昭和42年

年次経済報告

能率と福祉の向上

経済企画庁


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2. 鉱工業生産

(1) 拡張局面の生産活動

(一) 予想をこえた生産上昇

鉱工業生産は,41年度中一般の予想をこえる年率ほぼ20%のテンポで上昇をつづけ,年度平均では15.9%増と40年度の3.6%増を大きく上回つた。もつとも,拡張局面における上昇テンポとして今回がとくに高かつたというわけではない。前回の38年度にくらべるとわずかに上回つたものの,前々回の34年当時の上昇の勢いには及ばなかつた( 第2-1表 )。一方,41年度の鉱工業製品出荷は前年度にくらべ15.1%増と前年度比では生産の伸びをわずかに下回つたが,41年度の実態はどちらかといえば強力な需要が生産を押し上げつづけた出荷リード型の年であつたということができよう。このような需給環境にあつたから41年3月に16を数えた不況カルテルもつぎつぎと撤廃され,41年度末で完全に姿を消してしまつた( 第2-1図 )。生産調整の解消に伴い生産は増加していつたが,鉱工業生産者製品在庫はむしろ減少気味に推移し,ようやく42年1月に底入れして2月から増加に向つた。在庫のピークは40年9月であつたから谷までの期間は16ヵ月の長期に及んでおり,前回の4ヵ月はもちろん,前々回の12ヵ月よりも長い。この結果,在庫率も低下をつづけ,42年1月には103.0と6年ぶりの低水準を記録した。これは,前々回のボトム(36年8月)の98.0よりは高いが,前回のボトム(38年10月)の115.9を大幅に下回るもので,大半の業種で過剰在庫が一掃されたばかりか,適正在庫水準を割りこみ,荷繰りに悩む業種も続出した。鋼材,アルミ地金,合成繊維,石油化学製品など主要商品の在庫水準がいずれも前回および前々回のボトムを下回る低水準に落ち込んだことは注目される。しかし,年度末に近くなると生産能力は需要にかなり追いついてきた。これは42年2月以降在庫および在庫率が下げどまり,上昇に向つたことからもうかがえる。

第2-1表 鉱工業生産出荷等増減率推移

第2-1図 不況カルテル一覧表

以上の動きを増幅した形で示しているのが鉄鋼である。41年度にはいったとき鉄鋼はなお生産調整をつづけていたが,生産は増大する公共投資および民間投資需要に押上げられて増加をつづけ,生産調整は予定を1ヵ月繰り上げて8月末に打ち切られた。この間における高炉の新規稼動状況をみれば,41年3月に1基完成したのにつづいて,8月,10月,42年3月,4月にもそれぞれ1基ずつ完成し,生産能力は急速に拡充されていつた。稼動率も生産能力の増大と並行して高まつていつたから,42年3月の銑鉄生産は前年同月を27.7%も上回る高い水準に達した。この結果,鋼材在庫は,42年にはいつてかなりの増加をみせるようになり,最近において一時の需給ひつ迫感もかなり緩和してきている。

(二) 生産上昇を支えた需要要因

41年度の生産上昇を支えた需要は何であつたろうか。産業連関表によつて試算してみると,年度間を通じてみれば輸出および民間設備投資の寄与率が最も大きく,これに在庫投資および消費が次いでいる( 第2-2図左 )。年度を上期と下期に分けてみると上期において輸出,民間設備投資と並んで政府支出が生産上昇の大きな支えとなつているのが目立つている( 第2-2図右 )。これは,41年度政府投資が景気対策の観点から大型のものとなつたことおよび公共投資の支出促進措置がとられたことなどによるもので,この時期には土木建設機械,鋼矢板,大型形鋼など公共工事関連品目の伸びが著しかつた。下期には輸出は伸び悩みを示しはじめ,政府投資も上期の反動から後退し,生産の増加は主として民間設備投資,在庫投資および個人消費の3者によつて支えられた。民間設備投資は上期の非製造業および中小企業中心の増加から下期には製造業の大企業中心の増加へと移行して増勢を強め,出遅れていた在庫投資も流通在庫投資の回復から41年7~9月期以降本格的上昇に転じ,消費も所得の伸びの好調に支えられて伸長した。

第2-2図 鉱工業生産上昇最終需要別寄与率

さらに,前回(38年度/37年度)と今回(41年度/40年度)の最終需要別上昇寄与率を比較してみると今回は輸出と民間設備投資の寄与率が前回を大きく上回つている反面,在庫投資の寄与率はきわめて小さい。また,政府投資の寄与率は前回の寄与率を上回つてはいるが,その増加幅は輸出,設備投資ほど大きくない( 第2-2図左 )。輸出の寄与率がほぼ2倍にもなつている第1の理由は,最近輸出依存度が高まつているためである。例えば電気機械の輸出依存度は電子機器などの輸出堅調を反映して38年度の13.6%から41年度には23.6%ヘ10%も高まり,輸送機械も鋼船,乗用車の輸出好調により同じく19.3%から28.1%へと3年間で8.8%も上昇している( 第2-2表 )。第2は,輸出構造の重化学工業化率が高まつたため輸出の鉱工業生産誘発係数が38年度の1.67から41年度には1.75に増大したためである( 第2-3表 )。第3に,輸出の伸びが前回をやや上回つたためで,38年度の前年度比伸び率(通関ベース)12.5%増に対し,41年度は14.2%増であつた。設備投資の寄与率が大きかつた第1の理由は,景気の谷を基準にして投資の回復が今回の方が1期早かつたためである。第2は今回は投資の落ち込みが小さかつたため従来のピークの水準に回復したのは景気の谷から2期目で前回の4期目より2期も早かつたためである。また,今回の在庫投資の寄与率が小さかつたのは在庫投資の項で,詳しく述べるように流通在庫投資の回復がおそかつたため在庫投資全体の本格的上昇が遅れたことが主因である。

第2-2表 輸出依存度の比較

第2-3表 最終需要別鉱工業生産誘発係数の推移

(三) 構造変化の進展

第2-4表 は41年度の生産増加がどの業種の生産増によつて齎らされたかを示したものである。この表から明らかなように鉱工業の年度平均の伸び率15.9%増を上回る伸びを示した業種は鉄鋼,非鉄金属,一般機械,電気機械,輸送機械および石油石炭でいずれも重化学工業であり,41年度における重化学工業の生産増加寄与率は,実に80%にも達している。これにより重化学工業化率は40年度に低下したあと再び上昇して67.7%とこれまでの最高を記録した。前回の景気上昇期38年度と41年度の重化学工業の構成を比較してみると二つの事実が目につく。一つは,一般機械および電気機械の比率の低下である。これは,設備投資が37年度以降調整局面を迎えたことを反映するもではあるが,一般機械および電気機械の比率が低下する中でなお重化学工業がその比率を高めることができたのは,30年代前半におけるような設備投資過度依存型重化学工業からの脱皮が進捗しつつあることを示すものにほかならない。設備投資は今後とも重化学工業を支える重要な柱であることは疑いないが,長期的にみればその比重の低下は避けられないであろう。

第2-4表 鉱工業生産上昇率及び構成比

二つは,輸送機械および化学の比率の上昇である。輸送機械の比重が高まつたことには鋼船比率の上昇による面も少なくないが,モータリゼーシヨンの進展と輸出の著増とを反映した四輪車の急速な伸長によるところがきわめて大きく,製造業に占める四輪車生産の比率は38年度の5.4%から41年度には7.2%に高まつている。ちなみに,38年以降における乗用車の前年比伸び率をみれば38年51.7%増,39年42.1%増,40年16.7%増,41年26.1%増となつており,その増加ぶりはまことに目覚しい。乗用車の保有状況が現在なお10世帯に1台と低水準にあること,乗用車価格が諸外国において爆発的に普及率が高まつたといわれる1人当り国民所得の1.4倍に近づきつつあることなどを考慮すれば今後一層の普及が期待され,四輪車の製造業に占める比率はさらに増大するものと思われる。

第2-3図 合成ゴム及び合成繊維比率の推移

化学はこのところ石油化学製品の伸長に支られて好不況期を通じ大きな変動もなく一貫して増加しているのが特徴的である。いまや各種の分野において石油化学製品を原料とする商品は急速にそのシェアを拡大しつつある。ナイロン,ポリエステル,アクリルなど合成繊維の繊維部門に占めるシェアは38年の20.5%から41年には28.4%に拡大し,ゴム工業においても天然ゴムから合成ゴムへの転換は急速に進んでいる( 第2-3図 )。またポリエチレン,ポリスチレンなど合成樹脂の包装,建材部門における進出ぶりも目覚しい。このように重化学工業の中で最終消費財部門に密着した乗用車および化学工業の比率が高まつていけば,長期的には重化学工業を支える設備投資の比重が低下する反面,個人消費の比重は増大していくだろう。

(2) 急増した在庫投資

(一) 今回の在庫投資の特徴

今回の景気回復から上昇の過程における在庫投資は,次の三つの点で従来とは異つた動きを示した。

その一つは,形態別在庫投資の回復順序がこれまでとは異つたパターンを示したことである。前回,前々回においては流通在庫投資と仕掛品在庫投資は金融緩和と時を同じくして増加に転じ,つづいて原材料在庫投資が回復,これと同時あるいはやや遅れて生産者製品在庫の積増しという形をとつた。しかし今回は 第2-5表 にも示すように全体としての回復が遅い上に,回復順序も原材料-仕掛品-流通-製品,というパターンであり,とくに流通在庫投資の回復が遅れたことが特微である。

二つは,従来金融の動きにかなりよく感応していた在庫投資が,今回は独自の動きを示したことである。この関係を 第2-4図 によつてみると,大メーカーにおける製品在庫投資,及び主として中小問屋小売業における流通在庫投資が,39年金融引締時から41年初に至るまでの間,金融情勢に殆んど無関係な動きを示したことがわかる。

三つは,今回の在庫投資が景気回復の牽引力としてではなく,景気に引きずられた形で現われたことである。 第2-5図 からも明らかなように,GNP増加寄与率は従来とは逆に景気回復初期には弱く,上昇期に入つた41年7~9月期以降急増している。

第2-5表 形態別在庫投資の回復時期並びにその順序比較

第2-4図 全国銀行短期貸出金利と規模別在庫投資の動き

(二) 形態別動向

このように従来と異つた動きを示した在庫投資について,形態別にその特徴と要因を見よう。

第2-5図 民間在庫投資のGNP

先ず原材料在庫投資であるが,これは 第2-6図 に見られるように,従来と同じく金融緩和の直後から回復に転じ,40年度中は上昇テンポも鈍かつたが,41年度に入ると生産活動が活発化し,それにつれて在庫投資も増加した。しかし,これは,あくまで生産の伸びにテンポを合せたものであり,在庫率自体は 第2-7図 に見るごとく41年度中は横這いないし低下傾向にあつた。最近在庫率に大きな変動がなく,しかも長期には低下傾向に推移している理由としては,

があげられよう。とくにこの傾向は大企業に顕著にあらわれていることが注目される。

第2-6図 形態別在庫投資の動向

第2-7図 規模別在庫率の推移

仕掛品在庫投資は設備投資-中でも注文生産資本財の設備投資に強い関連性をもつものであるが,前回,前々回は不況期といえどもこれら設備投資は強含みに推移していたため,仕掛品在庫も軽微な減少ですぐ増加に転じていた。39~40年に至る今回の不況期においては,資本財設備投資は極度に沈静し,それ故,仕掛品在庫投資も40年中減少をつづけたわけであるが,41年に入るや資本財設備投資の回復に加え,自動車,家庭電機,繊維等の生産増大に伴い,急テンポの上昇となつた( 第2-6図 )。その後上昇テンポは鈍つたが高水準で推移しており,42年度においても設備投資の拡大が予想されることから,この傾向は暫く続くものと考えられる。ただ在庫率はメーカーの生産工程短縮努力により,過去に較べて低下傾向にあるため,仕掛品在庫投資水準が更に飛躍的に上昇することはないであろう。

製品在庫投資については,金融引締期間中十分な在庫調整が進展せず,解除後も1年半の長きに亘つて調整が続いた。前回,前々回には解除後1~2・四半期で増勢に転じたのとは対照的である( 第2-6図 )。これを大企業,中小企業に分けてみると 第2-4図 にみるとおり,中小メーカーは金融情勢に感応的であり金融緩和とともに増加に転じているが,一方,大企業は今回ほとんど金融情勢と無関係な動きを示した。これは,大企業サイドでは39年引締当初は設備投資の一段落と所謂「かけ込み増資」で資金的にゆとりがあり,また金融が逼迫してからは企業間信用の拡大という手段に訴えたため,引締の効果が直接及ばなかつたことが原因である。かくして39年中高水準に維持された在庫は,つづく最終需要の停滞期に企業採算を圧迫し,この結果,大企業は金融が緩和されても,40年一杯意図した在庫減らしを続けたのである。41年初め頃からようやく最終需要の回復がみられ,生産,出荷とも上昇に向つたが,今回の不況によつて痛手を蒙つたメーカーとしては,積極的に在庫を積み増すまでには至らなかつた。その後も需要は意外に好調で4~6月期には意図せざる在庫減ともなり,7~9月頃からメーカーは先ず中小企業,次いで大企業という順で積極策に転じた。しかし在庫積み増しを上廻るハイピツチの需要増で,在庫率は(本報告) 第1-1図 に見るように42年1月まで急テンポで下降した。この間の動きを 第2-8図 によつて財別にみると,41年を通じ全ての財の在庫率は一様に下がり続けたが,42年に入ると夫々異つた動きを示しはじめている。出荷に若干の落着きが見られる耐久消費財,財政投資の増加テンポがやや鈍化した建設資財は42年1~3月期に下げ止まり,その他の財もかなり低水準に達していることから,今後は在庫率水準が回復に転じ,これに伴つて製品在庫投資が出て来るものと思われる。

第2-8図 在別製品在庫率の推移

流通在庫投資は, 第2-6図 にみるように景気が既に上昇に向つた41年4~6月にようやく在庫調整を終えて回復に転じた。このように流通在庫の回復が非常に遅れたことが,先にものべた今回の在庫投資パターンの一つの特色であるが,この理由としては,第1に金融が引締められても39年一杯最終需要の増勢が続いたこともあつて,メーカー側は活発な生産活動をつづけ,これを商社,問屋,小売業へ「押込み販売」したため流通在庫の水準は 第2-7図 からも明らかなように,中小企業(中小問屋,小売業)を中心にかなり高いものとなつていたこと,第2に不況が進行して生産調整が進み,在庫増の要因が後退した時点では,金融が緩和されても最終需要が停滞したため新たな在庫投資に向うどころか,高水準の在庫は容易に減少しなかつたこと,があげられる。このように,最終需要の動きと金融の動きが乖離したことが, 第2-4図 にみられるように,従来短期貸出金利に代表される金融の動きにかなりよく感応していた流通在庫投資が,今回,従来とは異つた動きを示した一つの要因といえよう。調整を終えて回復に向つた流通在庫投資の上昇テンポは急速であつた。しかし,それを上廻る最終需要の拡大はこの間, 第2-7図 に見られるごとく大企業,中小企業ともに在庫率の低下をもたらし,41年10~12月に至つてようやく下げどまりを見せた。 第2-9図 によつて品目別在庫水準の動きを見ても,41年後半における自動車,鋼材,冷蔵庫,綿糸,綿織物等の在庫水準低下は著しく,42年に入つてからはいづれも下げどまり,ないし水準訂正の在庫積み増しが見られる。

第2-9図 主要商品の流通在庫水準

(三) 今後の動き

以上のように①在庫調整の遅延,②深刻な不況を経験した各企業の慎重な態度,等により景気回復初期には従来の如く主導的役割を果さなかつた在庫投資も,景気が上昇期に入つた41年7~9月期には,景気を押し上げる大きな力として作用した。しかし,秋口から42年にかけては鉄鋼・綿紡績・一部の化学工業製品などに典型的に見られた如く,生産を上廻る需要の急増により,在庫積み増しの暇もなく多くの業種で在庫率が適正水準以下に低下し,そのため全体としての在庫投資は高水準ながら,その増加テンポには鈍化傾向がみられた。もつとも42年1~3月期以降になると,立遅れた生産面の体制が整い,下がりすぎた在庫率を適正水準に戻す,いわば補填的な性格の在庫投資が現われつつあり,それ故引きつづき高水準の在庫投資が今後もつづいてゆくものと思われる。

(3) 目覚しい設備投資の回復

(一) 41年度設備投資の推移

民間設備投資は40年10~12月の4兆7千億円(国民所得ベース季節調整済年率)を底に速いテンポで上昇し,41年10~12月には底を21%上回る5兆7億円となり,その後も根強い増勢を続けている。また,景気の谷(企画庁のD.I.)に対してのタイミングをみれば,前回は景気の底入れ後も更に1期底下したが,今回は前々回と同様,景気の立直りと同時に上昇へと反転した。しかも,前々回は回復後も3四半期はきわめてゆるやかな上昇の足どりであつたのに対し,今回は回復当初から高い上昇であつた( 第2-10図 )。

第2-10図 民間設備投資の回復

もつともすべての部門の投資が一様に上昇したわけではなかつた。業種別には,運輸・通信業,電力業,卸小売業等の非製造業の投資が回復初期を主導し,製造業はやや遅れて41年後半から上昇のピッチを高めた。また,規模別には,中小企業の回復が早かつた。

すなわち, 第2-11図 に示す如く,非製造業の設備投資は,40年7~9月期にはすでに上向きに転じていた。これに対し製造業は,中小企業(資本金1億円未満)は40年7~9期に底入れしたが,大企業(資本金1億円以上)ではそれに四半期おくれ41年1~3月期に底をうち上昇に転じた。しかし41年後半景気の高まりが本格化するにつれて,製造業とくに大企業の設備投資がピッチを上げ設備投資の盛り上がりに大きく貢献することとなつた。36年以降低迷をつづけていた製造業の設備投資がようやく抬頭を示し始めたのである。

(二) 設備投資回復の背景

このようなプロセスを経て設備投資は回復したのであるが,やや長期的にふり返つて見れば総論 第1-8図 に示すように,非製造業の投資は波動の巾が小さく,着実な上昇のすう勢が強いのに対し,製造業の投資は36年までの急増以後,今回の本格上昇にいたる迄,38,39年度の弱い盛り上がりを中にはさみ,停滞を続けた。また,規模別にみれば,中小企業の投資の増勢が目立つている。これは37~40年を通して,概して非製造業部門は投資不足気味であつたのに対し,製造業部門とりわけ大企業における供給力が過剰傾向にあつたことを反映しているものとみられよう。

第2-11図 業種別規模別設備投資の推移

非製造業の主要業種の状態をみても,電力業では発電設備の投資は37年に頭を打つているが,送配電部門の投資は年々増加しており,海運業では船腹の増加テンポは着実に上昇している。鉄道も人口の都市集中化に対処して輸送力増強への要請は常に強い。非製造業の設備投資の根強い増勢は今回の設備投資回復をリードした。

さらに,昭和40年から金融が緩和されていたがこれは中小企業の投資活動を刺激し,すみやかな回復をもたらした。 第2-12図 に示すように,貸出し(企業側から見れば借入れ)と投資との関係は,大企業ではさほど明らかでないが,投資が先行し,貸出しがこれに遅行している傾向がある(時差相関を見ると5~6四半期貸出しが遅行)。これに対し,中小企業部門では貸出しが2四半期先行し投資をリードしている。これは中小企業では第1に賃金上昇に対処するための合理化投資の必要性が高いこと,第2に,商業,サービス業など消費に関連し,景気の波の影響の少い業種のウェイトが高く,金融環境が好転すれば投資を増加させうる事情があつたことなどによろう。

第2-12図 企業規模別投資と金融機関貸出

第2-13図 製造業の設備投資,稼働率,純利益の推移

製造業,とくに大企業部門においては,多くの業種で設備投資の停滞がつづいた。それが41年後半から力強い回復をみせた要因をみよう。

要因の第一は,需給バランスの改善である。 第2-13図 に示すように,通産省調べの移動率指数の上昇テンボは前回をはるかに上回り前々回とほぼ同じである。それは生産の増加テンポは前回とさして変らなかつたが,投資が沈静していたため生産能力の増加テンポが低かつたからである。ボトムから3四半期目の能力の増加は前回は7.3%であつたが今回は4.9%であつた。

要因の第二は同じく 第2-13図 に示すように利益の大巾な好転である。今回の純利益の動きをみると,景気の底に先行して立ち直りを示し41年中,きわめて早いテンポで増加を続けた。これは減価償却費,金利コストの低下に大きく依存したいわば後向きの回復であるが,ともかくその上昇は前回をはるかに上回つた。

第2-6表 業種別規模別設備投資構成比

このように稼動率の急速な上昇,利益の大巾な増加は,沈滞していた産業界の投資マインドをよみがえらせることとなつた。

(三) 製造業の投資増加の特徴

民間設備投資が製造業中心に41年後半から回復を示し,42年にはいって,ひきつづき増勢を強めていることは,前述のとおりだが,その内容をみるとつぎの特徴があげられる。

第1に,設備投資の構成は 第2-7表 のようにいつそう重化学工業化が進んでいるものの,34~36年当時の鉄鋼,機械などを中心とした投資依存型から,今回は石油精製,アルミおよび乗用車などの消費依存型にかわつてきていることである。

第2に,設備投資のうち新規工事の割合をみると,多くの業種で41~42年にかけ増加していることである( 第2-8表 )。このことは,今後設備投資の水準がなかなか落ちにくいことを示すものといえる。

第3に,石油化学,石油精製,普通鋼,乗用車などでは大型化投資が進められ,それがまた,関連部門の大型化を促がしていることである。石油化学は先発グループの既大型プラントに対応した誘導品投資,後発グループのエチレン設備の大型化投資とそれにともなう誘導品計画であり,石油精製は43~44年を稼動目標とした新製油所の建設による。いずれも,長期的なスケジュール投資の拡大期にあたつていたが,需要増加がこれらの投資を促進した。鉄鋼では,普通鋼圧延設備の調整が難航していたが,需要の著しい伸びなど環境の好転もあつて,既着工の臨海大製鉄所の工事くり上げがあり,新立地による投資も着手されつつある。乗用車は本格的な大衆車時代をむかえ,量産体制確立のため,増設が進められているが,一部には新工場の建設計画もみられる。これらの業種は,量産効果の著しい分野であり,大規模生産技術の発達で,設備単位は大型化している。また,関連部門に対する投資の促進は,石油化学の場合,エチレンプラントの大型化がポリエチレン,合繊原料など誘導品の大型投資を生み,鉄鋼の大型圧延設備の着工は,高炉のマンモス化や付帯設備の大型化を前提としている。また,鉄鋼大手系列の中型メーカーでは,大手の増設に対応して自社設備の増強に努め,自動車部品メーカーも,乗用車の量産体制に即応した増設を進めている。さらに,資本財メーカーの一部には,慎重な投資態度のなかにも,受注機種の大型化にともなう隘路の充足をはかるものもでている。したがつて,石油化学,石油精製,自動車,鉄鋼などの投資水準は最近になると,いずれも過去のピーク時を上回るか,ほぼ同程度にまで達し,投資内容および投資動機も,需要増加による能力の拡張が主なものになつている( 第2-9表 )。

第2-7表 製造業設備投資の構成変化

第2-8表 主要業種の新規工事構成比

第4に,機械,合繊,紙パルプなど需給ギヤップ解消産業の投資増大があげられる。とくに需給ギヤツプの著しかつた一般機械,産業用電機では,長い間最小限度の合理化投資に抑えられていたのが,需要好転を機会にいつせいに投資を増加させた。また,合繊,紙パルプ,セメント(ミル関係),自動車タイヤ,塩ビ樹脂など,かつて生産・設備調整を行つていた市況産業も,他と同様41年後半から設備投資の急増をみた。もつとも,これらの各業種は前述 第2-9表 のように,合理化投資を主目的にしているため,投資水準は過去に比べいずれも低い状態にとどまつている。

第2-9表 主要業種の投資内容

第5に,労働力不足に対応した投資は,直接には綿紡,自動車部品,工作機械などで設備の自動化等の形で進められているが,全般的な傾向としては,最近の新増設が労務費低減をねらいとした高能率設備であることがそれを示している。

(四) 今後の設備投資の動向

民間設備投資の先行指標である機械受注の民需(除,海運)の推移をみると,41年後半以降急テンポの拡大を示し,最近では過去のピーク時(36年7月)を上回るほどの盛上りがみられている。それは,製造業のなかでも,鉄鋼,自動車,化学,石油など諸業種が軒並み増加したからで,この頃から設備投資は製造業リード型の本格的な上昇過程に入ったといえよう。

第2-14図 機械受注(民需,除海運)の推移

もっとも,製造業向機械受注の上昇テンポが,前々回(33~35年)に比べかなり低いことに注目しなければならない。その理由の第1は,総論にものべたように,最近の技術進歩が国内の研究開発に支えられるものに変わりつつあるので,それが投資を促がすという点では時間がかかりテンポも低いものになろう。したがって30年代前半のように技術導入による新技術・新製品の群生が投資の急増をもたらすようなことにならないということである。

第2に,機械メーカーの受注の手持月数が,35~36年当時のように急増していないことである。資本財メーカーの一部には,設備面で能力不足が顕在化し,労働力不足が生産計画を狂わせたが,全般的には過去の投資ブーム時に比して格段と高い能力をもっているからで,これにより投資の過熱化が防がれ,投資が投資を呼ぶことなく,手持月数も比較的安定した推移を示している。

第2-15図 製造業の設備投資関連指標の推移

第3に,今回製造業の設備投資に占める機械の比率が高まり,投資の増加テンポにくらべ能力の拡充が速やかだったことである。 第2-15図 に示すように設備投資と機械受注(いずれも35年=100として指数化したもの)の相対的な動きをみると,36年以降設備投資を下回っていた機械受注が,最近になると次第に接近し,ついに設備投資をこえるに至っている。また,通産省調べの生産能力指数の増加を設備投資で割った値(仮に,能力・投資比率指数)をみると同図のように,41年にはいって顕著な上昇がみられる。

以上は,製造業のしかも大企業を中心とした最近の投資動向に関連する特徴だが,非製造業の大企業投資は増加傾向にあるとはいえ,製造業の伸びを下回るものであり,また,設備投資全体を加速させるものとはなるまい。中小企業の設備投資も,41年は高い増加テンポを示したが,今後の増勢は鈍化して行くだろう。


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