昭和40年
年次経済報告
安定成長への課題
経済企画庁
昭和40年度年次経済報告
昭和39年度の日本経済
金融と財政の役割
金融引締効果の浸透
39年の景気調整も、過去の例と同じく、金融を引き締めることによって進められたが、その浸透の仕方には少し違った点があった。
その1つは、引き締めは、銀行に対しては早くきいたが、企業へそれがひびいてくるまでには時間がかかったことである。いま1つは、企業に引き締めの効果が浸透を始めると、その影響はかなり大きく、また引締政策を解除してから後も尾をひいていることだ。
まず、金融市場は年度当初から次第に引き締まり、7月ごろには既にかなりひっ迫していた。ところが、企業活動は長期間にわたって強いテンポで増加し、生産は12月をピークにようやく頭を打った。
金融市場が割合に早く引き締まった大きな理由は、日銀が公定歩合の操作に加え今回の場合新金融調節方式により市中保有債券売買や、日銀貸し出し限度額操作を引き締めの手段に使ったことが著しい効果をあげたからだ。39年度の財政は、上期から大幅な払い超となっていたから、それは金融市場を潤したのだが、これに対して日銀は、金融市場の資金不足時には市中保有債券の買い入れを少な目に、資金余剰時にはその売り戻しを多目にして、金融市場の資金余剰額に見合った額を上回る資金を日銀に吸い上げた。その結果、金融市場は次第にひっ迫し、都市銀行に対する日銀貸し出しが増加していった。しかし、都市銀行は、日銀借り入れに対して限度がきめられていたので、日銀借り入れが増加して限度余裕が次第に小さくなると、不足資金をコール市場から調達することとなった。そこで、コールレートは3月の日歩2銭4厘(東京市場単純無条件中心、以下同じ)から、6月2銭9厘、9月3銭1厘と上昇していった。また、都市銀行の外部負債比率は悪化し、これまでの引き締め期と違ってコールマネー依存度が上昇した。コールレートの高騰の度合いはこれまでの金融引き締め期に比べてそう著しくはなかったが、このように都市銀行の外部負債比率のうち金利の安い日銀借り入れのウェイトが低下し、高利のコールマネーのウェイトが高くなったため、都市銀行の資金ポジションの悪化はそのまま都市銀行の収益に響いて、39年度上期の決算で34年度上期以来10期振りの減益を記録することとなった。
一方、企業段階への金融引き締めの浸透が遅かったのは次のような理由によるものである。1つは、引き締め開始時において企業の手元現預金の水準がもともと高く、これが引締効果の浸透に対するクッションとなったことだ。これは38年当時景気の先行きに対する不安から企業が積極的に借りだめ、借り急ぎをやったためだ。2つには、財政資金の大幅な払い超がある。これは公共投資など直接企業に支払われたもののほか、農家に米代金などの形で支払われたものであっても、個人消費などの増大を通じ回り回って企業部門を潤すこととなり、企業の手元流動性を支えた。
ところが、銀行の貸し出し態度は次第に変化し、企業金融も8、9月ごろを境にひっ迫してきた。全国銀行の貸し出しの増勢(季節調整後前期比増加率)は1~3月4.1%、4~6月3.9%から7~9月3.4%、10~12月3.1%と低下した。
銀行の貸し出し態度が変化したのは、前述のような事情から貸し出しを増やすためには高利のコールマネーをとらざるを得ずかえって採算を悪化させてしまったこと、企業の業績が悪くなり不渡り倒産が続発したので、貸し出しに慎重になったこと、窓口指導が強化されたことなどによるものだ。38年5月以来廃止されていた窓口指導は39年1月から3ヶ月単位で復活され、都市銀行の貸し出し増加規制額は1~3月前年同期比10%減、4~6月12%減と決められたが、7~9月、10~12月は前年同期の増加が著しかったこともあって、それぞれ22%減となった。こうしていったん企業段階に引き締めが浸透するようになってからは、その効果は著しかった。それは企業経営の引き締めに対する抵抗力が弱かったからである。特に企業間信用の累積が企業の体質を悪くしていた。企業の売り上げ債権残高は引き締め後6ヶ月の間に、2.4兆円増加し、39年9月末現在で18.7兆円となっていた。決済条件は、今回引き締め期に入ってからはそう悪化しなかったが、前回引き締め期前後から販売競争の激化がからんで著しく悪化していた。また38年の緩和期にも十分もとへ戻っていなかった。これは当時銀行の貸し出し態度の緩和を背景にして売り手側が「販売条件を緩めることによって売上高を伸ばす」というやり方を行ったこと、買い手側としても金融再引き締めが近いという懸念が働いて手元資金の余裕を過去の累積債務の決済に充てるよりは先行きの予備としてため込んでいったことなどによるものとおもわれる。その結果、売上高が伸びるにつれて売り上げ債権残高も企業の手元に累積し、総資本に占める売り上げ債権のウェイトはすう勢的な上昇傾向をたどっている。このような状況のもとで銀行借り入れに対する困難さがましたことは、売り手側に販売条件を緩めることによって売上高を伸ばすことを難しくしたばかりでなく、買い手側にもこれまでの累積債務の重圧を強めることとなった。また、以上の過程を通じて企業の借り入れ依存度も上昇していたため、売上高の伸びが鈍ると、経営の不安定性がにわかに表面化したわけだ。
金融引締政策は39年12月の預金準備率引き下げ、40年1月、4月の公定歩合各1厘引き下げと段階的に解除された。金融市場は、金融引き締め解除措置に先立ってゆるんでいたから、政策転換の波及がはやかった。コールレートも公定歩合再引き下げ後には既に日歩2銭とかなり低い水準になっていた。ところが、銀行貸し出しやその金利などへの波及はいまのところあまり顕著ではない。こうしたことは累積された企業間信用の解きほぐれをおくらせる一因にもなっている。また、金融緩和の株式市場への波及もみられず、株式市場はむしろ低迷の色を濃くしている。このため増資という方法による企業の資本構成是正の途はほとんど全くとざされたままになっている。こうして、金融引き締め解除後も経済界の不況感はむしろ一層強まってきている。そこで6月には景気立ち直りの環境を整えるため公定歩合がさらに1厘下げられて戦後最低の水準になり、市中銀行に対する貸し出し増加額規制(窓口規制)も廃止されることになった。
銀行の慎重な貸し出し態度が金融緩和後も依然続いているのはなぜだろうか。これは金融引き締めの影響が尾を引いていることによるものとおもわれる。すなわち、企業経営の悪化から金融緩和後も高水準の不渡り倒産が続き、それが中堅クラスの企業にまで波及したため債権保全の必要上選別融資が続けられている。また、コールレートは低下したが、都市銀行のコールマネー依存度は現在では著しく高いため、都市銀行は先行き金融市場の変化が起こった場合のことを考えて貸し出しを抑え外部負債比率をできるだけ低下させ採算をよくすることが必要になっている。
次に株式市場についてみると、39年度中の株価はほぼ一貫してさえなかった。このような株価不振に伴う市場の不安感を取り除くために、39年1月日本共同証券が設立され、日銀の日証金を通じる融資によって買い出動が行われた。39年9月には政策当局、関係団体などの話し合いで40年2月以降の増資が全面的に抑制された。さらに40年1月には日本証券保有組合が設立され、証券会社ならびに投資信託保有の過剰株式を日銀の融資によって一括棚上げすることとなった。しかしこれらの異例の措置はいずれも市況を立て直すことができなかった。金融引き締めが全面的に解除されてからも株式市場の低迷は改まっていない。そして、大手証券会社のなかにも、経営に破たんを来たすものがあらわれ、それがさらに大衆の不安感をあおって一層市場の不振を深めるようになった。このような市場の不振は、基本的には企業収益の低下、倒産の増加など経済実体面の悪化を反映したものであるが、さらに株式市場内部の問題もからんでいる。それは、1つには証券業者が急激に業容を拡大した結果それを維持するために営業活動の面で無理に無理を重ねてきたこと、これまでの高成長期に、企業が収益力がゆるす以上に増資を強行し、株式の供給過剰をもたらし、1株当たり投資価値を低下させたこと、上の諸事情から大衆の投資意欲が冷やされ、さらにそれが株価の不振を一層深めるといったスパイラル現象を引き起こしたこと、などである。大衆資金の流出によって、株式投信は39年度には9年振りに純減に転じた。株式投信は、もともと証券会社と密接な関係があったため、その面から自由な機関投資家として行動するには限界があったが、それでも 第30図 にみるように、これまで株価が下がるときには買いに出て株価変動に対してある程度安定的役割を果たして来た。しかし、最近では運用資金量が減少したため株価が不振でも手持ち株式を市場に売却せざるを得なくなり一層市況の低迷をはなはだしくした。
大幅散超となった財政収支
国民総支出に占める財政の割合は、年々高まっているが、39年度は5兆4,700億円で21.6%と、前年度の20.9%よりも一層大きくなったが増加率としてはこれまでに比べてそれほど高くはない。特に一般会計の伸びは小さかった。それは、39年度の予算が編成されるごろには既に国際収支は赤字となっており、財政規模の拡大で経済を刺激することは避けなければならない状態にあったし、前年度剰余金が大幅に減っていたり減税も行われたので、財源面からいってもあまり大きい予算を組むことは難しかったからである。39年度財政では、経済のひずみの是正が課題とされ、農業改善事業対策費や中小企業対策費などとかく経済発展に遅れがちな部門の近代化を図るための支出や、住宅や環境衛生といった国民生活基盤のための支出の増加率が大きかった。
しかし、従来からの重要施策であった公共投資、社会保障、文教科学振興もかなり増加しており、この3施策の増加額は39年度一般会計予算増加額の過半を占めている。
財政投融資は、約2割増加したが、資金面では公募債、借入金など民間資金に対する依存度が大きくなり、使途別では住宅など国民生活に結びついた方面への融資のウェイトが高まっている。予算(一一般会計)の39年度中の推移をみると、歳入面では所得税の伸びはほぼ順調であったが、企業収益が低調なため法人税の伸びが鈍く、また耐久消費財の一巡で物品税も伸びなやんだので、税収は予算額を下回り、国庫の資金繰りはひっ迫した。一方、支出面では公共事業を中心にほぼ、順調であった。また、生産者米価が引き上げられ、食管会計の支払いが増え、輸出の好調で外為会計が払い超になったこともあって、財政資金対民間収支は4,066億円という記録的な散超となった。
これまで、景気調整の初期には、過去の好況を映じた租税の吸い上げが大幅で財政収支は揚げ超となって引締効果をつよめる場合が多かったが、39年度は金融引き締め下にあって大幅散超に推移したことにより、財政収支の景気調整に果たした役割は弱かったといえよう。