昭和41年

年次経済報告

持続的成長への道

経済企画庁


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昭和40年度の日本経済

今回の景気変動の性格と問題点

景気回復と企業経営

循環的要因と中期的構造的要因の両者の影響を最も強く受けたのは企業経営である。もともと企業利潤は、景気変動に敏感なものだが、昭和40年は二つの要因が重なったために企業が受けた打撃は大きく、昭和40年度の上期決算は39年度上期、下期に引き続き減益となった。日銀の「主要企業経営分析」(全産業)によると

第18表に示すように総資本収益率は、3.3%、売上高利益率は3.2%で、総資本収益率は、昭和26年以降(調査開始以来)の最低水準となった。しかし下期にはようやく増益に転ずることができた。

第18表 企業経営指標

製造業について前期比をみると第19表の通りで、下期は売り上げ5.2%増、純利益1.4%増、純利益に超過償却や引当金増を加えた実質利益では6.5%の回復となった。

第19表 売上、費用の前期比増減率

業種別に見ると実質利益増加が大きいのは、食品、繊維、非鉄金属、石油等で鉄鋼もわずかながら増益であり、上記業種で40年下期の製造業の増益のほとんど100%を占めた。しかし機械、重電機、化学等は依然不振であった。

第20表 業種別収益動向

39年上期から40年上期へかけての減益は、(1)景気後退期で需給バランスがくずれ価格が低下したこと、(2)34〜36年の投資ブームとその後の高水準の投資の結果、償却、金利等の資本費が売り上げの停滞にもかかわらず増えたこと、(3)労働力不足による賃金上昇から人件費が上昇してきたこと等によっている。しかし40年下期の決算をみると利潤の回復はまだわずかに止まっているが、その先行きにはいくつかの明るい要因も認められる。

その第1は、市況が回復の方向にあることである。企業収益に与える価格変動の影響は極めて大きい、昭和40年上期の企業の売上高純益率は4.3%であったから、もし、ほかの条件がかわらなければ販売価格が1%上がると売上高純益率は5.3%となり、利益は23%増加する計算になる。大企業工業品の卸売価格は、38年下期をピークとして、40年上期までの1年半に約1.6%下落し、これが大きな減益要因となったが、40年下期には1.3%(非鉄金属を除くと0.6%)の上昇を示した。もっとも、価格上昇の効果は、同じ期間に売上高の約50%を占める原材料の価格が2.3%上昇しているので、40年下期についてはわずかに止まったが、景気回復が進むにつれて、企業収益にプラスの要因として働くようになるだろう。

第2は、資本費用特に償却コストの低下であって、償却費の売上高に対する比率は第19表に示すように40年度上期の5.4%から下期には5.1%へ低下した。償却費負担の大きさを決めるものは、一定の売り上げのために必要な未償却資産(純資本係数)と償却率の高さである。同じ売り上げを行っても償却が終わっていない機械を使う場合には。償却費負担は重くなる。40年下期は、償却率にはほとんど変化がなかったが、最近の投資の沈静と、償却済資産の割合の増加によって、要償却資産は1.5%増に止まり、このため償却コストが低下したのである。金利についても、40年下期には、企業間信用の解きほぐしや、有形固定資産回転率の好転、借入金利子率の低下等から、金利コストは微減となった。

第27図 償却コストと変動要因

第3に、企業の合理化努力が効果を現してきていることである。販売費や、一般管理費の売上げに対する比率は30年を通じほほ一貫して上昇してきたが、39年下期の11.3%をピークに、40年上期11.2%、40年下期11.0%へと低下した。

こうした要因が働いたために企業収益は四期ぶりに増益に転じたわけである。東証上場製造業258社についてみると第19表の通りで、売り上げ増加率5.2%に対し、売上原価、管理販売費、償却、金利等の増加率はいすれも売り上げ増加率を下回っている。実質利益増(6.5%)に対する寄与率を計算すると、償却コスト低下96%、金利低下30%、管理販売費低下92%で、そのほかコスト(製造原価中の人件費、原材料費、金利を除く営業外収支)は逆に118%の減益要因であった。

しかし、その反面、今後の企業経営の負担となるような問題も少なくない。

その第1は人件費が増加している反面、資本集約度の上昇に見合った労働生産性の上昇がなかったことだ。企業は、労働生産性を引き上げるためには機械化を進めなくてはならず、資本費が高まっていくから、労働の付加価値生産性が資本集約度の増加と賃金の上昇をカバーするだけ上がらないと、利潤率は低下していく。第28図に示すように総資本利潤率は過去3回の不況の際いずれも顕著な低下をみせたが、それを賃金コストとの関係でみると、従業員1人当たりの生産性と賃金率の差の上昇率が資本集約度の上昇率に及ばなかったときに起きている。これまでの不況局面ては第29図にみるように従業員1人あたり平均人件費はほとんど横ばいだったから、利潤率低下は需要不足によって起こった生産性の低下ないし伸ひ悩みの結果だった。しかし今回は、労働生産性が停滞したばかりでなく平均人件費の増勢もあまり鈍化しなかった。

第28図 総資本粗利潤率の変化と要因

第29図 賃金コストの変化と要因

これまでのコスト要因の増加率をみても第21表の通りで、償却費、金利等は34〜36年が山でその後目立って低下しているが、人件費の上昇には依然衰えがみえない。もっとも、39年下期に対する40年上期の上昇には季節的な要因も含まれていると考えられるが人件費の上昇は、日本経済が、35、36年を境にして、労働力過剰が解消し、労働力需給の基調が変化し始めたことと対応している。今回の不況はこうした移行が進む段階で需要不足が起こったという点を1つの特徴としているといってよい。今後、資本集約度が高まっていく方向にあるので、企業が賃金上昇の負担を乗り切るためには一層生産性引き上げの努力が必要であろう。

第21表 半期毎の売上・コスト各項目の増加率

企業に残された第2の問題は、資本構成の悪化が続き企業体質が弱まっていることだ。第22表に示すように、日銀の主要企業経営分析によると企業(製造業)の使用総資本に占める自己資本の比率は30年代を通じて一貫して低下し、30年の40%台から40年上期には27%になった。企業の使用する資本の4分の3が借金に依存しているわけだ。また、卸小売業や比較的小規模企業まで含む大蔵省法人企業統計季報では、40年10〜12月期には自己資本比率(全産業)は19.5%と2割を下回った。資本の流動性を示す流動比率(流動負債に対する流動資産の比率)や当座比率(流動負債に対する当座資産の比率)はあまり悪化せず最近ではむしろ好転しているが、これは売り上げ債権の膨張に伴う見かけ上の流動性増加を示すもので、実際には、需要不足の累積によって資本構成の不安定性は増大しているといえよう。

第22表 企業の資本構成、財務比率の推移

第30図にみるように企業の資産の伸びは30年代の後半に特に大きく、中でも金融資産の増大が著しかった。資本構成の悪化は、物的資産の増加ばかりでなく、売り上げ債権の膨張に伴う金融資産の増加によるところが大きかった。

第30図 総資本の伸びと資本構成

企業が借り入れを増やしてきたのは、もともと自己資本だけではこのような急激な資産の伸びを賄うことができなかったからであるが、企業にとって借り入れ依存を有利にするような金融環境、税制、企業や銀行の行動様式等いろいろな条件がそろっていたためであった。しかし企業の借り入れ依存が高まり資本構成が悪化すると、企業の成長が弱まり売り上げの増加が鈍った場合、たちまち金融費用の圧迫が強まり経営は不安定化する。38年以降の金融費用の増加は、借り入れ依存度の増加に、需要不足による資本効率の低下が重なって起きたものである。

企業経営の当面する第3の問題は企業間格差の拡大である。今回の不況では、前回にひき続き、鉄鋼、一般機械、重電機等投資関連業種の不振が目立った。昭和34年から36年までの設備投資の高成長を支えたこれらの産業で大幅な利潤低下が起こったことが30年代後半の企業利潤低下の大きい原因だった。

これらの業種と共に、合繊、弱電機等大きい技術進歩と創業者利潤に支えられた高成長高利潤産業の停滞があったので全産業とも収益力は30年代前半に比べて低下している。

ところが、こうした状態にあって、企業間の優劣はむしろ拡大している。第23表にみるように、30年代で利潤率の最も高かった35年下期に比べて40年上期には、ほとんどの業種で利潤率、資本構成の格差は大きくなっている。後発メーカーの参入によって急速に先発メーカーの創業者利潤がはげ落ちていった合繊や、後発メーカーとの生産シェアの開きが急速に縮まっている鉄鋼については有力企業間の格差はあまり増大していないが、これらの業種でも中小メーカーや下位企業との間の格差は拡大している。特殊鋼、砂糖、セメント、ゴム、機械、紡績等の業種で有力企業が破たんに直面したり合併や集中の動きが活発になったのは、こうした企業間の優劣の増大を背景とするものだ。

第23表 企業間格差の拡大

第24表に示すように、40年上期決算では主要企業で無配会社が全体の4分の1にも達し、これまでにみられない大きい偏りをみせている。

第24表 配当率の分布の変化

このように産業間格差の縮小(下方収束)の過程で、企業間格差が大きくなったのには、2つの原因がある。

第1は、経済全体の変化に適応できない企業が増えていることだ。30年代の設備投資中心型の成長形態に対応した産業構造が、投資の停滞によって転換を余儀なくされたことや、労働力過剰から労働力不足型経済へ移行する局面では、個々の企業での摩擦は大きかった。

第2は、資本構成の悪化が著しく、中でも特に借り入れ依存度の大きい企業の不況抵抗力が乏しくなっていることだ。企業体質が弱くなった企業ては、不況に対する抵抗力が劣るばかりでなく、経済の変化に対する適応能力も著しく阻害される。景気回復によって、平均的な利潤率の立ち直りがみられても、経営能力の優れた企業と劣った企業とに格差が強まることは免れないだろう。


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