昭和40年

年次経済報告

安定成長への課題

経済企画庁


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≪ 附属資料 ≫

昭和39年度の日本経済

鉱工業生産

昭和39年度の生産活動

上期の上昇から下期の停滞へ

 39年度の鉱工業生産指数は、昭和38年末からの金融引締政策の実施にもかかわらず、前年度比で13.6%の大幅な増加となった。この間の推移を 第2-1図 で見ると、37年11月の底から回復して39年12月までは、上昇を続け、この25ヶ月間の上昇率は35.7%(季節変動修正値)に達したが、12月をピークとして減少に転じている。ピークの39年12月から40年6月(速報値)までの低下幅は1.1%であった。

第2-1図 鉱工業生産、出荷、在庫の動き

 一方、出荷は生産の伸びを下回り、前年度比12.0%の増加に留まったために、生産者製品在庫は累増を続け、前年度比17.1%の増加率に達した。この結果、生産者製品在庫率指数は39年10月から急増し、40年1月には年度間ピークの131.3に達し、その後生産調整の実施により一進一退を続けており、 第2-1図 に見られる様に前回、前々回の景気調整期のピークとほぼ一致した水準になっている。

 上期上昇、下期停滞の足取りを示した今回の景気調整の特徴を景気循環変動曲線によって明らかにしてみよう。

 鉱工業生産のすう勢線を求めるために生産指数を最小二乗法によって指数曲線にあてはめてみると、30年4月から40年3月まで10年間のすう勢成長率は14.8である。鉱工業生産指数(季節変動修正値)をすう勢値で除した循環変動曲線によって今回の金融引き締め期の循環変動を前回、前々回と比較してみると 第2-2図 のように、いずれも引き締め開始時点をピークに下降局面に入っていくことがわかる。しかし、今回の落ち込みを前回、前々回の落ち込みと比較すると、ピークが低かった反面、下降も非常に緩やかであった。前々回に比べると、前回の方が緩やかに落ちており、今回はさらにゆっくり落ちている。なお、前回、前々回ともピークからボトムまでの期間はいずれも6・四半期となっている。

第2-2図 循環変動曲線による比較

 なお各産業の成長すう勢線を同様の方法によって求めると、昭和30年代の成長率が鉱工業全体より高かった産業は、電気機械、輸送機械、一般機械、精密機械、鉄鋼、非鉄、石油石炭製品等であり、低かった産業は繊維、食料品、窯業、紙パルプ等で化学はほぼ同率である。

 これから循環変動曲線を求め、鉱工業全体のピーク時を基準にして、今回、前回、前々回の景気調整期の循環変動を描くとき、今回の景気調整期の各業種の変動パターンから各業種を循環業種と非循環業種に分けると、一般機械、石油、石炭製品鉄鋼、非鉄金属、窯業、紙パルプ、輸送機械、その他工業(金属製建具、段ボール、塩化ビニール軟質製品等)は、はっきり循環変動を示している業種であり、化学、繊維、食料品、電気機械、精密機械は循環変動を示していない業種である。前々回の調整期に循環業種であった電気機械、精密機械が、前回はすう勢を上回る高成長を続け、今回は、引き締め以前から低落を続けていることがいわゆる構造的不況として注目される。化学工業も、前々回ははっきりした循環を示したが、前回、今回は循環を示さず、電気機械、精密機械とは逆にすう勢を上回る高成長を続けている。鉄鋼、非鉄金属、窯業、紙パルプ等は、今回も鉱工業と良く似た典型的な循環を示している。

生産を支えた需要要因

 次に39年度の鉱工業生産を特殊分類によって見てみよう。

 第2-1表 に示す様に、上期では、オリンピック需要や設備投資の高まりを反映して建設資材の伸び(前期比、年率換算、以下同様)が29.7%と最も大きく、次いで、資本財24.5%、生産財11.9%が大きな伸びを示した。消費財では、非耐久消費財が前期の横ばいで推移しているのに対し、耐久消費財が家庭用電気製品の需要一巡により0.6%の微増に留まったことが注目される。

第2-1表 期別にみた期別生産上昇率および寄与率

 下期に入ると、停滞から下落に転じた耐久消費財生産のほか、建設資材もオリンピック後反動減に転じた。資本財は設備投資テンポの鈍化から12月をピークに減少に転じ、4月以降は一段と減少テンポを速めている。一方、生産財は、国内需要の減退を鉄鋼を中心とする輸出の急増で補ったため、ほぼ上期通りの上昇率を維持することが出来た。非耐久消費財は、景気調整の影響を受けることが少ないので、年度間を通じて大体増勢テンポを維持することが出来た。

 39年度の生産は、全体としてみると引き締め下にもかかわらずなかなか増勢をとめなかったが、これは内需の減退を相殺して輸出が急増していったからだ。鉱工業製品の輸出は、39年の初めから、年率ほぼ30%の割合で急増しているが、上期に伸びの高かったのは、資本財(28.1%)、生産財(29.6%)である。

 下期になると、輸出はさらに高まったが、財別には、生産財(15.0%)、消費財(11.7%)、資本財(20.0%)の伸びが大きかった。

 なお、輸出の財別構成比率をみると、 第2-3図 のように、資本財、生産財のウェイトは年々上昇し、非耐久消費財、建設資材のウェイトは低下しているが、この傾向は39年度にも一段と強まったことがわかる。しかし、金融引き締め後の財別生産の動きを月別に見ると、次第に増勢は衰え、ひとつひとつ各財が減産へ転じて、鉱工業生産全体の基調は弱くなっていった。まず耐久消費財のピークが39年2月に、次に、建設資財のピークが7月に、資本財と非耐久消費財は12月に、最後に生産財はの年3月にピークに達し、その後は減少に転じた。かくして鉱工業生産は39年12月をピークに減少に転じたが、出荷もほぼ横ばいになってきたため、製品在庫の調整はあまり進んでいない。このため、多くの業種で生産調整がつよめられるに至り、従来から減少を続けた耐久消費財生産に加えて資本財や生産財生産も低下する状態になっている。

第2-3図 輸出の年度別構成比率

 以上のような39年度の鉱工業生産の動きを産業連関表(行政管理庁、35年表)を使って需要要因別に上期、下期の動きをみると、設備投資は、39年度下期を頂点として、次第に影響力が弱くなっていき、在庫投資は39年度上期から生産をマイナスにする要因へかわり、引締政策が浸透した下期には大幅なマイナス要因となった。これに応じて、輸出は増加していき、39年度下期には4.3%も生産を上昇させる要因となった。

 このように39年度は景気回復の比較的初期時点で引締政策がとられたため上期には在庫調整が小幅に留まり設備投資は増勢を続けたので、生産は6%上昇したが、下期には在庫調整が大幅となり、設備投資も鈍り、生産は3.1%増に留まった。

 しかし、この間輸出が急増して生産を下支えして、鉱工業生産全体の上昇に大きい影響を与えたことは注目されよう。

景気調整下の生産活動

 39年度の鉱工業生産は、景気調整の浸透につれて上期の上昇から下期の停滞へと推移して行ったが、業種別にみるとその動きは複雑であった。それは、大別すると、引き締め前から既に生産が衰えていたもの、引き締めの浸透につれて弱くなっていったもの、輸出依存度が大きいが、成長力が強いためになかなかおちなかったものの3つに分けることができよう。

 以下、39年度の鉱工業生産の推移を主要な産業について簡単に追って見よう。

 第1は、引き締め前から生産が衰えていた業種である。 第2-4図 にみるように、一般機械ではボイラー原動機、土木建設鉱山機械、金属加工機械、農業用機械等で伸びの低落が目立っている。

第2-4図 39年度に伸びの低下した業種

 また、電気機械では、民生用電気機械がテレビ、電気洗濯機、電気冷蔵庫等耐久消費財の需要一巡による構造的不振により、前年度比0.1%の微減に転じ、成長産業の地位から転落した。また精密機械では、過剰生産のため在庫の増大が問題になっていたが、さらに下期から時計、カメラの出荷が鈍ってきた。

 第2は引き締めの浸透につれて、弱くなっていった業種である。

 まず、石油石炭製品、窯業は、鉱工業全体と同様な推移であるが、いずれも過剰設備をかかえ操業短縮を余儀なくされた。

 繊維、紙パルプも不況の浸透につれて、出荷の伸びは鈍り、年末には、大きな製品在庫を抱えるに至った。合成繊維ではいわゆる後発会社がフル運転を始めたため、生産は伸びたが市況を悪化させ、ナイロン、ポリエステルの操短に追い込まれる事になった。紡績は前年度比6.5%の増加であるが10月以降操短が緩和されたために過剰生産傾向を強め市況は悪化した。

 食料品工業の生産は、前年度に比べ4.5%の増加で、前年度における伸び(5.2%)より低かった。

 第3は、輸出依存度が大きいが、成長力が強いために、なかなか生産がおちなかった業種である。

 まず、輸出依存度が大きい業種としては、鉄鋼、鋼船、化学肥料などがある。普通鋼鋼材の輸出は、前年度比43%増に高まり、在庫調整による内需の減少を相殺した。

 輸送機械では、鋼船が輸出船の活況から前年に続いて39年度62%の大幅増加を示した。

 化学肥料は、供給能力に限度があるため5%の伸びであるが、輸出価格の高騰から活況を呈した。品種別には、内需、輸出とも尿素、高度化成のウェイトが高まっている。

 一方、成長力があって、生産が増勢を続けた業種としては、一般機械の一部、通信機械、発送配電機器、自動車、石油化学、その他の化学製品、などがある。 第2-5図 のように、一般機械では、運搬機械、化学機械、風水力機械等の伸びが大きかった。また、電気機械では、産業用の通信機器や発送配電機器等が20%以上の増加を示し、電気機械全体の生産を前年度比11.6%に支える要因となった。

第2-5図 39年度に伸びの高まった業種

第2-6図 耐久消費財生産台数の推移

 自動車では、 第2-7図 の様に、乗用車、小型トラックが大幅な増加を示し、石油化学と並んで成長産業の中核となっている。

第2-7図 自動車の生産台数

 化学工業は、前年度の19.8%の伸びより鈍ったが、39年度も15.0%の伸びを見せ、他の業種に比べ景気調整の影響は少なかった。

 また、このうち石油化学では、ポリエチレン、ポリスチレン、合成ゴム等の主製品の需要が極めてさかんであり、ブタノール、アセトン、アクリルニトリル等在来の製造方式から石油化学方式への製法転換も進行して、全体で前年度比約30%増という高い伸び率を示した。

 この他、鉄道車両が、新幹線、私鉄等の需要増から、約30%増加している。

 また、非鉄金属は、元来、国内資源に恵まれないため、需給ひっ迫から、鉱石、地金の大量輸入が行われた。

 以上のように、39年度の鉱工業生産の上昇寄与率は、輸送機械が最も大きく(24.0%)、鉄鋼(14.7%)、化学(10.5%)がこれに次、この3業種で上昇分の半分(49.2%)を占めている。この3業種は、成長産業であるほか、39年度は海外市場の活況から輸出の拡大も極めて大きかったことが生産上昇の原因であった。

在庫調整の進行

概況

 金融引き締めによる総需要の停滞は、通常まず在庫投資の減退から現れる。今回もその例外ではなかった。四半期別国民所得統計によって総在庫投資(季節調整済、年率)の推移をみると、39年1~3月期に16,921億円とピークに達した後、4~6月期に9,679億円、7~9月期に15,090億円、10~12月期に9,123億円と徐々に鈍化していた。

 これをコモ法の推計値でみると、本報告 第11図 のように、39年4~6月期以降在庫調整が明りょうに進行していることがわかる。

 さらに、これを財別の推移によってみるとまず、原材料在庫投資が引き締めと同時に減少をみせ、次いで、流通在庫投資が引き締めの翌期から、仕掛け品在庫投資が引き締め後2期目からそれぞれかなり減少している。また、生産者製品在庫投資は、最も遅く引き締めの後4期目から減少した。このような在庫調整の推移は、景気調整期にみられる通常のパターンと変わるところがなかった。

 普通、引き締めがはじまると、メーカーはまず原材料の仕入れを手控え、商社も在庫手当に慎重になる。このようにして、原材料在庫投資と流通在庫投資の減少がはじまると、中間需要が減ってくる。しかし、生産はまだ減少しないから需給バランスがくずれて、製品在庫は増加していく。そこで、メーカーは生産をおとそうとし、仕掛け品在庫を減らしていくが、やがては生産調整も行われるようになる。1生産調整がはじまると、回りまわって中間需要全体がさらに減っていくから、生産調整が進んでもすぐには製品在庫の減少はおこらない。この場合、最終需要が強ければ、中間需要のマイナスは次第に吸収されて、製品在庫は割合に早く調整されていく。逆に最終需要が弱ければ、生産調整を続けても、製品在庫調整はなかなかはかどらないことになる。

 この点、37年の調整期には、まず仕掛け品を減らしながらもメーカーは、生産を極力維持し、いわゆる「おし込み販売」を行い、売り上げ債権を増やしながら商社に在庫をもたせるようにした。このため製品在庫投資は、引き締め1期後に急増し、2期目から減少に転じたが、それは滞貨がメーカーから商社へシフトしただけで、流通在庫投資をみると4期目に至ってようやく大幅に減少している。これに対して今回‘よ、流通在庫の調整が既に引き締め1期後の39年4~6月期から行われ、生産者製品在庫の調整はそれより遅れるという通常のパターンに戻っている。

 それでは、今回の在庫調整は、29年や33年のときと同じ性格のものであったのだろうか。以下にそれをみよう。

今回の在庫調整の特色

 これまでの在庫調整期は、37年を除き、引き締めがはじまると間もなく生産が減少した。だが今回は、これがかなり遅れ、減少に転じたのは引き締め後10ヶ月目からであった。他方、流通在庫投資は既に早くから減少していたので、本来ならば製品在庫が急増し、在庫圧力が大きくなってメーカーほかなり早く減産に転ずるはずであった。

 しかし、実際には 第2-8図 にみるように、製品在庫指数、製品在庫率指数共に今回の上昇は引き締め後半年間は緩やかであった。すなわち、今回は、製品在庫指数は引き緩め後4期で19.6%増加したに過ぎないが、前回、前々回とも2期目にはこの水準をこえており、29年のときも製品在庫指数がピークを示した2期目にこの水準に近い指数になっていた。製品在庫率指数の上昇率でも、過去3回の調整期には、引き締め後1期で早くも今回の4期間の増加率を上回っている。

第2-8図 生産者製品在庫指数

 この理由としては、まず第1に、今回は引き締めまでの景気上昇期間が短く、景気が従来よりも若い段階で引き締めが行われたことである。それは、引き締めの過程で調整すべき総在庫の蓄積が従来より小さかったことを意味する。

 第2に、出荷の伸びが従来ほど鈍化しなかったことである。特に、商品の回転が速い輸出が、引き締めの翌期から急増して、通常みられる内需の不振をカバーしたことだ。また、大企業を中心に企業の手元流動性が厚かったことである。この結果、在庫圧力は引き締めてもすぐにはつよまらなかった。

 このような理由から、今回は、流通在庫投資が早くから鈍化しても、製品在庫投資はすぐには増えず、生産調整も従来に比べるとかなり遅れたのである。しかし、いったん引締効果が浸透しだすと、在庫調整は大きくなった。

 景気上昇期の在庫蓄積が比較的小さかったとみられるのに、引き締めが本格化すると、在庫調整が大幅になっていったのはなぜだろうか。

 これには、次の理由が考えられる。第1は、製品在庫のストックがはじめから大きかったことである。

 既に、37年ごろから供給超過に変わっていたが、依然強気の生産を続けた業種では、引き締め前からメーカーの製品在庫水準は既に高くなっていた。

 特に、一般機械、電気機械などにみられる資本財や耐久消費財の製品在庫率指数は、図のように37年以降ほぼすう勢的に上昇してきており、その水準もかなり高かった。はじめから製品在庫ストックが大きかったのだから、景気上昇期の在庫蓄積が小さくとも、引き締めで在庫調整がはじまると、その調整幅が大きくなるのは当然だろう。

第2-9図 引締め期までの在庫積みまし額

第2-10図 機械工業製品在庫率指数

第2-11図 一般機械製品出荷、在庫および在庫率指数

第2-12図 電気機械製品出荷、在庫および在庫率指数

 第2は、このような高い製品在庫ストックを支えてきた企業の、先行きに対する期待感がくずれたことである。

 第2-2表 にみるように、普及が行きわたって、これまでのような成長期待がなくなったテレビ、洗濯機、冷蔵庫などの家庭電器では、既に引き締めと共に流通在庫の減少、製品在庫の急増、生産調整の過程がはじまっていた。

第2-2表 耐久消費財の流通在庫投資と生産者製品在庫投資

 しかし、資本財は、設備投資や輸出などを中心に最終需要が引き締め後もつよかったから、在庫ストックが大きく、供給も超過気味であったにもかかわらず、なおしばらくは成長期待に支えられて、生産をおとすまでに至らなかった。だが、金詰まりがひどくなり、企業利用の低下が明らかになってくると、こうした期待感はもろいものだった。

 特に企業は、売り上げ債権が膨張しており、借り入れ依存度が高いという体質であったから、期待感がくずれると、引き締めによる圧迫感は急速に強まっていった。

 29年や33年のときに比べると、今回は、37年の調整期から持ち越した高い製品在庫をかかえたままの業種が、資本財や耐久消費財を中心にかなりあり、売り上げ債権の膨張や借り入れ依存度の増大など、企業体質のもろさがずっと拡大している。

 こうした事情があるので、引き締めに対する企業の抵抗力が弱く、また自律的な在庫調整が進み始めると、弱気が弱気をよぶ可能性があった。

 40年に入り、引き締めが解除されるようになっても、従来のように在庫投資の回復が起こってこないのは、こうした企業の不況感が中間需要の収縮に拍車をかけているからである。

 このため、40年1月から生産調整が進行しているが、製品在庫の調整は今までのところあまり進んでいない。

 中間需要つまり在庫投資の回復は、企業の先行きに対する需要増加期待によって支えられる。それは成長力に対する期待と、資金繰りの緩和、金利負担の軽減などの条件に左右される。

 第2-13図 のように、過去10年間、最終需要の増加と在庫投資の間には、引き締め期を除いて、ほぼ一定の比率が成立していた。これは、企業の在庫投資を支える期待係数が変わらなかったことを意味している。

第2-13図 最終需要増加額(△Y)と在庫投資(Ⅰ)

 しかし、金融緩和が進んでも今後は、この期待係数がやや鈍化して、在庫投資の回復も緩やかなものとなるだろう。それは、膨張した企業間信用や企業の高い借り入れ依存度が、企業利潤を圧迫し、企業経営の重荷となってきているからだ。

 また、工作機械や家庭電器、カメラ、時計等の民生用精密機械など、一部に成長の鈍ってきた業種があるからだ。

高水準を続けた設備投資

89年の設備投資動向

 今回の引き締めは、38年から上昇に向かった景気が成熟段階に達しないうちに行われた。

 このため、引き締め後も国内経済はなかなか拡大をやめなかった。これは、特に民間設備投資の動向に強く現れている。

 本報告、I-4-(二)でのべているように、引き締め後3期にわたって、国民所得ベースの投資は増加したが、これは従来のタイムラグの1期に比べると極めて特徴ある動きだった。季節修正済、年率でみると、38年1~3月の365百億円を底に、39年1~3月には441百億円と36年のピークをこえ、さらに10~12月には505百億円と5兆円の大台に達した。

 結局、39年の投資を前年と比べると21%の増加であった。

根強い上昇を支えた要因

上昇力の惰性

 設備投資が38年に回復してから、わずか1年で再び引き締め措置が実施された。32~33年や36~37年の景気調整期は、そのまえに2~3年の上昇期間があったから、景気がほぼ成熟段階に達したところで引き締めが行われたわけで、引き締め後の設備投資の沈静も比較的早かった。

 図にみるように、景気局面と引き締めのタイミングが今回はこれまでとかなり違っていたのが特徴である。

第2-14図 民間設備投資の推移

 景気局面がまだ成熟段階に達していなかったうえに、今回は投資を行う企業側にも次のような事情があった。

 1つは、継続工事を中心とした投資が多かったことである。35、36年の投資ブーム期に着手した大型投資のうち、37年の景気調整でくり延べられたものがかなりあった。

 39年度は、鉄鋼の一貫製鉄所、石油コンビナート、乗用車専用工場等で完成をいそぐ継続工事が多くみられた。

 総投資中の継続工事の比率は36年度の69%から39年度には75%へ高まっている。

 2つは、大企業の資金繰りに比較的余裕があったことである。まず、資本金1億円以上の製造業主要企業について、現預金の買い入れ債務に対する比率、つまり、手元流動性の推移をみると、今回は引き締め期の39年1~3月の58%から10~12月にも55.8%とあまり下がっていない。ところが前回は、36年7~9月の52.7%から同じ期間の37年4~6月には44.6%まで低下している。

 今回は、引き締め時点の水準が高かったうえ、その後の低下も極めて小幅だった。

 また、設備資金純増額に占める内部資金の比率が上昇していることも、企業の資金繰りに余裕をもたせる結果となった。表にみるように、特に減価償却額の増加が大きかった。

第2-3表 設備資金調達純増額に占める自己資金比率

 これらの事情は、引き締め前の借りだめが大きかったこと、現金化の早い輸出が伸びたので売り上げの回収が早かったこと、過去の高い投資を反映して減価償却が高まってきていること、などの理由によるものであった。

 このため、引き締めはなかなか企業段階へ浸透せず、企業も工事を早く完成させてコストをきり下げ、企業間競争で優位に立とうと動いたのである。

投資パターンの変化

 最近多くの産業で、設備過剰が問題になっている。それにもかかわらず、38年に入って景気が回復すると再び設備投資が復活し、引き締め後もその上昇力がなかなか弱まらなかったのはなぜだろうか。

 第2-4表 にみるように、資本金1億円以上の大企業についてみると、前回伸びが大きかった一般機械、電気機械、精密機械、窯業土石、電力などが、今回は停滞している。石油精製も伸びがかなり鈍化してきている。

第2-4表 設備投資の対前年度増加率及び増加寄与率

 36年度は、全産業の投資が30%増え、以上の業種の増加がそのうち3分の1を占めていたが、最近では、これら業種の伸びはなくなっている。これに代わって、今回は、パルプ、紙、非鉄金属などの伸びが大きくなり、化学、輸送機械、金融保険、運輸通信などが前回とほぼ同じ伸びを示している。

 製造業のなかで設備が過剰となった機械、セメント、石油精製などの業種では、既に投資がおちており回復がみられないが、これに代わって新しい投資が生まれ、投資全体の上昇力を根強いものにしている。

 1つは、パルプ・紙のように、35、36年ごろ生じた需給のアンバランスが、徐々に改善されてきた産業である。

 2つは、化学肥料、造船のように、輸出ブームで投資が必要となった産業である。

 3つは金融保険、運輸通信など第三次産業と農林水産業の投資が増勢を続けていることである。製造業でも、石油化学、自動車の投資は依然強い。

 4つは、鉄鋼、非鉄金属のように、これまでのような能力拡大投資は減ったが、これに代わって合理化のための投資が増えていることである。

 設備投資のパターンは変わったが、次々に新しい投資が生まれて、全体としてみると、基本的には設備投資の成長力があまり失われていない。これは、日本経済が構造変化の過程にあるからで、現在問題とされる設備過剰も、日本経済にとっては局部的な現象に留まっているといえよう。

限界資本係数の上昇

 たんに投資のパターンが変わっただけでなく、投資誘因が変化しつつあることも、最近の投資の増勢を失わせない原因のひとつになっている。それは、生産増加のために以前より多くの投資が必要になること、つまり限界資本係数の上昇傾向にみられる。

 限界資本係数の上昇は、短期的な景気変動の影響を強く受けるが、それ以外に、資本装備率が傾向的に上昇することによっても影響を受ける。大蔵省、法人企業統計に基づいた当庁、経済研究所の推計方法によって、製造業における資本係数と資本装備率の推移をみると、表の通りである。

第2-5表 製造業の資本装備率と資本係数の推移

 これでみても、34年ごろからの資本装備率の上昇と、34~39年における限界資本係数の上昇が明らかであろう。

 このような限界資本係数の上昇傾向には2つの理由がある。

 1つは、中小企業の近代化投資が増えてきたことだ。35年を境とした労働力需給のひっ迫と賃金格差の急激な縮小傾向が、中小企業の資本装備率引き上げに強いインパクトを与えている。この結果、38年からの設備投資の復活にあたっては、同じ製造業の中でも大企業と中小企業の間で投資の上昇力に格差を生じた。 第2-15図 はこれを示している。

第2-15図 製造業規模別設備投資

 本報告、I─4─(二)で述べたように、これは中小企業の限界資本係数の上昇に現れている。もちろん、中小企業の設備投資の増加は、製造業の産業別投資の動向によっても影響を受ける。

 第2-16図 にみるように、最近中小企業の重化学工業化率が低下していることでも分かるように、中小企業の投資増加は消費財で大きいことを示している。

第2-16図 製造業設備投資の重化学工業化率

 しかし、これは、従来低い資本装備率に甘んじていた消費財部門で、大企業との間の資本装備率格差の縮小化傾向が起こっていることを物語るものであろう。

 2つは、大企業で更新投資が増えていることだ。大蔵省、法人企業統計季報によって、製造業の有形固定資産新設額と除去額の比率をみると、37年6.42%、38年9.01%、39年9.47%と次第に増加している。

 これを通産省、工業統計表(従業員30人以上の事業所について)によって業種別にみると、製造業平均では35年4.8%から38年7.0%の増え方だが、電気機械は4.5%から9.0%、一般機械も6.5%から9.3%へと増えており、設備過剰といわれる業種ほど除去率が高くなっている。

 粗投資は増えても、更新投資が増加して、実際の能力はそれほど増えないという状態が最近の傾向としてみられるようだ。事実、 第2-17図 にみるように、大企業の生産能力は38、39年と設備投資が増えた割には増加していない。

第2-17図 生産能力増分と設備投資額

 以上から、一部で設備過剰が発生しながら、しかも全体としてみると設備投資の増勢が失われないという傾向が起きているのである。

鈍い投資回復力

 40年に入って、設備投資は下降しつつある。これは、引締効果が在庫投資の減少から設備投資の減少へと波及してきたからだ。 第2-18図 にみるように、先行指標である機械受注(海運を除く民需)では、既に39年から低下しつつあった。この傾向は、特に製造業で強く、それが40年に入ってからの設備投資に現れてきたためだ。

第2-18図 季節調整済機械受注額の推移

 このように、機械受注にみられる製造業を中心とした企業の投資意欲の沈静は、引き締め期にはいつもみられる現象で、今回に限ったことではない。

 しかし、引き締めに対して企業の投資意欲は、従来よりはるかに敏感に変化する事情が生じている。それは1つには、これまでのような設備不足の状態がなくなっているからで、一部には設備過剰の業種さえ生じているからだ。

 引き締めによる需要の縮小は、これまでより強い設備過剰感を企業に与えている。

 2つには、引き締めによる金利の上昇が、従来の引き締め期より企業の負担感を高めていることだ。これは、企業の総資本回転率が低下し、借り入れ依存度も上昇してきているからだ。最も総資本回転率の低下は、物的資産の増加よりも、売り上げ債権や経営外資産の増加の影響が大きい。

 日本経済全体としてみると、設備投資の潜在需要は大きいし、企業にとっても近代化投資の要請は強い。しかし、過去の投資急増で供給力が需要に先行しているため、企業にとってみると体質が悪化し、利潤が低下しているのが現状だ。

 引き締めはこうした事情から企業の先行きに対する投資意欲を鈍らす結果になっている。従って、設備投資の今後の回復力は、これまでと同種度の金融緩和だけではなかなか浮揚力が生まれてこないおそれがある点に留意しなければならない。


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