回復を促進したものとみられる。
財政支出はこのように直接,間接に生産活動をたかめるが,さらに所得の循環過程をへて個人消費や民間投資などの最終需要自体をも高める。これをみたのが 第8-6表 であり,例えば,政府消費,政府投資を1,000億円ずつ増加させれば,最終的には2,440億円,2,280億円の有効需要の増加がもたらされることがわかる。41年度は40年度にくらべて政府消費が3,800億円,政府投資が6,000億円増加するものと見込まれているから,乗数効果を含めれば財政面から合計2兆3,000億円の有効需要が追加されたことになる。これは41年度の国民総生産増加見込額4兆7,600億円の48%に相当する。もちろん,他方では租税など財政収入増による有効需要削減効果を考慮しなければならないが,41年度は大幅減税に加え, 第8-6表 によれば財政支出増に伴う税収増がかなりあるため,この面からの影響は無視して差し支えないものとみられる。
これまでの均衡財政の方針下にあつては,租税などの経常収入の増大なくして財政支出の増大は不可能であり,減税も有効需要面からみれば自然増収を政府(財政支出増),民間(減税)のいずれが使うかという問題であつた。ところが,41年度においては国債発行による財源振替を背景に,一方では財政支出増,他方では大幅減税と両面からの有効需要喚起が可能となつたことを見逃してはならない。
なお,国債発行によつて民間投資などが削減されるのであればこれを考慮に入れなければならないが,少なくとも41年度における国債発行は民間の遊休貯蓄の活用に向い,いわゆる機会費用は無視して差し支えないであろう。
次に,規模の増大と支出促進の効果がどのようなものであつたかをみてみよう。国民所得統計上,公共事業は大部分政府固定資本形成に帰属するので,これについてみると,41年度の政府固定資本形成は40年度にくらべ約5,800億円増大し,他方支出促進策によつて37~39年度ペースにくらべると下期から上期ヘ約1,400億円の移行があつたものとみられる。両者の効果を四半期別にみたのが 第8-3図 であり,支出促進策の効果がかなり大きく,第1,第2四半期においては,国民総生産対前年同期増加額に対する寄与率も約1割に達していた。
41年度の租税収入は,景気の予想以上の回復を反映してきわめて好調な伸びを示した。一般会計合計の収納累積額の推移を 第8-4図 によつてみると,当初予算で見込まれた対前年度(決算額)増加率4.9%を年度当初から大きく上回り,8月から10月にかけて法人税延納分の減少を主因に当初見込み増加率を5ポイント上回る水準まで落込んだものの以後着実な増勢をとりもどした。
この結果,一般会計合計の4月末現在の実績見込額は3兆4,060億円と前年度決算額に対し,3,564億円,11.7%の増加となつた。主要税目別の伸び率を当初見込みとの対比でみても,42年4月末日が休日であつた関係で4月分の大半が42年度分にズレ込んだという特殊事情によつて酒税が5ポイント下回る結果にとどまつたほかは,いずれも当初見込まれた伸び率を上回つた。このうちでは対前年度決算額にくらべ法人税が3.5%の減少見込みに対し11.2%の伸びを示して1兆円の大台にのせたことが目立つた。これは企業収益の予想を上回る回復を反映したものであり,国税庁資料により6ヵ月決算大法人の申告所得の対前年同期比をみてみると,40/上96.2%,40/下100.3%に対し,41/上108.7%,41/下123.2%と企業収益の尻上りの回復がみられる。中小法人の申告所得についてもほぼ同様の推移がみられた。こうした動向を反映して法人税申告税額も好調な伸びを示した。 第8-5図 は申告税額の推移を過去の景気回復局面と比較したものであるが,今回の回復の足どりは前々回には及ばないものの,前回にくらべればかなり順調であつたといえる。また企業収益の回復と貸出金利の低下により,法人税の即納率も前年度にひきつづき上昇し,6ヵ月決算大法人で88.9%(前年度74.4%)となつた。
このほか申告所得税は営業所得,給与所得のほかその他所得の好調から前年度比14.3%増となり,関税も,化学品,砂糖,食品類等を中心とする輸入増を反映して15.5%の大幅増加となつた。これに対して源泉所得税,物品税は当初見込みは上回つたものの,伸び悩み傾向を免れなかつた。
しかし,これにはすでに述べた大幅減税の影響による面が非常に大きかつた。主要税目別の収納実績額と41年度において減税がなかつたものとして調整した収納推定額とを対比させてみたのが 第8-6図 である。これでみると,減税がなかつた場合には一般会計合計の対前年度比伸び率は20.5%になるが,税目別には減税割合の大きかつた源泉所得税と物品税の伸び率もそれぞれ26.4%,20.6%と高かつたものと思われる。利子,配当所得分が景気の好転により順調な伸びを示したほか,雇用及び賃金水準も着実に上昇したにもかかわらず,源泉所得税の収納実績額が対前年度比10.8%増と従来にくらべ伸び率が低かつたのは全体の約70%を占める給与所得分が大幅減税の影響で6.9%増にとどまつたことによる面が大きかつた。また物品税も収納実績額では0.8%減であつたが,減税調整後でみれば,36年度以来の高い伸び率であつた。これには前年度が39年のオリンピツク・ブームの反動で低調であつたという事情もあるが,基本的には好況と所得水準の向上によつて乗用車をはじめ,テレビなど主要耐久消費財の出荷が好調であつたことを反映するものであつたといえよう。
以上のように41年度の税収は年度当初から好調を持続し,42年に入つて補正後予算を上回る見通しが確実になつた。このため3月発行予定の国債のうち,証券会社引受け分50億円を除き,市中消化分350億円,資金運用部引受け分304億円,合計654億円(額面額)が減額されることとなつた。
このように経済は当初見通しを上回る順調な拡大を続け,これを反映して税収も法人税を中心にかなりの増収が見込まれるに至つた。他方,7月8日に生産者米価引上げが閣議決定され,8月12日には公務員給与引上げの人事院勧告が出され,さらに,災害の復旧,義務的経費の不足等,緊急に措置する必要のある追加財政需要が発生した。このため,補正予算が編成されることになり,12月20日に成立をみた。その規模は歳入,歳出とも1,629億円で,当初予算に対する比率は3.8%と,39,40年度にくらべれば高くなつているが,35~38年度にくらべればかなり小さいものであつた。歳出追加額(1,993億円)のなかでは米価引上げに伴う食管繰入れが810億円と大きく,その他,公務員の給与改善費(322億円),税収増に伴う交付金増(327億円)などが主なものであつた。
一方,その財源についてみると,40年度は主として税外収入と経費節減によつていたのに対し,41年度は法人税を中心とする税収増1,460億円,税外収入増169億円が見込まれ,なお不足する財源については一般経費の5%節約などによつて既定経費の節減(194億円)と予備費の減額(170億円)を行なうこととした。
第8-7表 にみられるように,これまで毎年補正予算の財源は大部分税収増でまかなわれてきたがこれは経済が予想を上回つて拡大してきたことによるものといえよう。そこでこの成長率の上昇と税収伸び率の上昇との関係をみたのが 第8-7図 で,税収不足を生じた40年度を除けば,前者が1ポイント高まれば後者は1.5ポイント程度高まるという関係にあつた。
しかし,今後,経済成長率がかつてのように予想を大幅に上回ることがなくなれば,毎年多額の税収増は期待できなくなるものとみられ,また,税収増の多い好況期には景気に与える影響,国債の減額,財政に対する需要の強弱等経済情勢全般を考慮にいれながら補正予算の編成に当つていくことが必要であろう。
また,財政投融資計画においても4回にわたり,合計1,017億円の追加がなされ,その結果,41年度の財投規模は最終計画では2兆1,290億円となつた。改定の主なものは,中小企業の資金需要に対処するため中小金融三機関に対する追加(265億円),船舶輸出増大,対外経済協力進展に伴う輸銀資金の追加(300億円),地方公共団体の災害復旧等のための追加(151億円),東名道建設進捗による工事費増大に伴う日本道路公団に対する追加(87億円)などであつた。なお,企業の金利負担の軽減に資するため,41年10月1日から開銀,北東公庫の基準金利が8.4%から8.2%に引下げられ,中小金融三機関の金利も42年1月1日からこれに準ずる引下げがなされた。
41年度の財政資金対民間収支は,当初,外為会計を中心に2,790億円の散超が見込まれていたが,景気上昇を反映して上期から下期へとしだいに揚超傾向を強めていき,結局,年度間で2,434億円の揚超となつた( 第8-8表 )。これまでも景気上昇期には租税,郵貯などの受入面の予想を上回る好伸から揚超となることが多かつたのであるが,国債発行下では次のような変化があることに注意すべきである。すなわち,これまでの好況期においては多額の新規発生剰余金が生じ,これが大きな揚超要因となつたのであるが,40年度,41年度のように税収増に見合つて国債発行が減額されればこの要因はきわめて小さなものとなることである。
41年度の揚要因としては,まず財政投融資の原資面で郵貯等が予想を上回つて増加したことに加え,運用面では金融緩和の影響から地方公共団体向け貸出を中心に資金の運用が出遅れ,実行にズレを生じていることがあげられよう。さらに,その他の特別会計や,国鉄,電々において支出のズレが生じていることも無視できない。また,当初1,440億円の散超が見込まれた外為会計は年度後半にかけて輸入の増勢がたかまつたことなどから逆に397億円の揚超となつた。
なお,資金運用部の資金状況をみたのが 第8-9表 である。
次に,41年度の国債発行は6,750億円(額面額)で,全額市中で消化された。業態別引受状況をみると,都銀が40.5%(2,731億円),地銀19.9%,長銀9.7%,信託,相銀,全信連,農中,生保各3.5%で,引受団外消化は12.4%(836億円)であつた。この一般消化状況を期別にみると,4~6月196億円,7~9月208億円,10~12月227億円,1~3月205億円と,1~3月には発行取り止めもあつてやや減少したが,期を追つて増加傾向をみせた。また,41年10月1日には国債の上場が実施された。
41年度のわが国経済は,積極的な財政政策の展開が民間の自律的回復力と結びつき当初予想もしなかつたような早いテンポで上昇過程に入り,経済成長率も前年度比で実質9.7%(名目15.2%)程度と見込まれている。
42年度においても,個人消費支出,企業設備投資,在庫投資等国内需要の堅調が予想され,鉱工業生産もかなりの伸びが見込まれるなど,わが国経済はひきつづき強い上昇基調をたどるものと思われる。しかし,国際収支面では,輸出の伸びが鈍化する一方,景気上昇に伴い輸入の増勢が強まるなど先行きには楽観を許さないものがある。
こうした経済情勢のなかで編成された42年度予算は,国際収支の均衡と物価の安定を主眼として,景気に過度の刺激を与えないよう,財政規模及び国債,政府保証債の発行額を適正な限度に抑えるとともに,限られた財源を重点的に配分することを基本的目標としている。
このため一般会計予算額は前年度当初予算に対し6,366億円増の4兆9,509億円と5兆円の枠内に抑えられ,伸び率も14.8%(石炭対策特別会計への振替分476億円を含む実質規模では15.9%)と前年度当初の17.9%にくらべ3ポイント低下している。とくに前年度18.9%増と大幅な伸びを示した公共事業関係費は14.3%増と伸び率としてはここ5年間の最低となつている。また,財政投融資計画も前年度当初計画にくらべ3,611億円,17.8%増の2兆3,844億円で,伸び率が20%以下になつたのは37年度以来のことである。地方財政計画は同じく6,366億円,15.4%増加して4兆7,714億円となっている。
このような財政規模の圧縮が図られた結果,国,地方を通ずる政府の財貨サービス購入は8兆3,500億円で,前年度実績見込みに対して12.8%増と前年度伸び率15.3%を下回り,国民総生産に対する比率も20.4%に低下する見込みである。
一般会計予算の歳入,歳出面についてみると,まず歳入面では景気の上昇から租税及び印紙収入が税制改正による803億円の減収分を除き前年度当初にくらべ6,075億円,19.0%(石炭対策特別会計振替分を含めると6,550億円,20.5%)の大幅増加が見込まれている。一方,公債金収入は8,000億円と前年度にくらべ700億円増に抑制され,歳入予算中に占めるウエイトも約17%から約16%に低下している。歳出面ではひきつづき社会保障の充実,社会資本の整備,文教,科学技術の振興等重要施策の推進,住宅及び生活環境施設の整備,中小企業,農林漁業等低生産性部門の近代化,貿易の振興と対外経済協力の推進,産業体制の整備などに財源の重点的配分を行なつているほか,交通安全・公害対策の強化,物価安定施策の推進など国民生活の向上を図るためにきめのこまかな配慮も払われている。
財政の果すべき役割には様々のものがあるが,本格的国債発行に踏み切つた41年度財政は景気刺激にめざましい成果をあげ,経済は順調な拡大過程を歩んできた。
このような情勢を背景に国債発行下第2年目の財政の直面する課題は景気が過熱化するのを防ぐとともに,景気安定と資源配分をどのように調整していくかということであろう。
本報告第2部でみたように,社会資本の充実,社会保障の拡充などのために財政は大きな役割を果していくことが期待されている。他方,民間経済に行き過ぎのおそれがある場合に,財政面からの調整を図つていくことは当然必要である。このため,財政規模を適正な水準に維持し,また,財政支出の調整などの弾力的運用を図るべきことはいうまでもないが,同時に,国債政策を導入した今後の財政運営にあたつては,財源調達面を通ずる調整機能も十分活用する必要があろう。すなわち,景気の上昇局面においては,国債発行の抑制,財政支出の調整を行ない,金融政策の適切な運用と相まつて景気の過熱抑制を図つていくのである。
短期的な景気調整はこれまでのように主として金融政策によることになろうが,財政の景気調整機能も自動的メカニズムのみでなく政策手段を整備,充実させていく必要がたかまつている。こうした観点から42年度税制改正によつて次のような措置がとられたことは注目に値しよう。
第1は,法人税の延納制度についてこれまで日歩2銭に固定されていた延納利子税率を公定歩合とリンクさせることにより, 第8-8図 にみられるように景気過熱期に延納率上昇によつて金融引締めの効果が阻害されることを防ごうとするものである。
第2は,特別償却について景気が過熱化するおそれのある場合にはその停止,繰越しを行なつて設備投資の加速化を防ぐ一方,不況時には特別償却の対象範囲を拡大しようとするものである。
以上みてきたように,財政の景気調整に果す役割が増大し,他方ではマネーフローの変化に伴つて金融政策も予防的色彩を強めていく必要があるものとみられる。従つて,経済の実態を常に正確に把握し,財政金融政策の機動的運営を図つていくことがこれまでにもまして重要である。