昭和42年
年次経済報告
能率と福祉の向上
経済企画庁
第2部 経済社会の能率と福祉
4. 財政金融の役割
わが国経済の効率化を進めていくためには,重化学工業など高生産性部門へ必要な資金を効率的に供給するのみならず,中小企業,農業など低生産性部門の近代化,合理化を促進するために必要な資金を配分していくことが重要となつてくる。
まず,大企業部門に対する資金の供給が効率的になされたかどうかについて,収益性,成長性,安全性等を一つの尺度としてみてみよう。
第68図 によつて大企業における収益性,成長性,借入金残高の伸びの3者の関係をみると,粗付加価値額の伸びの高い成長企業グループ(A)は収益の伸びも大きく,同時に借入金残高の伸びも停滞企業グループ(B)に比べて大きい。
また 第69図 によつて安全性,成長性,借入金残高の伸びの3者の関係をみると,安全性の高い企業ほど借入金残高の伸びが大きくなつている。
以上のように,30年代を通じて大企業に対する金融機関の資金供給は,成長性,収益性,安全性の高い企業をおおむね指向していたことがわかる。
しかし,40年代においては,金融機関をめぐる内外の環境は大きく変化しており,金融機関全体として,産業の国際競争力強化のために効率的な資金配分を行なうことが強く要請されている。このためには金融機関も長期的経済計算の上にたつて産業界の体質改善,再編成等のため,従来のシエア競争,系列融資等の態度を改め,必要な協調をはかつていくことが必要といえよう。
つぎに中小企業についてみると,30年代においては大企業と同様半ば恒常的に借入需要が強かつた。そこで,民間金融機関のうち中小企業専門金融機関(相互銀行,信用金庫,信用組合)が積極的役割を演じた。また,それを補完するために後にみるような政府系中小金融機関の役割も大きかつた。
30年代後半期において,大企業向け貸出と中小企業向け貸出がほぼ同じような増勢をつづけたのは,民間中小金融機関が資金量の増大を背景として貸出を伸ばすことができたからであり,また,政府系中小金融機関が金融引締期に増勢を高め補完的役割を果したからである( 第70図 )。
ただ,40年下期以降最近にいたるまでの動きは,民間金融機関,政府系中小金融機関の中小企業向け貸出が大企業向け貸出とは対照的にかなり顕著な増勢を示している。これは大企業部門の設備投資が比較的落着いていたことや,公共部門の投資超過(資金不足)幅拡大を主因としたマネーフローの変化によつて,とくに大企業の金融が大きく緩和したので,民間金融機関が中小企業向け融資態度を積極化させたためである。今後,大企業の投資活動の活発化にともなつて,大企業の所要資金の増勢があつても,均衡のとれた成長が続きマネーフローの変化という基調が大きく変わらない限り,民間金融機関全般の中小企業に対する資金供給はかなり高い水準に維持されることが期待される。
つぎに,農業金融とこれに対する政府金融機関の補完的役割についてみよう。収益性,成長性,安全性などの点で,農業は一般民間金融ベースにのりにくい。これまでの農業金融は,全国的,広域的な相互金融である農協系統金融機関とこれを補完する政府金融機関(農林漁業金融公庫)とによつて行なわれてきた。さらに,36年から農業近代化資金制度が発足し,比較的高コストの系統資金を政府または地方公共団体の利子補給によつて活用する道が開かれた。これら3者の貸付額をみると( 第76表 ),農林漁業金融公庫および農業近代化資金による融資のシエアが次第に拡大している。
今後,農業の近代化を推進していくためには,より多くの資金を構造政策の裏付けとして活用することが必要とされる。そのためには,制度金融(農林漁業金融公庫資金および農業近代化資金等)の拡充とともに,後述のように農協系統金融機関の体質改善を推進して豊富な系統資金の積極的活用をはかることが重要である。
今後,経済の効率化のための産業の再編成,低生産性部門の近代化に必要な資金を円滑に供給していくためには,政府金融の拡充をはかるとともに,民間金融機関も,資金コストを引下げ,金利を引下げうる基盤をつくつていくことが重要である。とくに景気変動に対するその適応力を強め,資本自由化の大勢の中で民間金融機関としても国際競争力を強めることが要請されている。また産業再編成に対応した金融機関の再編成をすすめることも必要であろう。
資金コスト引下げのためにはすべての民間金融機関において一般的に預金獲得のための過度の競争を避け,適正な競争の場で経済の合理化をはかつていくことが必要であるが,以下では比較的コストの割高な民間中小金融機関や農協系統金融機関について( 第77表 ),資金コスト引下げをはかる上での問題の所在を検討してみよう。
まず第1に資金コストの中心を占める預金コストである。預金コストは,預金利率,人件費率,物件費率,税金率の合計である。このうち,金融機関の自主的な努力で低減できるのは人件費率と物件費率である。
人件費率は,信用金庫,相互銀行,地方銀行,都市銀行など各業態を通じて,36年ごろまではかなりのテンポで低下してきたが,その後はゆるやかな低下に止まつている。それは30年代前半にくらべ,労働生産性(1人当り資金量)の伸びが小さくなつてきているのに,1人当り名目賃金の伸びが逆に高まつているからである( 第78表 )。
物件費率は,人件費率ほど大きな変動はなく,30年代を通じて各業態とも微落傾向を示しているが,これは労働生産性の伸びが,1人当りの物件費の伸びを大きく上回らなかつたからである。このように,人件費率,物件費率とも労働生産性に依存しており,生産性が上るほど,それらは低下する。そして生産性の上昇は適正な競争の場で各金融機関が努力することによつて実現していくべきものといえよう。
第2に,資金量(規模)の大小とコスト等経営諸比率との関連をみると 第79表 のとおりである。信用金庫では,預金コストと資金量(規模)の大小との間には相関が高く規模の大きいものほど預金コストが低い。一方,貸出については,規模の大きいものほど利回りが低く,コスト,利回りの両面から,規模の大きいものほど低い貸出金利で資金を供給しうる余地があることがわかる。 経常収支率は規模の大きいものほど低く経営効率が高い。信用金庫では規模の利益はかなり大きいとみられる。相互銀行,地方銀行でも信用金庫ほどではないが,規模の利益が認められるようである。
以上の分析から,とくに相互銀行,信用金庫等中小金融機関において資金コストの低下を実現していくためには,適正な競争の場で適正な規模を持しつつ労働生産性の上昇を通じて,人件費率,物件費率の低下をはかることが必要となつてきているように思われる。
ただ規模の利益を迫求するといつても,これら金融機関のおかれている地域の性格が規模拡大の制約要因となつている面も見のがせない。すなわち,資金需要の相対的に強い都市的地域における信用金庫ほど,1人当り資金量も大きいものが多いという傾向がある( 第71図 )。これは比較的優良な成長中小企業との結びつきが強く,預金等の増大と貸出金の増大とが好循環を生み,これによつて規模の拡大を実現してきたことをあらわしている。これに対して,農村地域を基盤とする金融機関では,そうしたかたちでの発展がかなり制約されてきたことは否めない。
つぎに農協系統金融機関については,現に全面的に進行しつつある農協合併等を通じて経営の合理化を図り,資金コストの低減をおし進める必要がある。