昭和40年
年次経済報告
安定成長への課題
経済企画庁
昭和40年度年次経済報告
昭和39年度の日本経済
景気調整下の諸問題
景気調整政策は、国際収支のバランスの回復という目標は達成したが、企業倒産の増大、企業収益の悪化といった副作用を免れず、また不況の下でも消費者物価が上昇したことも問題であった。
企業倒産の増大
まず企業の整理倒産件数(東京商工興信所調べ)をみると、38年の景気回復期にもほとんど減少をみせず、さらに、39年には1~3月の月平均237件、4~6月303件、7~9月343件、10~12月521件と毎期増加を続け、40年に入ってからも1~3月477件、4~6月520件と高水準を続け、年間では前年の1,738件から4,212件へと急増し、また会社更生法適用申請件数も38年の65件から39年には172件と2.6倍に増えた。
倒産件数は業種別には建設業が前年比3.1倍と最も増加率が高く、次いで金属・機械及び化学のそれぞれ2.4倍、繊維の1.7倍などの順となっているが、各業種にわたって件数は急増し、広範囲にわたっていた。また整理倒産の規模も資本金1,000万円以上の企業倒産は35~36年には全体の5%に過ぎなかったが、38年には9.3%、39年には9.7%へと上昇し、その結果1件当たりの負債金額も38年の98百万円から39年には100百万円と増大した。特に、39年末から、資本金1億円以上の上場会社の倒産が相次いで起こったことは注目される。また、40年5月には一部証券会社の経営悪化が表面化し、日銀が緊急特別融資を行うなどの事態が生じた。
こうした企業の整理倒産の増大や経営悪化の背景には、いわゆる引き締めの浸透に伴う販売不振、売掛金の回収難などのほか、次のような諸要因が働いた。その1つは過去の設備投資の強行により、財務構成が悪化し資本の固定化を招き不況抵抗力が低下していたことである。例えば中小企業(製造業)の自己資本に対する固定資産の比率は35年の133.6%から39年には155.4%へと高まり、自己資本比率は同じくこの間に24.1%から21.2%へと低下している。
第2は労働力不足による賃金の上昇、借入金の増大による金利負担の増加などから収益力が低下していたことである。例えば、中小企業(製造業)の売上高に占める人件費の比率は35年の11.9%から39年には14.5%に上昇しており、金融費用、減価償却費などの資本費負担も増大し、企業経営に対する圧迫も大きくなっていた。
第3は企業間競争が激しくなっていたことである。大企業間はもちろん、中小企業の相互間、あるいは大企業と中小企業間、さらには従来中小企業のしめていた分野への大企業の進出などのかたちで、激しい販売競争が行われている。
第4は大企業の傘下系列の下請け中小企業の再編成である。大企業相互間の競争の激化から不良な下請け中小企業の支援打ち切りが再び表面化し始め、このため再々下請け、関連中小企業にまでその余波が波及した。いずれにせよ企業の整理倒産は39年の引き締め以前の38年度半ば以降急増をたどり始めており、その大部分が中小企業であり、必ずしも39年の多発化が引き締めによるものだけではないところに大きな特徴点があった。
企業経営の悪化
また、企業の利益は、2期続いて減少した。もっとも、39年度上期の減益には、税法改正による償却増が大きく影響しているが、製造業について、前期比をみると、 第14表 の通りで、39年上期は、売上高6.7%増、純利益5.2%減、下期は売上高5.8%増、純利益6.1%減となった。しかし、業種別にみると、化学肥料、非鉄、医薬品、通信機械、建設、電力、ガスなどは景気調整下にかかわらず、2期続いて増益となり、鉄鋼や一般機械などの減益も前回よりは小幅であった。反面、後発メーカーの進出により需給バランスが急速にくずれた合繊、自由化を目前にして相次ぐ値下げに踏み切った自動車、設備投資の停滞によって需要が大幅に減退した工作機械、電気機械、産業機械などこれまで成長業種といわれた各産業で収益の伸びの鈍化や利益率の低下がみられた。
もっとも、39年度だけをとってみれば 第14表 、 第15表 に示すように、収益の減少や利益率の低下幅は、前回、前々回の調整期に比べて小幅であった。それは、輸出の好調を支えとして生産はあまり低下せず、国内需給のアンバランスも従来よりは軽かったからだ。それにもかかわらず、企業の不況感が著しく中堅企業でも倒産が多かったのが今回の特徴であった。
消費者物価の上昇
39年度の卸売物価の下落は、過去の引き締め期のように激しくなく、比較的小幅であったが、コストの上昇から企業の経営は圧迫されて不況感は強く、一方消費者物価は不況が進行する中で上昇を続けるという対照がみられた。企業にとっては、物価は安すぎ、消費者にとっては、物価の上昇が生活を圧迫するという問題があったわけだ。
卸売物価の動きは 第34図 の通りで、粗糖の下落や非鉄金属の海外価格の騰貴といった国内の景気変動とあまり関係のない動きを除いてみると、じり安基調に終始したといえる。工業品価格(日銀調べ、除食料品、非鉄金属)でみると、引き締め後、底までに、前回は3.6%下がったが、今回は40年6月まで1.3%の下落に止まっている。価格の落ち込みがこれまでより小さかったのは、引き締め後もしばらく需要の拡大が続き、在庫率の高まりも前回ほどでなかったこと、輸出が好調で国内の需給バランスを支えたこと等によるところが多い。しかし、39年末から、国内需要の拡大テンポが鈍り、在庫率も急速に高まってきたので40年3月から卸売物価が再び軟化した。多くの業種で市況対策が行われるようになった。この結果、石油製品等一部では価格がもちなおしたものもあったが、総体的には需要の停滞が続き、7月まで市況の回復が進展していない。物価の落ち込みは、小幅であったが、企業は金利、償却費が増大してコストが上がっているために企業の利潤幅は圧縮され不況感は強かった(利潤率の低下の項参照)。
このように不況感がひろまっている中で、消費者物価は上昇を続けた。もっとも38年後半から39年前半へかけては上昇が鈍り、対前年度上昇率では39年度は4.8%で、36年度の6.2%、37年度6.7%、38年度6.6%と比べやや落ち着いた。しかし、これは価格変動の激しい野菜を中心とする季節商品が38年後半から39年にかけて一時的にかなりの値下がりをみせたことによる面が多い。また、39年1月から1年間にわたる公共料金据え置き措置によって、公共料金の上昇が、39年中抑制されたことも消費者物価全体の沈静に寄与した。対個人サービスや加工食料品の料金や価格も39年中は上昇テンポが緩やかであった。しかし、野菜、生鮮魚介等の季節商品や、公共料金を除いてみると、消費者物価は38年度中5.5%、39年度中6.3%の上昇をみせており、一時的な安定化の動きはあったものの、上昇基調にはあまり変化はみられなかった。
39年度後半から上昇幅が再び大きくなったのは、第1に、一時的に出回りの増加から値上がりをみた野菜が39年半ばから反騰に転じ、年度中の上昇率でみると53%の高騰となり、激しい価格変動を繰り返しながらすう勢的に値上がりをみせているためである。
第2に、家賃、教育費等の上昇が依然として続いたこと、第3には、40年に入って消費者米価の引き上げ、医療費、交通関係の料金等の改訂があったためである。
これらの費目における物価の上昇は、野菜にみられる一時的急騰があったとはいえ、すう勢的な根強い上昇傾向によるものである。
こうした景気調整下に現れた諸問題は、実はいずれも短期の循環的な原因だけによって引きおこされたものではない。
引き締めによってまず在庫投資の低下が生じ、下期に入って設備投資の減少、消費の伸びなやみが起きたが、これは景気調整期にはいつでもみられる現象であった。
しかもその影響は、これまでのところ、生産、物価の下落率、稼働率指数の低下率、製品在庫率の増加率などのマクロ的な指標でみる限り、従来の調整期より激しいものではない。もちろん商品別にみれば、需給が著しくアンバランスになっているものもあるが、全般的に大幅な供給過剰状態が起きているとはみられない。
それにもかかわらず、今回の景気調整が企業経営に与えた圧迫感が大きかったのはなぜかといえば、それは企業の対応力が弱くなっていたことによる点が多いと思われる。引き締め自体は今回は特に強いというわけではなかったが、35~36年のブームに対する調整がまだ終わっていないところへ、39年の引き締めによる影響がかさなって現れたために、それを受け止める企業の側にはいろいろな弱い面が増えていた。また、経済の構造的変化が進んでいるのに、それに対する適応が遅れた企業の経営は苦しくなった。こうしたことから、企業の倒産が増え、それがかなり規模の大きい企業にまで波及してきたことが不安感を一層強めることになった。一方引き締め下にもかかわらず、消費者物価が上昇したことも、それが、単に景気循環的なものでなく、根深いものであることを示している。これらの諸問題の本質は、39年度に限った分析では明らかにすることはできないので、次にやや長い観点から分析しよう。