昭和40年

年次経済報告

安定成長への課題

経済企画庁


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≪ 附属資料 ≫

昭和39年度の日本経済

国民生活

概況

 39年度の都市、農村を総合した全国全世帯の消費は名目消費支出で10.4%、消費水準では4.9%増となった。名目消費支出の増加率は36年度の13.3%、37年度12.0%、38年度13.1%よりも低くほぼ35年度並であったが、消費水準の上昇率では35年度以降では最も低くほぼ33~34年度並であった。特に都市世帯の消費水準では3.9%増に留まり30年度以降では最低の伸びとなった。

第12-1表 名目消費、消費水準の前年同期比

 39年度の消費の伸びが低かったのは、年度後半において景気調整の影響が現れ、所得が伸びなやみ、前半落ち着いていた消費者物価が後半騰勢を強めたことが主因であるが、消費性向もまた前2回の景気調整期とは異なりかえって低下したことも影響している。

 季節修正値でみると39年度上期の消費水準は、前期に対し都市2.9%、農村6.8%、全国4.1%の増加であったが、景気調整の影響が現れ、消費者物価騰勢が強まった下期には都市1.2%減、農村1.6%減、全国1.2%の減少となった。また平均消費性向も、都市勤労者世帯では前年度の84.7%から83.2%に低下し、農家も86.4%(暦年)から84.8%(暦年)に低下している。

 消費の内容では、農家においては依然耐久消費財の購入増が続いているが、都市においては家庭電器の普及一巡で停滞が続き、繊維品の購入も新繊維製品の一応の充足と繊維品自体の循環の底とが重なったため前年水準を下回った。その反面、旅行、教育等のサービス関係の雑費と動物性たんぱく質を中心とする非主食の支出弾性値はかえって高まっている。総じて消費構造は工業消費財の比重の低下、サービスの拡大傾向が続いている。そして、都市世帯の39年度下期の工業消費財の購入量は前年同期を下回っており景気調整期における消費の下支え的効果は弱まっている。

 こうした中においても所得階層別の所得増加率では依然低所得層ほど高く、規模別の賃金格差も縮小傾向が続いているし、農家所得の増加率は都市勤労者世帯を上回っているなど、所得の平準化傾向は39年度も続いた。また、社会保障面では、勤労者世帯の可処分所得増加率を上回る生活保護基準の引き上げ、厚生年金保険の月額1万円年金の実現等前進のあともみられるが、児童手当の新設、5人未満企業への被用者保険の適用等は、今後の問題として残されている。また住宅面においても住宅建設戸数は増えてはいるが民間貸家貸し間が多く家賃の上昇も衰えをみせていない。生活環境面においても東京都を始め大都市において異常渇水のため飲料水の不足が起こり社会資本の不足、社会開発の重要性が広く認識されるようになった。ただ39年度の国民生活においては労働力不足の基調にあるため景気調整によって所得の伸びは鈍っても失業者として職を失う者がほとんど増えなかったので、就業の面から国民生活の安定が保たれた点は過去の景気調整期にはみられない一面である。

 以下39年度の国民生活の特徴について分析を加えてみることにしよう。

所得の動向

 39年度の国民生活を個人所得の面でみると、年度平均の伸び率では都市勤労者世帯の可処分所得で11.3%、農家可処分所得では15.4%(現金)の増加で勤労者世帯では34年度以降のいずれの年よりも低かったが、農家では36.37年度の伸び率より低いが38年度の伸びを上回っている。また非農業の個人業主所得も106%の増加で37~38年を上回る増加率である。

 一方消費者物価は年度平均としては都市4.8%、農村5.2%の上昇であるから最近4~5年としては最も落ち着いていたので、実質可処分所得では都市勤労者世帯6.3%、農家は9.8%の増加となり、勤労者世帯農家世帯とも37~38年度の増加率を上回った。従って年度平均としてみた39年度の世帯所得は名目でも実質でもほぼ最近4~5年の高い増加率が続いた年ということができる。

 しかし、所得の増勢が強く、消費者物価が落ち着いていたのは年度前半であり、後半では景気調整の影響で名目所得が伸びなやみ、一方消費者物価はかえって騰勢を強めたので実質所得は停滞した。勤労者世帯の可処分所得を季節性除去の数値でみると、年度始めは労働需給のひっ迫を背景にして37~38年を上回る春闘の大幅なベース・アップ、初任給の引き上げ等で勤労者世帯の所得は急上昇した。しかし8月ごろからは景気調整の影響で所定外時間の減少による残業収入の減少、企業収益の減退を反映するボーナス支給率の低下等で所得増加は伸びなやみ弱含みが続いた。40年に入ると年初は中小企業の賃上げ等でやや上向いたものの4月には再び低下しているので所得の増勢が回復を取り戻したとはいえない。この結果39年度の上期の可処分所得の増加率は前期に対し8.5%であったが、下期には1.5%増と著しく伸びなやんだ。

第12-1図 勤労者世帯実収入名目

 一方消費者物価は後半から次第に騰勢を強めてきたので、実質可処分所得では7~9月ごろから伸びなやみが始まり、10~12月には前期比2.6%減とかなりの低下となった。1~3月には若干の上向きがみられるものの、未だ停滞を脱していない。その結果39年度上期の実質可処分所得の増加率は前期に対し1.2%の増加とかなり強かったが、下期には逆に1.2%の低下となり下期の実質消費低下の大きな要因となった。

 前2回の景気調整期に比較すると、名目可処分所得では引き締め直後の増勢は前2回よりも強かったがその後の鈍化が著しく、32~3年の景気調整期にほぼ近い。すなわち、引き締め後の可処分所得増加率を半年ごとに区分してみると、今回は上半期(39年4~9月)の対前期増加率は8.5%で前回の8.2%、前々回の5.5%を上回っていた。しかし、下半期(39年10月~40年3月)になると今回は1.5%の増加に伸びなやみ、前回の5.3%増をかなり下回り、前々回の1.2%増にほぼ近い。

 実質可処分所得になると、今回は前2回とかなり対照的である。前述したように今回は引き締め後半年間の対前期増加率は5.2%であったが前回は3.3%、前々回は4.5%であった。しかし、次の半年間については今回は1.2%低下したのに対し、前回は2.8%増、前々回は4.0%増加している。前2回の景気調整期と比較して大きなちがいは、景気調整によるボーナス支給率の低下等で所得が意外に伸びなやんだことと、物価の上昇率が今回の方が高かったことである。今回の場合は家計調査によると夏期、年末共にボーナス支給率が前年同期よりも低下した。しかし、前2回はいずれも上昇していた。それだけ今回の方が企業収益に直結するボーナスへの影響が大きかったといえる。

第12-2表 所得の伸び率

第12-3表 勤労者可処分所得名目、実質の対前期比

第12-4表 景気調整期のボーナス支給率の推移

 このように後半においては勤労者世帯の所得伸びなやみが続いていたが、勤労者世帯の内部においては所得の平準化傾向が続いた。39年度の5分位階層の可処分所得の増加率は最低第1分位層の12.7%増に対し最高第5分位層は10.6%増と最も低くなっている。特に世帯主の定期収入については第1分位の14.9%増に対し第5分位は9.7%増とその差は大きくなっている。このように景気調整下においても所得の平準化傾向が続いているのは、39年度は新規学卒者が減少したために労働力需給はかえってひっ迫し労働移動が活発化した。そのため、中途採用者の賃金については大企業も中小企業もあまり変わらなくなってきているうえ、同一企業内についても年齢別の賃金格差が縮まる傾向が強まってきているからであろう。

第12-5表 所得階層別可処分所得増加率

 一方、農家については後半においても景気調整の影響をあまりうけずに増勢を続け前述したように、39年度の農家所得の増加は15.4%(現金所得)となり、37年、38年の増加率を上回った。その主因は労賃、俸給収入が17.4%も増加したこと、農産物についても米価引き上げ、野菜の値上がり、畜産、果樹の増産等で農業所得が13.7%(現金)も増えていることである。一方農村の消費者物価も都市と同様に後半で騰勢を強めているので、実質可処分所得の増加率は前半が強く後半で鈍っている。しかし年度平均の実質所得の増加率は10%に達し、37~38年度の伸び率を上回った。

消費性向の低下と最近の貯蓄

 前述したような所得の動向に対し、39年度の消費性向は都市勤労者、農家共に低下した。全都市勤労者世帯の39年度の平均消費性向は83.1%となり、前年度の84.6%より1.5ポイント低下した。また農家世帯も前年の86.4%から84.8%に低下している。

第12-6表 家計バランスの推移

第12-7表 農家世帯の家計バランス

 勤労者世帯の消費性向を年間の推移でみると、年度当初の4~6月から前年同期を下回り始め、4~6月は前年同期に対し0.5ポイント低下し、7~9月には2.2ポイント、10~12月には1.8ポイント、40年1~3月には若干回復して1.0ポイントの低下に留まった。

第12-2図 景気調整期における平均消費性向の対前年同期に対する差

 勤労者世帯の消費性向は36年までは一貫した低下傾向を続けてきたが、37年度、38年度と上昇し、39年度に再び低下したわけである。39年度の消費性向の低下をどのように判断するかは極めて重要な問題である。これまでの例でみると実質可処分所得の増加率が大きく6%を超える時に消費性向は低下していた。それは消費の惰性によるものである。消費の惰性は従来の消費態度を続けることであって単に従来の生活水準を維持することではなく、実質所得増加率に応じて絶えず消費の水準や内容を高めていこうとするものである。従って実質所得の増加率が急に高まる時期には新しい所得増加率に消費の増勢が適応する間は消費性向の低下が生ずるのである。39年度の場合は実質可処分所得の増加率が6.3%であるから年度平均として若干の低下が生じたとしてもそれは、これまでの傾向と特に変わったものとはみられない。しかし、39年度の消費性向の低下率は1.5ポイントとやや大きく、しかも実質可処分所得増加率が前年同期の3.5%増にまで低下した下期においてもなお消費性向の低下が続いていたことについては短期的な特殊な要因と消費構造面からの影響がからみ合っているものと思われる。

第12-3図 実可処分所得と消費水準、消費性向の変化

 短期的な要因には以上述べた消費の惰性の外にさらに1つある。その第1は先行き所得増加に対する不安感である。今回の景気調整期においては企業倒産が累増し、企業利潤の低下率も大きく、株式市場も低迷するなどで先行きの所得増加に不安感を持つ者も少なくなかった。このことは消費者の消費態度を慎重にさせたといえる。第2の要素は貯蓄保有額低下を回復しようとする貯蓄意欲の高まりである。

 クロースセクションによる貯蓄保有高と限界貯蓄性向の関係をみると年間消費支出に対する貯蓄保有高の割合が1を超えると限界貯蓄率は低下し、その後は横ばいになっている。時系列にみても 第12-5図 にみるように貯蓄保有額が急増した37年から平均貯蓄率は低下し始め貯蓄保有額がかなり低下した38年度を底にして再び貯蓄率は上昇し、貯蓄保有額が増加に転じている。従って、この面から貯蓄率を高める要素は貯蓄保有額の回復によってほどなく弱まってくるであろう。さらに39年度の場合は所得階層別にみると最高所得層の第5分位の消費性向が38年度の73.5%から71.1%2.4ポイントも低下しており、これに次いで第4分位の1.7ポイント低下、第1分位の1.2ポイントの低下である。この中、高所得層は貯蓄保有額の低下が影響し、低所得層では先行き所得増加の不安が反映しているものと思われる。

第12-4図 五分位階層別消費性向

第12-5図 貯蓄保有高と平均貯蓄率

 短期的要因の外に耐久消費財の普及一巡、繊維品におけるナイロン、テトロン等の新繊維製品の一応の充足と繊維品自体の循環の底との重なり合いによって、耐久消費財や繊維品の購入が停滞ないし低下していることも消費性向の低下に影響していよう。消費構造の変化による場合はある消費財やサービスの購入が停滞ないし低下したとしても、他の消費財やサービスの購入が増加すれば相殺し合って全体の消費性向には影響しないことになる。しかし39年度の場合はサービス関係を中心とする雑費についても限界消費性向は低下しているのて、耐久消費財や繊維品購入低下の相殺要因としてはあまり働かなかったといえよう。以上述べた消費性向に影響を与える短期的な三つの要因の中、先行き所得増加に対する不安感によるものは景気の回復によって解消されるであろうし、貯蓄保有額の回復も39年度の貯蓄率の上昇によってかなり実現されてきている。従ってこれ等二つの要素は今後は弱まる可能性が強い。これに対し、消費の惰性によるものは今後の所得増加率と消費者物価上昇率にかかっている。つまり実質可処分所得の増加率が高くなれば消費性向の低下は続くであろうが、下期以降のように停滞が続けば再び上昇する可能性が強い。

 次に39年度の貯蓄の内容についてみることにしよう。39年度の勤労者世帯の貯蓄総額は月平均9,757円で前年度に対し21.9%増加し、可処分所得の増加率の約2倍の増加率となった。特に預貯金の増加率が高く、前年度の3,256円から4,321円へと約32.7%も増加し貯蓄全体に占める割合でも38年度の40.4%から44.7%へと増加している。

第12-8表 種類別貯蓄の変化

 預貯金と共に増加率の高いのは〔有価証券その他の財産購入〕で前年度の579円から39年度の826円へと42.6%も増加し貯蓄全体に占める割合でも前年度の7.2%から8.4%に増加している。これに対し年金保険無尽掛金等は13.0%の増加でほぼ所得増加率と同程度であり、借金返済や繰越金等もあまり増えていないが、掛け買い月賦返済が20.8%とかなり増加している。またこのような貯蓄の増加をその保有形態の変化でみると、39年2月から40年2月にかけて個人営業者と労務者は貯蓄保有額が大幅に増加し、預貯金の増加率が最も高いが、金銭信託、保険、株式共に増加している。これに対し職員と経営者は株式保有の割合が高く、しかもいずれも前年よりも大幅に低下しているため貯蓄保有額全体でも経営者では低下し、職員でも9%の増加に留まっている。つまり経営者や職員層にとっては株価の下落が貯蓄保有額全体にかなり影響を与えているといえよう。

 なお勤労者世帯の貯蓄率はボーナスの貯蓄率の影響を非常に強くうけている。39年度の場合は夏期賞与手取り額の55.2%、年末賞与の48.3%が純貯蓄となっている。そして賞与自体の前年度に対する増加率は夏期11.1%、年末8.9%であるから最近数年としてはかなり低いが、賞与手取り額の中に占める貯蓄の割合ではこれまでの最高となっている。従って貯蓄総額に占めるボーナスからの貯蓄の割合は極めて高く39年度の貯蓄率16.9%の中ボーナスからの貯蓄分は9.9%を占めている。しかし、前年度に対する貯蓄率増加1.5ポイントの中ボーナス分による増加は0.3ポイントであまり大きくはない。これは所得総額に占めるボーナスの割合が低下しているからである。

第12-9表 全都市勤労者世帯の賞与と貯蓄率

消費と消費内容

 39年度の家計消費を都市農村を総合した全国全世帯でみると、名目消費支出では前年度に対10.4%、消費水準では4.9%の増加であった。都市と農村に分けると都市世帯が名目で9.0%消費水準で3.9%増であるのに農家では名目13.4%、消費水準7.4%増と都市世帯の伸び率鈍化と農家の著しい増加が目立った。

 39年度の消費の伸びを過去数年と比較してみると、名目消費支出では都市世帯は37年度の11.9%、38年度の13.3%を下回って35年度以降では最低であった。これに対し農家は37年度の12.4%、38年の12.6%増を上回って36年度の13.3%増に近い伸び率であった。また消費水準においては都市の3.9%増というのに30年以降最低の伸び率であるが、農家の7.4%増は30年以降では35年度と並ぶ最も高い増加率であった。

 都市世帯の消費増加が著しく鈍ったのは年度後半に景気調整の影響で前述したように所得が伸びなやみ、消費性向が低下したうえ、消費者物価も騰勢を強めたからである。

 全都市全世帯の消費支出を季節修正値の四半期別指数でみると、39年4~6月は対前期比3.4%増と年率13.6%の増勢にあったが、7~9月は1.6%増、10~12月0.3%減と急速に増勢は鈍り、40年1~3月には3.3%増とやや回復したが上期と下期にならしてみると、上期は前期に対し5.9%の増加であるが、下期には2.3%増だ著しく鈍っている。一方消費者物価は下期に入ると騰勢を強めたので消費水準でみると4~6月には対前期比3.1%とかなり強い増勢にあったが、7~9月には1.0%の増加に鈍り、10~12月には2.2%の低下となった。40年1~3月には若干回復したものの上期、下期にならしてみると、上期は前期に対し2.9%の増加でほぼこれまでの増勢を維持していたが下期には1.2%の低下となった。

第12-6図 全都市全世帯消費支出

 今回の景気調整の都市家計消費への影響をみると、引き締め後半年間は名目消費支出でも消費水準でも前回よりも弱く、前々回よりも強くほぼその中間にあった。しかしその後の半年の期間になると、名目でも前回の約4割の増勢に落ち前々回よりも弱くなっている。消費水準では前々回が4.1%、前回の2.5%増に対し1.2%減と全く停滞した。

第12-10表 引き締め後の消費支出の推移(対前期比)

第12-11表 引き締め後1年間の実質消費の推移(対前期比)

 一方農家も引き締め後半年間においては名目消費支出においても消費水準においても前回及び前々回を上回るかなり強い増勢にあった。ところが次の半年間になると名目消費の増加率では前回を下回り、消費水準ではかえって低下するに至った。ただ農家の場合は引き締め後半年の増加率が非常に高いので、その後の反動減も考えられるが、都市世帯においては最初の半年間についても前回より弱く、しかも後半の消費水準で低下したところに今回の特徴がみられる。

 従って都市農村を総合した全国全世帯でみても引き締め後最高の半年間は名目消費支出の伸びでは前回よりも若干低いが、実質消費では前々回よりもはるかに増加率は高かった。しかし、その後の半年間については名目消費支出でも前回の約5割程度の伸びであり、実質ではマイナスになっているわけである。

 今回の景気調整期における後半の消費伸びなやみの原因は前述したように実質可処分所得も消費性向も前回及び前々回と異なって低下したことである。

 つまり実質消費を決定する基本的な要素である実質可処分所得と消費性向が共にマイナスに働いたからである。

 こうした消費の動向とも関連を持っているが前2回の景気調整期と大きく異なる点は消費内容である。 第12-12表 にみるように第2次産業部門で生産されている消費財の購入量は前々回及び前回はかなり強い増勢にあった。しかし、今回は引き締め後3ヶ月間の39年4~6月までは前年同期を6%ほど上回っていたが、7~9月以降は前年同期を下回るようになり、10~12月には約5%も前年同期を下回っている。これの主要因は家具器具と繊維品の伸びなやみである。

第12-12表 景気調整期のおける産業部門別実質消費の対前年同期比

 第12-13表 第12-14表 により全都市全世帯の費目別消費支出の伸び率をみると雑費が最も高く、これに次いで非主食と光熱費が高く、被服と住居が最も低い。実質消費でみてもほぼ同様の傾向であって、光熱費の伸びが最も高く、雑費と非主食がこれに次いでおり、被服は前年度を下回り、住居費も横ばいである。前回の引き締め期の37年度には住居は7.4%、被服は5.9%増加し、前々回の33年には住居は19.0%、被服は5.9%増加していたのに比べると今回は対照である。これ等二つの費目だけからみると住居費、被服費共に低下した29年度の場合に近いといえるようである。

第12-13表 費目別消費支出の伸び

第12-14表 費目別実質消費の伸び

 費目別消費をさらにくわしくみると( 第12-15表 )、食料では穀類が引き続き減少しているのに対し、肉、乳卵、菓子、果物、酒、飲料等の動物性たんぱく質と趣向品の高い増加が続いている。これに対し同じ動物性たんぱく質であっても魚介類はほとんど横ばいであるし、野菜類はかえって低下している。これは物価騰貴のために支出額が増えても実質購入量の増加にはならなかったからである。家具器具が37年度の13.1%増、38年度の13.9%増から0.4%増と横ばいと推移したことと、被服が37年度の11.7%増、38年度の5.9%増、39年度の1.0%減となったことについては既に述べたが、雑費関係についても保健衛生費と教育文房具等の必需性の強いサービス関係支出の伸びが強くなり、反面、交通通信、教養娯楽関係支出は前年の伸びよりもかえって低下している。

第12-15表 費目別消費支出、実質消費の対前年上昇率

 家具器具の消費が停滞したのはテレビ等の家庭電器の普及が限界に近づいたために購入世帯が減少しているためである。当庁消費者動向予測調査の40年2月調べによると、非農家のテレビの普及率は90.3%、電気洗濯機72.7%、電気冷蔵庫62.4%とかなり高くなっている。しかも過去1年間の購入世帯の割合は主要耐久消費財についてはいずれも前年を下回っている。家庭電器の普及により、これに代わるものとして乗用車とルームクーラー等が考えられるが、現在の所得水準からみてこれ等の耐久消費財の購入世帯が急速に増大することを期待することは難しい。消費者動向予測調査による40年2月から過去1年間に乗用車を購入した世帯は非農家全体で3.8%で前年の3.4%よりも増えてはいるが増え方はそれほど大きくはない。特に職員、労務者、個人営業者が共に増えているのに経営者の購入世帯が低下していることは注目される。つまり次の大型耐久消費財の購入世帯が急増するまでにはなお若干の時間が必要と思われるので現在は一種の踊り場的状況にあるとみてよいだろう。繊維品については繊維品が耐久財であるためアメリカ等では繊維品自体の循環があるものと考えられているが、我が国においても手持ち衣料品が増大するにつれて繊維品自体の循環が起きてきているのではないかと思われる。これに加えてナイロン、テトロン等の新繊維製品の普及が一巡したことも影響しているものと思われる。これまでの傾向では繊維消費は実質可処分所得の増加率と関係が深かった。ところが39年度には実質可処分所得も対前年度増加率では37~38年度を上回っていた。しかし39年度の繊維品の所得弾性値は著しく低下している。これ等の事実から判断すると39年度の繊維消費の低下は上述した繊維品自体の循環の底と新繊維製品の一応の充足とが重なり合った結果とみられる。

 一方、農家については都市ほど明りょうな耐久消費財や繊維品の伸びなやみはでていない。繊維品は前年同期化4.9%増であるが住居費は12.7%増と依然強い増勢が続いている。テレビや電気掃除機等では購入世帯が減少しているが電気冷蔵庫等は購入世帯の増加が続いている。雑費についても都市の6.0%増に対し13.6%増と都市の2倍以上の増加率を示している( 第12-16表 )。

第12-16表 農家の費目別消費支出の伸び率

 消費の動向を所得階層別にみると、これまでの傾向はならしてみると、消費全体としては高所得層ほど伸び率が低く、低所得層ほど高くなっていたが39年度も同様であった。 第12-17表 にみられるように最低第1分位層の実質消費は6.4%の増加であるが最高第5分位層は2.1%の増加で伸びなやんだ。特に繊維品と家具器具については最高第5分位層では共に大幅に低下している。これが勤労者世帯全体にかなりの影響を与えている。

第12-17表 所得階層別実質消費の伸び

 一方、都市世帯、農家世帯のいずれにも属さない単身者世帯については消費の内容は明らかでないが、国鉄、郵政の職員生計調査等から推計すると、39年4~12月の前年同期比で名目14.0%増、実質8.8%増で一般世帯の増加率を上回っている。これは単身者世帯は大部分が若年層であるため、初任給の上昇、ベース・アップの際の一律定額引き上げ部分の増加等で所得の増加率が一般世帯の世帯主階層よりも高いからである。

国民生活の諸問題

 前述した39年度で消費生活の内容は個人の生活からみると生活の一部であって全部を現しているわけではない。この外に個人の力では解決が難しくなってきている住宅問題、生活環境、生活安定のためには一層の拡充改善が望まれている社会保障の問題等がある。39年度においてはこれ等の諸問題がどのように改善され変化したかをみることにしよう。

住宅

 まず、住宅をみると、昭和39年(暦年)の総工事戸数は825千戸で、前年に比べ8%の増加となっている。このうち、新設住宅戸数は751千戸で対前年比9%増となり、昨年の伸び率の17.5%よりもかなり低く、38年以前の各年の伸び率よりも低下している( 第12-18表 )。しかし、住宅の質の面でみると、床面積の広さにおいて改善がみられ、1戸当たりでは約2平方メートル増加している。特に貸家は1戸当たり床面積の平均が35平方メートルとなって、前年に比べ2.5平方メートル増加した。住宅建設戸数の伸び率の鈍化は、特に都市における地価高騰による土地取得難と、金融引き締めによる影響が現れたものと思われる。新設住宅を利用関係別にみると、持ち家の着工数は322千戸で前年に比べ5%の増加となっているが、その増加率は利用関係別中最下位を示している。貸家の着工口数は336千戸で対前年比9%の増加となり、前年に引き続き持ち家の着工数をしのいでいる。給与住宅の着工戸数は57千戸で対前年比22%増となり、好調な推移を示している。その他(分譲住宅)は対前年比25%増加で、前年と同じく利用関係別中最高の伸び率を示している。住宅金融公庫融資住宅と公営、公団住宅等の政府施策住宅は前者が4.8%、後者は8.6%とそれぞれ前年に対して増加した。これ等の結果建築総戸数に占める持ち家の比率は前年よりもさらに低下し、42.9%となったが、貸家の比率は前年とほぼ同率の44.7%と横ばいであった。また給与住宅はその比重を高めている。( 第12-7図 )それに対して政府施策住宅は住宅金融公庫融資住宅が10.4%公営、公団住宅が8.6%でわずかながらその比率が低下している。

第12-18表 着工新設住宅資金別、利用関係別建設戸数

第12-7図 所有関係別建設戸数の内訳

 持ち家建設の比重の年々の低下は、自力で住宅を建設できる層はこれまでにかなり建築しており、住宅難世帯が中低所得層に集中してきていること、地価の高騰によって多額の建設資金が必要になってきているからである。

 この傾向は経済企画庁調「消費者動向予測調査」にも現れており、40年2月の調査によれば、過去1年間に住宅の新築、増築、購入、改造修理など何らかの住宅改善を行った世帯が22.0%(前年同期24.3%)で、前年と比較してやや減少した。

 今後1年間の住宅改善を計画している世帯は17.6%で、前年同期の25.8%に比べるとかなり減少している。( 第12-8図 )これを農、非農別にみると、農家世帯の方が実績においても計画においても増加率は大きい。非農世帯の伸び率が低いのは、宅地取得の困難性によるところが大きく、同じ「消費者動向予測調査」の宅地入手の難易感をみると、非農世帯において、「資金的に無理しても入手できない」とみるもの40.2%、「資金的に無理をしないと困難」というもの44.2%で、合計して84.4%と全世帯の大部分を占めている。これを所得階層別にみても、年間所得160万円までは、宅地入手の不可能または困難とみる世帯が80%を超えているが、年間所得が160万円を超えると、その割合は70%とやや低くなっている。また、日本不動産研究所の調査によると39年9月の全国平均の宅地価格は30年3月に比べて6.6倍となったが、このうち6大都市は10倍に暴騰をみせている。

第12-8図 住宅改善を行った世帯

 一方、総理府統計局の住宅調査によれば昭和38年の住宅難世帯(同居世帯、非住宅居住世帯、1人当たり2.5畳未満世帯)309万世帯で、39年の新築建設戸数75万戸を差し引き39年中の新規の住宅難世帯を加えれば、なお250万近い住宅難世帯があるものと想定される。中でも最も切実な住宅難世帯は都市の中低所得層に集中しており、中高所得層の持ち家建設を促進させると共に、中低所得層向け政府施策住宅の大量の建設が望まれている。

生活環境

 環境衛生施設の中で、上水道の普及状況をみると昭和39年3月現在で、全国の実給水人口は6,120万人でその普及率は63.7%で前年度の60.4%を上回った。( 第12-19表 )このうち上水道を使用している者が51.9%、簡易水道を使用している者が9.3%、専用水道を使用している者2.6%とそれぞれ前年度の比率を上回った。しかし、給水人口と給水量との関係はアンバランスで水不足のため断減水の措置をとった都市は39年に128都市にのぼって深刻な水不足を来たした。

第12-19表 上下水道施設の普及状況

 農村地域の普及は都市に比べて相対的に立ち遅れている。上水道の普及に比べて極端に立ち遅れているものは、下水道とし尿、ゴミ処理である。下水道の普及率は10%に及ばず、この立ち遅れはし尿処理を一層困難にしている。ゴミ処理についても衛生的に処理し得る焼却設備の拡充が進んではいるが、ほう大な処理量の増加を考えるとき早急な施設の整備と拡充が必要である。

 公害問題については環境衛生と都市の美化の面から見過ごすことの出来ない問題となって来た。大気汚染、水質汚濁、騒音、地盤沈下等は、都市への人口集中化と産業の集積、下水道、清掃施設等の環境衛生施設の不足、居住地区と、工場地区の密接混在化等が原因となって引き起こされることが大きいが、あまり大きな改善はみられない。

 公害と並んで交通難も時差出勤、交通機関の拡充強化等によって39年中も緩和が図られているが全面的に緩和を図るには、なお多くの改善が必要である。

教育費負担の増加

 昭和39年における義務教育の普及率は99.9%に達し、高等教育を合わせて考えてみても我が国の教育水準は国際的にもアメリカに次ぐ高い水準となった。中学から高校に進学する割合も30年の53.6%から39年は70.6%に増加し、同一年齢人口のうち大学へ進学する者の比率も30年の10.3%から39年には19.9%へと増大している。しかしながらその教育内容はどうかというと教育施設、教員数においてはなお不十分な点が残されている。一方、進学率の向上と共に中学から高校へ、高校から大学への競争が激しくなり家庭にとってはめぐる進学は深刻な問題となってきている。身体不自由児、ろうあ者等の特殊教育施設、へき地教育においてははなはだしい立ち遅れを示している。39年には義務教育における教科書一部無償給付など、教育費の負担軽減が図られているが、他方高校、大学等の入学金、授業料の大幅値上がりがあり、総理府統計局調「家計調査」の中の教育費支出は全部市全世帯で、39年度は前年に対して18.9%増加した( 第12-20表 )。世帯主の年齢別にみると35歳から60歳台の年齢層が最も大きく、教育費の支出額も35年に比べてこの年齢層の伸び率が30~50%と最も多く増加している。

第12-20表 教育費の推移

社会保障

 国民の生活安定を図る社会保障について39年度の状況をみると、生活保護基準の引き上げ、老齢年金・国民年金保険の給付水準の引き上げ等の改善も行われたが、健康保険については料率の引き上げ等被保険者負担増大の問題も発生している。

 まず生活保護基準についてみると、39年4月に13%、40年4月にも12%の引き上げが行われて東京都標準4人世帯で18,084円となった。その結果勤労者消費支出に対する格差は38年4月の34.5%から39年4月の35.1%にまで縮まってきたが、数年当時の37%に比べればまだ低い。また、最近生活保護世帯は横ばい傾向を続けており39年度も平均では64万世帯となっている。なお地域別にみると大都市及びその周辺地区においては保護率は下っているが南九州、北九州、四国、山陰等の後進地域において所得の増加率が低く保護基準の引き上げに追いつけないために保護率は高くなってきている。

 厚生年金については、従来からその給付率の引き上げが望まれていたが、40年度からいわゆる1万円年金が実現した。すなわち、老齢年金の定額部分は24,000円から60,000~90,000円(被保険者期間によって異なる)に引き上げられ、報酬比例部分は平均標準報酬にかける係数が6/1,000から10/1,000に引き上げられた。その結果、平均標準報酬が25,000円の場合1月当たりの年金はこれまでの5,000円から1万円に増加した。

 しかし、これでもなおヨーロッパ諸国の水準に比べると不充分である。

 また、国民年金になると、厚生年金に比べてもまだまだ給付水準の低いままで残されている。

 また、厚生年金については今回の改正を契機に、報酬比例部分と、次第に普及してきた企業年金とを統合した処置がとられることになった。

 一方、医療保険についても、医療水準の上昇、受診率の増大等から赤字が増大してきている。これ等の赤字の解消には雇い主、被保険者、地方公共団体と国庫が分担していくことが必要であり、財政の健全を保つためにはそれぞれにおける実質的な負担増は避けられない状勢にある。しかし負担能力の低い低所得層に対しては特別な配慮が必要であろう。また、児童手当については強度の精薄児を対象とする萌芽的なものが、39年9月から実施されているが、本格的な実施はなお検討段階である。


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