昭和37年

年次経済報告

景気循環の変ぼう

経済企画庁


[前節] [次節] [目次] [年次リスト]

景気循環の特質と変ぼう

景気循環態形の変化

卸売物価の安定化と消費者物価の上昇

 景気循環と物価の関係は、従来卸売物価が景気の動きに並行的であったのに対し、消費者物価は遅行的であった。これが最近の循環局面においては、卸売物価の変動幅は縮小し、消費者物価は急上昇を続けるなど、物価変動パターンが変化してきている。このことは一面、高度成長によって我が国の物価構造が再編成期に入ったことを示している。いいかえれば、これまでの二重構造に対応した物価体系が変ぼうしつつあることである。このため卸売物価と消費者物価のかい離が拡大する傾向にある。以下こうしたそれぞれのすう勢変動とそれがもたらす問題点についてみることにしよう。

卸売物価安定化の背景

景気循環と物価変動形態の変化

 従来我が国の卸売物価は、景気循環の上昇局面には高騰し、下降局面では急落を演じて、その振幅が極めて大きな点に特色があった。 第I-7-1図 にみるように、28、9年と31、2年の循環変動における経験がよくこのことを現している。しかし今回のそれは、高度成長過程で変動幅が次第に縮小し、景気感応度は目立って鈍くなってきている。

第I-7-1図 上昇、下降時期卸売物価の推移

 卸売物価におけるこのような変動パターンの変化は、前回と前々回のときは国内供給力の不足に基づく需要超過と海外原料高の影響が物価の過熱化を引き起こしたのに対し、今回の場合は、従来の需要超過から相対的な供給超過への基調の転換により、物価過熱化要因が後退して変動幅を縮小することになったことに現れている。ここ数年におよぶ卸売物価の安定化の基本的要因は、以上のような供給余力の増大にあるといえるが、ほかに ① 輸入原材料価格の低下、 ② 生産性上昇による賃金コスト等の低下、 ③ 在庫ビヘビアーの変化 ④ 不完全競争要因などがあげられる。

 供給余力の増大は、特に私年以降の設備投資の強成長が生産能力を累積的に拡大してきたことによる。このため神武景気の際、鉄鋼にみられたような供給面でのあい路現象が発生することなく、「投資が投資を呼ぶ」盛んな需要圧力下にありながらも、物価騰貴を回避することができた。もっともこれには、輸入力の増大したことも見落とすわけにはいかない。すなわち今回の好況時には、前回、前々回のときと比較して輸入能力が増大したので、一部商品にみられた一時的な需給のひっ迫化は、輸入措置によりこれを沈静化しえたのである。さらにまた、輸入原材料価格の低下、海上運賃市況の軟調が31年のスエズ動乱以降続いていることが国内価格の安定化に寄与している面も見逃せない。

 次こ在庫投資面からの影響は、第2部「鉱工業生産」の項にみるように、在庫投資変動パターンの変化により、従来投機的要素をも含んだ急激な在庫投資需要から物価を急騰に導いた要因が除去されたため、物価上昇を小幅にとどめることができ、また下降期においても下落幅を縮小させる効果を持つことにもなったわけである。

 ところで供給余力を基軸にした需給関係の相対的緩和は、売り手市場から買い手市場へ移行させることにより、企業間競争を激化させ、不安定要因を内蔵せしめることにもなった。もちろん競争の態様なり強度は産業によってまちまちであるが、総じて競争はシェア拡大のための投資競争の局面に集中したといえよう。このため価格面ではむしろ協調的となっているものもあり、特に今回の金融引き締め期には、企業側の市況対策がある程度物価の下支え的効果をあげるにいたっている。

 高度成長下にあって、卸売物価の安定化は、以上のような諸要因が影響しあってもたらされたわけである。

市場構造からみた安定化の側面

 上述したように、卸売物価は次第に変動幅を縮小し、安定性を増大してきた。こうした変動パターン変化の一因として無視できない不完全競争要因の影響を以下主として市場構造の観点から試みに四つの価格グループに分けてみることにしよう。あらかじめ代表的商品について集中度と価格変動との関係をみると 第I-7-2図 に示す通り、集中度の高いものほど、価格変動頻度率は低く、逆に集中度が低いものは価格変動頻度率が高くなっており、両者はほぼ相関関係にあることを現している。

第I-7-2図 生産集中度と価格変動頻度率との関係

集中度高位型価格

 我が国の産業において、企業数が少なくしかも集中度の高い寡占型の市場構造としては、グルタミン酸ソーダ、バター、粉乳、ナイロン、板ガラス、銑鉄、けい素鋼坂、ブリキ板、アルミ地金、自動車タイヤ、写真フィルム及び腕時計などがある。これらはいずれも2~3社程度の少数企業が市場において70~100%の圧倒的に高い比重を占めている。

 少数の大企業が市場を支配する寡占産業の価格は、いわゆる管理価格の性格を帯びており、景気や需給の変動に対して価格は非伸縮的である。これを 第I-7-3図 によって価格維持期間の長さでみると、腕時計はモデル・チェンジによる品質向上もあるが84ヶ月間1回の価格変更もみられないのをはじめ、板ガラスは62ヶ月間据え置かれたままであり、この他の品目においても2ないし4年の長期にわたって価格が維持され、景気の動きに対する抵抗力の強さを端的に示している。このような寡占産業の価格決定機構は、指導権を握る上位企業の決めた価格に他の企業が追随する形が多くとられている。また決定される価格水準は、コストに一定の利潤を加えたいわゆるフル・コスト原則とかマークアップ方式に依拠している。

第I-7-3図 集中度高位型価格の据置期間

 この価格グループの安定性は供給者側の条件図りでなく、メーカーの流通機構掌握によって末端の値崩れを防止し、再販売価格が維持されていることも重要な要素になっている。

 以上のような管理価格システムが我が国の卸売物価の中に占める比重はわずか5%程度にしか過ぎず、しかも最近はこれらの分野においても新たな資本の参入をみるなど、その安定基盤が掘り崩されてむしろ競争的環境が拡大しつつあり、価格低下のみられたものもあるが、長期的には、いずれも需要の増加が見こまれているので、新規企業の割り込みによって、価格の安定性が直ちにくつがえされるということはあまりないであろう。

集中度中位型価格

 鉄鋼、非鉄金属、石油精製、化学肥料、繊維、紙パルプ、セメント等の中間財産業は、卸売物価全般の変動に決定的な影響力を持っている。その市場構造は上位10社でほぼ50~80%の集中度を占めているが、同位規模の大企業が併存し、聳立する指導的企業を欠いている。また製品は同質的な性格を持っており、在庫変動の影響も受けやすい。このため、一般に企業間競争が激しく、価格は景気の動きに敏感に反応する。そこで需要の減退に伴う価格の低下に対し、これら産業の市場行動は、主として生産調整により市況の安定化を図る傾向にある。特に前回の不況の経験から、企業態度として、投資面での競争意欲はかなりさかんであるが、価格競争はなるべく避けたいという願望が強いといえよう。

 さきの集中度高位型価格に比べ、集中度中位型価格では競争圧力が強く、不安定要因をはらんでいる。我が国の企業集中と市場支配力の現状からみて、この集中度中位型価格が卸売物価に占めるウェイトは高いので、欧米先進国型の管理価格が重みを加える可能性は極めて少ないものとみられる。集中度中位型価格の形態には、大別して、投資競争の結果景気循環の過程で生じた生産過剰の調整を図るものと、構造変化に伴って生じた需給ギャップの調整を図るものとの2通りのタイプがある。第1のタイプには、鉄鋼、石油精製、塩化ビニール、セメントなど比較的成長度の高い産業があり、第2のタイプには、繊維、紙パルプ、化学肥料など成長度が低位の産業があげられる。

 次にこれらの動きをみよう。

第I-7-4図 集中度中位型価格の推移と操短実施状況

投資競争グループ

 まず、鉄鋼の価格安定機構としては、前回の不況の中で発足した鉄鋼公販制がある。この公販制ができてから鉄鋼価格は、著しく安定性を増大した。これは 第I-7-5図 の公販価格と市中価格の対比にはっきり現れており、しかも33年以降公販価格は市中価格に比べ安定しており、その水準はやや高目に推移している。これは、公販価格の決定基準がコストにおかれているが、市中価格は需給動向に左右されている性格の違いに基づいている。しかし、 第I-6-1表 にみられるように賃金を上回る生産性の上昇ならびに原材料費の低下に基づくコスト引き下げ要因があり、一方これを打ち消しす資本費の上昇もあるが利潤は拡大している。こうした価格安定化の背景があったので、鉄鋼メーカーは、自由化や多角化投資と並んで将来のシェア維持拡張を目ざして活発な設備投資競争を展開することになった。

第I-7-5図 鉄鋼公販価格と市中価格および変動率の推移

 ところで公販制も今回の景気調整では大きな試練に直面している。それは鉄鋼市況の悪化が公販価格と市中価格の開差を拡大せしめ、公販価格が名目化してきたためである。こうした公販価格の維持を困難ならしめるような需給のアンバランスは、景気調整の影響による需要の減退に起因していることはいうまでもない、しかし価格競争の制限が企業の強気な投資態度を支え、高成長下の設備投資の行きすぎをもたらす一因となり、今後供給力過剰が顕在化する懸念をはらんでいる。

 次に鉄鋼とは事情が異なるが、電気銅ではトン当たり上限価格を32万円、下限価格を26万円の範囲内で国際銅地金相場にスライドして国内建値を上下させる安定帯価格制度が設けられている。そして価格安定をさらに補強するための頁上げ機関として日本鋼地金会社があり、32年11月と37年3月に滞貨の買い上げまたは融資が実施された。

 石油精製では、外資系と民族資本あるいは大手と中小に分かれ、メーカー間の対抗意識がかなり強い。しかしエネルギーの流体化に伴う石油需要の伸びが著しかったことと、外割制が需給調節機能を果たしてきたために、これまで価格競争はあまり顕在化せず、もっぱら設備拡張競争に熱中した。ところが35年の夏ごろから、ガソリンを中心に市況は軟調に転じ、36年に入ってから値下がりは主要収益源であった重油を始め、石油製品全般に波及してきた。これは主として自由化後のシェア確保のための販売競争に起因するが、それだけに激烈なものがあった。しかし、金融引き締め本格化の翌月にあたる10月から勧告操短に入ったのを契機に安値訂正が図られ、市況は一まず小康状態を取り戻している。

 この他塩化ビニールは、急速な需要の拡大に対応して生産能力の増加もまた急テンポで進み、このため前回の景気後退では生産過剰が顕在化し、自主操短(32.9~12月)、勧告操短(33.1~10月)、不況カルテル(33.11~34.3月)と継続的に生産調整を実施して価格の回復を図った。最近は第2次増設分の稼動により再び需給バランスが崩れ、36年4月から操業度調整に入ったが、この直接の動機は塩素需要の抑制を図るためであった。またセメントは、相次ぐキルンの新増設で供給過剰となり、35年末から36年初めにかけて乱売戦が行われ市況が悪化して採算割れの状態となったので減産を実施し4月から反騰に転じたが、これは年度末に顕在化したセメント不足の遠因伴った。

構造変化グループ

 まず繊維についてみると、戦後復興需要に支えられ、強調を続けてきた繊維価格は、31年ごろを転機として供給過剰の基調に変わり、以後すう勢的な低下をたどっている。繊維価格の軟化要因としては、第1に、合成繊維の進出による需要構造の変化があげられるが、ほかに後進国の工業化ならびに先進国の輸入制限措置に伴う輸出の停滞や31年のいわゆる「カケ込み増設」とその後における設備の生産性増大に基づく供給過剰圧力がある。さらに綿紡、毛紡等においては、中小紡の台頭による競争激化の要因が加わっている。

 こうした背景から合繊を除く繊維の過剰生産は慢性化し、需給の不安定は構造的なものとなった。そこで繊維産業の課題は成長よりも生産調整による価格の安定化に主眼がおかれるようになった。繊維の操短は、32年の不況以来綿糸をはじめスフ糸、そ毛糸、人絹糸及びスフ綿等について実施され、好況期にも続けられてきた。また前回と今回の景気調整期には買い上げ機関の発動により、市況の下支え効果をあげている。このよるに繊維価格は、構造変化のなかで低下傾向にあるが、一方制度化された操短が相対的に価格の安定化に寄与した面も否定できない。

 次に紙パルプでは、戦後製紙トラストの分割と新興メーカーの続出により競争要因が強まり、一方30年ごろから割高な原木対策として針葉樹から広葉樹への転換を図るべく活発な設備投資が進められた。このため常に設備過剰が底流にあって、前回今回共に引き締め後は、自主操短または勧告操短により市況のテコ入れを図っている。

 また肥料形態の構造変化により、過燐酸石灰、溶成燐肥等の燐質肥料は漸次斜陽色を濃くしてきているが、このため32肥料年度以降通産省の行政指導による生産調整が継続的に実施されている。

競争型価格

 ここで取り上げる自動車と家庭電器は、共に成長産業の先端をいくものである。これを30年を基準とした36年の生産の伸び率でみると電気冷蔵庫51.2倍、テレビ受信機33.8倍、乗用車18.7倍といずれもモータリゼーションや電化ブームの波にのって著しい拡大をみせている。これらの成長産業は、大量生産の設備と技術ならびに全国的な販売組織網と巨額の販売運転資金を必要とするので、大企業の優位が確立しており、上位5社でほぼ90~100%の高い集中度を占めている。しかし市場拡大が急激であったため、メーカー間のシェアをめぐる競争が激しく、それが値下げと結びついて価格は大幅に下落としてきている。これを 第I-7-6図 でみると緩急の差はあるがいずれも階段状の価格引き下げがみられ、特にテレビ受信機とトランジスターラジオの値下がり幅が顕著である。ただ小型乗用車と中型乗用車については32年の半ばごろまでは比較的引き下げのテンポは遠かったが、その後あまり動いていない。こうした値下がりは販売競争の激化もさることながら、価格引き下げによる需要増加が大量生産を促進し、それがまた大幅なコストダウンを可能ならしめるといった波及効果が有効に働いたからでもある。

第I-7-6図 乗用車、民生用電気機械の価格推移

 ところで 第I-7-1表 にみられるように、民生用電気機械、ラジオ、ブレビ、自動車の生産性上昇は極めて大きく、一方賃金の上昇はこれをはるかに下回っているため、賃金コスト、分配率、労務費率は大幅に低下している。このため民生用電気機械とラジオ・テレビは価格引き下げにもかかわらず、粗利潤率は増大している。もちろん資本コストの増高を考慮に入れる必要があるにしても、これらの成長産業においては、価格の下落を生産性の上昇で十分カバーしている。乗用車においては自由化に備えて高蓄積、高償却の価格政策がとられていることもあって、ここ2年間価格は据え置かれたままである。しかしこのような価格政策は輸入制限と乗用車普及が我が国ではまだ端緒的段階にあるためで、今後各メーカーの乗用車専用工場の完成による量産体制の確立を契機として本格的な値下げ競争の到来は必至とみられる。

第I-7-1表 生産性、賃金、価格の変化率

停滞型産業価格

 技術革新の波は、新旧製品の激しい代替を通じて需要構造を大きく変えつつあるが、成長から見はなされた停滞産業として、みそ、しょう油、皮革、煉炭、石炭鉱業等がある。これらの停滞産業の価格に共通していえることは、 第I-7-1表 のしょう油・食用アミノ酸、煉炭・豆炭及び製革の業種にみられるように、生産の伸び悩み、設備の老化などから生産性向上があまり期待できない一方、もともと資本集約度が低い上に賃金コストの上昇圧力がコストを押し上げているので価格が下げられず硬直化の傾向を示している。しかし価格引き下げを阻止しているのは、需要圧力ではなく割高なコストであるから、平均利潤率は低く、このため限界企業の脱落が進んでいる。こうした中で、防御的なカルテルや保護政策によって価格はようやく維持されている。

 石油の進出で構造的不況にあえいでいる石炭鉱業は、以上のような停滞産業の典型といえよう。

 第I-7-7図 に見るように能率は34年までほぼ横ばいであったが、35、6年には合理化計画の強力な推進もあって、かなりの上昇をみせている。しかしこの間物品費、賃金の上昇によるコストへのはね返りがあってコスト引き下げ分を食い、送炭可能原価は35、6年においても30年の水準を上回っている。激しい重油攻勢の中で、炭価引き下げが需要産業から強く要請されている石炭鉱業にとって、生産性の上昇が諸経費の上昇に追いつけないというこの現実は、体質改善のけわしさを物語っている。

第I-7-7図 石炭の生産性・コスト推移

調整局面の卸売物価

 過去3回の景気循環を通じて、卸売物価は次第に変動幅を縮小し、安定度をましてきた。それは需要超過から供給超過傾向への基調の変化に対応している。しかしこれまで供給圧力の増大による生産過剰があまり表面化せず、物価の下降圧力を阻止したのは、第1には、設備投資を基軸にした盛んな需要効果であり、第2には、操短産業における需給調整効果があったからである。しかしそれは鉄鋼公販制にみられたように不安定要因を内包した相対的な安定であったわけである。

 ところで今回の景気調整過程での卸売物価の動きはどうであろうか。

 昨秋の金融引き締めのショックは、繊維を除きおおむね軽微に留まり、下降局面における卸売物価はあまり大きな反応を示さなかった。しかし引き締めが漸次浸透すると共に卸売物価の軟調は強まりつつある。そしてさらに、今後は卸売物価にたいし、外的圧力と内的圧力が加わってくる。

 外的圧力は、広汎な貿易自由化である。いうまでもなく自由化は割高な国内製品価格の国際価格へのさや寄せを強制する。海外石油化学製品の安値攻勢は、端的にこれを証明している。従って来たるべき自由化展開が下降圧力として、国内価格体系の修正を迫ることは当然に予想されるところである。

 次に内的圧力は、設備投資強成長の帰結としての生産力効果である。成長率が鈍化し、需要の後退する中での相次ぐ新鋭設備の完成は、供給過剰圧力を一層強めることになろう。一方高率の設備投資は企業の固定費を増大せしめ、損益分岐点操業度を押し上げている。このため稼動率の維持、生産の高水準が不可避的に要請されるが、それは輸出の拡大がない限り需給のアンバランスを生じ、価格の下落要因として作用することにならざるを得ない。

 しかし企業としても、投資の期待利潤を低下させる価格の引き下げに対しては、強く抵抗することが予想される。一方コスト面からの影響も無視するわけにはいかない。 第I-7-2表 にみられるように、これまですう勢的に低下してきたコストは、36年上期に入って変調が現れている。すなわち金融償却費等の資本費の負担が上昇し、さらには人件費までもわずかながら上昇し、好況期にもかかわらず利益率は低下している。このようなコスト圧迫要因は景気調整のもとではより強まることになろう。

第I-7-2表 コストの要素別推移

 かくして調整局面の卸売物価は、供給過剰が本格化することにより、低下傾向は続くにしても、これを阻止する要素も作用するので、あまり急激な下落はないであろう。それは弱含みながら相対的安定が依然として継続するということである。

 卸売物価の安定化は、もちろんそれ自体としては一応望ましいことである。しかし今後貿易自由化の流れに対処し、一方消費者物価の高騰を抑制するためには、生産性上昇の成果を価格面にも十分反映させていくことが必要である。そのためには増大する生産設備の稼動率を維持する必要があり、この面からも輸出拡大への一層の努力が要請されることとなろうし、また同時に価格安定化の努力が行きすぎて、価格の自動調節機能や資源の最適配分を阻害することがないよう、公正な競争に基づくプライス・メカニズムが作用し得るための政策的配慮も必要である。

急騰する消費者物価

 次に消費者物価について分析しよう。

景気循環と消費者物価

 まず消費者物価が景気循環との関連でどのように動いてきたかをみよう。消費者物価は短期的には個人消費需要の動向によて影響されると考えられる。そこで消費者物価指数と家計支出指数との推移を比較したのが、 第I-7-8図 及び 第I-7-9図 である。総合指数でみると、29年の後退時には家計支出の減退と消費者物価の頭打ちが、32~33年の後退時には家計支出の増勢鈍化と消費者物価の反落がそれぞれ照応しており、上昇すう勢の強い消費者物価も消費需要の変動に従って、一応、短期の循環を画いているようである。

第I-7-8図 消費者物価と消費支出

第I-7-9図 費目別物価と家計支出

 しかし、これをさらに費目ごとに分けると、費目別物価指数の動きは必ずしも各家計支出の動向とは一致しない。その中でも特徴的な波を打っているのは、被服と食料(非主食)である。( 第I-7-3表 参照)被服は、卸売段階の繊維価格が金融引き締めの影響を大きく受けるために、消費需要の動向には直接関係なく比較的早目に、しかもかなり下落とする性格を持っている。一方食料(非主食)については、気象条件の異変による野菜の下落などに左右される度合いが大きく、例えば29年1月から9月までの後退期には3.6%上昇し、32年6月から33年4月までの後退期には5.5%下落とするといった?乱的影響を及ぼしている。

第I-7-3表 景気上昇、下降期における費目別物価変動

消費者物価の長期的動向

 次に視点をかえて長期の消費者物価変動をみよう。戦後の消費者物価の推移をたどると、終戦直後のインフレ急進期(21~24年、年率171.4%の上昇)を別にして、26~29年の上昇期(年率9.7%の上昇)、30~34年の安定期(年率0.6%の上昇)及び35年以降の再上昇期(35~36年、年率4.6%)という3つの襲った時期に区分することができる。以下それぞれの時期における消費者物価の変動がどのような要因によって支えられていたかをみよう。

戦後期の上昇(26~29年)

 この時期は、終戦直後の破局的なインフレの昂進が、24年の緊縮政策によって一応収束して以降の上昇期に当たる。しかしこの段階においては、戦後的要素がなお多分に残されていた。すなわち第1にこの時期にはまだ消費物資の不足が目立ち、これに対して戦時中抑えられていた潜在的消費需要が次第に顕在化したことが消費者物価上昇の大きな原因となった。これは都市生活者の消費水準が戦前水準(昭和9~11年)に復帰したのがようやく29年であったことからも明らかである。従って早期に供給力のついた被服を除くと、各費目とも年率10%前後の速い上昇率を記録している。これと並んで第2の要因は、価格体系のひずみの是正であった。昭和9~11年基準の25年における費目別価格水準は、 第I-7-4表 に示したように、緊急度の高い被服が411.9、食料が266.5に対し、これより緊急度の低い住居が87.9雑費が163.1、光熱が144.6に留まっていた。

第I-7-4表 費目別価格水準の推移

 これは、戦時中から終戦直後にかけてのインフレによって食料、被服などの生活必需物資の価格は大きく上昇したが、雑費のようなサービス的費目、光熱など公共料金の含まれる費目の価格上昇が相対的に遅れたことを示すものである。ところが経済が正常に復しつつある段階で、このようなひずみを是正する動きが現れた。25~29年における費目別の上昇率(昭和9~11年基準指数比較)をみると、総合の37.2%に対して、食料は36.1%の上昇、被服は3.9%の下落となり、一方住居は49.8%、光熱は53.6%、雑費は62.4%の大幅な上昇を記録している。このような相対価格の変動はなにも25~29年に限られるものではなく、その後も引き継がれているが、戦後における物価体系正常化の第1段階を画したものといえよう。

相対的安定期(30~34年)

 この時期に入ると、それまでの上昇テンポが著しく鈍り、比較的落ち着いた足取りを示すようになった。これは、 ① 29年で一応戦前の消費水準に達したことからもうかがえるように、需給の極度のアンバランスからくる物価上昇圧力がここへきて緩和されたこと、 ② 価格体系のひずみもかなり是正されたこと、 ③ 賃金の上昇率が鈍化したことなどの要因により、戦後期の上昇歩調がひとまず一段落としたことを物語るものである。費目別にみれは、供給面のネックから住居費のみがなおかなりの上昇を続けている(年率5.2%)のを除けば、光熱(1.2%)、雑費(2.4%)の上昇率は低下し、一方食料は微落(0.2%)、被服な年率1.6%のじり安を続けた。しかしながらこの期間に問題がなかったわけではない。35年以降の再上昇の根因が醸成されていたからである。すなわち、この期間中数量景気、神武景気といわれた時期をはさんで、我が国経済はめざましい成長を遂げたのであるが、そうした背景の下で労働力需給の面に漸次改善傾向がうかがわれるようになり、若年齢層においては規模別貸金格差の縮小すらみられるようになった。このため、若年齢層の低賃金労働力に依存するところの大きい中小企業やサービス業部門では賃金コストが高まっていく気配が感ぜられるようになった。

高度成長下の上昇(35年以降)

 35年以降になると、労働力需給のひっ迫から賃金の上昇が顕著となり、これが盛んな消費需要のもとに価格に転嫁されるようになって、消費者物価は再び上昇テンポを速めることになった。次節においてこれを詳しく検討しよう。

最近における消費者物価上昇のメカニズム

 近年における我が国経済の急速な成長には目をみはらせるものがあるが、一方、ここ1、2年来の消費者物価の上昇率も、それ以前4、5年間の推移に比べ、また国際的にみて、際立って高い。

 ( 第I-7-10図 参照)このような消費者物価の異常な上昇をもたらした要因はなにか。

第I-7-10図 消費者物価上昇の国際比較

盛んな消費需要とその高度化

 まず第1に、景気の上昇局面にあって、若干のタイムラグを伴いつつ個人消費需要が大きく伸長したことがあげられる。3年にわたる息の長い景気上昇のもとに、我が国経済は飛躍的拡大を遂げたが、それは一面において個人所得の各層にわたる増大をもたらし、消費活動を極めて活発なものとした。( 第I-7-5表 参照)ところが、これに対して消費財・サービスの多くが概して供給の弾力性に乏しいため、消費需要が急増したことだけで物価上昇圧力をかけることになった。この需給の引き締まりによる上昇圧力は、消費需要の高度化によってさらに強められたといえる。すなわち消費革命を背景として耐久財、サービス向け支出の比重が増加することはもちろん、食料のうちでも果物、乳製品、被服のうちでも高級衣料に対する需要が多くなっている。

第I-7-5表 個人所得および消費対前年増加率

 そしてサービスや高級衣料、食品には、短期的には供給の弾力性が特に乏しいものが多い。従ってこれら費目向けの需要が高まると、一時的にせよそれだけ強く価格上昇をひき起こすことになるわけである。たとえは、果物の生産と価格の推移をみると 第I-7-6表 の通りで、生産が増加しているにもかかわらず34年以降価格が急騰しているのは、需要増に基づき供給が相対的に不足したことな示すものと思われる。製造工業製品を中心とする卸売物価が、供給余力の増大を背景として最近ではすう勢的軟化の基調にあるのに反し、消費者物価はこれとは逆にむしろ需給のひっ迫から上昇している面のあるのは、まさに対照的な動きといえよう。これは同時にコストの上昇を生産性の向上、さもなくば利幅の縮小によって吸収せずに価格の引き上げに転嫁することを容易にするという役割を果たすことにもなった。

第I-7-6表 果物の生産と価格

生産性向上を上回る賃金の上昇

 しかし消費者物価上昇の最大の要因は、消費者物価構成品目の中心である中小企業製品、サービスについての労務費の上昇傾向が強まってきたことにあった。年率10数パーセントにのぼる高い経済成長が、製造工業の雇用吸収力を一段と拡大し、このため労働市場は若年労働力を中心に急速に引き締まりに転じていった。そしてこの労働力需給のひっ迫がサービス部門ないし中小企業部門に特にしわ寄せされていったため、このような労働力不足の表面化が、ただちにこれら部門の賃金引き上げにつながることになった。この間における賃金上昇の一般的特徴は、全体として上昇テンポか強まったことのほかに、 第I-7-7表 からもうかかわれるように、賃金格差が縮小に向かったことであった。飲食業、修理業といった中小企業ではもともと生産性がそんなに上らないものであるから、賃金コスト上昇の圧力は大きい。消費者物価との関係からいえば、このようにして高まった賃金が生産性の向上によっては吸収しえず、物価上昇要因として働きはじめたのである。

第I-7-7表 業種別賃金格差の推移

 統計資料の制約から、消費者物価に関する生産性と賃金の関係を適確かにつかむ指標はなかなか得がたいが、以下およその判断をつけるひとつの目安として試算図示したのが 第I-7-11図 である。採用した物価(デフレーター)の適否、必ずしも物的生産性でみていない点など問題はあるが、大よそ次のことがいえるであろう。

第I-7-11図 産業別生産性、賃金物価指数の推移

 非農林水産業を全体としてみると、生産性と賃金はほぼ平行して動くが、少なくとも35年度までは生産性の上昇が賃金の上昇をやや上回る傾向があった。一方、物価にはすう勢的上下運動はみられない。

 ところが産業別にみると、かなり異なった様相をみせている。「製造工業」部門では生産性、賃金とも上昇の一途をたどっているが、生産性の伸びが常に賃金の伸びを上回っており、物価はすう勢的下降をたどっている。これに対して「サービス・その他」部門(卸・小売り、金融業は除く)では、生産性の向上がはかばかしくなく、賃金が一方的に上昇しているために、物価はあがるという形をとっている。「運輸・通信その他」部門では、生産性向上が賃金上昇を上回っているのに物価があがっているが、これは電力、通信関係の資本費の増高が顕著であったことによるものであろう。

 このように、生産性と貸金の関連では、製造工業部門では物価(卸売)引き下げに働くが、消費者物価に関連を持つ部門では物価(消費者)引き上げに働くことになる。この点をさらに個別の資料から裏付けてみよう。 第I-7-8表 は商業部門より織物類小売りと飲食小売りの2業種をとって生産性(販売効率=1人当たり販売額)と賃金をみたものであるが、35~36年における賃金の上昇率が販売効率の上昇をかなり上回っている。同じことは、製造工業のうち食パン、畳表といった中小企業中心の消費財についてみられる。( 第I-7-9表 参照)従って、こうした関係が、理髪、パーマなど生産性向上の限られた部門でとりわけ強く現れ、物価上昇の大きな原因となっていることは疑いえない。

第I-7-8表 販売効率と現金給与

第I-7-9表 賃金コストと物価の比較

 以上は、生産性と賃金との関係からみた消費者物価上昇のメカニズムであったが、コスト面からの上昇圧力はたんに賃金の上昇ば仮に起因するわけではない。最近では客寄せのため、店舗改装など施設への資本投下、広告宣伝費の増加などによるコストの増高も無視しがたく、これを回収するために価格を引き上げる傾向もあるようである。

 また、価格引き上げの一部は個人業主所得の増加に寄与している面もある。さらには、農産物にみられるように流通機構の立ち遅れからくる上昇要因もある。しかし、個人業主所得は、業態からみて実質的には勤労所得的性格が強いし、流通機構の問題にしても流通経費に占める労務コストの上昇が問題である。従ってコスト面からの上昇要因としては、労務費の比重が極めて大きいことは否めない。なおこの点は、都市労働者の賃金上昇が農業労働者の労務コストにはね返るという形で、農産物価格の上昇に一役買っていることはいうまでもない。

 以上最近における消費者物価急騰の要因となった消費需要のさかんと賃金の上昇を検討したが、これら両因はいずれも高度の経済成長と密接なつながりを持っている。第1の消費需要のさかんは、通常景気上昇期の後期に現れるものであるが、さきの景気上昇が大幅でありかつ比較的長期にわたって続いたために、消費需要の高まりをそれだけ大きなものとした。また消費者物価上昇の支配的要因とみなされる賃金の急上昇は、賃金の平準化という労働市場における二重構造の解消過程では必然的に起こる現象であった。この他、各種公共料金の引き上げは、高度成長下の不均衡発展を調整するための措置であり、価格体系のひづみ是正の一環であった。

消費者物価上昇の問題点

 要するに消費者物価上昇の主たる要因は、盛んな消費需要を支えに、貸金上昇が価格に転嫁されたことであった。しかしこれは欧米の一部先進国で問題とされているいわゆるコスト・インフレと同じではない。一般にコスト・インフレとは、供給側の要因、特に賃金が需要動向にかかわらず生産性を上回って引き上げられ、これが企業の市場独占力と結びついて価格上昇の原因になる場合を指している。我が国の場合は、労働組合が労働力の供給を強力に統制できるような態勢にはなっていない。すなわち、現状では高度成長の持続によって労働力需要が大幅に増大し、とりわけ若年労働力、技術者、技能工に集中したため、これらの層に労働力のボトルネックを生じその結果賃金が引き上げられるようになった。それがまた在籍者との賃金調整も加わって、一時的に貸金を大きく引き上げることとなり、一方生産性が必ずしも賃金上昇を上回りえなかったために一見コスト・インフレ的な様相を呈したものといえよう。もっとも、労働組合連動の進展や公正賃金思想の普及など規模間、産業間における賃金格差を縮小させようとする動き、つまり賃金の平準化作用が強まることによって賃金が引き上げられるといった面のあることも否めない。そしてこの面からくる物価上昇圧力は今後とも低生産性部門において継続しうろことを見逃すわけにはいかないであろう。

 従って、ここ一両年の消費者物価の上昇を特色づけるとすれば、「需要型」と「コスト型」の双方の絡み合った物価上昇と規定することができよう。それではこのような要因に基づく物価上昇は今後も続くかどうか。年率10数パーセントに及ぶ高度成長が先行き鈍化の方向に向かうとすれば、需要面からの上昇圧力は減退するであろうし、さらに労働需給の面でも今後4、5年間は新規学卒の大幅増によって緩和することが予想される。この点から当面の昇気調整を経て消費者物価の騰勢はある程度鈍化することが見込まれる。しかしながら、高生産性部門の賃金水準に対する低生産性部門の賃金水準のさや寄せの動きは強まるであろうから、消費者物価関連部門の賃上げ圧力は今後なお根強く残るものと思われる。

むすび

 以上の卸売物価及び消費者物価を詳しく検討したが、当面の物価問題の焦点が、消費者物価の著しい値上がりにあることはいうまでもない。そしてこの上昇は高度成長に伴う労働需給のひっ迫化を契機として起こった賃金平準化運動として、いいかえれば二重構造の解消過程としてとられることができるので、その限りでは消費者物価の上昇もやむをえない側面を持っている。それにしても最近における大幅な上昇は異常であるといわねばならない。消費者物価の持続的上昇は、貯蓄意欲の喪失、国民生活の圧迫など、それの及ぼす経済的影響は極めて大きい。

 現下の物価問題の困難性は、前述の諸種の構造的要因によって起こる物価水準の上昇を抑えつつ、同時にひずみを持った物価体系の調整を図らなければならないことである。既に述べたように、消費者物価の先行きはある程度の騰勢鈍化が見込まれるのであるが、これをより効果あらしめるためには、総合的な物価政策の強力な推進と共に、国民の理解と協力にまつところも大きい。


[前節] [次節] [目次] [年次リスト]