昭和41年

年次経済報告

持続的成長への道

経済企画庁


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≪ 附属資料 ≫

昭和40年度の日本経済

農林水産業

農業

 40年度の一般経済部門は不況下にあったが、農業部門はその影響をあまり受けなかった。もとより一部にはコール市場の金利低下による農協系統金融機関の余裕金運用難の問題、出稼ぎの減少等不況の波を被った部分もあったが、一般的には取り立てていうほどのものはなかった。農家所得は前年を上回り、消費も増大し、むしろ不況の下支え要因として働いた。農村が不況の影響を受けなかったのは、今回の不況の程度にもよったが、農産物需要は強く、しかも比較的安定していた兼業業種に努めるものが多かった等々のことがあったからである。

 ここでは、40年度農業経済動向を概観しながらも、国民経済的にも、また国民生活にとっても、問題になった農産物価格上昇の諸要因について主に検討し、その背景になった農業の変化と停滞について触れ、合わせて若干の問題点を指摘したい。

農産物価格の動き(生産者段階)

 40年度の農産物価格は、前年度に比し、11.4%の上昇を示した。前年度の4.8%に比べれば著しく高い上昇率である。この上昇は主に政府買い上げ米価が前年度より9.7%引き上げられたことと、畜産物価格が対前年度比13.0%上昇したことによる。上昇寄与率でみると両者合わせて58.6%に達する( 第6-1表 )。

第6-1表 40年度農産物価格の推移

 農産物価格の上昇は、 第6-1図 にみるごとく、40年度ばかりでなく、34.5年を境に以後上昇に転じ、この6年度間に年平均7.9%の上昇を示した。上昇の激しいものは、主に野菜で、35年度を基準(100)にした価格指数で40年度には、農産物総合149.1に対し、野菜は199、米価は155.2である。価格政策対象農産物と非対象農産物に分けると、この6年度間に前者は年平均6.9%、後者は9.3%の上昇である。

第6-1図 農産物価格の推移

価格上昇の諸要因

 農産物価格の上昇要因は、年により天候の相違による豊凶の差もあるし、また作物により、地域によっても異なり、一概にいえないが、ここでは農産物全体の価格水準が、この6年間急速に上昇した主要因に主に触れたい。

農業生産の鈍化と需要の増加

生産上昇率の鈍化

 40年の農業生産は前年に比しわずか1.4%の増に止まった。これは39年までの5年間、ほぼ13%余の増加を示してきた畜産の上昇が、6.9%の増加に止まったうえに、米、工芸作物を始め耕種部門が前年より0.3%下がり、また養蚕も前年度生産水準より低くなったことによる。

 40年の農業生産がこのようになったのは、農業労働力の減少や質の低下、作付面積の減少等根深い要因がひそんでいることはいうまでもないが、気象条件が悪かったことが40年の生産の伸びを下げさせた1つの要因である。5月までの全国的な異常低温、7月の日照不足、9月の台風と例年に比し、その条件は悪かった。この気象条件は耕種生産に強く響いた。米は作付面績の減少もあったが、水陸稲合わせて1,241万トンの生産に止まり、前年比1.3%の減、過去の最高であった37年の1,301万トンに比べると4.6%の減少である。米の生産の伸びを振り返ると、この5ヶ年間に、年平均0.2%の減少で、必ずしも減少理由を天候のみに帰することはできない現状にある。

 需要の強い野菜は、春野菜が気象災害によって減産となったが、秋冬野菜がかなり増産になり前年より2.6%の増加になった。しかしこの3ヶ年の平均増加率6.5%に比べるとはるかに低い。果実は裁培面積が7%増加したが、気象災害により、みかん、りんごが各4%増に止まり、全体として2.6%増に過ぎなかった。

 畜産はこの2年前位までは相当高い上昇を示していたが、40年の伸びは鈍った。40年の生産が鈍ったのは、肉用牛の生産が前年より19.5%も低下したことと、鶏卵の生産が前年の生産増加率17%に比し、わずかに7.1%増に止まったことが大きく影響した。肉用牛の生産低下は数年前から続いているが、これは、肉需要の増大による生産を上回ると殺が行われたからである、35年の飼養頭数は234万頭であったが、39年には221万頭になり40年には189万頭と15%も少なくなった。鶏卵生産の鈍化は、39年来の価格暴落により、生産調整が行われ、飼養羽数の増加率が鈍ったからである。

 40年の農業生産は鈍化したが、この5~6年を振り返ると、農業生産の伸びの鈍化傾向は、否定できない事実である。

 第6-2表 によると、30年代前半と後半とでは著しい相違が示される。前半の年平均5.2%の上昇に対し、後半は2.3%にしか過ぎない。生産が鈍化したのは、畜産の高い伸びにもかかわらず、耕種生産が停滞したからである。米、麦を始め、需要の堅調な野菜、果実まで上昇率は鈍った。

第6-2表 農業生産の推移

 耕種生産の上昇が鈍った原因には、後半、天候に比較的恵まれなかったこと、後述するごとく労働力の減少、質の低下といったこともあるが、その外にも、(1)保温育苗による早期栽培等戦後開発された小農的技術が一巡し、それにかわる新しい技術の開発、普及が遅れていること。(2)耕地面積が36年の609万haを頂点に以後減少に向かい、加えてその利用率も低下した。(3)生産性の低い兼業農家、特にII種兼業農家が多くなったこと等が影響している。

 農機具等を導入して労働生産性が上昇しても、それが経営収益の増加に直接結びつかないような零細経営では、農業より有利な兼業により重点を置くようになり、農業生産は低収益農産物の縮小ないし粗放化の傾向を強めているといえよう。

 他方、農産物輸入は、農業生産の鈍化や、農産物需要の増加により著しく増加した。30~35年位まではほぼ7~8億ドル台であったが、それ以降急速に増え40年には194千万ドルに達した。これに伴い農産物の自給度は35年度の85%から39年度には80%へと低下した。これは国内の資源状態等を考えればやむを得ない面もあるが、国民の所得水準の上昇に伴う食料消費の増大と構造変化に、農業生産が必ずしも十分に対応していないことによる。

増加する需要

 農産物需要は35年度以降急速な増加を示した。 第6-3表 によれば、食料需要は35~39年度の5年間に年平均約4.5%の増である。35年以前5年間の増加がほぼ3.5%であったことや、戦前のそれが2.5%であったことを考えると著しい増加である。1人当たり需要でも年平均3.5%の増になる。

第6-3表 食糧需要の推移

 年間1人当たりの消費量を 第6-3表 にみれば主要農産物のそれはほとんど横ばいないし増加している。米は35年以降ほぼ横ばいに推移し、30年当時の110kgに比べれば高い消費量である。消費増加の著しいものは、野菜、果実、畜産物で、中でも卵、肉のそれが激しい。

 農産物需要のこうした増加は、国民の所得の高まりに伴う生活の高度化による消費増や、一方で人口の増加があったからである。

 需要の年平均4.5%にも及ぶ増加に対し、農業生産は2.3%の増に過ぎなかった。 第6-2図 はそれぞれの指標の対前年比増減率の推移と、35~39ないし40年度の年平均増加率で示したものである。需要の増加に対し国内生産は十分対応できないでいる。農産物価格上昇の第一のポイントはまずここにあった。

第6-2図 農産物の需給(対前年度比増減率)

農業労働賃金の上昇と労働費用の増加

 非農業部門の高い経済成長に伴う労働力需要の増大により、農家人口は急速に減少した。30~35年間に約200万人、35~40年間には440万人減った。35~40年は年平均88万人の減少である。 第6-4表 によれば35年に約69万人就職流出したものが、その後年々増え38年には約93万人に達し、その後漸減したが、それでも、なお40年には85万人に及ぶ。

第6-4表 農家人口の流出(就職者)

 農村人口のこうした減少と、兼業就業人口の増加による都市労働賃金の農村への波及、あるいは所得均衡意識の高まり等があって、農業労働賃金は急速に上昇した。農林省調査によれば農業日雇い賃金(男子賄なし)は、この6年間に実に年平均16.1%の上昇である。

 この間農機具等の導入によって、労働生産性の上昇が図られたことはいうまでもない。「農家経済調査」によれば労働生産性は35~39年度に年平均約7%の上昇である。生産性の上昇は賃金のそれに及ばなかったといえよう。

 第6-3図 は農産物価格がほぼ横はいに推移した31~35年度と、急上昇した35~39年度との労働費用に関する主な指標を比較したものである。図によれば、前期は労働生産性の上昇が賃金のそれを上回り、労働費用は低下した。ところが後半になると、労働生産性の上昇によって賃金のそれを相殺できず、労働費用は年率11.5%の上昇となった。

第6-3図 労働費用の増加

 労働生産性が高まりながらも、なお賃金の上昇に追いつけなかった。農業労働賃金水準が、急激に上昇したのは今までは過剰人口の影響を受けていたこともあったし、また、生活水準も低く、しかも自給的で都市の影響をあまり受けなかったため、低い賃金であったところがこの5~6年間に急に人口は減り、都市との交流は増加し、生活水準の向上、都市化等が進み、賃金は急速な上昇を示した。一方、労働生産性は、経営規模が零細(含む資本)であることと、一貫した機械耕作技術体系が未整備であったこと等があったので、それ以上の上昇を示し得なかったのである。

 労働費用の増加は価格を引き上げる要因となった。

投資の増加と物財費用の増大

 農業投資は急速に増加した。35~39年度の実質年平均増加率は7.1%に達する。中でも農機具投資は高くほぼ年率12.9%の増加であった。また肥料、農薬等の農業資材投入も多くなり、右の期間に年率14.0%の増加である。

 第6-4図 は前掲 第6-3図 同様、31~35年度と35~39年度の物財費用関連指標を比較したものである。 第6-4図 によれば後期は前期に比べ農業物財費用は著しく増加したのに、農業生産はかえって伸び率は鈍化し、生産物単位当たり物財費用は急速に増加している。

第6-4図 物財費用の増加

 また、「農家経済調査」による全国平均一戸当たりの固定資本生産性は、35~39年度に年平均12%の低下である。資本の生産性がこのように低下したのは、資本生産性が相対的に低い果樹、畜産の比重が高まったことと、経営規模が零細なため農業機械等が充分年間稼動できず、かえって経営負担の増加となったからである。零細経営なるが故に生産性の上昇によって費用の増大を減殺することができなかったのである。

 農産物価格の上昇は、農産物需要の急速な増加に対し農業生産は追いつけず、しかも増加するコストを生産性の上昇によって相殺できなかったところに直接的な原因があったといえる。

 こうした農産物価格の上昇が、30年代後半における急激な人口流出を契機にして起こった農業の変化と、土地に結びついている故の農業の特殊性とが入りまじっている過程で生じたことを考えると、一面、必然ともいえないでもない。そうした構造的な背景について次にみよう。

農業の変化と停滞

 30年代後半の高い経済成長の中での農業の変化は、まず労働力の流出から始まり、いろいろな面に波及した。機械化、企業的経営の一部発生、あるいは農用地の工場敷地、宅地化、兼業農家の増加等々それである。ここではその中から農業労働力の減少と質の問題、兼業農家の増加、農家経済の構造変化、経営の上向発展の問題に限ってみる。

農業就業者の減少と質の低下

 農家人口の流出に伴い農業就業人口は減少した。 第6-5図 によると、農業就業者は35年の約1,454万人から40年には約1,151万人に減った。年平均60万人の減少である。就業者の男女別構成比をみると、35年の男子の割合は41%であったが、40年には39%に低下した。 第6-5図 によれば35年に比し40年の20~39歳層の働き盛りのものは減り方が激しく、特に男子においてそうである。20~59歳の就業者総数に対する割合をみると、35年の男子のそれは47.2%であったが、40年には35.6%に低下している。

第6-5図 農業就業人口の減少

 農業就業者は減ったばかりでなく、老齢婦女子化している。こうした量、質ともの低下は、従来、過度とみられるほどの労働投下によって、農業生産を行っていただけに、その影響は大きいだろう。

 労働力の減少と質の低下がここ数年の農業生産鈍化の一因になっていることは否定できない。

 農家人口が非農業部門に急激に流出したのは、非農業部門の労働力需要の増加が基本にあるが、一方で、所得の農工間格差が大きく、高い所得を求めて労働力が移動したことと、農業自体がそれに対応して省力化を図ったからである。

低い生産性のII種兼業農家の増加

 38年以降農家世帯員が非農業に就業する場合、その大半が在宅就業であり、これに伴い兼業農家は増加している。35年の兼業農家数は、総農家数の65.7%であったが、40年には78.5%に達した。中でもII種兼業農家の増加は激しく、40年には総農家数の41.8%に及んだ。

 兼業農家の増加は、農業に比し所得の高い非農業に就業するだけに、農家所得の立場からはそれなりの合理性をもつ。例えば35、39年度の比較で農家所得は4割近い上昇を示し、その所得増加に対する農外所得の寄与率は63.6%となっている。

 しかし、農業生産の立場からこれをみると、その評価は異なってくる。 第6-6図 によれば、専業農家に比しII種兼業農家は、同じ経営規模でも、労働、土地、資本生産性とも2~3割低い。また、同じ「農家経済調査」によればII種兼業農家は専業農家に比し、同じ経営規模でも農業所得の水準は低く、耕地利用率も低い。

第6-6図 低い兼業農家の生産性

 こうしたII種兼業農家が、耕地面積を約130万ha耕作している。先にみた農業生産鈍化の一因としてII種兼業農家の増加が影響しているとみられよう。

農家経済の構造変化

 40年の農家経済収支(現金、以下同じ)を 第6-5表 にみると、農家所得は前年に比し、15.7%増加した。所得増加の主要因は農外所得の前年比14.9%に及ぶ増があったことと、農産物価格の上昇による農業収入の増加があったからである。

第6-5表 農家経済収支と所得構成

 農業所得は前年の増加率12%を上回る16.8%の増加であった。これは米政府買い上げ価格の上昇を始め、農産物価格の前年比11.4%にも及ぶ上昇があったり、販売量の増加もあって、農業収入が前年比15%増加したことに対し、一方で農業用品価格の上昇が前年度比5%にすぎず、経営支出が12.5%の増加に止まったからである。

 農外所得の前年比14.9%の増加は、主に給料、職員俸給収入がそれぞれ前年より18.5%、20.9%増加したことによった。不況の影響をあまり受けなかった兼業業種につとめている者が多かったといえる。

 農家所得はこうして前年比15.7%増となった。家計支出は前年比14.9%増、実質で9.4%の増加になる。都市世帯の実質消費が停滞したのに比べると大きな違いである。農家の消費を生産財と消費財に分けると、前者の購入は実質で9.5%、後者は9.4%の増加になる。需要の一般的な停滞の中で農村市場がこのように伸びたことは、不況に対し、下支えしたということで評価できよう。

 ともあれ、農家が不況下でもその影響をあまり受けず、所得増加を実現したのは注目してよい。農家所得の増加寄与率をみると53.5%が農外所得によっている。農家の所得構成も56.0%は農外所得である。農家といいながらも、全般的にはここ数年続いて農外依存を高めている。 第6-6表 によると、農家の所得構成は、35年度に農家所得のうち農業所得の占める割合は55%であったが、38年度にはついにその比重は半分を割り、39年度には47.8%になった。農家といっても、むしろ所得では兼業に多くを依存するようになっている。

第6-6表 農家所得の推移

 農家経済のこうした構造変化の中で、農業経営の状態をみると 第6-7表 のごとくなる。表によれば、農業所得率は下がり、農業所得による家計費充足率もまた低下し、農家総投資中に占める農業固定資産投資率は漸減している。

第6-7表 農業経営指標

 農業生産性をみると、労働生産性は急激に上昇しているが、土地生産性は35年度以降ほぼ横ばいに推移し、資本生産性は著しく低下している。

 先にみた農機具を中心にした農業投資の増大も、一般的にはその経済効果は農業経営面ではあまり大きくなかった。むしろ労働生産性の上昇によって余裕を持った労働力は、兼業にむけられそれによって農家所得を高めたということで、意味があったのであろう。

 零細経営が克服されないところに、投資が進められた矛盾はようやく強く現れてきた。農業投資が35,6年度ごろは実質値で年平均13%余の上昇を示していたのに、37年度以降急速に低下し、39年度には前年度比3%の増加に過ぎなかったのも、その矛盾の1つの結果であろう。

 人口減に伴った経営規模の拡大が行われていないため、いろいろの矛盾が生じ、一般的には農家の経済構造が有利な兼業に多くを依存するようになっている。しかしこうした変化は全部の農家が一様にそうなるものではない。一部では向上発展をめざす農家もあろう。

困難な経営の上向発展

 総農家戸数は30年608万戸から35年606万戸、40年には567万戸に減った。35~40年の減り方はかなり大きかった。しかし、それでも戦前の540万戸にまではまだ減っておらず、総農家数のうち2ha以上層の農家の割合は、30年の約4%から40年には約5%と微増したに過ぎない。 第6-7図 によると、35~40年の規模別農家数の動きは、1.5ha以上層の増加、それ以下層は減少し、両極への分解が進んでいることを示している。しかし、これを30~35年のそれに比べると、35~40年は減少階層が1~1.5ha層へと一階層上がり、それ以下層の減少率は前期より大きくなり、1.5ha以上層の増加率は前期より低下している。

第6-7図 経営規模別農家数の増減率

 経営の上向発展が進みながらも、前よりそれが困難になってきているといえる。前期に比し、農業経営をめぐる条件が、農産物価格の上昇等有利な面もあったが、コスト増加を相殺できない生産性上昇の速度、農業より高い所得を得られる非農業への働き盛りの労働力の移動、あるいは零細経営の上への投資増加の矛盾等々必ずしもその環境は前期より良かったとはいえないが、その外にも、経営の上向発展を困難にしている根本的な問題が横たわっていた。

 主なことについて1~2あげると、第(1)は土地の流動性が低く、しかもそれが規模拡大に必ずしも結びついていないことである。農地の移動は漸次高まってはいるが39年度の「耕作を目的とする農地の有償権利移動」面積は75千haで総耕地面積の1.3%に過ぎず、しかもその移動は十分規模拡大に結び付いていない。農地の流動性が低いのは、制度的なことにも問題はあるが、根本的には経営の収益性に比べ現在の農地価格は高く購入し難いし、またそれに見合った地代では特殊事情がない限り経営のウマミが生じ難い。一方、小作に出そうとする者はある程度地価に見合った地代でなければ貸し難い。両者が絡み合っているのが現状である。

 (2)に経営の収益性が低いのは、経営規模の零細ということもあるが、それに加えて一貫した機械技術体系が十分確立していないことも原因している。 第6-8図 は稲作の耕作時間を作業別に示したものである。田植え、刈り取り段階が機械化されていないため、そのほかの段階の機械化された効果も、そこで中断され、規模の大きなものの有利性が、それだけ減殺されてしまう。

第6-8図 水稲の作業別労働時間

 農産物価格の安定化を図り、しかも農業所得を高めていくのには、生産性の上昇を図り、農業生産を増大しなければならないだろう。そのためには大きな経営の有利性を発揮できるような一貫した機械技術体系の開発、また土地基盤の整備、土地の流動性を高めしかもそれが経営規模の拡大に結びつくような施策が、そのほかの政策と共に体系立って総合的に進められることが必要である。

林業

木材の需給

40年の木材(素材)の需給

 40年の素材需要量は6,626万立方メートルで、対前年比0.2%の減となっている。この内訳をみると、製材用は1.1%、合板用は5.1%、チップ用は24.6%それぞれ増加したが、坑木用は4.3%、電柱用は8.7%、くい丸太用は8.8%、足場丸太用は17.6%、繊維板用は33.2%それぞれ減少している。

第6-8表 素材需給表

 これに対する供給をみると、国産材は495,375立方メートルに対し、外材は1,672万m3で、国産材74.8%、外材25.2%の比率となっている。これを前年と対比すると、国産材は114万m8減少したのに対し、外材は103万立方メートル増加した。従って素材供給量に占める国産材の割合は、さらに1.6%低下した。なお、我が国の輸入先はフィリピン、インドネシア、米国、カナダ、ソ連等であるが、これらの諸国は天然の長大径木を豊富に有するため、運賃を負担してもなお、我が国市場と対抗できる価格差を有している。

 木材需要量の第1位を占める製材用素材(原木)についてみると、40年の需要量は前年に比べて、わずか1.1%増加したに過ぎない。これは木材関連産業が我が国経済全体の景気調整の影響を受けて伸び悩んだためで、最近にみられない伸びの鈍化である。製材工場(7.5kw未満のものを除く)は、40年12月末現在、24,803工場で、前年より214工場減少している。これを製材用動力の出力階層別にみると7.5kw以上~22.5kw未満の小規模工場は大幅な減少を示したが、それ以上の中、大規模工場は増加した。これに伴い製材用動力の出力数は増加して1工場当たりの平均出力数は前年より1.4キロkw増加して33kwとなった。

第6-9表 製材用素材入荷量の推移

 製材品用途の大宗をなす建築用を、建築着工量についてみると、40年は1億230万㎡で、前年に比し0.4%の減少である。建築着工量が前年に比べて減少したのは31年以降では33年、37年に次いで3度目である。これは個人が12.5%増加しているのに対し、会社、そのほか法人が20%減となっているからである。

 また、建築着工量を構造別(木造、非木造)でみると、一貫して減少してきた木造比率は40年は4.0%増加して49.0%となった。さらに、用途別にみると、40年の住宅率は52.4%、非住宅率47.6%で、これを前年と対比すると、逆転していることが分かる。建築着工量の以上三つのことから、不況の深刻化、に伴い、企業の設備投資は抑制されたが、個人住宅の需要は不況にもかかわらず、依然として根強かったといえる。

第6-10表 最近における建築着工量の推移

 次に、木材需要量の第2位を占めるパルプ用需要量についてみると、40年のそれは1,685万立方メートルで、内訳は針葉樹原木364万立方メートル(21.6%)、広葉樹原木458万立方メートル(27.2%)、チップ857万立方メートル(50.9%)、屑材6万立方メートル(0.3%)となっている。これを前年と対比すると総量において2.5%増で、大きな変化はみられないが、特筆すべきことはパルプ材全体における木材チップの割合が半数をこえ、原木よりも多くなったことである。特に、40年は米国産チップが専用船の就航を契機に、その輸入が初めて実施され、注目された。

第6-11表 パルプ材消費量推移

40年の木材価格

 木材、同製品の日銀卸売価格指数(35年=100)は36年に120.8と急騰したが、その後は徐々に値上がりしつつも、大勢としては比較的落ち着いた動きをしてきた(39年=125.8)。しかし40年に入るや、不況の深刻化から、極端に値下がりし、6月には121.9と37年春ごろの水準に下落した。しかし、7月に入って、政府が景気対策に積極的姿勢を示すや、反騰に転じ、10月には129.7で36年秋の水準を突破し、そのまま越年し、41年に入っても依然として高水準が続いている。これを品目別にみても、大体同じ傾向を示したが、特に素材において顕著な傾向を示したといえる。

薪炭の需給

 薪炭需要についてみると、年々、大幅に減少しているが、木炭の需要量は40年度には前年度に比べて23%減少し、また、薪にあっては前年度に比べて8%減少している。これを家庭用と業務用に分けてみると、業務用はほぼ横ばいの傾向にあるが、家庭用の減少が著しい。これは灯油、都市ガス、電力等の浸透による燃料消費構造の変化が大きな原因である。

 一方、農山村における労働力の流出や原木がパルプ材原料と競合する等のことがあって、供給量も著しく減少し、木炭生産量は35年度の150万トンが、39年度は72万トン、40年度はさらに56万トンに減少している。また、薪の生産量は35年度の711万層積立方メートルが、39年度は471万層積立方メートル、40年度はさらに432万層積立方メートルに減少している。なお、地域的にみると西日本における減産が目立った。

経営及び経営体の動向

 最近における林業経営の動向をみると、育林生産(造林)、素材生産(伐採)とも停滞傾向にあるといえる。すなわち35年を100として生産指数をみると、40年は素材(丸太)生産で102.1、人工林を伐採した跡地に再び植栽する再造林は83.5であり、天然林等を伐採した跡地に植栽する拡大造林は96.0に過ぎない。造林の停滞ないしは低迷を所有別にみると民有林においては再造林の落ち込みが大きく、国有林においては拡大造林が低迷している。

第6-12表 林業生産関係指数表

 林業のこのような停滞ないしは低迷を反映して、国民所得に占める林業所得、全産業就業者に占める林業就業者の割合もまた、漸次、低下しつつある。その結果、40年の林業所得(新推計)は5,016億円で国民所得全体に占める割合は2.08%である。また、林業は農業経営の副次的地位を占めている場合が多いので、林業に従事する者の総数は正確かには把握できないが、総理府統計局「労働力調査報告」によって林業就業者数をみると、40年(月平均)は37万人で全産業就業者4,748万人の0.78%に当たる。

 次に山林保有(0.1ha以上)の農林家について、1965年の中間農業センサスによってみると、234万3千戸あり、これを1960年の世界農林業センサスの結果と比較すると、過去5ヶ年間に20万戸減少している。これを保有規模でみると、5ha未満の小規模層と50ha以上の大規模層が減少し、中規模層は若干の増加を示している。

第6-13表 保有山林面積階層別農林家数

 公有林野、私有林野のなかには、「入会林野」(慣行共有林)が約200万ha存在する。これは民有林面積の13%に当たる。入会林野は一部の例外を除いては、その利用状況は粗放である。すなわち、入会林野の利用形態の主なものは草刈場、かや場、薪炭山であるが、いずれも時代の推移にしたがい、利用度が著しく減退しつつある。このため、これを経済的に価値の高い方向に転換させる必要に迫られていたが、41年6月(第51国会)に「入会林野等に係る権利関係の近代化の助長に関する法律」が成立をみた。

国土保全と保健休養

 林業は林産物の生産及び国土保全等の公益的機能を通じて、国民経済の発展と国民生活の向上に寄与しているが、最近特に都市及び産業の発展に伴って、水源かん養のための資源及び防災資源としての森林の重要性はますます強まりつつある。特に、この機能の効果を期待する森林は森林法に基づいて保安林に指定されており、その面積は昭和40年3月末現在約408万haで全森林面積の16%を占めている。また、その機能を補完するものとして治山事業が実施されている。

第6-14表 治山事業の計画と実行の対比

 昭和29年以来「保安林整備臨時措置法」に基づく保安林整備計画により事業が進められているがこの整備計画の実施により、水資源の確保、林地の荒廃による災害を未然に防止する保安機能が一段と強化されている。

 また、治山事業は40年3月の「治山治水緊急措置法の一部を改正する法律」の制定に伴い、40年度からは、新しい5ヶ年計画として推進されることになった。

 次に、森林を保健休養の観点からみると、我が国の森林は観光資源ならびに保健休養資源として重要であり、特に自然公園(23の国立公園、27の国定公園、240の都道府県立自然公園)の風景要素の中核をなしているものは、多くは森林であって、全自然公園面積の77%を占めている。最近国民経済の発展、生活水準の向上、交通機関の発達につれて、観光人口の増大は著しいものがあるので、森林を単に木材生産の場として考えるのではなく、さらにこのような森林のもつ公益的機能を重視することが国際的に林業の大きな課題となりつつある。

第6-15表 自然公園における森林面積とその割合

林業の当面する問題

 林業の当面する問題のその一は、国内生産の伸び悩みをいかに打開するかの問題である。先に述べたような停滞ないしは低迷は一体何に基因しているかをみると、いろいろの要因があるが、その一~二をあげれば、まず、民有林とくに零細規模林家が必ずしも充分に生産力化されていないことである。この問題は零細規模林家における経営の基本的態度に係わるが、植林の目的において生計の補完、自家用材の確保、不時の出費に備えてのものが大部分である。このことは農家の生計の補完と森林の所有とは密接な関係にあることを示している。その次は林道整備の遅れを指摘せざるを得ない。40年4月1日現在の既設林道の延長は71,300km(民有林4万3,300km、国有林2万8,000km)で、従って林道密度は約5m/haに過ぎないからである。

 さて、林業経営、特に造林、伐採の停滞ないしは低迷を打開する道の1つは、零細規模林家の生産力化と林道の積極的な整備にあるといえるが、林道整備に関しては、幸い41年4月に「森林資源に関する基本計画」が閣議決定されたので、この計画の着実な実行こそ、当面の重要な課題であり、また零細規模林家の生産力化については、なお一層の積極的な施策の展開が必要であろう。

 当面する問題のその二は、外材輸入の問題である。外材の輸入量は昭和36年から急増して40年には35年のおよそ3倍にもなったが、この間、国産材はわずかに増加したに過ぎない。外材がこのように大きく伸びたのは、その価格が国産材に比べて割安なためであるが、外材輸入量の増大は当分の間続くと思われる。

 我が国における森林資源等の現状にかんがみ、今後、相当、長期間に渡り外材輸入に依存しなければならないが、現在の輸入国のうちアメリカ、カナダ、フィリピンでは丸太輸出制限ないしはその動きがみられ、必ずしも長期に渡って安定的に期待することができないので、国内資源を充実して、国内供給力の強化に努めると共に、新たな輸入先を開発し、輸入にあたっては適正円滑化により需給及び価格の安定を図らねばならないといえよう。

 当面する問題のその三は、国有林野の活用の問題である。国有林は今までも社会経済の推移に応じて、国の方針によりほかの目的のために活用の道を開いてきた。しかしながら、最近における我が国経済の発展に伴い、農林業の経営近代化を図るため、国有林野の活用がますます強く要請されるに至っている。従って国有林野事業本来の使命との調整を図りつつ、積極的に協力することが必要となってきている。

水産業

漁業生産の概況

 昭和37年をピークとして38年、39年と2年続いて減少してきた漁業生産量は、40年には688万トン(捕鯨を除く)と39年より53万トン、8%の増産となり、37年の水準に達した。これは主として沖合漁業による多獲性魚の好漁による。40年の漁業生産を主要漁業種類別にみれば次の通りである。

第6-16表 漁業生産量

 遠洋漁業では前年より3%増加した。このところアフリカ沖漁場を中心とする遠洋トロール漁業は年々記録を更新してきたが、40年も前年比30%の増産であった。さけ・ます漁業は、ますの豊漁年にあたり、日ソ漁業交渉による規制枠の増加もあって増産となった。母船式かに漁業は、日ソ・日米漁業交渉の結果缶詰の生産枠が縮小されて減産となった。次に、かつお・まぐろ漁業は、大西洋漁場では前年比20%の増産であったが、太平洋・インド洋で不振のため、全体としては前年をやや下回り、37年以降連続減産となった。

 沖合漁業では、沖合底びき網漁業が北海道漁場におけるほっけの激減により前年を下回ったが、あぐりきんちゃく網漁業では、さばが8・9月の釧路沖及び11・12月の八戸沖漁場で異常な豊漁に恵まれると共に、東シナ海でも好漁であった上に、あじが山陰沖から東シナ海にかけて好漁であったために空前の水揚げ量となった。さんま棒受網漁業は9月の解禁当初は前年を下回ったが、10・11月には漁況が回復して、漁期間を通してみると不漁であった前年を上回った。いかつり漁業は、北海道東部漁場において魚群の南下が例年になく遅れ豊漁が長く続き、空前の凶漁であった前年に比べると63%の増産となった。こうして沖合漁業全体では大幅な増産となった。

 沿岸漁業では、一部海域の豊漁により、地びき・船びき網漁業が33%、敷網漁業が26%の増加となり、小型底びき網漁業が引き続き増産しているが、このほかはおおむね横ばい程度であったので、沿岸漁業全体としてやや増加した。

 なお、沿岸・沖合漁業のうちさんま棒受網漁業や、さばつり漁業、採貝・採草漁業等37年以降停滞を続けているものがあることは注目されるところである。

 浅海養殖業では、のりが39養殖年度(39年10月~40年3月)に大豊作、40養殖年度は大不作となり、40暦年としては平年作の生産をあげた。しかし、かき養殖が減産したので、浅海養殖業全体としては横ばいに留まった。

 内水面における漁業では、汚水等のため減産となった河川もあったが、ふ化放流の効果もあって前年比27%増加し、内水面の養殖業も10%の増産となった。

 また捕鯨業は、国際捕鯨委員会の決議により南氷洋捕鯨の捕獲制限が年々強化されてきた関係もあって捕獲頭数は増加していても、捕獲された鯨の種類別編成が変わってきているため、生産される鯨油は減少している。

漁業経営体の動向

 漁業経営体数は昭和40年1月1日現在沿岸漁業22万経営、中小漁業及びそのほか漁業9千経営、計22.9万経営(農林省「漁業動態調査」)で、年々減少する傾向にある。減少率は、沿岸漁業より中小漁業及びそのほか漁業が高く、地域別にみると、日本海北区と同西区が著しく、太平洋中区も減少している。これに対して、太平洋南区では真珠母貝養殖、東シナ海区ではのり養殖を営むものが増加したことにより、これ等の海区では経営体数が増加した。

 漁業経営状況は、漁業の種類・規模・地域によって相当な幅があるが、沿岸漁家の平均漁家所得は、38年の65.9万円から39年て9.6万円(農林省「漁業経済調査」)へと21%増加し、39年では都市勤労者世帯の所得水準を上回った。しかし、漁家世帯員数が5.5人に対し、都市勤労者世帯では4.1人なので、仮にこれを世帯員1人当たりの所得でみれば、漁家は、39年には14.5万円となり、都市勤労者世帯の18.4万円(総理府「家計調査」)に比べるとなお79%に過ぎず、かなり低い。

 漁業就業者数は、経済の高度成長に伴うほか産業への流出により、35年の72万人から39年には61万人(農林省「漁業就業者調査」)へと4ヶ年間に15.4%減少した。また新規学卒者の漁業への就業は、卒業者数の増加もあって38年には1万人を超えたが、その後減少の傾向を示しており(文部省「学校基本調査」)、現在の漁業就業者数を基準として年々補充されるべき新規労働力の補充率をみると、38年の53.8%、39年46.7%、40年44.1%と年々低下している。なお、漁業者子弟のうち男子新規学卒者の就職動向をみると、2次、3次産業への就職が多く、39年の漁業への就業は27%である。この傾向は、労働環境が他産業に比べて厳しいためで、労働条件等を改善し、青少年にとって魅力ある職場とすることが必要である。

第6-17表 新規学卒者の漁業への就職状況

水産物の貿易

 水産物の輸出は、昭和37年をピークとしてその後停滞を続けてきたが、40年は3億3千万ドルをこえ、記録を更新した。これは主としてさけ・ます缶詰が生産の増加と競争国たるカナダの減産により英国向け輸出が大幅に伸びたことと、真珠が欧米市場の好況により引き続き伸びたためである。冷凍まぐろ類は前年をやや下回ったが、冷凍めかじきは米国・カナダの不漁で価格が上昇して輸出が伸び、大西洋に進出している遠洋トロール漁業の漁獲物の欧・阿向け輸出の増加もあって、冷凍水産物全体としては前年をわずかに上回った。次に、水産缶詰は、さけ・ます缶詰以外ではあさり、かき缶詰が好調に伸びたが、これらの外はいずれも輸出の減少をみた。そのほかの水産物では、東南アジアの需要増により魚粉が増加し、寒天も競合国の原料不足による生産減で好調に伸びたが、塩干水産物や水産油脂は生産の停滞を反映して減少している。

 水産物の輸入は、前年より16%増加し、1億ドルを突破した。38年、39年がそれぞれ対前年比10割、5割増加したのに比べると増加率は鈍化した。これは韓国のりの通関が遅れて翌年に繰り越されたことや、アラスカ産さけ・ます輸入の減少によるが、これらを除くと輸入は全般的に増加した。生鮮・冷凍水産物の輸入量は、24%の増加で6千万ドル近く、そのうちえびが3,600万ドルで過半数を占め、そのほかではたこ、さわら等の輸入が増大している。魚粉や塩千品の輸入量は、それぞれ対前年比10%、14%の伸びで、対前年増加率は著しく鈍ってきたが、輸入価格は10%~20%上昇している。量的にはまた少ないが、魚介缶詰、さきいか等を含む調整食料品の輸入は数量で5.8倍、金額で3.4倍に急増した。

 輸入価格はいずれも国内価格に接近してきたが、なお安く、相手国の輸出拡大の要請も強く、需要の増大とにらみあわせて国内の沿岸漁業、中小漁業に悪影響を及ぼさないよう配慮し、弾力的に輸入することが要請されている。

水産物の価格

 水産物の都市家庭消費は一世帯当たり数量で近年やや減少の傾向にあるが、農家の消費は伸びており、これに人口の増加や外食、給食等の普及を考慮すれは、たんぱく食料源としての水産物の需要総量は増大しているものと推測され、また、発展の一途をたどる養鶏業や水産養殖業の餌飼料としての魚粉や冷凍魚の需要も増大する等、総じて、向上する国民生活の中にあって水産物の需要は今後も増大していくと考えられるので、漁業の生産性を高め、流通を合理化することがますます必要となってきた。

 生鮮水産物価格は生産地市場において、7月までの前半は前年と比べて上昇したが、8月以降には多獲性魚が集中的に水揚げされた事情もあって、8月、10月及び11月は前年より低下しており、年平均では、前年より5%上昇した。これは39年の9.5%に比べると上昇率は半減した。この中でも漁獲の増加したするめいか・さばや国内漁獲と輸入量の増加したぐち類・たちうお等の価格は前年より低下した。しかしそのほかはほとんど上昇し、一般に、食生活の向上を反映して、沿岸高級ものの価格上昇が多獲性魚より高率を示した。

 ところで、最近における生産地における仕向け状況をみると、産地市場に上場された生鮮向けが46%、冷凍向け16%、加工向け27%、生産地市場に上場せず直送共同出荷されたもの8%、また冷蔵庫に直接入庫したものが3%の割合であって、傾向としては冷凍向けが増加する情勢にある(農林省「農林水産統計速報」)。

 次に、六大都市中央卸売市場の取り扱い総数量であるが、漁獲や輸入の増加に伴い、前年より5%増加した。これに対して総平均価格は前年より8%上昇し、39年の上昇率とほぼ同程度を示し、そのうち生鮮品の価格は前年比11%の値上がりであった。入荷量の増加率は、生鮮水産物6%、加工水産物7%で、従来最も高率を示してきた冷凍水産物は3%に低下した。

第6-9図 六大都市中央卸売市場における水産物の品目別取扱数量の推移

 次に、魚介類の消費者価格であるが、40年の対前年上昇率は16.1%(総理府「小売物価統計調査報告」全都市)で、これは生産地市場及び六大都市中央卸売市場の価格上昇率よりかなり高い。各流通段階の価格指数が魚種構成の違い、算出方法の相違等もあって、直接比較できない面もあるが、35年以降39年までの年平均上昇率(生産地市場9%、六大都市中央卸売市場10.3%、消費者価格11.3%)を見ても分かるように生産者段階から消費者段階に進むにつれて価格の上昇率が高くなっている。このことは、流通マージンことに人件費や包装、輸送費の高騰によるものと考えられ、この意味から流通機構の整備による中間経費の節減が強く要望されるわけである。


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