昭和37年

年次経済報告

景気循環の変ぼう

経済企画庁


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景気循環の特質と変ぼう

景気循環態形の変化

個人消費の安定化と貯蓄率の増大

個人消費の安定化

 経済の最終部門である国民生活においても景気循環の影響を免かれることはできない。戦後の個人消費についてみても、消費水準の戦前水準回復期である28~29年までに、経済変動に応じてかなり大幅な変動を繰り返していた。しかし消費水準が戦前水準を超えた30年以降の高度成長下になると、個人消費の変動は、経済変動が引き続いて大幅であるにもかかわらず、それ以前の変動に比べて著しく安定的になってきている。またその変動を欧米諸国と比較しても、経済変動に比べて著しく安定的である。

 まず戦後の個人消費の変動をみよう。30年以前の1人当たり実質個人消費の対前年増加率は、 第I-8-1図 に示す通り、インフレが一応終息した24年以降をみても、27年の15.4%増から29年の2.4%増まで、年々かなり大きな変動がみられる。

第I-8-1図 経済成長率と個人消費増加率

 この変動を同期間中の対前年増加率の平均値に対する標準偏差でみると3.6%で1人当たり実質国民総支出の変動率3.9%に近い大きな変動であった。

第I-8-2図 経済成長率と個人消費増加率

 これに対し30年以降の1人当たり実質個人消費は、36年の7.9%増から33年の4.6%増までの変動にすぎず、これを標準偏差でみると1.2%で28年以前の変動に比べて箸るしく安定してきたといえる。しかもこの間国民総支出の標準偏差でみる変動率が4.4%と30年以前に比べて一層大きくなっていることを考えると個人消費の安定性はかなり増大しているものとみられる。

 このように、我が国の個人消費は消費水準の戦前回復を達成した28─29年を境に、その後は安定性を増大してきたが、その安定度を諸外国と比べてみよう。

 一般に1人当たり実質個人消費支出の変動率は、昇気循環が激しい国ほど大きい。昇気後退期に経済成長率が大きく低下するアメリカでは個人消費も後退期に低下しているし、ヨーロッパ諸国においても、イギリス、フランス等はいずれも景気後退期の個人消費の低下を経験している。ヨーロッパ諸国の中では、西ドイツとイタリアが景気変動の幅が少なく個人消費も安定的である。一方トルコ、ポルトガル等の農業国やビルマ、フィリッピン等の後進国をみるといずれも景気後退期に個人消費の低下がみられる。

 個人消費の循環をさらにくわしくみよう。 第I-8-3図 は日本、アメリカ、西ドイツの個人消費及び国民総支出の循環を示したものである。

第I-8-3図 個人消費と国民総支出の循環

 同図からも明らかな通り、個人消費は各国とも好況期にはすう勢線の上を、不況期には下を通りながら景気変動に応じた循環を繰り返している。

 まず日本についてみると、29年、33年の不況期の個人消費はいずれもすう勢線よりもマイナスであるが、29年の後退期は年率3.1%で急速に低下したのに対し、33年には年率1%以下の緩やかな低下に留まった。また個人消費の変動中をすう勢値に対する標準偏差でみると、国民総支出の3.9%に対して個人消費は1.1%と国民総支出の変動の3割以下の変動に過ぎない。

 アメリカの個人消費は国民総支出に近い大幅な変動を繰り返し日本の個人消費に比べて約2倍の標準偏差を示しているうえ不況期の低下率も激しい。これに対して西ドイツの個人消費は国民総支出の変動が小さいのに応じて安定的で、その標準偏差も我が国の1.1%を下回る0.7%と著しく小さい。しかし国民総支出の変動に対する相対比は、4割強と日本の3割以下に比べてかなり大きい。

 以上のように、我が国の個人消費は戦前の消費水準を上回った30年を境にして、その後は安定的に増大している。またその変動を国際的にみても個人消費自体の変動幅が比較的小さいうえに、経済成長率の変動に比べて著しく安定している点で目立っている。またこのような個人消費安定化の最も端的な現れが景気後退期の消費動向であり、29年の停滞ないし微減に対し、32~33年はおおむね一貫した増勢を続けたことによってもみられる。

個人消費安定の要因

 30年以前は変動の大きかった個人消費が、30年以降安定化したのはどのような要因によるものであろうか。まず前2回の後退期の個人消費に大きな差異を生じた要因をみることにしよう。

 前述のととく、29年の景気後退期の個人消費は停滞したが、32~33年は安定的な増加を続けた。

 両者の差異は景気後退期における所得消費等の諸条件の差異によるところが大きい。第1は29年が春のベース・アップ前に金融引き締めによる景気後退が始まったので賃上げがあまり行われなかったのに対し、32年は大幅なべース・アップか行われた後に金融引き締めが行われたことである。第2は両年とも所得税の減税が行われたが32年の場合は29年の約4倍の減税額と戦後最大の減税が行われたため、可処分所得増加への影響は32年の方がはるかに大きかったことである。第3は景期後退期突入後の消費者物価の騰貴傾向が、29年は32年に比べてかなり長く続いたので、それだけ実質所得や実質消費への影響度を大きくしたことである。第4は29年の景気後退期が農作物の凶作の年と重なったため、農家の実質所得を低め、その消費を停滞させる要因として働いたうえ、消費者物価の騰貴傾向を長びかせたことである。第5は29年が戦後始めての本格的な景気後退期であったため、消費者の心理に影響を与えて消費性向を低下させる要因として働いたことである。第6は後述するように、29年は消費水準の戦前回復で戦前型消費内容が一応充実された時で、次に購入すべき新しい消費財がほとんどなかったのに対し、32年は耐久消費財の普及途上にあったことである。

 つまり、両時期における基本的な差は実質所得への影響が32年の方が軽く、しかも消費性向が32年の方が強かったということである。この中にはかなり偶然的な要素も加わっているので今後の景気後退期の消費が常に32年のような形をとるものとはいえないが実質所得が安定的になってきていることは事実である。これは両時期の経済成長の要因が根本的に異なっていることに関係を持っている。すなわち、30年以前は消費生活の戦前復帰を目ざす個人消費の強い浮揚力を中心とした経済成長であったため。個人所得も経済成長にみあって顕著な増加を続けた。これに対し30年以降は技術革新下の設備投資を中心とする経済成長であるため、個人所得増加率と経済成長率との差が増大しているのである。このことは21~29年の1人当たり実質個人消費の年平均増加率が7.9%増と1人当たり実質国民総支出増加率をやや上回る増加率であったのに対し、30~36年の個人消費は6、3%増と国民総支出の3分の2程度の低い増加率に留まったことによってもみることができる。つまり30年以降は物価も安定してきたが貸金の上昇率は鈍化し、好況期と下況期との賃金上昇の幅が著しく狭まって、いわば所得上昇率の安定という形をとるようになってきたわけである。

 これを実質個人可処分所得の対前年増加率でみると、30年以前の28.2~1.3%増に対し30年以降は12.6~5.4%と年々の変動中は縮小し、年平均増加率もかなり低下している。この傾向は勤労所得、個人業主所得等各所得について共通的であるが、特に勤労所得の低位安定は著しい。すなわち、勤労所得の対前年増加率は30年以前の26.4へ4.9%増(実質除23年)から30年以降は12.7~8.6%増と平均増加率が低く、変動幅が縮小している。しかも勤労所得の個人所得に占める割合は、就業老中の雇用者比率の増大を反映して次第に増大しているため、個人所得の安定化に一層貢献しているのである。

 第I-8-4図 に示す通り、名目所得でみても勤労所得は農林業主所得、非農林業主所得に比べて最も安定的であり、28~35年度のすう勢値に対する標準偏差も2.1%と最も小さい。

第I-8-4図 個人所得の循環

 勤労所得がこのように安定的な増加を続けているのは、不況期にも総体としての雇用者数が増加を続けているうえ、貸金水準も年々上昇を続けているからである。28~35年の名目的な勤労所得全体の増加の半分以上は雇用者数の増加によってもたらされたものであるがこの雇用者数の増加は新規学卒者は好不況をとわず就職ができるうえに不況期において大企業の臨時日雇い労働者を中心とする人員整理が行われてもそれが失業者として顕在化することが少なく、中小零細企業や非製造業部門に労働条件を低下させながら就職していく、いわば二重構造的雇用構造を支えられているからである。また、賃金水準も職員層の賃金が安定的であるうえ、労働者層でも年功序列的な賃金体系に支えられて定期昇給を実施する事業所が多くなってきたため、不況期でも賃金は増加し、その反面好況期における賃上げを抑制する経営側の意欲も強まり、賃金の安定的上昇傾向が強まっている。このことは好況期の法人所得の増加率を大きくし、その変動を激しくさせている。我が国の法人所得の増加すう勢は、勤労所得と比べてもまた先進諸国の法人所得増加率と比べても特に著しいが、その年々の増加率もマイナス14~プラス60%の大幅な変動を示している。これに対し、アメリカでは、マイナス10~プラス30%、フランスではマイナス6~プラス15%にすぎず、好況期の西ドイツでも20%の増加に過ぎない。

 勤労所得の変動に比べれば農林個人業主所得の変動は大きい。しかし農林個人業主所得の変動は28~29年の低下、30年の急増等にみられるごとく、農産物の農凶に支配されたものであって景気変動によって生じたものではない。しかも我が国の農林個人業主所得は強力な農産物価格支持制度に支えられているうえ、30年以降の豊作続きでアメリカのどとく農林業主所得の低下を招くことなく年々安定的に増大しているのである。

 なお非農林業主所得は景気変動に応じて大きな変動を繰り返し、欧米諸国と比べても我が国の個人業主所得の変動を大きくする要因となっている。しかし個人業主の多くは消費に関連する製造業や小売りサービス業などに従事しているため、その所得の変動も法人所得の変動に比べてはるかに小さく、これをすう勢値に対する標準偏差でみると4.5%と法人所得の四分の1程度の変動に過ぎない。従って、非農林業主所得も我が国の個人消費が経済成長率の変動に比べて安定的に増加している要因の1つに挙げることができよう。

 上述した個人所得の安定に加えて、消費者物価が景気変動に応じて変動していることも個人消費を安定する一因となっている。35~36年の名目所得の顕著な増加も物価高騰により実質的にはそれほど大きくないが名目所得の増勢の鈍化する景気後遠期には物価も低下して実質所得の鈍化を弱めている。すなわち、29年の後退期には29年8月以降30年3月まで32年の後退期には32年8月以降33年3月まで物価低下が続いた。両時期の物価低下は主として農産物価格の急騰後の反落によるもので、景気変動に左右された部分は小さいとはいえ、工業消費財の消費者物価も同期間の前後でわずかながら低下している。このような後退期の消費者物価の低下も先進諸国ではほとんどみられない現象であり先進諸国に比べて個人消費の安定的な一因をなしているのである。

 このような実質個人所得の安定的上昇要因にも36年ごろから若干の変化が現れはじめていることに注意することが必要である。35年ごろまでは勤労者の賃金所得の安定的上昇は、物価の安定の下での賃金上昇の安定によってもたらされたものである。しかし、36年には高度成長による賃金の大幅上昇に対し、物価の急上昇によって、結果的にこれまでの実質所得の上昇率とあまり変わらなかったということである。

職業別にみた所得、消費の循環変動

 我が国の個人消費や所得が景気変動に対し比較的安定的であるといっても、それは国民の各層に分けてみると安定的な層と不安定な層とに分かれており、その影響度は必ずしも同1つではない。安定的な層は勤労者、特に大企業の常用労働者、農家等であり、変動の激しいのは個人業主層や臨時工、日雇い労働者等である。以下職業別に景気後退期の影響をみることにしよう。

影響の薄い農家

 農家世帯は年々減少しているがその所得は景気変動に対して不感応的である。 第I-8-1表 にみるように、その所得変動は景気循環とはあまり関係がなく、農作物の豊凶によって変動している。

第I-8-1表 職業別所得増加率

 これが主たる要因は、主要作物である米麦が食管制度によってその価格と買取りが保障されているので景気後退期にも価格低落を受けることがないからである。もっとも最近は果実酪農等の商品作物の比重が大きくなっており、また景気変動の影響を受けやすい機械金属関係の通勤労働者が増えているので、今後は次第に景気変動の影響を受けやすくなるであろうが、景気後退の影響からみると最も安定的な層といえる。農家消費は所得の変動よりもさらに安定的であり、29年の消費水準は凶を反映して0.5%増に留まったが、勤労者の減に比べると相対的によく、また32、33年の後退期にはそれぞれ2.9%、2.5%増加を示している。

安定度の高い勤労者世帯

 勤労者世帯の中には臨時工、日雇い労働者、小零企業労働者等のように就業が不安定で景気後退影響を受けやすい層も含まれているが、全体としみれば農家に次いで安定層の高い層ということができる。特に職員層は安定的であるといえる。

 しかも全国の世帯数に占める勤労者世帯の比重は次第に高まり35年国勢調査では5割をこえるようになっている。

 前2回の景気後退期における可処分所得の変化をみると、29年度には名目で6.1%増、実質で2.0%増であったが32年度には名目で9.8%増、実質では7.5%増加しているので、29年の実層所得増加率は特に低かったといえる。29年と32年でこのような実質所得増加率の差が生じた主たる理由は、前述したように、29年には前年末からの金融引き締めの影響で春のベース・アップが行われなかったのに対し、32年には春のベース・アップが行われた後で金融引き締めが実施されたため賃金の上昇率に差が生じたことによるものである。

 また消費水準の増加率をみると、29年度は27、28年度の17%増の後を受けて0.4%減となったが、30年以降は安定的に増加し、32年には5.1%33年には物価低下も加わって6.7%増と30~36年度を通じて最高の増加率を示すほどであった。

 勤労者を職員と労務者に分けて季節変動を除去してみると、民間職員は景気後退の影響がほとんどみられないのに対し、労務者は影響が大きく 第I-8-5図 に示す通り29年には若干の低下がみられる。

第I-8-5図 職業別消費支出の推移

多様な都市一般世帯層

 勤労者世帯を除いた会社重役、個人業主、職人層、自由業者等の一般世帯は景気変動を受けやすい層と比較的安定的な層とに分かれている。

 会社重役等は比較的安定的で、実質所得でみると29年の後退期には低下したが、32年度には勤労者と同程度の増加率を示しており、31年度以降の上昇率では他の階層よりもかなり高くなっている。しかし季節性を除いた消費の推移をみると、かなり変動的で31年や36年には急上昇がみられる反面、29年や32年には若干の低下がみられる。

 これに対して個人業主層では景気変動の影響を受けやすく、29年、32年、33年には名目所得でも低下している。もっともその消費水準は勤労者と同様に、29年の低下を除けは景気後退期にも上昇しており、貯蓄による調整がかなり大きい。

 職人層について屋外労務者の貸金統計からみると、29年には若干低下しているが、前回の33年にはかえって上昇しており、30年以降の高成長による労働市場の変化を反映している。

低所得層への影響

 臨時工、日雇い労働者等不安定な就業者への影響はどうであろうか。過去2回の景気後退期においては、臨時工が景気調節弁として利用されたためその離職率も常用工よりかなり大きかった。そして離職した場合の再就職先は労働条件の悪い小零細企業で。賃金も低下する者の割合が非常に多かった。さらに、再就職困難で失業対策事業等の日雇い労働者や、被保護世帯へ転落とする者も増加するためこれらの転落層は景気後退期にラグを持って増大している。また日雇い労働者の所得をみると、不況期には比較的賃金の高い民間企業への就労日数が減少することなどによって前年の水準を下回っている。被保護世帯の所得・消費の一般勤労者に対する格差も保護基準の大幅引き上げが行われた36年度までは拡大を続けてきた。

 このように景気後退の影響は低所得層に特に箸るしいが、しかし高度成長による労働市場の変化によって、より良い就業の機会が増大してきているために、景気後退の場合にもその影響は次第に緩和されはじめてきている。「労働」の項に述べるととく、臨時工の採用難により本工化が促進されており、離職者から日雇い労働者に転落とする者も減少してきた。また被保護世帯でも世帯内に労働力を持つ世帯では、労働市場の好転によって被保護世帯から離脱するものも増加してきた。このため、33年の景気後退期には日雇い労働者及び被保護世帯の増加は29年の景気後退期に比べてかなり少なかった。つまり、景気後退期における就業の不安定層や低所得層への影響が労働市場の変化を通じかなり緩和されてきたことが、後退期における、より低所得層への転落を緩和してきているといえる。

景気循環と消費内容の変化

 景気後退による消費の変動は小さいとはいえその影響は免れえないわけであるが、その消費内容からみるとどのような消費が後退期に最も影響を受けるであろうか。都市世帯について29年と33年の時期の消費内容の変化を中心にみることにしよう。

 第I-8-6図 は都市世帯の消費内容を農林水産物、工業消費財、サービス関係に3分して景気後退期の実質消費の推移をみたものである。

第I-8-6図 景気後退期の支出部門別消費動向

 同図からも明らかなように、数年の消費低下、32~33年の消費増大は被服、家具器具、加工食品等を中心とする工業消費財の変動によるものであり、農林水産物、サービス関係の消費は景気後退前と同様の傾向を続けている。

 すなわち、工業消費財は28年10~12月までは戦前水準への回復をめざして急増したが、29年に入ると一貫して低下し、29年10~12月には28年10~12月に比べて、5%の減少をみている。工業消費財の消費減少は被服、家具器具の減少によるものであるが、中でも被服の低下は大きい。統制撤廃後の被服消費は、26~27年を通じて2年間で2倍あまりの急速な消費増加をみた後28年中はおおむね高原状態を続けたが、不況期に入ると次第に低下しはじめて29年10~12月期には28年に比べて1割近くの減少となった。被服消費の減少は統制撤廃後の急増の反動が大きいが、加えて29年には所得増加率も急速に鈍化したため最も弾力的な分野の消費減少を図ったことが影響したものである。家具器具に対する消費減少も被服と同様であり、28年7~9月をピークに29年末までに1割近い減少となった。しかし当時の家具器具支出金額は被服の15%程度に過ぎないため工業消費財全体に対する影響もまた小さかった。

 32~33年の景気後退期においては消費は引き続き増加したが、その内容は主として被服及び家具器具の消費増加によるものである。 第I-8-6図 にみる通り工業消費財の消費増加は着るしいが、被服、家具器具の2費目を除いた工業消費財の消費の増勢はサービス関係の増勢を大幅に下回っている。被服、家具器具の2費目の中では、特に家庭用電気製品を中心とする家具器具の購入増加の影響が大きい。すなわち、家計支出中家具器具の支出は32年1~3月当時、被服支出の四分の1程度に過ぎなかったが、32年1~3月から34年1~3月までの2年間の支出純増加額は家具器具被服の2費目とも同程度の支出額増加であり、両費目の純増額を合わせるとこの間の工業消費財支出増加額の3分の2に達しているのである。

 このように32~33年と29年とでは同じ景気後退期といってもかなりの差がみられる。すなわち、29年には所得弾力性の高い工業消費財が低下し、33年にはそれが増大した。しかも、その基本的な差は前述したように実質所得の増加率の差にあるが、29年の場合には消費水準の戦前回復が一応達成し、工業消費財の中にも次に購入しようとする魅力的商品がなかったのに対し、32~33年の場合はテレビ、電気洗濯機等の家庭電化製品が急速に普及しはじめた電気ブームの時期に当たっていたことである。

 なお、個人消費の循環の比較的大きいアメリカの消費を耐久消費財、非耐久消費財、サービスの3費目に区分して不況期の消費減少の内容をみると、サービス関係の支出は不況期にも一貫した増勢を続け、その増加率も3費目中最大である。これに対し耐久消費財は景気変動に応じて変動が箸るしく、中でも自動車購入は不況期には大幅な減少をみせており、このような耐久消費財の変動がアメリカの不況期の消費全体を減少させているのである。

 つまり外国の場合でもサービス関係の支出は景気後退期でもほとんど鈍化しないが、工業消費財の変動は激しく、中でも製品単価の高値で弾力性の高い耐久消費財の変動は著しい。我が国においても、32~33年の後退期の耐久消費財購入の増加には家庭電器の急速は普及期にあったという特殊要因が加わっているので、景気後退期において家庭電器等の耐久消費財が常に増加するという保障はない。むしろ耐久消費財購入の一巡した後では変動を大きくする要因が強いことが予想される。

貯蓄率の増大とその構造

 我が国の貯蓄率は国際的に極めて高率であるが、景気退期においても低下することなく、好況期にさらに高まりながら長期的にはおおむね一貫した増勢を続けている。これはアメリカ、イギリス、フランス等のように景気後退期は貯蓄が低下し、好況期に上昇しながら、長期的にはほぼ同程度の水準に推移している先進諸国にはみられない特徴である。これを労働者、農家、経営者、個人業主等に分けてみると、その循環変動及び長期的傾向はそれぞれ異なっている。

 勤労者世帯の貯蓄率は29年の微増、33年に微減であるから景気後退期に貯蓄率は停滞するとみることができる。そして貯蓄が高まるのは景気上昇期の所得増加率が高い時期であるが、長期的にみれはおおむね一貫した増勢を保っているといえよう。

 これに対し会社重役と非農林個人業主の貯蓄率は所得と同様に景気循環による変動が大きく、会社重役では29、30年と32年に、個人業主では29年と32、33年にかなり大幅な低下をみせているが、長期的にみると会社重役では強い増加すう勢を持っている。

 一方農家の貯蓄をみると農家所得が景気循環の影響を受けないと同様に、貯蓄率でも景気循環との関連がなく、29年と31年に低下している。29年の低下は2年続きの凶作にともない、名目所得は停滞し実質所得では減少したこと等によるものであり、31年は前年の豊作の後を受けて所得が低下したことが影響している。従って、農家の貯蓄も所得変動に応じてかなり大きな変動を繰り返しながら長期的には増加傾向を示しているといえる。

 このように貯蓄の循環及び長期すう勢は職業によって幾分異なっているが、全体としての貯蓄率が、不況期停滞、好況期増加と景気変動の波に若干影響されながらも長期的にみるとかなりのスピードで上昇しているのはいかなる要因によるものであろうか。最も代表的な貯蓄率増加傾向を示す勤労者世帯についてみることにしよう。

 戦後の勤労者世帯は25年ごろまでは生活水準の極端な低下のためにほとんど貯蓄ができなかったが、消費水準の回復と共に次第に貯蓄が可能となり、36年度では16%にまで高まっている。このように貯蓄率が高まってきたのは、1つには戦後のインフレと竹の子生活によって将来の生活に備える予備的貯蓄をほとんど失ったので、これを蓄積する必要にせまられたことである。

 第2は、失業や老齢に達した場合の所得保障が充分でないため、自らの貯蓄によってこれを補うことの必要性が強いことである。

 第3は、いぜんとして解決されない住宅難を自らの手で解決するには多くの貯蓄を必要とするうえ、子弟の教育費に備える貯蓄の必要性が強まっていることである。これらの貯蓄動機は制度の改革や貯蓄保有額が一定の水準に到達すること等により当然変化は免れないが、現在の段階ではなお貯蓄を増やす必要性が強いものと思われる。

 しかし貯蓄を増やそうとしても所得の増加が伴わない限りその実現は難しい。ところが我が国の所得増加率は国際的にみてもかなり高い。このことが貯蓄率の増加を可能にしているものともいえる。所得と貯蓄との関係をみると、職業階層によって貯蓄が可能な所得水準は必ずしも同じではないが、社会全体を通じてみると、ある一定の最低生活が維持されるまでは貯蓄は困難であり、この貯蓄可能の限界に達した所得階層がいわゆる収支均衡点所得階層である。収支均衡点所得水準は社会的な生活水準の上昇によって上昇するが、所得の増加率がこれより高い場合には収支均衡点以上の所得者の割合は増加し平均の貯蓄率を高める。最近数年の傾向をみると景気後退期の所得増加率が低い時期にも収支均衡点以下の所得階層の割合もあまり増えず、好況期にはその割合が低下している。

 収支均衡点以上の階層の貯蓄率は均衡点所得に対する倍率が変わらない限り大きな変化はないが、所得分布によっても変化を受けるので全体の貯蓄率の変動を平均所得と収支均衡点所得の差の変動のみによって説明することは難しいが、収支均衡点以下の階層の比重の変動は全体の貯蓄率に大きな影響を与える。ところが我が国においては景気後退期においても収支均衡点以下の階層の割合はそれほど増えない。これは不況期でもある程度の消費上昇を可能にする所得の増加があるからにほかならない。つまり、不況期における所得が比較的安定上昇を続けることが景気後退期の貯蓄率を低下させないで、傾向的上昇を可能にする要因とみることができる。

 以上にみるように我が国の個人消費は、実質賃金や雇用の安定による実質個人所得の安定的増加と好況期における貯蓄率の上昇によって、消費水準の戦前水準への回復を達成した30年以降はかなり安定的に増大している。しかし最近の実質個人所得の安定的な上昇は、30年から35年までのように物価安定下における賃金の安定的上昇によるものではなく、高度成長による名目所得の大幅増加が物価高騰に吸収されて実質的にこれまでの実質所得増加率とあまり変わらなかったことによるもので、その内部には不安定要因をはらんできているといえる。もっとも景気後退期において、これまで影響を受けやすかった臨時工、日雇い労働者等の不安定就業層の生活は高度成長による労働市場の変化によってその影響度はかなり緩和されるものと思われる。

 一方、消費内容が次第に高度化するにつれて耐久消費財などにみられるように、消費生活の内部にも変動的な要因が次第に大きくなってきてはいるが、わが因では耐久消費財もまだ普及段階にあるので消費自体から循環変動を引き起こすおそれは少ない。貯蓄率は所得増加率の高い好況期に上昇し、不況期に低下しないため長期的には上昇傾向をたどっている。しかしこれまでと異なって、景気後退期においても物価が上昇するような事態が生ずれは、後退期における貯蓄率の低下を引き起こし上昇期における貯蓄率の増加を相殺して貯蓄率上昇傾向の鈍化をもたらす可能性もある。

第I-8-2表 各国の貯蓄率の変動

第I-8-3表 景気変動との変動

第I-8-4表 収支均衡点所得、平均所得、貯蓄率の推移


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