昭和42年

年次経済報告

能率と福祉の向上

経済企画庁


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第2部 経済社会の能率と福祉

1. 能率と福祉の現状

(2) 能率化と福祉の向上

日本の経済が,能率の向上を通じて戦後著しい速さで成長してきたことは,国民生活の上にどのような結果をもたらしたであろうか。

一般に経済成長と国民の福祉の向上の間には,次のような関係がある。①基本的に,経済成長は賃金その他所得の増大や労働生産性向上による余暇の増大を通じて,消費水準の向上の重要な役割を果してきた。②しかし,経済成長が進む過程で,福祉の増大が立遅れたり,あるいは公害や交通事故のように逆に悪化の可能性をもたらす面もある。③経済成長はつねに社会的経済的変動を伴うものであるが,その変化に適応できない階層が存在することも事実である。

もつとも,これらの場合でも経済成長による経済力の充実がその解決の力を与えることを忘れてはならない。以下,これらの点についてみてみよう。

第36図 経済成長と消費水準の上昇

まず,能率向上による経済成長は所得の増大を通じて国民の消費水準を高め,消費生活の多様化をもたらしたことがあげられる。昭和29年に戦前水準に回復した都市の消費水準は,41年には戦前(9~11年)の1.8倍に達し,農村のそれは,戦前の水準が低かつたこともあつて,2.2倍の上昇をみた。ここ10年ほどをとつてみても,都市・農村を平均して年率4.9%の割合で消費水準が上昇している( 第36図 )。

第37図 1人当たり国民所得と耐久消費財等の普及度

消費生活の中身でみても,食生活ではエンゲル係数が低下して,その中身では穀類の消費は減少しているが,一方,その他食料の消費は多様化しかつ豊富になつている。衣生活でも,被服がたんに肌を覆うという機能ばかりでなく,装飾的な要素もふえ,材料も合成繊維の進出などで良質なものが豊富になつてきた。消費物資の点での著しい進歩は,耐久消費財の高い普及で,とくに家庭電器の普及ではテレビはアメリカとならび,冷蔵庫や洗濯機でもヨーロツパと肩をならべている( 第37図 )。日本の耐久消費財の普及には,所得水準の高まりに応じてふえてきているもの(洗濯機,冷蔵庫,自動車など),デモンストレーシヨン効果などによつて所得水準の低いところでもかなり普及の高いもの(テレビ)などいくつかの型があつて,かならずしも欧米と同じ普及の型ではないけれども,自動車などをのぞいては所得水準の割に耐久消費財が普及しているといえそうである。もちろん,高い普及率自体は,家事労働の軽減や生活の合理化あるいは知識欲の満足など積極的な効果をもつものであるが,後にみるように土地の高騰から住生活が他の先進国にくらべて格段の見劣りがあり,その点できわだつた対照をみせている。

このように,少なくとも消費物資に関するかぎり窮乏感はほとんどなくなつた。

能率向上による経済成長の成果は,所得の増大を通じる物的な消費水準の向上だけにとどまらない。生産性の向上によつて労働時間が短縮され,また家事労働の合理化などで余暇時間が増大し,旅行や教養娯楽費の増加にみられるようにレジヤー関係費はこの10年間でほぼ3倍になつている。さらには保健,衛生の改善や食生活の向上で死亡率や伝染病罹患率が先進国並みの水準になつてきた。

第38図 暮らし向きの満足感

以上はまさしく経済成長による成果であり,高く評価すべきものである。それにもかかわらず,各種の世論調査で,現在の生活に対して満足感をもつ人の割合があまりふえていない。たとえば,総理府の世論調査によれば,暮し向きに対して満足している家庭の割合は39年61%,42年60%とほとんど変化がみられない( 第38図 )。

それはひとつには,国民の欲望と所得の増大との間に開きがあることに基づいている。たとえば,私的消費の面で,消費者としての行動が必ずしも合理的でないために,デモンストレーション効果や依存効果にあおられやすく,そこに欲望と所得のアンバランスがみられる。

また第2は,所得の上昇に伴つて生ずる欲望の変化に対して,それに対応するだけの財貨やサービスの供給が十分に行なわれていないことからきている。その間のズレで最も大きいのは社会的消費の需要と供給のアンバランスであろう。個人の所得が上がれば,エンゲル係数は低くなり,被服費は横ばいで推移するが,社会的サービスや住宅生活環境関連の消費支出はふえる。それらは社会的消費という性格-つまり,社会的な施設があつて,社会的なサービスの提供者があり,社会的に共同で消費し,そして社会的にその費用を分担するという性格-をもつものであるが,これらの社会的消費需要をみたす供給側は,普通の価格メカニズムが働かず,また短期的な効率も低いことから民間投資にくらべて投資が相対的に遅れるという事態が生じた。しかも,経済の成長が都市化現象を伴つたために,この社会資本の不足はいつそう激しいものになつた。通勤難( 第41表 ),交通事故( 第42表 ),公害その他日常生活での不便さと苦痛がその意味では増大している。

第43表 主要国の福祉指標の順位

この点の遅れは,国際比較をしてみると端的にあらわれている( 第43表 )。欧米先進国では,はやくからすでにこれら社会的消費を充足させる社会資本がかなり整備されていた。もちろん,これには,社会を構成する個々人がすでに早くから納税・世論形成等を通して社会的な協力体制にあつたことは見のがせない。

ところで,全体的な消費生活がさきにのべたように向上しているにもかかわらず,社会の安定感が十分にない理由として経済社会の発展に十分適応しえない階層や人々が存在するということも見のがせない。

昭和40年4月現在,生活保護をうけている世帯は64万世帯,このほか厚生省の同年の「厚生行政基礎調査」によれば,消費水準が被保護世帯のそれと同じまたはそれ以下の低消費水準世帯が153万世帯存在している。全世帯数に占める低消費水準世帯の割合は,10年前からみれば現在は著しく低下したけれども,なお5.9%という高さを示している( 第44表 )。被保護世帯の消費支出は40年度1ヵ月平均で24,058円(世帯人員3.3人)で,たとえば東京都全世帯平均の38.2%にしかすぎず,その内訳でみるとエンゲル係数は51.6と東京都全世帯の平均36.7にくらべて著しく高く,生活の困窮をよくあらわしている。

これら低所得世帯には,老人世帯や母子世帯などにみるように中核になる成年男子労働力を欠く不幸な世帯,あるいは学歴の低い層の世帯が陥りやすいということは,他の先進国の場合と共通している。また,貧困世帯について特徴的なことは,一部の限界生産者的鉱業や農漁業分野で貧困世帯が生じ易いということである。生活保護をうけている人員数の増減は,産業の盛衰と高い相関を示しており,地域的にみても,保護率は衰退産業集中地域やへんぴな農漁村地域において圧倒的に高くなつている。

このような点からみれば,わが国の場合,社会保障の充実とともに労働力の流動性を高めたり,低生産性部門の生産性を引き上げたりする構造政策の推進が,貧困解消のための最も有効な手段であるといえよう。


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