昭和42年

年次経済報告

能率と福祉の向上

経済企画庁


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5. 建  設

昭和41年度の建設活動は民間の建設需要の盛り上がりによつて前年度とは対照的に活況を呈した。しかし年度後半には需要,供給側の両要因がからまつて鋼材,木材など主要な建設用資材の暴騰がみられ,建設コストを押し上げる現象がみられるようになつた。また,建設業における労働力不足もいつそう強まつている。

以下では,昭和41年度の建設活動の回顧を中心にしながら,主要建設資材および,人件費の値上がりによるコスト面への影響と,建設業の労働力不足の問題の三点を検討することにする。

(1) 昭和41年度の建設活動

昭和41年度の建設活動は前年度の停滞から活況へと様変わりとなつたが,これは民間部門とくに,製造業法人の建設需要が旺盛となつたことによるものである。

(一) 建設受注

建設活動の活発化はまず,建設の受注の面にあらわれている。昭和41年度の建設工事受注総額(第1次45社分)は 第5-1表 に示すように,前年度比12.4%の増加で,前年度の1.5%の増加にくらべ,格段の伸びを示したことになる。これを発注者別にみると,民間部門は40年度の18.2%の減少に対して41年度は18.6%の増加でいちじるしい対照となつている。民間部門のなかでも,製造業からの受注は41年度は51.1%の増加(前年度33.4%の減少)と最も高い伸びを示し,41年度の建設工事の盛況を支えた最も大きな要因となつた。一方,前年度,景気対策から35.8%と大幅に伸長した官公庁部門からの受注は41年度は4.9%の増加にとどまり,主役から後退した。

また,受注を工事種類別によつてみると,工場・倉庫・発電所といつた製造業に関係の深い建築工事が前年度の28.0%減から本年度は52.3%の大幅増加となつたことが影響して,建築が19.0%の増加(前年度14.6%減)となつたのに対し,前年度に24.7%の大幅増加となつた土木工事は41年度は5.0%の増加にとどまつた。

第5-1表 発注者別工事種類別建設工事受注の伸び

以上のように,41年度の建設活動は受注面からみると,民間部門,それも製造業部門が主体となり,また,工事種類別では工場・倉庫・発電所等の生産および生産付帯設備の建築が主体となつていたことがうかがわれる。そして,このような動きは建築工事の着工についても同様にあらわれている。

(二) 建築着工

まず,建築着工工事費予定額についてみてみよう。 第5-2表 は建築着工工事費予定額について,建築主別,用途別についてみたものであるが,これによると,建築主では民間法人が,用途別では鉱工業用が前年度とは対照的な動きを示し,いずれも大幅な増加となつている。このほかにも個人および,居住専用は前年度にひきつづいて堅調な動きを示しており,個人の住宅建築が堅調に推移していることを示している。

また,建築着工床面積についても全く同じことがみられ( 第5-3表 ),受注にみられたような民間法人とくに,製造業の建設需要の盛り上がりがみられる。

第5-2表 主体別,用途別建築着工(工事費予定額)の伸び

第5-3表 主体別,用途別建築着工(床面積)の伸び

(三) 建設活動の推移と特色

つぎに,以上のような民間法人部門の盛況に特色づけられる建設活動は,前回の景気上昇局面におけるそれと比較して,どういう特色をもつであろうか。

第5-1図 , 第5-2図 , 第5-3図 は,建設工事受注,建築着工工事費予定額および,建築着工床面積のそれぞれについて,景気が底をついた後の回復・上昇の過程における動きを比較したグラフである。

第5-1図 発注者別建設工事受注の推移

第5-2図 用途別建築着工(工事費予定額)の推移

第5-3図 用途別建築着工(床面積)の推移

まず,受注についてみると,受注総額では回復の時期はほぼ前回と同じであるが,民間部門の回復は前回よりも遅く,回復に転じたのたのは41年4月である。これは製造業からの受注がすみやかに回復に転じたにもかかわらず,非製造業からの受注の回復が大幅におくれたためである。官公庁からの受注は前回とは異なり,今回は景気対策の影響で41年前半にかけて大きな盛り上がりをみせた。

回復に転じてからの上昇テンポは全体として,前回よりもかなり遅い。製造業からの受注はほぼ前回と同じテンポの上昇を示したが,非製造業のテンポが遅く,しかも41年末以後頭打ち傾向となつていること,また,官公庁からの受注も41年後半には漸減していることが影響していると思われる。

建築着工についてみると,回復の時期は,工事費予定額でみても,床面積でみても前回とほぼ同時期であるが,上昇テンポは,鉱工業用以外はいずれも前回よりゆるやかで,商業・サービス用は着工でみても41年末から頭打ち傾向となつている。

以上のように,昭和41年度の建設活動は,受注,着工とも前年度の公共部門中心から民間部門中心へと舞台の局面が変化した。とくに,民間部門のなかでも製造業,法人の活動はめざましく,これが41年度の建設活動の活況を支えた最大の要因となつた。これに加えて,個人の住宅建設もひきつづき堅調に推移している。

(2) 建設資材,賃金値上がりの建設コストに対する影響

前節でみたような建設需要の盛上がりは,建築費の値上がりをもたらす有力な一因となつている。 第5-4図 にみるように,建設工業経営研究会調べの東京都の標準建築費指数は建設需要が一段と強まつてきた41年後半から急カーブを描いて上昇している(もつとも,42年になると木造以外はかなり大幅な低下を示しているが,水準は40年後半,41年前半にくらべて依然,相当高いところにある)。これを40年7~9月期平均に対する41年7~9月期平均および,42年1~3月期平均の上昇率でみると,木造住宅はそれぞれ3.0%,10.3%の上昇,鉄骨造工場・作業場等はそれぞれ4.0%,22.5%の上昇となつている( 第5-4表 )。

第5-4図 標準建築費(東京)指数の推移

第5-4表 標準建築費(東京)の上昇率

このような建設費の値上がりは,必ずしも需要が強いということだけによるのでなく,コスト面からの圧力が建設費値上がりの有力な一因として働いている。建設コスト値上がりの要因は大別して,二つに分けて考えられる。

第1は,建設資材の値上がりによるコスト圧力であり,第2は,人件費の値上がりによる圧力である。

第5-5図 にみるように,砂利・砂,木材・同製品,鋼材,セメントなどの窯業土石製品および,建築用金属製品などの主要な建設資材の価格は,41年後半には一段と騰勢を強めた(もつとも,42年に入つて騰勢は収まつているが,なお高い水準にある)。これら前記5主要資材の値上がり率を40年7~9月期平均に対する41年7~9月期平均および42年1~3月期平均の上昇率についてみると, 第5-5表 のとおりで,たとえば,砂利・砂は,それぞれ11.9%,36.0%木材・同製品は15.5%,29.0%,鋼材は14.1%,26.5%もの大幅な値上がりとなつている。

第5-5図 主要建設投入財の卸売物価の推移

また,労働省調べの毎月勤労統計による建設業(規模30人以上)の常用雇用,日雇を合わせた賃金指数(常用雇用は定期給与のみ,日雇比率は(3)節,総理府統計局調べ,労力事情特別調査による建設業の日雇依存率20.9%をとり,常用雇用:日雇=79.1:20.9で合成した)でみると,40年7~9月期平均に対して41年7~9月期は9.3%,42年1~3月期は11.6%の上昇となつている。

第5-5表 主要建設資材および建設業賃金の上昇率

いま,これら主要建設資材と賃金の上昇が建設業のコストをどれだけ押し上げるかを昭和35年産業連関表によつて試算してみよう。

第5-6表 は昭和35年産業連関表の153部門購入者価格投入係数表から建設部門の中間投入のうち主要な5部門の投入係数を示したもので,これらと前述した建設資材5品目とが対応するようになつている。これら5部門の全中間投入係数に占める比率は 第5-6表 (A)/(B)で示すように,住宅新築で64.5%,非住宅新築62.4%,建設補修50.1%,公共事業58.0%,その他建設50.2%で,これらに各々の人件費比率を加え,これの総コスト比率=(1-営業余剰)に対する割合をとると, 第5-6表 の最下欄に示すように,5主要資材と人件費とで,全コストの約53%から68%位までを説明することができる。いま,ケースIを40年7~9月期平均に対する41年7~9月期平均の価格上昇による影響をみる例,ケースIIを40年7~9月期平均に対する42年1~3月期平均のそれというように設定して,価格上昇率×投入係数を計算すると, 第5-7表 のようになる。これによると,5主要資材と人件費の上昇が,各建設部門にとつて相当のコスト・プツシユとなつて働くことが推定される。とくに,その影響は,非住宅新築と住宅新築とにいちじるしい影響を与え,ケースIIの場合,非住宅新築では営業余剰率9.72%のうち6.67%までが,住宅新築では同じく13.95%のうち8.10%がコスト上昇によつて喰いつぶされてしまうことになり,企業の経営を困難にしている。そして,このような資材,人件費の上昇はたとえ好況期においても生産物価格の上昇への有力な一因として働かざるをえない。いくつかの資材価格の上昇は供給を増すことによつて鈍化するものであるが,建設資材のなかには,木材や,砂利・砂のように,資源上の制約条件から弾力的に供給を増やせないものも多く,これらの資材値上がりによるコスト圧力は容易にまぬがれがたい。また,後述するように,労働力不足が深まるにつれて,人件費上昇によるコスト圧力も今後いつそう強まると考えられ,一方,建設業の生産性上昇は必ずしも高いとはいえないので,コスト圧力からぬけだすことはあまり容易ではないと思われる。建設業は産業連関論の立場からみれば他部門波及効果の大きい産業であり,不況対策の際に建設部門に需要が集中される所以もこの点にある。それゆえ,建設業のコスト圧力がこれ以上強まることは,たんに,自からの発展を阻害するばかりでなく,他産業の発展にも悪影響を与え,さらには政策の効力を減退させるものともなる。

第5-6表 主要建設資材等投入比率

第5-7表 主要建設資材,人件費値上がりの影響

したがつて,建設業自からの技術進歩,資源確保,労働力不足に対する適応など建設業に対する課題は多い。

(3) 労働力不足と建設需要

建設業就業者は昭和30年~40年の10年間に倍増(178万人→338万人)した。非農林水産業就業者中にしめるウエイトも,30年の7.7%から40年に9.4%と大幅に上昇した。しかも建設業界は深刻な労働不足にみまわれ,とくに技能労務者の不足はいちじるしいものがある。

建設労働を考える場合,見のがせないのは労働者の老齢化である。国勢調査により年令階層別に労働者数をみると,製造業では30年,35年,40年とも一貫して20~24歳の年齢層が最も多いが,建設業については,30年20~24歳,35年25~29歳,40年30~34歳と段々老齢化している( 第5-8表 )。これは労働環境において劣る建設業が,若年労働力を集められなかつたためとおもわれる。

第5-8表 最も就業人口の多い年令層

第5-9表 資本装備率(有形固定資産/就業者千円/人)の推移

労働需給のひつぱくとともに,資本による労働の代替も進んだ。建設業の資本装備率(有形固定資産/就業者数)は38年度でもなお,製造業の5分の1,全産業平均の3.5分の1と低い水準にあるが,その向上にはめざましいものがあつた( 第5-9表 )。その結果,建設業の産出を35年価格で1億円増加するために直接,間接必要な労働力は30~38年に,建築では7割に,土木では半分に減少した。しかし,建設需要増による効果は強く,資本装備率の上昇ではカバーできなかつた。 第5-6図 のように,最終需要としての設備投資の増勢がいちじるしかつた30年代の特徴を反映して,建設業における最終需要変化による労働需要増は全産業におけるそれの約14%と就業者数の比率を上回り,これに対して生産性の上昇による労働需要の減少も,就業者に対する比率としては30年代前半には非農林水産業全体にくらべて5割以上も早いスピードでおこつた。しかし,35年以降設備の近代化は急速であつたが,生産性向上はむしろ製造業等にくらべて速いとはいえず,機械化による生産性の向上にも困難な面があることを示している。

第5-6図 需要の増大による就業者数の増加と生産性の向上の影響

第5-10表 臨時日雇い依存率の推移

もう一つ,建設業労働として特徴的なのは,臨時,日雇い労働に対する依存率の高さである。それは29年には実に43%の高さに達し,現在減少はしているものの,なお全産業(除,農林水産業)平均の4倍の高さにある( 第5-10表 )。日雇い労働に対する依存度が特に高いのは土工,重作業人夫,軽作業人夫(女)などで,とくに後2者は3割程度を日雇いにたよつている。

第5-7図 建設業日雇い労働者等延人員指数の推移

このような建設労務の特性は,まず季節的な労働需要の変動がはげしいことによる。 第5-7図 にみるように,建設業の日雇労働者に対する需要は,ほぼ例年とも,2~3月,7~8月,および,12月に高まりをみせている。しかし,今後日雇労務者の確保はますます困難になろうからこのような季節性は平準化されざるを得ない。そのためには,建設工事発注者の側からも業者手持ち工事の平準化のための考慮が払われなければならないこととなろう。

30年代は民間設備投資が高い成長をつづけたため,設備投資の労働誘発係数のたかい建設業の就業者数は高成長をつづけた。むしろ建設業は農業,それを主な原料とする食料品製造業,商業などのようには産出1億円当り(不変価格)の総(直接・間接)必要労働量はたかくないが,将来これら製品に対する需要の伸びよりは,むしろ不足している社会資本や住宅の供給のための建設需要の伸びの方がいちじるしいと考えられる。最終需要としての設備投資1単位の誘発する必要労働のうち,建設労働のしめるウェイトは30年34.1%,35年で29.4%,38年で29.7%とほとんど3割近いことを考えるとき,今後建設労働の需要はますます強まろう。

さらに,今後,固定資本形成にしめる公共投資のウェイトが上昇するにつれて,より労働集約的な土木事業の比率がたかまつてくるものと考えられる。 第5-8図 をみても,土木受注の比率は例年夏場にたかまるが,40年初めから政府の景気対策としての国債発行をともなう公共投資の発注増を反映して,かなり強い上昇傾向を示し,それに3~4ヵ月おくれて未消化工事残高がいちじるしく上昇している。このことからも,土木工事の比率がませば,未消化工事の比率が上昇することがうかがわれる。なお,未消化工事残高は増大をつづけ,現在能力の約10ヵ月分となつている。このような事態であるから,建設事業に対する労働力の供給について効果的な対策を講じなければ公共事業の進捗がいちじるしく妨げられるおそれがある。

第5-8図 土木工事のウエイトと未消化工事残高

むろん工事の機械化をすすめるほか,プレハブ化などにより労働節約的建設方式をすすめることも重要である。しかし,建設業の労働者1人当り資本装備率は30~38年の間に2.7倍と全産業平均の1.63倍,製造業平均の1.57倍に比しても大幅に高まつているので,今後今まで以上に労働生産性を向上させるため労働力の訓練組織や機械の効率的利用などにより建設部門における技術進歩を強力に推進する必要がある。それとともに,災害件数を減少させること(全産業の死亡事故の3割強は建設業で起つた),給与水準はかなり上がつたが,なお,福利厚生の水準の低いこと(建設業の福利厚生費は製造業より少ない),未組織労働者の割合の多いことなどに現われているように,おくれた面の多い建設労務の実態を改善していかねばならない。


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