昭和40年
年次経済報告
安定成長への課題
経済企画庁
≪ 附属資料 ≫
昭和39年度の日本経済
労働
概況
39年度の労働経済は景気調整下にありながら労働需給のひっ迫基調が続き、雇用増加率は新規学卒者の減少で低かったが、賃金は10%を超える増加となり、労働力の流動化、賃金格差の縮小は一段と進んだ。また労働生産性は30年以降最高の上昇となった。
まず雇用についてみると、年度前半は景気調整の影響はほとんど現れず、雇用増加率は緩やかであったが、労働力需給は一段とひっ迫し、労働移動は活発に行われた。
景気調整の影響は年度後半、特に40年に入ってから求人の減少、求職者の増加、雇用増勢の鈍化等に現れ労働移動も沈静化し始めている。しかし、これまでのところ失業は40年に入ってようやく上向き始めた程度で過去の景気調整期に比べるとその影響は軽微である。40年3月卒の学卒者の需給も高校卒では新卒者の増加で若干緩和されたが、中学卒ではさらに求人倍率が高まり、学卒者の求人難の状況は変わっていない。
この間の賃金をみると年度前半は38年を上回る12%余のベースアップ、初任給の上昇等で定期給与は年率11%前後の上昇が続いた。年度後半に入っても所定外時間の減少等で上昇率は若干鈍化したが鈍化の程度は少ない。これに対しボーナス等の臨時給与は年末には支給率の低下がみられる等景気調整の影響は明りょうに現れてきている。また40年春闘のベースアップ率も39年を下回る等景気調整の影響が若干現れてきている。
しかし、総じて今回の景気調整の雇用、賃金面への影響は前2回に比べると軽いといえる。以下39年度の雇用、賃金、生産性等の特徴についてみることにしよう。
雇用増加とその特徴
雇用は緩やかな増加
39年度は景気調整のための金融引き締めが実施されたが、前半はほとんどその影響が現れず、39年末以降鉱工業生産が弱含みに入ってからようやくその影響が現れ始めた程度であり、現在までのところ景気調整の雇用面への影響は前2回に比べてはるかに軽微である。しかし、39年度は新規学卒者の減少によって新規労働可能人口が大幅に減少したため雇用の増加率では労働力調査の全産業の雇用者でも、毎月勤労統計の常用雇用指数でも31年以降最低となった。
まず、39年度の生産年齢人口、労働力、就業者の動向からみよう。労働力調査によると39年度の生産年齢人口(15歳以上人口)は183万人と前年度に続いて大幅な増加となった。これは主として戦後のベビーブームの時期に出生した人々が生産年齢人口に達しつつあることの現れである。しかし、この中5割弱の88万人は高校大学への在学者の増加となり、2割余の43万人は家事労働に留まっており、実際に労働力となった者は3割弱の50万人に過ぎない。
在学者の大幅増加は高校大学への進学率の向上と進学年齢層の増加数が大きかったことにある。39年度の労働力率は各年齢層とも低下気味であったが、特に15~19歳の進学年齢層では男子は前年度の43.2%から38.0%へ、女子は42.9%から37.5%へと大幅に低下している。また15~19歳の増加数は男女合わせて59万人と生産年齢人口増加総数の約3分の1を占めている。
家事労働の増加は主として女子の20~29歳層に現れているが、これには結婚または育児のためのリタイアと世帯主が農業あるいは非農自営業から賃労働者へと転換したために妻その他の家族従業者が非労働力になったことの影響とみられる。
労働力人口は50万人の増加に過ぎなかったが、完全失業者は2万人減少し、自営業主と家族従業者が農林業を中心に39万人減少したので、雇用者としては91万人3.5%増加した。しかし、増加率、増加数とも30年以降最低である。
39年度の雇用増加率が低いことは毎月勤労統計の常用雇用指数(規模30人以上)においても同様である。39年度の常用雇用の産業総数は3.9%の増加で、37年度の8.0%、38年度の5.5%増をも下回っている。
しかし、これは主として、前述した進学率の向上と新規学卒人口が減少したことによるもので景気調整の影響は軽微である。文部省の調べによると、39年3月卒の中学生は2.6%、高校生は11.7%も減少している。これに進学率の向上が加わり、実際の学卒就職者は中学、高校、大学を合はせて前年よりも8%も減少している。
一方、景気調整の影響についてみると、 第11-3表 のように失業保険被保険者数、毎月勤労統計の常用雇用指数とも、引き締め当初より増加率は低く、増勢の鈍化率は前回及び前々回よりも低い。これは39年度の景気調整は鉱工業生産も前2回のように低下せず、10月以降弱含み横ばいを続けている程度に過ぎないからである。経済成長率も年度後半では鈍化しているが、前2回の締め期である33年度の3.4%、37年度の5.1%を大幅に上回る10%前後に達することが予想されている。つまり、39年度の雇用増加率が低い原因の中には景気調整による労働力需要の減退が年度後半において若干影響しているが主として新規学卒者の減少という労働力供給側面要因に基づくものとみてよいだろう。
増加費用の特徴
39年度の雇用増加率は緩やかであったが、増加雇用の構成には幾つかの特徴がみられる。第一には産業大分類別では製造業と卸小売業等の比重が低下し、サービス業や建設業等の比重が増加していること、製造業の中分類別では機械、金属等の資本財、生産財の増加率が相対的に高かったことである。
労働力調査の増加雇用の寄与率でみると、製造業は前年度の38.9%から28.6%に低下し、卸小売り、金融保険業等も前年度の34.7%から20.9%に減少している。これに対しサービス業と建設業はかえって寄与率を高めている。この傾向は毎月勤労統計の常用雇用指数においても同様であり、建設業はなお高い増勢を維持しているが、製造業では2.9%と平均増加率をはるかに下回り、卸小売業は増加率こそ高いが、前年度増加率に比べると半減している。
製造業の雇用増加率が相対的に低下しているのは34~36年度のような超高度成長期を過ぎて生産の増加率が鈍化していることも1つの原因ではあるが、追加生産に必要な追加労働投入量が相対的に低下していることも影響していよう。製造業の31~37年の平均雇用弾性値は52%であったが、38年から急減し、39年は若干回復しているが、19.8%と未だ2割に達していない。その反面労働生産性は後述するように急上昇している。
卸小売り、金融保険不動産業等の雇用増加率が大幅に低下しているのは株式価格の下落による証券界の不況、流通部門の合理化の進展の影響とみられる。一方、建設業やサービス業の増加率が高いのはオリムピック工事で建設業工事が急膨張し、工事完了後も公共事業やビル建築等で高水準の事業量を続けているからであろう。また、サービス業については消費需要のパターンが耐久消費財や衣料品からサービス関係の雑費中心に移行してきたことの反映とみられる。
製造業の中分類別では資本財と生産財産業の増加率が高く、消費財関係では食料品を除き全般的に停滞的であった。輸送機械や電気機械、窯業、非鉄等はいずれも製造業平均の増加率を大幅に上回ったが、消費財関係では食料品が8.5%とやや大幅に増加したのを別とすると、前年水準を下回った産業もあり、大部分の業種では1%増を下回っていた。
これには需要面と供給面からの1つの要因が考えられる。第一は39年度の経済は景気調整期にありながら設備投資の増加率は個人消費の増加率を上回っていた。これに対し、消費需要面では第二次産業製品よりも第三次産業のサービス関係をより多く購入した。これは鉱工業生産の特殊分類指数の対前年度比によっても明らかである。資本財、生産財の増加率はそれぞれ22.4%及び13.7%であるが、消費財はわずか6.7%の増加に過ぎない。もっとも、雇用弾性値からみれば、鉄鋼、非鉄、化学、機械等の資本財、生産財では大幅に低下しているので、それだけ追加生産に必要な雇用量は相対的には減少しているが、生産の増加率が高いことが労働需要を強めている原因とみられる。これに対し、消費財工業では雇用弾性値は必ずしも低下していない産業が多いが、生産の増加率が低いことが相対的に労働需要を低めている要素といえる。しかし、消費財工業については労働力不足で未充足求人が多いので、労働力需要の鈍化よりも供給面の制約で労働者を採用できなかったことに最大の要因があるものと思われる。後述するように、39年の労働需給は学卒、一般共にひっ迫し、求人の充足率は中学卒は前年の33%から25%へ、高校卒は30%から22%へ、一般求人は18.3%から15.7%へといずれも低下している。このような労働市場の下においては労働条件の相対的に高い資本財、生産財産業において雇用増加が相対的に高まるのは必然的な方向である。
雇用増加の第二の特徴は大企業の雇用増加率が相対的に高かったことである。失業保険被保険者数の製造業規模別増加率をみると500人以上5.8%増に対し30~99人は3.1%増と大企業の増加率が高い。また当庁内国調査課調の結果においても大企業ほど雇用増加率が高くなっている。さらに労働力調査によると卸小売り、サービス業等を含めた非農林業全体でみても500人以上5.6%増に対し1~29人では1.3%増と大企業等の増加率が高い。
39年度の規模別雇用が過去の景気調整期とは異なって大企業へより多く集中したのは比較的大企業の多い資本財、生産財産業等の雇用増加率が中小企業等の多い消費財産業よりも高かったことも影響しているが、同一産業をとってみても、大企業の方が増加率が高くなっているので、労働力不足による充足難の影響とみられる。最も充足難の激しい新規学卒者の就職先をみると、中学卒でも高校卒でも500人以上企業への就職者の割合が大幅に増加した反面500人以下ではいずれも大幅に減少している。特に100人以下での減少率が大きい。つまり、労働力需給のひっ迫の結果、生涯賃金、福利厚生施設等で有利な大企業により多くの労働者が就職した結果を反映しているものと思われる。
なお、39年度の雇用においては当庁調べによるとこれまで減少傾向を続けてきた臨時工が若干増加し、日雇い労働者や社外工等も増加しているが、これは景気調整の影響によって大企業の本工昇格率が若干低下したことと、労働移動の高まりで短期勤続者が多くなったために在籍者の中の有資格者の割合が低下したことの影響であり、これまでの傾向に大きな変化が生じたものとはみられない。社外工の増加も、社外工の多い輸送機械、鉄鋼等の雇用増加率が大きかったことと、離職者の増加と採用難等で下請け依存が若干高まったことの影響とみられる。
労働需給のひっ迫と移動の活発化
39年度の景気調整期においては雇用増加率は低かったが、これは主として新規学卒者の減少という労働力供給側要因に基づくものであったため、労働力需給はかえってひっ迫の度を強め、景気調整による求人の減少、求職者の増大等は40年1~3月期に入ってようやく現れた程度である。従って年度平均の求職倍率(除学卒)は1.3倍と前年の1.4倍よりも低下した。これはこれまでの景気調整期にみられない特徴点である。
労働省の調べによると、学卒者を除いた一般求人(有効求人、季節性除去)は景気調整期に入っても39年7~9月までは増加し10~12月でも高水率を続けたが、40年1~3月に入って減少に転じている。また、求職者も39年10~12月まで減少を続け、40年1~3月になって増加に転じている。従って求職倍率(有効求職者数/有効求人)は39年12月ごろまでは前年同期を下回り、40年に入りようやく前年同期を上回るに至っている。これに対し、前回(36~37年)は金融引き締め直後から求人の減少、求職者の増大となり需給関係は悪化していった。
また、39年春の新規学卒者については中学、高校卒業生の減少と進学率の向上で就職者は中学8.7%、高校は11%と減少したのに対し、求人は中学、高校共大幅に増加したため、求人倍率は中学では前年の2.6倍から3.6倍へ、高校は2.7倍から4.0倍へと大幅に増加し、需給のひっ迫度はさらに強まった。特に技能労働力の需給関係については昨年よりもさらにひっ迫の色が強まり39年2月現在で164万人の不足数がみられる。
こうした需給のひっ迫は労働移動をさらに促進し、労働異動率は著しく高まった。労働省の調べによると、産業総数、製造業とも入職率においても離職率においても前年を上回り両者を合わせた異動率は産業総数72.3%、製造業63.9%となり、産業総数では31年以降最高、製造業については36年に次ぐ水準となった。この傾向は規模別にみても同様である。
このように異動率が高まってきたのはより良い就職条件を求めて自発的に離職する者が多くなってきたことが第一の原因である。32~33年ごろの景気調整期には企業整備による人員整理によって非自発的な離職者が増大したため、離職率は好況期よりも不況期において高まっていた。しかし、34~36年の高度成長期ごろから大企業の中途採用の割合が高まるにつれて離職者の増大は主として自発的意思による転職のためのものに変わってきた。従って37年の景気調整期には人員整理による離職者は増加したが、中途採用率の低下により転職のための自発的退職者が減少したため離職率はかえって低下している。今回の景気調整期においては中小企業の倒産は大幅に増大したが、倒産以前に企業経営の悪化を察知して転職するものが多く、倒産しても同一系列あるいは同一事業関係等からの求人も少なくないし、事業を閉鎖しないでそのまま継続あるいは再開する企業も多いために39年末ごろまでは中小企業の倒産の増加は自発的移動にそれほど影響を与えなかったので、中小企業だけでなく大企業についてもかなり離職率が高まっていた。
当庁内国調査課調べの「労働力流動と賃金決定事情調査」によると、自発的離職の原因の中で最大のものは(1)(もっと条件のよい就職口がある)ことであり、これに次いで(2)(友人や知人の勧誘に乗る)ものである。これは各規模を通じて共通的である。つまり、より良い労働条件を求めて移動していることを示している。
しかし、移動している労働者は次第に中高齢層の割合が多くなり、未就業者や農業からの転職者の割合は低下し、同一産業内部での移動率が高まってきている。当庁調べによると、 第11-8表 のように中途採用者の中で未経験者の割合は前回調査の37年に比べると大幅に低下している。特に1,000人以上の大企業での低下率が大きい。また既経験者の中では農林業就業者の割合は低下し、製造業からの転職者の割合が高まっている。これは労働力需給が窮屈になり余剰労働力的性格のものが縮小してきた結果とみてよいだろう。
さらに、製造業が採用した中途採用者の年齢構成をみると、5,000人以上企業ではあまり顕著には現れていないが、5,000人以下の企業では30歳以上の割合が大幅に増加している。これは農業経験者についても非農経験者についても全く同様である。また中途採用者の最高年齢については5,000人以上大企業では男子50歳以上まで採用する企業は11%に過ぎないが、100~999人ではでは52%に達しており、中高齢層の移動も次第に高まってきている。このことは労働省調「年齢別求人求職状況」によってもみることができる。同調査によると40歳以下では求人の増加により需給はほぼ均衡してきている。
一方、企業規模間の移動も労働移動が活発化し始めた高度成長期ごろは主として中小企業から大企業への上向移動であった。しかし、最近は大企業においても同位規模もしくは次位規模から移動する者の割合が高くなり、移動の形態はさらに一歩前進することとなった。
移動の活発化と共に、募集方法にも若干の変化がみられる。当庁調の「労働力流動と賃金決定事情調査」でみると、中途採用者の募集方法は職業安定所への申し込みと縁故募集が最も多いが、大企業については新聞広告に依存する割合が高くなってきており、労働力給源地に職員を派遣して求人開拓を図っている企業もかなり多くなっている。
こうした労働移動の活発化も40年に入ると大企業を中心に中途採用の手控えが行われたため、前述したように求職倍率は若干高まり、労働異動率は前年同期を下回るようになってきている。しかし学卒者については40年春の求人倍率は高校卒では卒業生の増加で前年の4.0から3.5へと低下したが、中学卒では3.5から3.8へとさらに高まっており、求人難の状態は依然続いている。
また、技能労働者については40年2月でも依然著しい不足の状態にある。
一方、失業者の発生状況をみると、完全失業者は40年3月まで前年同期を下回っていたし、失業保険の失業率も季節性を除去すると40年1~3月には若干上向かいてはいるがなお前年同期よりも低水準にあるので、景気調整による失業の増加は極めて少ない。
以上のように、年度平均としての39年度の雇用、労働力需給、失業等は景気調整下にありながら好調に推移したが、40年に入るとその影響は次第に現れ始め求人が減少し、求職者が増大して労働力需給が緩和し活発だった労働移動も次第に沈静化している。
40年春の新規学卒者の需給も中学卒は求職者の減少で求人倍率はさらに高まったが、高校卒は求職者の増大で求人倍率は前年の4.0倍から3.5倍に低下している。
我が国の労働力供給をみると、新規学卒者の労働可能人口は40年、41年と増加し、42年から減少傾向に入る峠にさしかかっている。従って長期的には労働力不足は42年以降本格化することになるが、景気回復があまり長引くと労働力の供給増と重なり合うことになるので、短期的には労働力需給が一時的に緩み、労働力の流動化も一時的に停滞することも予想される。
賃金と生産性
堅調な賃金とその背景
39年度の賃金は年末ボーナスの支給率の低下等景気調整の影響も若干みられるが、定期給与を中心に堅調に推移し、毎月勤労統計の産業総数の平均賃金は36,666円となり、前年度に対し10.8%の増加となった。この増加率は38年度の11.2%増よりも若干低いが、37年度の9.4%増を上回っている。
第11-12表 によって引き締め後の定期給与の推移をみると、引き締め前3ヶ月平均(39年1~3月)に対し第4期目(40年1~3月)は11.0%増加しており、前回の10.4%、前々回の3、0%をかなり上回っている。現金給与総額についても前年同期比でみると、ボーナス期にはやや増加率が低いが、全体として今回の上昇率は前回を上回っており、賃金の上昇率は前2回の景気調整期よりもかなり強かったといえる。
一方、消費者物価の上昇率は年度平均としては4.8%の上昇で37年度及び38年度よりも上昇率が低いので、実質賃金としても5.7%の上昇となり36年度と同種度の上昇となった。しかし、年度間の推移としてみると消費者物価は年度後半において急上昇し40年1~3月には前年同期比7.3%にまで騰貴したので同期の実質賃金は前年同期比4.6%増にまで低下している。
このように39年度の賃金が堅調を続けたのは次の三つの要因が大きく影響している。その第1は労働力需給が景気調整下にありながらかえってひっ迫したことである。学卒者の初任給の上昇、中小企業のベース・アップ、中途採用者の賃金等は労働力の需給の大きな影響を受ける。39年学卒者の初任給(男子)をみると、高校卒は前年の9.6%から13.3%増へ、中学卒は10.4%増から16.8%増へと大幅に上昇している。
一方、春闘のベース・アップ率は労働省調べ主要労組(中位数)によると、39年は12.4%の引き上げで、37~38年の引き上げ率を上回り36年の13.8%に次ぐ上昇となっている。当庁調べの「労働力流動と賃金決定事情調査」によると、ベース・アップの賃上げ率決定の要素の中で中小企業においては労働力確保のためのものが最も影響力を持っている。しかもこの影響力は39年においては前回調査の37年よりもさらに強まっている。
また、中途採用者の賃金についても年功賃金体系の下では学卒者等の長期勤続者に比べると一般的に低位にあるのが普通であるが、労働力の確保が困難になれば、既存勤続者との差を縮めて採用賃金を大幅に引き上げざるを得なくなる。この調査によると、中小企業等においては5年以上の熟練工については学卒勤務者と同程度もしくはこれを上回る賃金が支払われている。
賃金の上昇に影響を与えた第2の要素は労働生産性の上昇である。後述するように39年の労働生産性は製造業で14.0%、産業総合で14.2%上昇し、30年以降最高の上昇となった。これは経営面から賃上げ率を高める重要な要素となったものとみてよいであろう。当庁調べの「労働力流動と賃金決定事情調査」によるとベース・アップの賃上げ率決定においてはその企業の経営状態の影響力はそれほど強くは現れておらず(春闘相場)もしくは(同種産業の賃上げ率)・中小企業においては(労働力確保)のための影響力が強く現れている。しかし、春闘相場や同種産業の賃上げ相場が決まる際にはそれぞれの産業の経営状態が1つの要素になるので、生産性の上昇は賃上げ率に直接間接に影響を与えているものとみてよいであろう。
第3の要素は消費者物価の上昇である。労働組合の賃上げ要求は生活水準の向上を可能にする実質賃金の引き上げを求めているので消費者物価の上昇は賃金引き上げにかなりの影響を与える。前掲当庁内国調査課調べによると賃金引き上げを会社側が提案する場合でも、労働組合が要求する場合でも賃上げ問題の発議の際には消費者物価の上昇が最も大きな要素になっている。39年の消費者物価の上昇率は春闘の賃上げが決定する3~5月期には前年同期比3.4%と比較的落ち着いてはいたが、賃金引き上げに影響を与えた点においては変わりがない。
ベース・アップについて春闘相場とその波及が問題とされているが、39年においては鉄鋼産業において春闘相場がほぼ決まり、それが各産業の大企業に波及していった。各産業のトップメーカーでは春闘相場や自己の産業や企業状況を勘案して賃上げ率を決めていき、それ以外の企業ではトップメーカーの賃上げが決まると、春闘相場や同業産業の賃上げ率等を基準にして自己企業の経営状況、賃金水準等を考慮して賃上げ率を決めていったものと思われる。そして 第11-14表 によると、39年の場合は春闘相場と同種産業の賃上げ率の影響力は37年よりも若干強まっている。しかし、ベース・アップ決定時期の春闘時期への集中度は37年とほとんど変わっていない。
一方、夏期及び年末ボーナスは景気調整による企業収益の悪化を反映して産業総数の支給率でみると、夏期には1.28ヶ自分で前年と同率であったが、年末には1.56ヶ月分と前年の1.60ヶ月分を下回った。特に製造業では夏期ボーナスから若干支給率が低下している。製造業の規模別では大企業ほど支給率低下が大きいが5~29人の小企業ではかえって前年を上回っている。前回の引き締め期の37年との比較では今回の方がやや低下率が大きい。企業の収益率からみると、今回の方が低下率は少ないのにボーナス支給率の低下率がやや大きいのは先行きの収益期待が今回の方が低くなっているからであろう。
賃金の平準化進む
39年度の賃金は全体としての増勢も強かったが、規模別にみると小企業ほど増加率が高く賃金の平準化はさらに進んだ。まだ産業別ではこれまで上昇率の低かった鉱業の伸びが高まり、反面これまで上昇率の高かった卸小売業の増加率が低下するなど、これまでの傾向に若干の変化がみられるものの、概して中小企業性の消費財産業の上昇率が高くなっている。
まず、毎月勤労統計によって製造業規模別現金給与総額の賃金格差をみると、500人以上100に対し30~99人は38年の68.8から69.5、5~29人は58.1から60.4と縮小している。しかし、格差縮小の速度は前年に続いて緩やかであり、35~37年に比べるとかなり鈍っている。
さらに賃金構造基本統計調査によると労務者男子の年齢別の規模別賃金格差は前年に続いて縮小し、これまで25歳未満においては中小企業の賃金(定期給与)が大企業を上回っていたが、39年には30歳末端では中小企業の賃金が大企業を上回るに至った。
規模別賃金格差縮小要因には(1)初任給については依然中小企業の上昇率が高い。(2)労働の移動が激しくなって、中途採用者の賃金は大企業と中小企業でほとんど差がなくなっていること。(3)ベース・アップ率についても中小企業が大企業を若干上回っていることである。労働省調べの39年中学卒男子初任給の上昇率をみると500人以上は9.5%であるが30~99人は13.0%とこれを上回っている。また、当庁調によると、中途採用者の賃金が年齢基準できめられている場合には本工として採用される場合は規模別の差は若干あるが、臨時工として採用される場合は規模別の差はほとんどない。年齢と経験で決められている場合においては5年以上の熟練工については小企業がかえって大企業を上回る賃金で雇い入れている。
また、ベース・アップ率については38年は小企業が最も高かったが、39年は中企業が最も高くなっており、最近数年については中小企業の引き上げ率は大企業を上回っている。
賃金格差の縮小傾向は同一企業内の年齢別賃金にも現れている。賃金構造基本調査によると、製造業平均の年齢別格差は33年以降ほぼ縮小傾向にあったが、36~39年に入るとこの傾向は一層明りょうとなり、これまでむしろ拡大気味であった大企業(1,000人以上)についても若年層ほど賃金上昇率が高くなり格差縮小は明りょうとなった。この原因は第一には初任給の上昇率がベース・アップ率よりも高いことであるが、第二にはベース・アップの配分についても一律定額引き上げ分の割合が大きくなっていることである。前掲「労働力流動と賃金決定事情調査」によると、39年のベース・アップ額の中一律定額として配分された割合は製造業平均で42.4%、5,000人以上大企業でも27%を占めており、いずれも前回調査の37年よりも大きくなっている。
第11-16表 39年の賃金引き上げの内容ベース・アップの配分
労働生産性の著しい上昇
39年度は賃金も堅調であったが、労働生産性の上昇はこれを上回る大幅なものであった。日本生産性本部の労働生産性指数によると39年の労働生産性上昇率は製造業14.0%、産業総合14.2%の上昇で30年以降最高の上昇率となった。
産業別には石炭、鉄鋼、非鉄、化学、機械等資本財及び生産財の上昇率が高くゴム、皮革、製材、食料品等の消費財関係の上昇率は低く、これまでの投資財部内と消費財部内の生産性上昇のアンバランスが続いている。鉄鋼、機械、化学、窯業等の生産財、資本財産業において、生産性上昇率の高かった原因の第一は生産の増加率が高かったことである。製造業全体についても39年の生産増加率は17.7%と前年の10.5%を上回っているが、上述した産業の生産増加率は特に高い。また消費財産業においても前年より生産性上昇率の高まっている食料品やたばこ等はいずれも生産増加率が前年を大幅に上回っている。生産の増加率が高まり操業度が上昇すると生産性が高まっていくのは生産上昇による操業度上昇の際に必要な労働力は大部分が直接部門の労働者であるから追加生産に必要な労働投入量は相対的に低下する。そのため生産の高水準、操業度上昇は必然的に全体としての生産性上昇率を高める。 第11-4図 は生産増加率、生産性上昇率との間に密接な関係があることを示している。
労働生産性上昇率を高めた第二の要因は近代化投資による新設工場や新設部門の移動に伴う生産性の急上昇である。当庁の調査においても最近の生産性上昇の最大の原因は、近代化投資によるものであることが報告されている。前掲 第11-4図 にみられるように従業員1人当たり有形固定資産増加率と生産性上昇産はとは密接な関係がみられる。特に鉄鋼、非鉄、化学、機械等の産業では34~36年の高度成長期に工場ぐるみのイノベーションが行われ、新鋭工場の建設が行われた。これ等の新設工場の稼動に必要な労働者も工場完成の時期を目標に雇い入れが行われてきた。従って新設工場が完成し稼動するようになると、生産は増加するが増産に必要な追加雇用は従来に比べると極めて少なくて済むことになる。前掲した雇用弾性値でみても39年には若干上昇しているものの31~37年の平均に比べると著しく低下している。ただ消費財産業についてはゴム、製材等のように雇用弾性値が従来とあまり変化のないものと、紙パルプ、繊維、食料品、たばこ等のように弾性値の低下している産業とがあるが、弾性値の低下している産業では労働力不足に対応して労働節約的な設備投資が行われ、その効果が発揮されてきているのではないかと思われる。
一方、賃金については前述したように製造業平均(暦年)で10.8%の上昇であるから製造業平均の賃金コストは36~38年の間上昇を続けてきたが、36年には3.0%の低下となった。これは鉱業や公益事業についても全く同じである。製造業の内部においても鉄鋼、機械、化学等を始め資本財、生産財産業においてはいずれも賃金コストが低下しているが、消費財産業では紙パルプを除きほとんどの産業で上昇している。特に製材やゴム等の上昇率は大きい。
さらに規模別の賃金コストについて、当庁調べによって、従業員1人当たり売上高に対する1人当たり賃金でみると賃金コストは1,000人以下では横ばいないし上昇気味であるが、1,000人以上では前年より低下している。特に5,000人以上での低下率がやや大きい。
しかし、生産性上昇率は景気調整によって生産が弱含みになると急速に鈍化し、40年1~3月には前年同期比7.2%増にまで低下している。その結果賃金の上昇は生産性を上回り、賃金コストは再び上昇し始めている。
一方、物的産業に比べ生産性上昇率の低い個人サービス業の中浴場、理容理髪、クリーニング業についてサービス供給量と従業者数から生産性を推計してみると、35年から38年には32年から35年よりも上昇率は高まっている。しかし、クリーニング業は年率10%を超える上昇が続いているのに対し、浴場や理容理髪等は年率2~3%の上昇と極めて低い。これに対し個人サービス業の賃金は35~38年にかけて大幅に上昇しているので賃金コストは引き続き上昇している。