昭和42年

年次経済報告

能率と福祉の向上

経済企画庁


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第1部 昭和41年度の日本経済

3. 台頭してきた設備投資

(5) 新しい設備投資の性格

42年度の民間設備投資の増勢は,製造業部門に支えられている。その背景には,重化学工業の構造変化に加えて,需給ギヤツプの解消があり,企業収益も41年度下期には38年度下期の水準に近いところまで急速に回復するという事情があつた。こうした製造業投資のもり上がりによつて,日本経済の成長は再び30年代前半のような投資リード型になつていくだろうか。

日本経済の投資誘因は大きいが,それを実現するための条件は30年代前半と必ずしも同じでなくおのずから限界があろう。

第1は,技術進歩を推進する手段が変わりつつあることである。第2部で詳しくのべるように,これまでは,外国技術の導入による技術進歩であつたから,研究開発期間が短縮され,研究投資も少なくてすんだ。しかし日本の技術水準が上昇するにつれて,次第に研究開発に支えられる技術進歩へと変わりつつある( 第10表 )。そうなると,新技術を登場させるまでに時間や費用がかかる。30年代前半のように,導入による新技術の群生に促された投資の急増はおこりにくいとみられる。

第2は,労働力の制約から賃金の上昇テンポが加速され,利潤率の低下をまねきやすいという制約条件が生まれたことである。30年代前半は労働力が豊富であつたから,投資が投資をよぶ状態が労働力の面から制約されるということはなかつた。しかし,最近では労働力不足の基調へ変わつているから,需給ギヤツプが解消し,再び投資の増加が加速される素地がつくられたとはいつても,それが実現される条件はこれまでと同じではない。

第3は,生産力が一挙に巨大化するような規模の利益を追求する設備投資がふえているため,投資の反動を大きくする可能性がでていることである。鉄鋼・石油化学などの装置産業にみられるこの動きは,コストを引下げ,国際競争力をつよめる要因ではあるが,反面,投資が行きすぎると反動を大きくする。それに重化学工業が消費依存型に変わりつつあるから,消費の拡大テンポをこえて投資の増加が加速されたときの反動は,30年代後半の場合より大きくなる可能性がある。適正な投資行動を期待する環境にあるといえよう。

第4は,社会資本の充足や低生産性部門の投資不足を解消する必要がつよまつていることである。37年以降,製造業の設備投資比率は需給ギヤツプの発生でいちじるしい低下を示したが(前掲 第14図 ),民間設備投資比率はそれほど下がらず,総固定資本形成の比率ではわずかしか低下しなかつた( 第11表 )。これは,低生産性部門や社会資本の投資不足をうめようとする投資が一方で増加したからである。

以上のような新しい条件が生れていることを考慮すると,投資誘因は大きくても30年代前半のような製造業の設備投資比率の急上昇は実現しにくい環境にあるといわなければならない。

現在の製造業設備投資は資本自由化や労働力不足化に対応して積極的な役割をもつているが,投資に支えられる経済はたえず拡大を加速化しようとする力が働くことを忘れてはならない。社会資本の充実や低生産性部門の近代化投資とバランスを保ち,技術進歩を高めることによつて効率の高い投資を慎重に進めることが必要な段階へきている。


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